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2013
07.17

軽い躁うつ病は人を救う

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。 29℃

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外は雨降り。心はここのところ乱気流の中。集中力を欠き、意識があっちこっちに飛び散り、集約できないでいる。
わけの分からない不安や恐れもある。何故なんだろうと、ふと考えてみても分からない。これという見当がつかない。小さなことの積み重なりが積りに積もってこうなっているのかな、とも思ってみた。

でもだよ。これを書きはじめた時は実は“幸せな気分”だった。理由は、ただ一つ、帰宅後3時間眠れたから。睡眠で心も体もリフレッシュ、新しい酸素更新で満ち足りていた。
精神的混乱と幸福感が一つの体の中で同居している。このアップ&ダウン、これって軽い躁うつ病って言うのかな?

ストレス社会、見渡す世の中には今、“うつ病”の人がゴチャマンといて相当な数にのぼるらしいけれど、もしも自分が地域猫活動をしていなかったら、持って生まれた精神的気質が災いを呼び「うつ病」になっていたのだろうか? 
躁状態のない「うつ病」にどっぷりと。
社交性はないし、人づきあいは苦手だし、世の中のことは恐いと思っているし、どっちかと言うと内面トリップ型の芸術家肌だし、自分勝手流だけで暮らしていたら高じて間違いなく「内へ内へ/うつの方へうつの方へ」ディープにめり込んで行ったような、そんな気が無きにしも非ず。

地域猫活動は毎日、時計がその時刻を指したならば、機敏に的確に動いていかなければならない。
生き物は食をつなぎ“生”を重ねてゆく生き物、生き物を支える活動は「今日は都合があってできません」とか「風邪を引いたから休みます」とか、あらゆる言い訳が通用せず、時間になれば天気/自然現象に関わりなく自動的に毎日外に出かけ体を動かしている。地域猫活動の容赦のない機能性とセオリーです。
それがドーッと落ち込んで仕舞わない「ストッパーの役割を果たしてくれている」という風に思うことがしばしばあります。体を動かせば筋肉を少なからず使い、血流も良くなる。目の前に見える風景が否応なしに変われば、頭の中も自然にリセット/切り替わってゆく。
そうか、地域猫活動が自分の気質が病むことを助けてくれているとも考えられるんだ、ってね。

“明”があって“暗”。“暗”があって“明”。“うつ”があって“躁”。“躁”があって“うつ”。“光”があって“影”。“影”があって“光”。
地域猫活動からの思いもよらない副産物(福音?)で、“うつ”の対極の心理状態を手に入れ、ひょっとしてそれでバランスがどうにか保てているのかなって!
そうであるならば、この「軽い躁うつ病」も決して悪いことではないのだと、何故か奇妙な形で納得した自転車の上の夏の朝景色なのでした。


Jtaro1-65

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