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2013
06.13

ペダルを漕いでも雨また雨 BUT

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。

降りつづく雨のトンネル。毎日毎夜、ペダルを漕いでも、漕いでも、雨また雨、雨のトンネル。
四方八方、雨づくしの世界。

毎日4時間、止むことのない雨に打たれていると心の中まですっぱく酸化していくようだ。乾くいとまもなく駆り出される雨ガッパは風呂場でだらしなく脱力し、束の間の扇風機の風に翻弄されるがまま。

この季節の雨は、ジトジトベトベトと湿気を含み、顔に体にまとわりつく。世の中に完全無欠な雨カッパはなく、雨水は袖口から足元から繊維のミクロンの孔(あな)から隙間を見つけジワジワと浸透し、不快体感のメータを吊り上げる。活動終盤にさしかかる頃には、まるで背骨を抜き取られたゾンビみたいにヨレヨレグチャグチャに疲れ果てる。
これが、雨の日の常道である。

海岸から六本木まで地域猫活動の配食を終えるのは深夜も深夜、くすんだミッドナイト・ジャズの音色が耳元をかすめるディープな時刻。後にした外暮しの猫たちのそれぞれのわびしさがブルースとなって押し寄せてくる、まさしくディープインパクトな深いブルーな時間帯。

ホッと一息、いや、しかしこれで終わったわけではない。この休息は止まり木のちょっとしたトランジット。
夜が白みかけるやいなや、再び後片付けの作業に、生乾きの雨ガッパに袖をとおし、出かけることになる。雨また雨のトンネルへ。
身を守る屋根を失くした雨の中の猫たち。動き始める町の気配を察し、身を小さくして何処へと消えてゆく。
そのうしろ姿が痛々しい。

文句も言わず、泣き言も言わず、黙々と生きる外暮らしの猫たち。誰がこんな運命を背負わせたのか、誰が彼らに降りかかった不運な頭上に優しく傘をさしかけてあげるのか、こんな無情の雨降る日には“雨のカーテン”の向こうに広がる世間を正直言って“恨めしく”思うこともある。
そう言う自分自身の、“人間”が出来てないのは充分すぎるほど分かっている。自問自答の繰り返しの日々だ。
だが、地域猫活動のいつ果てるとも知れない長いトンネル生活から、一つだけ導き出した答えがある。

それは、身寄りがなく暮らす彼ら地域猫たちの視界の中で“プロフェショナル”であるということ。どんなことがあっても信頼を決して裏切らない“プロ”としてふるまうこと。
このことは、外猫さんたちから教えられたのは言うまでもないが・・・
決定的な楔(くさび)を打ち込んでくれたのは、今後の活躍が期待されるデビュー前のイギリスとアメリカの二組のアーティスト。新鮮/強烈な衝撃を受けた。・・・ひたむきで、まじめで、シュガーコーティングされた汚れがなくピュアで、しかし回りをひれ伏せさせる説得力にあふれた能力とパワーと魅力。道をめざすのであれば、プロでなければいけない何かを教えられた。たとえ返り見られることがない動物の保護活動であっても。

近いうちに「プロって何?」っていうテーマで、この二組のアーティストをたたき台に書いてみたいことがあるので予告演習(?)にリンキングしておきます。
ひとつがXファクターのファイナル・ウィナーの18歳のメラニー・アマーロ(ビヨンセより響いてくる何かを感じた)の「Listen」
もうひとつはBGTから、“Richard And Adam”の「The Impossible Dream」「Somewhere」
中でもジョンソン・ブラザースのアダムは専門的なレッスンを受けずに19歳にして、この静謐さとこの貫禄。脱帽!

「Listen」「The Impossible Dream」「Somewhere」、自分たちの活動に照らし合わせると意味深なワードが並んでいるではないか。


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