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2013
06.23

観音さまとオチツケ君

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。

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練馬区のSHさん一家については「シャボット」時代から何度か話題に取り上げて来ましたが、この方を一言で表すと何て言ったら良いのでしょうか。
「神さま、仏さま、〇〇さま」と言う聞きなれた慣用句がありますが、SHさんは「観音菩薩さま」というのがピッタリ当たっているような気がします。
東に足を切断され行く末を案じられる犬がいれば行って引き取り共に暮らし、西に路頭に迷う猫がいれば親身になって心配し、こういう善意の人が大勢になれば「犬猫の受難問題」も自然消滅してくれる気がしますが、思い通りに行かないのが世の常、世の定め、世の中ってものです。

「観音菩薩さま」のような人。「んー」と一呼吸して、オンラインで調べてみること一しきり。
観世音とは「心で自在に世の中の音を観る仏」とあり、菩薩とは「自分のためだけではなく、他人の利益になることを考えて修行する人」とありました。
遠き未来、慈しみにより生あるものすべてを救うという菩薩、弥勒菩薩像がたたえる柔和な面影はキリスト教徒の私の目から見ても沈黙の中の“慈愛”をイメージさせます。
そして、千の「手の平」それぞれに一眼を持つという千手(せんじゅ)観音。千手観音の千本の手とは、どのような衆生(生き物すべて)をも救済しようとする観音さまの、慈悲と力の広大さを表しているといいます。

多くの人は自分だけの幸/不幸の牢獄に囚われ、慢心したり悲嘆にくれたり。「それが人生さ」と一喜一憂する“性(さが)”に疑いも挟まず生きています。自分だけの人生、今も昔も。
しかしSHさんの人生観や幸福観は大方の人たちとは一味も二味も不思議にちがっています。彼女は何事も分け与える人。自分の殻を蹴破って、優しさや慈しみがこぼれ出てしまう人なのです。
体が自由に動かせない犬の世話だけでそれで手一杯のはずなのに、戸外に空腹にさすらう猫がいれば一匹二匹と助け上げ、不慣れなTNR作業にも勇敢に駆けずり回り、大震災の時は<純情仔猫物語>のKAZUさんの元に支援物資を持って駆けつけました。そして、何と! 私たち<猫の郵便>が世話する地域猫のフォスターペアレントにまで手を挙げてくれているのです。
「思う」だけにとどまるのではなく、軽いフットワークで“足”を動かせる人。・・・そのエネルギーとパワーはどこからやって来るのか、まさに3本目以上の手を持つ慈愛の「観音菩薩さま」なのです。

そんなSHさんの元に3番目の猫さんがやって来ました。名前は「おちつけ」君。摩訶不思議な名前なので聞いてみたら、「おちつけ」になる前の名前は「あせるな」という名前だったというから、ぶっ飛んでしまいました。何でも外暮らしのさ迷い猫時代のオチツケ君は、食べ物を持って行くと飢餓感であせるようにガツガツと食らいついていたから「そんなに焦らなくてもいいのよ」と“アセルナ”君と呼ばれ、後に彼女の娘さんが「落ち着け、落ち着け」と声をかけ始めた時に“オチツケ”と名前が定着したようです。

オチツケ君は外の暮らしの時は顔を合わすたびにギャンギャンと言っていいくらい何かを訴えるように必死に鳴きわめいていたそうですが、家の中に入りSHさんウチの子になったら、すっかり鳴かなくなったといいます。
やはり、命には愛と安心と安全と平和が何よりも大事なのです。どうやら、オチツケ君は名前の通りに落ち着いたようです。
これで、また一つの命が救われました。

「奥様は魔女」ではなく、「奥様は観音さま」だったのです。


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