2018
03.29

春、ひこうき雲

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静岡県富士市のHルイさん


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生きねば





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埼玉13エピタフ⌒IF
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2016
04.15

放浪する地域猫ケイトリンが9才になった意味

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ツツジ花咲く季節でした ちょうど2才頃のケイトリン 今唯一の生き残り


埼玉県ふじみ野市のKNさん


福ちゃんへ 温かな春の風を ありがとう



【放浪する地域猫ケイトリンが9才になった意味】9年前の早春。東芝~シーバンズはTNRをしない不良エサやりが横行していたため子猫ラッシュの惨事を迎えていた。大きなサークルのその一角のシーバンズでは密かに10匹以上の子猫たちが産まれていた。シーバンズで世話を始めた成猫たちが「子猫を産んだ後の母たち」とは露知らず、気づいたのは豆のような子猫たちが藪の中から這い出して可愛い顔を見せるようになってから後のこと。
ちっちゃな茶トラ・三毛猫・サビ猫・白黒猫・黒猫たちの、顔また顔が「あれよあれよ」と次から次へピョコピョコ現れ出た、あの時のビックリ仰天と言ったらもうなかった。大小の猫たちと輪になってする朝晩の対面給食は、だから子猫発覚の後は朝に夜にパーティーさながらの大騒動、車座の大宴会場の日々になった。
地域猫活動を始めてホヤホヤ、そこで何が起こっているのか、つかみ切るのに必死だった。母猫たちとその子猫たち総勢20匹近くのひしめき合いに、「対策を打たなければ大きな悲劇が口を開けて待っている」と、右も左も分からず見切り発車で地域猫活動を始めた原点になった曰くつきの所です。

野放図に放棄された猫たちとどう向かい合えば良いのか。行政や周り社会が野良猫問題にどんな考えをしているのか。排除されないで猫たちを守り切るにはどうしたら良いのか。おっかなビクビク見よう見まね、情報を仕入れ勉強しながら、紆余曲折を繰り返した心の内を昨日のことのように思い出す。
数匹の母猫たちと10匹を超える子猫たちの大胃袋を満たし、不良エサやりとの言い争いに明け暮れ、吹きっさらしの厳しい場所で警備員や通行人や犬の散歩人に白い眼を向けられた「あれやこれや」が今となっては遠い昔話・・・。
心ひっそりめぐるランタンの灯に数々の「回想場面」が現れては消え去る。
台風の暴風雨との格闘、凍てつく冬の日々との格闘、連続虐待事件との格闘、執拗な妨害事件との格闘、「猫を殺しているのは〝あなた〟ね」と流言飛語に乗じた女に罵詈雑言を張り上げられた時は本当に参った。高じてついには「裁判沙汰」にまで進展して行ったっけ。

地域猫活動をイージーに語る人がいるけれど、やってみた実際は絵に描いた餅ようにすんなりシャンシャンとはいかなかった。社会のありよう、人のありよう、ダイレクトなぶつかりにもろ肌ぬいだ生身の格闘技そのものだった。ひたすらの乗り越えだった。我慢だった。
1年、2年、3年・・・そして9年。長かったのか、短かったのか。上手く行ったのか、行かなかったのか。追われに追われ駆け抜けるしかなかった思いにただ呆然とザラザラした砂混じりの気持だけが残っている。
そして当時産まれた10匹以上の子猫たちはやがて一匹欠け、また一匹欠けして、時の濾過に生き残りがとうとう一匹を残すだけとなった。その最後のサバイバー「ケイトリン」も長年の生息地を「事情あり」で去年離れて、今は別の棲み家でひっそりと暮らしている。
共に歩いた9度の星月夜の重さを唯一骨身に知る唯一匹の生き残り。それだから余計に「思いひとしお」のシンボリックな存在、写真サイズの大きさでは語り尽せない大きな存在、ケイトリンの顔に背中に地域猫活動の刻みそのものが生き写されている。



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2016
01.20

デーヴィッド・ボウイの死生観

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【デーヴィッド・ボウイの死生観】1月10日に肝臓ガンのため亡くなったブリティッシュアイコン・デーヴィッド・ボウイの亡骸は、葬儀は行われずに1月14日に密かにニューヨーク州ニューヨーク市で密かに火葬されたという。

本人の希望で「騒がれずに逝きたい。葬儀はしないでほしい」と、火葬にさえ家族や友人は誰も立ち会わず、たった一人での旅立ちになった。

「・・・騒がれることなく、大きなショーもなく、ファンファーレもなく、ただ消えたい。音楽だけを覚えていてほしい。・・・」と遺言が遺されていた。生きること、死ぬこと、死んでから後のこと、デーヴィッド・ボウイの死生観、もう完ぺきです。その見事さにただ絶句する。



                                 







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2015
06.20

あの人はもう 私のことを 忘れたかしら

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街は... 後ろ姿の 幸せばかり


【あの人はもう 私のことを 忘れたかしら...】欧米の音楽ばかりでどうして日本のアーティストに目を向けないの そう言われ、しかしマッチする曲がなかなか無く、それは音楽評論家の湯川れい子氏が指摘するように「日本の音楽は一部始終が芸能の域を出ない〝作り物〟で、人の生や世界の様や問題意識にリアルにタッチしない。むしろ避けて通り過ぎる」のがほとんどだから、いつしか縁遠く良い耳ざわりがしなくなっているのが正直な原因、そして理由です。技術的にも「」と首を傾げたくなるものが多く、いってどれも私小説の風景ばかりで、メッセージ力に貧する印象です。
ですが、時はちょうど「にゃんだーガード」の本多明氏の誕生月の折り、付き合いもぴったり一年を迎える2つの時が重なり合う〝エクリプス〟の時節で、本多さんがらみで「日本の音楽を」と何だかんだ探していたら、「愛知県出身の歌手」のキーワード検索で、掃きだめの中にひと際偉才を放つ〝〟を見つけました。
本多さんへのバースデイ・プレゼントは別の曲にしたけれど、ザ・ピーナッツのマジカル・イリュージョン・ボーカルに釣り上げられてしまいました。YouTubeで色んな曲をチェックしたけど、発声の基本も、パフォーマーとしても、コーラス技術も、匹敵する歌手は今の日本には見当たりませんね。「Great」でした。

中で特にひっかかった曲が「ウナ・セラ・ディ東京」。捨て猫の哀愁と歩調を合わせ曲がりくねった道を歩んでいる体験から、「あの人はもう 私のことを 忘れたかしら とても淋しい・・・」と白玉の音符で伸びてゆく歌声に心えぐられグッと来るものがありました。
捨てられ、置き去りにされ、去ってゆく後ろ姿。夕暮れにぽつんと当てもなく残される言い知れぬ心情。
いつの間にか、捨てられた猫たちの憂いと惑いのブルースの響きに変換され、聴こえていたのでした。
ウナ・セラ・ディ」はイタリア語で、ウナ(Una)は英語では「One」に当たり、セラ(Sera)は「たそがれ」や「夕暮れ」を意味し、ディは英語の「Of」に該当する前置詞、「『とある東京のたそがれ』に佇む心模様」と言ったところでしょうか。1964年、東京オリンピックが開かれた年の大ヒット曲だそうです。

この曲から50年、東京は・・・。良くなったのだろうか。悪くなったのだろうか。それとも何も変わらないのだろうか。ネット検索で50年前の東京の街並み画像を出して見比べれば、今の東京はビルの背がぐんぐん伸び景観も整えられそれなりの成長を遂げているのだろうが、刹那の人と刹那の街が重なり合う虚妄の風景は50年の時を繰り越し繰り延べされ、手に負えない大怪獣のように「化け物化」しているようにも思える。

ウナ・セラ・ディ東京」と・・・胸に切なく響く夕暮れ時・・・

ウナ・セラ・ディ東京、今夜も猫待つ街々へスルー・ザ・ナイト、出かけて行く。
捨て猫たちにとって「・・・街はいつでも 後ろ姿の 幸せばかり・・・」の風景が、いつ終わりを告げるのか。



あの人はもう 私のことを 忘れたかしら





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2015
06.18

諸悪の根源👉 捨て猫は絶対の悪👉 あれから3年

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形 目に見える捨て猫事件だった👉 あれから3年


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2014
04.06

夕焼けタラちゃんにフォスターペアレントの申し出

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                                          若かりし頃の蘭&タラ

夕焼けタラちゃんにフォスターペアレントの申し出】品川区に住んでいらっしゃるIMさんから、港区東の某所で暮らす地域猫・夕焼けタラちゃんにフォスターペアレントの申し出がありました。どうもありがとうございます。
お相撲さんなら紋付き袴を着て出迎え、正座し、恭しくかしこまり「謹んでお受けいたします」と申し述べなければいけないところです。

夕焼けタラちゃんは孤独でひときわ臆病な猫さん。そして今は生きながらの「伝説の猫」さんです。推定で8歳超の星霜を踏み越え、外猫では老いの域に入ってゆく頃合いになります。
これからもお腹を空かせることがないようにしっかり見守って行きます。

品川区のIMさんは「猫の郵便シャボット」時代からの夕焼けタラちゃんのエピソードを事細かに覚えていてくれたのですね。

初めて出合った時、タラちゃんは極度の緊張状態にあり、いつも高い樹の上に登ったきりの孤立生活。
樹の下に猫弁当を置くと一口くわえては樹によじ登り、また一口と、よじ登っては駆け下りを繰り返す、決して心を開かない猫でした。何もかもにビクビク警戒して生きていました。
あれはいつのことだったか。タラちゃんに転機が訪れたのは、後で友だちになる白黒猫の蘭の花がそこに現れてからです。何をするにつけても蘭の花の後ろにぴったりと寄り添うようになり、何でもかんでも蘭さんのコピーをし、蘭さんを守護神のようにして暮らしていました。

蘭さんが勢いよく木登りすれば、同じようなスピードで駆け上ってゆき、蘭さんが近場の冒険に出れば随行し寄り添っている。思いがけない所で仲良し二匹に出会い、びっくり仰天したことがありました。
「なんでこんな所にいるの?!?」
蘭さんとタラちゃんの微笑ましい友情生活。しかし、それは蘭さんが首をかき切られる虐待事件に遭い、約5年で幕切れ。・・・負傷した蘭さんを治療するためキャリーに収容し現場を後にする時、背後で小さくなるタラちゃんの佇まいが今でも目の裏に思い浮かびます。

蘭さんとタラちゃんは性格が真反対。蘭さんが陽なら、タラちゃんは陰。蘭さんが去ってからしばらくして一人住まいのタラちゃんの現場に新たな茶トラ猫の捨て猫があり、性が合わなかったのか、縄張り抗争に負けたのか、タラちゃんは蘭さんと暮らしていた場所を離れ半周先の小さな森の中に移って行きました。

捕まえたいと思っても出来る子と出来ない子がいるんですね。蘭さんがいる頃は、蘭さん越しにかなり近くまで接近し対面給食まで漕ぎつけていたけれど、蘭さんがいなくなってからは距離はまた次第に遠ざかって行きました。
森で姿を見かければ、知り合いアイコンタクトのサインくらいは送ってくれるけど、その距離は遠き線上の彼方。

どうにもならないことはどうにもなりません。

そして、今年の年明け早々。夕焼けタラちゃんが暮らす森の中から子猫が鳴く声がするではありませんか。 
捨て猫でした。
今は保護猫になり、リビングを駆けめぐっているイリニフの赤ちゃん声。
2月のあの2回の記録的な大雪の時、「ここで1㌔程度の子猫が大雪を生き残るのは無理だろうな」とあきらめていたら、雪解けの後にタラちゃんに連れられた子猫イリニフが藪の中から出て来て、2匹並んでいるのを見た時は、もう目の前がくらくらするほどのどんでん返しのドラマを見たような気がしました。
大きな猫が見ず知らずの経験不足の小さな猫を守り、寒さと雪の中をサバイバルしていた。・・・感動するしかありませんでした。
こうして夕焼けタラちゃんは猫の郵便フーテン/私の中で「伝説の猫」になったのです。

めったに姿を見せてくれない夕焼けタラちゃん。でも、生きていることは毎日毎夜、あることで確認している。
「蘭さんと一緒にしてやりたいな」と見守る人間の思惑はあるけれど、自由自在に意のままにならないのが「自然の厳しい摂理」というもの。
夕焼けタラちゃんは、決して人馴れしない気丈さと頑なさを唯一つの生命線にして生き延びているのです。

品川区のIMさん、夕焼けタラちゃんのフォスターペアレントの申し出の件、ありがとうございます。お気持ち、しっかり受け止めさせていただきます。


99リス

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2013
12.15

Bタン、6年前の写真が語る真実

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Bタン6年前の写真が突きつけるもの】入院中のバラタマタンは毎日の静脈点滴注射と食事介護を受け、容態が持ち上がりつつあるとのこと。入院した日の検査では、針が振り切れ、計れなかった腎機能の数値が計器で測れる範囲になり、悪い状態に変わりはないが少しは改善の兆しがみられるとのことです。
初めての入院生活のバラタマタンですが、昼間はもらわれて来た子猫のようにケージの隅っこでちんまりしていて、病院スタッフの方たちが帰宅する夜の時間からケージの中で動き回っているようです。
獣医の先生がバラタマタンは「可愛い声で鳴くんですね」とおっしゃっていましたが、はいその通りです。
バラタマタンは他の誰よりもひときわ小さく、その容姿も歩く姿も寝姿も性格もメイドイン“可愛いの国”からやって来ましたので、可愛いのは仕方がありません(笑)。

上の写真は左からアステカ(母猫)・セージ・バラタマタン・ウンガロ(母猫)。この地に私たちが調査に入り、初めて携帯電話の中に捕獲した一枚です。
子猫のセージくんとバラタマタンが一見大きく見えていますが、それは両脇の母猫たちも非常に小柄だからです。両脇の母猫たちはTNRの後に所番地を替え、別の場所にそれぞれ散って行きました。
右端に写っているウンガロは2008年~2009年の冬季シーズンに亡くなりましたが、左端のアステカは頼りにする猫友だちを見つけて万全とは言い切れませんが今でも生きています。
下の写真には我が家で4歳(白血病)で命を閉じたタイムくんの姿もあります。

この現場でこの子たちとの巡り遭わせは偶然の出来事でした。もし私が交通事故に遭わず、リハビリのために朝のジョギング&ウォーキングをしていなかったら、きっとこの地を訪れることもなく、袖ふれ合うことも地域猫活動に本格的に入り込むこともなかったでしょう。このエリア内には当時50頭を超える猫がいました。
TNR、給食活動、関係会社や役所との話し合い、不心得者の通行人との言い争い、写真記録を探しながら数々の場面を思い出していました。
悪戦苦闘しようやく助け出した猫たち、力足りず完全には助けられなかった猫たちの面影が記憶の中から抜け出し駆け抜けて行きました。フォトビューアーに古い写真が現れるたびに込み上げるものがありました。

他の人から見れば、ボケた下手くそな猫写真ですが、これを見るたびに初心が蘇えり、バラタマタン四兄弟とこの写真は私たちの活動の道のりを無言に語る象徴的な存在なのです。



12月6日の「Bタン、1.5キロ」の記事の中にロバータ・フラックの「The first time ever I saw your face」をひっそりと埋め込んで置きました。
君をはじめて見た時、君とはじめて出会った時。・・・出会いは本来うれしいことのはずなのに、この出会いたちにはいつでも切なさや悲しさがつきまとっている。それは何故???


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2013
12.06

Bタン、1.5キロ

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                               5年前の春
Bタンの体重】体調アップのためにステロイド剤治療と皮下点滴注射を行ったバラタマタンの体重は、現在たったの1.5キロ。少しずつ少しずつ痩せ細り、ここまで来ました。もう命の喫水線を切ってしまったのだろうかと、言葉にはせず見つめる目線はただ切なく。水底をのぞき込むような思いがします。

ローズマリー、通称バラタマタン。バラタマタンの出身地は先日もらわれて行ったスーパー・ピノコと同じ所。初めて会ったのは6年前のちょうど今頃。冬が走り始めた頃でした。四匹の子猫が寒さに耐えながら、砂場の昼の余熱を頼りにヒシと寄り添い合って一塊になっていた、その塊の一欠けらがバラタマタンでした。

四匹の子猫に「つながりのある名前を」ということで、パセリ・セージ・ローズマリー&タイム。虚弱な様子から後にみんな室内に収容しましたが、手のひらサイズの子猫たちが風に打たれ通勤サラリーマンの好奇の目に打たれているのを見るのは無残というほかありませんでした。

あの時、あの場所に正しい地域猫活動はなく、無造作に放り投げられた物や腐った物もいとわず食いつなぎ生き延びていた猫たち。大人も子供も皆、瞬膜は出、赤く腫らして。
自分の身に何が起こっているのかも分からず、生きるために生き、食べ物を求めていた。
からかわれ逃げて行く小さな影。土日の休みの日には決して来ない人たちなのに信じて佇み待ちわびていた姿は本当に哀れを誘うものでした。

そして、この季節には多くの猫たちが、風にもてあそばれ動く枯葉を追いかけ、戯れていたっけ。子猫の頃のバラタマタンもその中の一匹でした。いじらしかった。
短いしっぽをキュキュと振ってトコトコ歩く姿は今も昔も変わりなく。
あれから6年、家宝のように大事に育てて来たつもりだけれど、数々の追憶からは猫さんたちのただただ“純粋なこだま”しか返ってこないので、更に胸が痛くなる窓の光射す温もりに眠るバラタマタンの寝姿なのです。


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2013
07.09

君をはじめて見た時

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口を開けたとたんに言葉を失う「やり切れなさ」が空気のように漂う時代。新聞、テレビ、政治、社会、どこを見ても眺めの良い窓など見当たらず、蒸し暑く寝苦しい夏の夜を過ごすあなたに。
ロバータ・フラックの「The First Time Ever I Saw Your Face」を届けます。
増上寺の七夕まつりの、数え切れない灯篭が形作る天上の川の流れを見ていたら、どこからともなく“この曲”が胸の内奥にしみ込んできたのです。
この時代の音楽は、みな素手で作られていたため、音とメロディと詞のすき間から、聴く者の想像力をかき立てるような色んな音が譜面を超えて聴こえてきます。

ある者にはドアのきしむ音。ある者には夜更けのほのかなコーヒーのにおい。ある者には行きすぎる雲の流れにカーテンがひるがえる様(さま)。ある者には階上の床に猫が一匹「トン」と小さな音を立てて降り立った音。
それらが遠い木霊のように重なり合って聴こえてくる。
アナログ時代のかつての音には、聴き手の内面を浮かび上がらせる力があった。形にできずにもがいている幻や憧憬を引き出す力があった。
それは、かつてアナログ時代の演奏家たちは血を流して技術を習得していた過程があった為に、音に自然と魂を乗せることができていたのです。しかし、今の時代はコンピュータで音程でも効果でも修正でも何でも制御できるようになったので、血のにじむような練習をしなくても、上手くならなくても、「はい一丁上がり」で作品はどんどん簡易に仕上げられるようになってしまって・・・
こうして、音楽はパワーを失っていった。創造の翼をもがれて行ったのです。
もう、二度とこの曲「The First Time Ever I Saw Your Face」が醸し出している音空間がこの地上に生まれることはないでしょう。永遠に。

「君をはじめて見た時」、その顔、時刻、光の具合、風のかげん、道の様子、町の様子。何もかもをいつでも鮮やかに胸に呼び戻すことができます。あの日、あの時・・・
テクノロジーが発達し、アナログがデジタルに何でもかんでも置き換えられて行っても、生き物をめぐる活動にデジタル化はありえず。
作業もモチベーションも感情も考え方も記憶も・・・プリミティブなまま。
ロバータが歌うように「はじめて会った時の輝きが永遠を思わせ」・・・しかし歌は言外に「この世には永遠がない」ことを黙示し、出会いと別れを宿命づけられたこの活動の「光と影の切なさ」を言い当てている、そんな気持ちに包まれ・・・言葉にできない無上の美しさを感じたのです。

誰の目にも留まらないこの活動。穴の開いたバケツで水を運搬するようなこの活動。落ち込むこともあります。徒労だと思うこともあります。壁にぶち当たることもあります。迷うことあります。
でも、はじめて出合った時のそれぞれの瞳/顔を思い起こせば、また歩を前にさし出せるのです。
ふりだしのモチベーションを維持する、できるようで出来ない。

君をはじめて見た時、そのイメージが活動の疲れを洗い落してくれ、背中をそよ吹き、送り風で押してくれているような気がします。死んで行った猫たち、今生きている猫たち。君をはじめて見た時。


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