2013
10.31

10月、今月のありがとう’2013

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    22℃~14℃ 

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A Thank-You Note To Our Friends】今はちょうど季節の変わり目。夏の名残の気候から台風が一つ二つと来るたびに季節がギアチェンジし、様変わりして来ました。
そうして、とうとう見渡せば夏の景色はどこにも影も形もなく、とうとう夜も更けると冬の気配が色濃く漂いはじめる淋しい季節になりました。

外で暮らす猫たちが季節の急激な変化に体調を維持してゆけるように色々考えながらの活動でしたが、ひとまず今月も無事に乗り切ることができ、「ホッ」と一安心です。活動をサポートして頂いている方々へ心からお礼申し上げます。

中野区のYTさん 港区KKさん 練馬区SHさん 品川区IMさん 港区MTさん 東久留米市HYさん 目黒区MNさん 横浜市IMさん 港区YMさん 港区MMさん 港区ATさん(10月中ににゆうちょ銀行から通知が届き確認できた方々です)

上の方々は「猫の郵便」の活動を支えてくれているハート・オブ・ゴールドを持った人たちです。本当にやさしい気持ちをありがとうございます。

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今月は月後半になって、室内保護猫のポポフ君やアテニャンやリス君が次々に病気になり、心配事のアンテナをあちこちに張り巡らせなければいけない活動状況でした。
現在、地域猫活動や猫の保護活動は“世間の無理解の中”で、本当に孤立無援な孤独な存在=作業過程にありまして。
そんな社会風土にありながら、いつも。こんな風に強く温かい風を送ってくれる皆さんの存在がなければ、ここまでたどり着いていなかったかもしれません。だから、本当に「ありがとう!」なのです。

苦しいことはいっぱいあります。つらいこともいっぱいあります。でも、支えてくれている皆さんの愛情を感じるからこそ、真夜中に作業している時など、星や月を見ながら「つながっているんだ!」とエネルギーや勇気を確認し、前を向けるのです。本当です。

皆さん。これからも応援よろしくお願います。・・・「猫の郵便」の弁当配達を待つ猫さんたちのことを忘れないで、心に大事に置いていてくれて、ありがとう!
自分に向ける愛よりも他の困っている存在に気持ちを向ける人に、本当にありがとう!
いっぱい、いっぱい、ありがとう。みんなに、ありがとう。
「ありがとう!」の他に、言葉が何も見つかりません。誠心誠意、心からそう思うのです。

今月の買い物ラプソディ】資本主義社会は金次第。お金がなければキャットフードが買えない。お金がなければ病気になった人も猫も病院に行けない。地獄の沙汰も金次第。
そんな資本主義の絡繰りの中で「値上げ、また値上げ」が寄せる波のように押し寄せて来た今年の“秋模様”でした。

キャットフード、必要なさまざまなグッズ、そして目立たない色々な出費。
値上げされた商品。値上げにはなっていないけれど、中身が粗悪なスカスカ状態になり、実質の大幅値上げになった商品。
ダブルキャリアの通称バラタマタン(ローズマリー)の命綱・ローヤルカナンも11月には値上がりになるという。
値上げ、また値上げの2013~2014の社会風景です。

ペットフードの問屋さんの旦那が言っていました。安倍政権になってから、ここのところずうーっと、「ろくなことがない!」と。この耳で確かに聞きました。
・・・彼の奥さんが買い物から帰ってくるたびに「あれも上がった。これも値上がり! やになっちゃう、もう!」と耳タコ状態で聞かされ、先行き晴れない「困ったなう!」だと言うのです。
でも、これが町に普通に生きる庶民のリアルな心情なのでしょう!

今月は「猫の郵便」のJの自転車が壊れかけていて、彼が忙しかったので、新しい自転車の購入の手伝いを私がヘルプしましたが、その時驚いたのもやっぱり「アホノミクスの弊害」でした。
自転車業界は円安による混乱で、値上げしなければならない状況に迫られ、カタログにある商品“自転車”全ての生産をストップ状態にしなければならなくなったと言うのですから呆れます。

四方八方の社会色々眺め渡し「Ah、F○○○、Y○○! Ha! ブルータス、お前もか!?」と。厭世的な心境にもなりますが。結局、よくよく考えてみると、みーんな何かも政治・社会・経済のトップにいる奴らが一般庶民の生活基盤を根こそぎ踏みにじっているということなのですよね! と、つくづく。

一般庶民の50%&70%が消費税増税に賛成なんて、笑わせてくれるわ! 
東京新聞をのぞくオール・マスコミ!
新聞を止め、テレビを見るもを止め、助けてちょ(名古屋弁?)! か弱き者を助けるために!(鉄腕ウンガ)


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2013
10.30

後続の自転車に追突されなぎ倒される

Category: 速報と情報
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鉄腕ウンガさんが10月30日19時近く。帰宅途中、後続の自転車に追突され、自転車もろとも地面に叩きつけられ、膝と腕に怪我を負いました。

追突した自転車は何食わぬ顔で走り去ったという。

モラルも何もあったもんじゃない公共空間の殺伐とした風景です。


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2013
10.29

ハムレットのジレンマ

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                            Wikipediaより
ハムレットのジレンマ】重い尿毒症の疾患にあり、見るからに年老いたポポフ君は、疾患にともなう低体温症状のため、命の危機が危ぶまれ「亡くなるのなら慣れ親しんだ我が家で」と退院させ、帰宅しました。
その時点で体温は35度台まで下がっていました。本当に危険な状態でした。
しかし、ポポフ君の体の中にどんな風が吹いたのかは分かりませんが、だんだん生体反応が良くなり、夜が明けて抱っこしたら体がほんわりと温かくなっていました。
家に戻ったポポフ君にしてあげられたことと言ったら、頭・首すじ・顔・背中を撫でさすったこと。そして補液と少しの介護給食と添い寝をしたこと。ただそれだけです。

ポポフ君を抱き、椅子にすわり、膝に乗せ、やわらかくうずくまる体から返って来る反応が「今にも死んでしまう」ものとは、どうしても思えず、心の葛藤が交錯する中で、微かな可能性をさがし求め、獣医師の先生に「もう一度」と連絡してみました。
そして、ポポフ君を連れ病院に行くと、体温は37度まで回復していました。まだ自発的な食欲は戻ってないものの、血液検査の結果はクリアチニンや窒素化合物などの数値も改善の兆しを見せ、再び専門家の手による点滴静脈注射を主とした治療にゆだねることになりました。

再入院です。別れ際、目を見ると「帰れるものと思っていたのに」という声が聞こえてきそうで辛かったのですが、ほんの少しでも可能性があるのならば出来るだけのことはしてあげたいので仕方がありません。
感染症(猫エイズ・白血病)、猫の癌、猫の腎臓病。これら猫の三大死因とも言われている重い病気を宿し“死の淵”に立たされた猫さんたちを目の当たりにする時、いつもいつも究極の選択の両極に別れる岐路に立ちすくみます。

右の道を行くべきなのか? 左の道をゆくべきなのか? Aの道なのか? Bの道なのか?
これで良いのか? これで良いのか? あれで良かったのか? あれで良かったのか? 二つの相反する両極に板挟みになる「ハムレットの心境」、「ハムレットのジレンマ」に襲われるのです。
「ここで疲れ果て眠ってしまったなら、捨て猫という悲しい過去を持つこの子を孤独に旅立たせることになる。しかし、休まなければ自分が倒れてしまう」
「入院中の見知らぬ部屋でひっそりと命終わらせるのは、猫にも人にも辛い。されど治療を受けさせないわけにもゆかず。可能性を捨てるのも苦しい」

どの段階で介護食/栄養補給を断念するのか? どの段階を区切りに水分補給を断念するのか? どの段階で医療をあきらめるのか? 
To be,or not to be(あるべきか? あらざるべきか?)・・・、「ハムレットのジレンマ」がいつもいつもやって来ては心の一番やわらかな部分を揺さぶるのです。


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※シェークスピアの戯曲「ハムレット」の中で世界的に有名な言葉:To be,or not to be・・・は、一般では「生きるべきか、死ぬべきか」と訳され知れ渡っていますが、余りにも狭い意味にしか翻訳されておらず、ちょっと問題です。
「生きるべきか、死ぬべきか」の単純な意味を求めるなら「To live,or not to die」に何故シェークスピアはしなかったのか? それは・・・
“Be”が曲者なのです。動詞Beは英語の中で最も基本的な動詞で、日本語では「ある」という状態や事を指し示します。存在がある。事がある。「そう」である。
「ある」という意味のBeは「Do」や「Take」や「Think」など他の動詞表現のベースにある語(ことば)です。
つまり、存在(人)の行為がある状態、する・考える・つかむ・さわる・・・がある状態。するべきか止めるべきか、考えるべきか考えるのを止めるべきか・・・
シェークスピアは人間の営みのあらゆる行為を包み込んで「Be」という言葉を選び、人間の営み全般にまたがり相対し合う両極の狭間で葛藤する「苦悩する深さ」を描きたかったのだと思います。


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2013
10.28

登りつめたら「坂の上に月」

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                         アテニャンとポポフ 2008/11/14

登りつめたら坂の上に月」】運、不運。ツキに見放された時には得てして不運なことが連続的に起こったりする。ポポフ君の重篤な病気、室内保護猫のアテニャン(11歳)の風邪症状と一歳児猫の中々治らない嘔吐症状。
薬を飲むのを拒否して逃げ回る猫を追いかけ、むんずと捕まえ投薬したら、激しく抵抗され、手を引っ掻かれる痛い目に遭った。

外猫活動で外に出れば出たで、今度はおいらのポンコツ自転車、止まった途端にチェーンが外れ、「オー マイ ガーッ!」と天を仰いだ。所は麻布十番路地の奥。
そこから大門を抜け、芝浦海岸に向かう途中の出来事だった。泣きっ面に蜂とはまさにこの事。
荷物を載せた自転車を引きずり、悪い頭で知恵をしぼり、ひねり出した苦肉の策は「ここから海岸までは全部下り坂。一番急な坂道はオーストラリア大使館からのコースだから、あの小高い丘の上まで行けば何とかなる」と、まずは麻布十番ラボエム前の急傾斜を思い出し短いスロープを手始めに勢いよく降りた。

自転車押し押し「エーンヤコラ」、スロー・ジョギングで「エーンヤコラ」、軽く汗ばみながらオーストラリア大使館のある小高い丘の上まで。
登った坂道の上には淡い秋の白雲と連れだって、ハーフムーンがポッカリ。ピカピカ輝き泳いでいた。
「これで何とかなる」、目に涼しく印象的な“坂の上の月”の現れに、家に残した「ポポフ君の命の糸」を思い、願かけて、そして急斜面の路面を一気に下り降りた。

そうして、その夜の活動は大幅に遅れ、待たせた外猫さんたちにもポポフ君にも悪いことをした。
この自転車は帰りに鉄腕ウンガさんの所に一時乗り捨て、次の日からは買って置いたスペアの自転車に切り替えた。
本格的に地域猫活動(※)を始めてから6年と数カ月。これで5代目の自転車になる。チェーンが外れた自転車はあっちこっちにガタが来ていて、今月末に廃車予定だった。
毎日4時間は必ず乗る自転車。・・・2年と持たなかった。

「これから、あと何台の自転車を乗り替えれば、私たちの地域猫活動に終わりは来るのだろうか?」 道々、壊れた自転車たちや死んでいった猫さんたちの面影が、月影照らす夜の街並みに、走馬灯のように流れ過ぎていった。

次の日、新しい自転車で現場に行くと、どの子もいつもはポンコツ自転車がきしむ音を聞き分けて飛び出してくるのだが、呼び鈴を鳴らしても中々出て来ず、ワンテンポもスリーテンポも遅れ、のっそりとケゲンそうな顔つきで現れ、疑り深く様子をうかがう猫さんたちだったのだ。・・・警戒するに越したことはない。


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※広域に広がる地域猫活動を本格的に始めたのが6年数カ月前。それ以前は1998年から、住んでいるマンションの近くで夜逃げ同然に逃げていった馬鹿女が見捨てた猫たち、2001年からは嘘つき女が見捨てた猫たち(「あたしがこの子たちの面倒を見てるの!」と言った猫たちは、自分の家の多頭飼い崩壊の解決策として、街のあちこちに猫をばらまいていたことが後から分かった)を保護したり、世話をしていた。
ポポフ君やダリン君、家で死んだムスタファ姫やテネシーやテルミンやダビデ君やキップ君、それにモモちゃんもジョシュア君も・・・あの子もこの子も、あの一角の出身。
その頃は手当り次第に室内保護していた。

当時は自分の行為を活動ともボランティアとも自覚していなかった。


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2013
10.27

点滴静脈注射、一進一退

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                               2011年口内炎で通院の頃

点滴一進一退】世間で俗流に使われている「点滴」という用語は、正確には「点滴静脈注射」と言うのだそうです。

バッグに入れて吊るした薬剤を静脈内に留置した注射針から一滴ずつ、少しずつ投与する方法です。

ポポフ君は緊急入院する24時間前までは自力/自発で通常の食事をしていましたが、その後パッタリ生気を失くしてしまいました。

衰弱が急激で、激しく。治療は皮下注射による補液では吸収する量が100cc程度と限界があり、獣医師の先生の判断で補液の方法が血液に直接投与する「点滴」になりました。

時間をかけ、少しずつ大量の薬剤を投与する。結果がどう転ぶかは「神のみぞ知る」領域になりますが、努力しています。

当のポポフ君はまだ目に力もあり、意識もはっきりしています。ボサボサに見えた毛並が少ししっとりと滑らかになったように感じるのは「親の欲目?」、それとも気のせいでしょうか? 共に暮らして来たポポフ君を思う複雑な気持ちは続きます。


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2013
10.26

ポポフ君の命の糸

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                                      左がポポフ君の2才の頃

ポポフ君の命の糸】10月24日の朝に尿毒症の集中治療のために緊急入院したポポフは、わずか1日半で退院し、家に帰って来ました。

1週間の入院加療の見込みでしたが加速度的に各症状が悪化し、担当の先生から「慣れ親しんだ環境、慣れ親しんだ人の元で穏やかに過ごさせた方が良い状態です」と話があり、受け入れることになりました。

こちらも獣医の先生との普段の話し合いの中で「治る見込みがない場合は我が家で最期の日々を送らせてやりたいので、ポジ・ネガいずれであっても正確な情報のインフォームドコンセントを宜しくお願いします」と伝えていました。

ポポフ君は、入院直後から時間を追うごとに次第に体温が下がり、ついには低体温症に陥りました。主要疾患にともなう“低体温症”とは、つまり「はい」そういうことです。

例えば、なだらかな坂道の上にボールがあるとします。坂の上のボールが何らかの反動/反応でひとたび動き始めたら、もうそこまで来てしまったなら、自然の摂理には誰も逆らうことはできないのです。
ポポフ君は「命の坂の上」まで来てしまったようです。

あるがままに、なすがままにポポフ君に起きている“現実”を受け入れようと思っています。

人間の哲学に「どう生きるかは、どう死ぬのかだ」という事があるのならば、生きとし生けるものと向かい合うということは、「生きることの可能性をどう広げてあげるか」ということも大事だけれど、「どう死なせてあげるか」を心の内に問いかけるのも「付き添う者のミッション」として大切なことだと、普段から思っています。

ですが、ポポフ君の命のタイトロープが微かなか細い糸であっても繋がり続けている限り、あきらめずにポポフ君がなだらかな坂道を穏やかに降りて行けるように、様子を見ながら補液と点滴と介護給食は自宅で続けてゆきます。

「どう生きるかは、どう死ぬのかだ」・・・。「どう死なせてあげるのか?」・・・。いつもこの問題については複雑な思いが入り乱れますが、「動物福祉」の重要なテーマであり、活動の課題です。命には必ず終わりが来るから。


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2013
10.25

夏、そして秋から冬へ(PH版)

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普段でも何気にヘビーな地域猫活動ですが、急激な季節の変化に大わらわになっている間に「猫の郵便」のJには尿毒症で緊急入院したポポフ君の心配が加わりました。

ここで大事なのが友だちの援軍、私/鉄腕ウンガが勝手に「今日のブログ」の緊急登板をすることにしました。
イメージ・ヴィジュアルの写真は頼んで送信してもらいましたが、少しは休んでリラックスするのも必要です。

Jと猫のポポフ君は12年の付き合いになり、寝食共にして来た「あうん」の呼吸でつながっているから、入院させ離れていても何処かに安心があると言っていました。

もし万一、入院中に不測の事態になったとしても、それは「天命」として受け入れざるを得ないとも話していました。

保護した猫たち、外で生きる猫たち、双方にバランス良く気を配らなければいけない。苦しいところです。



そして秋から冬へ】今月のはじめは半袖のシャツを着ていたのに、今はもうすっかり秋模様。寒さへとまっしぐらに向かう季節になりました。

暑かった頃の夏の出来事のあれこれ。それらが嘘のように遠ざかってゆきます。

季節がまだ夏の真盛りだったあの頃。猛暑と蒸し暑さの中での活動の辛さを嘆く私。

ウンガに「猫の郵便」の J君はいつもこう言っていました。

「暑いのと寒いのでは暑い方がいいでしょ! 蚊に刺されたことだって何だって、時間が過ぎてしまえば懐かしくなる。寒いのは体に痛くて、心にわびしいじゃないですか。」

こう言われる度に、私は内心で思っていました。

「えー? 蚊が懐かしい? ジョーダンでしょ! この痒さが? ゼッタイに懐かしくなんかなるもんですか! 暑いのはイヤだよ~・・・ 早く涼しくなあ~れ・・・」

そして、長い夏が過ぎて、朝夕冷えて、寒すぎる秋が早々とやって来て、やっと J君が言っていた意味を実感しました。

冷たい雨。冷たい風。秋から冬へ。屋根のない暮しの猫たちには厳しい季節が始まりました。

冬期間は、ほんとうに猫たちがかわいそうで、確かに J君の言うように「わびしい」です。

猫さんたちへの給食を終えて、「じゃ、また明日ね・・・」と挨拶をする。寒い風に吹きさらされて、去って行く小さな体が胸にキリリと切なくなるのです。

そうです、今思えば夏の方が良かったです。夏を恨んだのは私の心得違いでした。ハンセイです。

暑くても辛くても、外暮らしの猫さんたちの給食をしていると、いろんな生き物に出会います。

しかし、寒くなってからは給食場所に出てくる虫や蟻も少なくなって来ました。まだ、暑かった頃はいろんな生き物の息吹がありました。

それも今となっては、呼び戻せない懐かしい思い出になるということですね。

「猫の郵便」のJが言いたかったことは、「過ぎ去ってしまえば、さまざまな出来事が辛いことでも嬉しいことでも時の流れの熟成を経て、甘く切ない咆哮を放ち香り出す」、そういうことだったのです。

「一生懸命に生きていれば、必ずそうなる」と、J君が日頃、口にしていることを最後に書き添えます。

捨てられた猫たちをめぐるさまざまな人たちの日夜の努力や悪戦苦闘が、いつの日か時の熟成を経て、きれいな結晶になって、光り輝きだすことを心から祈ります。(鉄腕ウンガ)


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2013
10.24

保護猫ポポフ君の緊急入院

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保護猫ポポフ君の緊急入院】保護猫のポポフ君が尿毒症症候群の診断を受け、緊急入院することになりました。一週間の入院加療期間を設けて、その間、補液・点滴により大量の水分を補給させ、尿毒症の要因になっている窒素化合物を尿と同時に体の外に排出させるのが主たる目的です。

尿毒症になり尿毒素が体の中に溜まり始めると、尿毒素が体の中で悪さをし、神経系・循環器・消化器・血液などのほとんどの器官に異常が現れると聞きました。

通院のきっかけになったのは、つい二日前に私が活動の合間の小休止でベッドに横になった時のことでした。
私が横になろうとすると、いつものようにポポフ君がやって来て二の腕に顔を乗せたので、しげしげと顔を見つめてみたら、「急激に老人の顔/体になってしまった」と感じ、とりあえず「何か病状はあるのか?」診てもらうことにしたのです。

ポポフ君は現在12歳。ポポフ君が我が家にやって来たには2002年の2月9日、土曜日でした。とても冷え込んだ夜。午前3時。その小さな姿は、麻布十番の路地裏の駐車場の暗がりでフラフラと、レジ袋が風に儚く舞うような危なっかしさでした。この凍てつく寒さで、この状態で置き去りにしたなら、この子は確実に死んでしまうと、駐車場からビル脇・公開空地にヨロヨロと逃げるのを追いかけ、素手で捕まえたのがポポフ君でした。

手のひらサイズの大きさ。中指と親指で輪を作り支えられる細さ。あの時、指に感じたあばら骨の感触を未だに呼び戻せるむごさ。日が明けると、その日、東京には雪が降り出し、あの時あの瞬間に捕まえられなかったら、子猫ポポフの命運は尽きあのまま死んでいたかもしれません。

生後四か月か、五カ月くらいだっただろうか? 顔と体との成長が奇妙にアンバランスな・・・。そして、凍てつく寒さに鼻と呼吸器系をやられ「ゼイゼイ」していた“体に力と呼べるものが殆どなかった子猫”ポポフは、幼少期はいつも私の右肩に乗り暮らしました。洗面所で顔を洗ったり歯磨きしている時は鏡の前に鎮座し、お風呂に入る時には浴槽の淵に止まりお湯に戯れ遊んでいた。あれから12年。

猫も12年も経てば年老い、あちこち体が傷んで来るのも自然の成り行きというもの。9月に亡くなったテネシーの補液のために天井と壁の境の木部に作ったフックを使って、ポポフ君が退院したら、また補液パックをそこに吊るして、点滴ライフの日々が始まります。


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2013
10.22

静かな秋の夕暮れ、凛々しい少女に会う

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静かな秋の夕暮れ凛々しい少女に会う】空一面に広く水にミルクを流し込んだような白濁した曇り空の日々が続いている。雲低く、曇り空の流れで日が落ちると、夜風は冷たく所を選ばず地面をさらい吹き渡ってゆく。
そして、今週末から週明けにかけては大型の台風が二つ立て続けに日本列島に接近するという。

地域猫活動と天気のプラス・マイナスは密接な関係にあり、台風の予感は地域猫活動をする者にとっては憂うつを誘う天の采配である。
普段なら何気なくしている作業であっても、嵐ともなれば負荷は何倍もの圧力となってのしかかって来る。
そんな時ほど何の罪もない“いたいけな猫たち”を“街の荒れ野”に捨てた人たちを脳裏に怒りの導火線をはらませ思い浮かべずにはいられなくなる。

だが然りとて、感情を怒りで満タンにしてみたところで奴らの顔は見えず。世間の無理解の中、星めぐりするかのように朝な夕な馴染みの猫住む街角を点々とたどってゆく時、通行人・警備員・話しかけて来る人・クレームをつける人・現場を荒らす人などストレスフルなことばかりが多く、心に防波堤を作りその裏に“心”を隠し、心塞ぎがちにして成し遂げている活動の日々です。

現場でどんなことがあっても「どこ吹く風」と、「知らん顔の半兵衛」を決め込み、馬耳東風にしていなければ身が持たない。この国の公共空間では「動物の福祉活動」とか「動物の権利」など、一言言うものならばけんもほろろ、つっけんどんに洟(はな)もひっかけない肩身狭い存在、それが地域猫活動。
外暮らしの猫たちの物悲しいリアルなど、立ち話の束の間に伝え切れるものなどではない。

何が起こるか分からない現場活動で、アンテナを尖らし、気を張りつめて作業して来た過去と現在。活動の始まりの過去には、話しかけられ質問されれば、一つ一つに丁寧に受け答えしていた頃もあったが、それらほとんどが通りすがりの実のない興味本位やカラカイや冷かしや暇つぶしの相手だと悟った時、実のない会話に引き止められるのは鬱陶しく感じるようになって行ったというのが正直なところです。
話せば話すほどに「空しさ」という名の請求書が目の前にうず高く加算されてゆくばかりでした。

「ここ猫何匹?(この人は毎回同じ質問)」「あんたホントに猫好きなんだね(毎回同じ)」「猫に触らせてもらえますか?」「猫がひっかくから叩いたんでしょ。何が悪いの!」「エサにつられて懐いているんだぁー」「あんたの猫かよ。子供(時に犬)が遊びたがっているだけだろ。ほっとけよ!」等々、遠慮会釈なく。おにぎりやカニカマなどの人間の食べ物をぶちまけて行く人は、何度注意しても「分りました」とその場を取り繕うものの、結局聞く耳持たず。
作業現場にづかづかと割り込み、猫たちを追い回す人。いい年をした男や女が奇声一発「にゃー!」とか「反日!」と叫んで通り過ぎるのにも辟易。
エクスキューズもなく話しかけられ、思いを乱れ打たれるのにも迷惑。
作業効率を考え、目を合わさず、心を硬く閉ざすしか何も方法が見つからなかった。

そうして、ある日の秋の夕暮れ時。辺りがうす暗く日を落とし始めた頃。その少女はそこに立っていたのです。年齢は10歳くらい。父親に連れられた白人の清楚な少女。
三匹の猫たちと輪になり、対面給食をしていると、いつの間にかその小さな少女が5メートルくらいの前方に立ち、こちらをじっと見つめていたのです。
決して近づこうとせず、距離を守り、ただじっと見つめていました。眼差しだけがやってきました。
経験上、日本の子供なら、興味なしで通過するか、キャッキャッと甲高い声を上げて騒ぎ回るかのどっちかが殆どだけれど、彼女は違っていました。
彼女はただ物静かにWatchするばかり。不思議な空気をたたえた少女でした。
そして、作業が終わり、荷物をまとめ始めると、彼女は一歩二歩と歩を進め、「Thank you,Thank you・・・」と、何度も声をかけてくれたのです。
その少女の細くきれいな声に乗せた言葉たち。すると、何故か張っていた気がゆるみ、何だかどこからともなく鼻の奥がツーンとして泣きそうになっている自分がいました。
父親は少女の関心のままに任せ、「さあ、行こう」などとせっつく様子も見せず、見守っていました。時間にして約10分~15分。

10歳くらいの少女が「それが社会活動である」と察知できる目持つ。「猫たちを助けてくれてありがとう」と声にして発言する倫理観を持つ。やっぱり「教育かな?」「社会環境かな?」「教育の効果は大きいな」と・・・
公共空間を市民自らの手で勝ち取り築き上げて来た文化圏(社会風土)で育った者と、公共や文化がトップダウンでしか成り立たない文化圏で育まれた感性とのはなはだしい違い。かくも大きい落差と温度差。欲求と欲望だけを教える社会に毒され辟易としていた身には、晴天の霹靂の新鮮な出来事でした。

少女に手を振り、別れを告げた時、日は完全に暮れ、ペダルを漕ぐリズムから「・・・そうだ。目先のことに足元をすくわれていちゃダメ。地域猫活動は世界とつながっているんだ! 世界の公共空間とつながっているんだ!」と、泉のように湧き上がる“あったかさ”を感じていました。


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2013
10.21

身心共、自問自答の地域猫活動

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超睡眠不足の挙句に日曜日夕方の雨に一時間強どっぷりまるごと当たりっぱなしになり、体が芯まで冷え切ってしまった。超バッド・コンディション。ひどい降りだった。

ある現場の二匹の猫は急激な気候の変動に右往左往し、「寒いよ!」と訴え鳴いているように聞こえた。普段の鳴き声と違って聞こえた。切なかった。

今年は夏あたりから夜になると雨がよく降り、外猫たちの暮らしは大変だった。
そして、これからの季節、日ごとに寒さがドンドン増してゆく。

三日ほど前からは、深夜から早朝にかけて、もう冬の始まりを感じさせられるくらいの“わびしい空気感”が道行くそこかしこに漂いはじめている。

そして、一日中間断なく降り続けた雨上がりの夜空には、雨雲の名残りの雲の切れ間から、冴え冴えと冷たい光をたたえた満月が一人孤高の輝きを放っていた。それは冬の訪れのシグナルのように見えた。

あと五か月半、この夜空の冷たさの下、耐え抜いてゆく。今年の冬には何が待っているのか? 今シーズンの外猫たち、何頭が冬の厳しさをくぐり抜けられるのか? 自問自答の自転車を走らせ、地域猫活動は続いてゆく。


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2013
10.19

私たちが歩んできたワン・シーン

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    19℃~15℃

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「猫の郵便シャボット」2013年4月16日号、鉄腕ウンガ・レポートを転載し、掲載します。

         

動物を取り囲む社会環境。捨て猫の現場を取り囲む社会環境。そして私たちの活動を取り囲む社会環境。

「国境の長いトンネルを抜けたら雪国だった」のではなく、どこをどう掘り進んでも立ちはだかるのは同じ絵柄、同じ模様の金太郎アメ的現実にぶつかる。

どこをどう切り刻んでも出て来るのは同じ顔をした金太郎アメ的な幻術による「動物を取り囲む」この社会風景。否応なく、御身大事主義と事なかれ主義にぶつかることになる。

軽く見られがちな私たちの活動。地域猫活動。トントンとノックしても色よい返事は中々もらえなかった先輩たち。私たちの始まりもそうだった。色んな所で「ダメ」と言われた。

平身低頭に頭を下げて“お願い”すると、硬い扉の社会は居丈高な役職と身分を笠に着て「事なかれ主義」で跳ね飛ばす。されど「負けじ」とこちらは“耐えの術「忍術」”で見捨てられた猫共々この小径を細々と歩いて来た。

個人宅は別として、私たちの活動が今、各会社に容認されるようになったのは、彼らが「動物の福祉活動」を理解しているからではなく、騒がれないよう対処した苦肉の策だと、大人だからそれくらいのことは充分に認識できる。

しかし、理解が十分でない事や深い理解がない事には、いつかホコロビが出る。どうでもいいことだから、意思を警備会社に降ろさなかった。警備会社と清掃会社には自分たちでお土産を持ち挨拶に行った。今度は警備会社が警備員に情報を降ろさなかった。

親会社と警備会社は捨て猫されるのを防げなかった。そして捨て猫問題に対する対策も動物福祉の意思もノウハウもスキルも持ち合わせていない。ならば、私たちの活動に多少の敬意を払ってくれても良いと思うのだが。共に問題解決をしようとは中々してくれない。

御身大事主義と事なかれ主義の高い壁。不落の要塞。孤独な戦いは続いてゆく。
政・官・民、どこをどう切り刻んでも鉄面皮の金太郎アメな社会、孤独な戦いは続いてゆく。
・・・悲しいかな、これが現実です。


初め居丈高やがて平身低頭(猫の郵便シャボット・4月16日号)】(前段省略)長くなりますが、その時に起きた事実です。先日も書きましたが、その遺体が横たわっていたのは、手がまったく届かない、しっかりと施錠された場所でした。

(中略)

仕事を終えてその場所に急行し、活動場所敷地のT会社系列のT警備会社に出向きました。時刻は、21時少し過ぎ。先ず、最初に当然なこととして自分の団体名・姓名を名乗りました。
T警備会社は私たちの活動を充分知っていますが、改めて私たちは 「T社」の許可のもと活動をしていることと、今回出向いた事情と訳を話し、「敷地を管理している会社を知っていたら教えてください」と、お願いしました。

T警備会社の答えは「当社とは関係ない! JRだと思います!」と、言うものでした。
そこで、私は再度念押しに聞き直しました。「それでは、一切関係ないんですね?」
返ってきたのはオーム返しの「関係ありません!」というそっけない答えでした。

「では!」と、次は言われた通り、JRに行きました。
窓口にいた女性に事情を話すと、まじめに話を聞いてくれて、あちこち電話連絡をしてくれました。
そして、「調べるのに時間がかかりますが、時間は大丈夫ですか?」と、気遣ってくれました。

20分くらい経ったでしょうか? JR男性社員がやって来てこう言います。「ここから、3本目の柱から向こうは、T社の管理責任です。その場所はJRの管理ではありません。その場所は港区とT社と○社、3者の管理です。
そして「連絡先を調べます」と言ってくれたのです。
しばらくして、そのJR男性社員から「その場所にT警備会社が来ることになりましたから、行ってみてください」と言われました。

JRの方に、ここまで親切に対応してもらえて、私は心からありがたいと思いました。
それに引き換え、自社の管理地なのに調べもせずに「関係ない」と、言い切ったT警備会社は一体何なんだろうと、怒りがこみ上げてきました。そのデタラメさ加減といったら・・・
その場しのぎの言い逃れ、とにかく責任を回避しようとしているとしか思えませんでした。

現場に戻り、T警備会社担当を待ちました。ほんの近く、目と鼻の先の場所なのに、なかなか来ません。
綿密な“言い訳”問答の練習ミーティングでもしていたのでしょうか?
やっと担当者が来た時は22時をとっくに回っていました。で、担当者が言うには「連絡したところ、鍵の担当は月曜日にならないと出社しないので、月曜日に連絡してからでないと鍵は開けられません。」と、言うものでした。
おいおい、鍵の担当者? 連絡をしたところ?
Hey、Hey、知ってたんじゃねーかよ!

挙句に、「さっき、関係ないと言ったのは鍵を持っているのは別会社だから」と、開き直り。
その場所を管理しているのが自分の親会社なのに、関係ないんでしょうかね? 
テキトーなのも いい加減にしろ!と、正直思いました。相手が「たかが猫」のことだからテキトーにあしらっておけば良いとでも思ったのでしょうか?
蛍光灯アタマのにぶーいウンガも「ふんぞり返るのもイイカゲンにしろ!」と心のなかでふつふつと逆上したのです。

(中略)

結局、連絡しておいた猫の郵便のJの到着を待ちました。Jは「なんとかしなくちゃ」と、あたりに道具を探し、狭い隙間しかない空間に苦闘した末に、やっとのことで収容することに成功し抱きしめました。
J が懸命に作業している間、T警備会社の担当はただ棒立ちになって、ボーっと無表情に見ているだけでした。
「早くやり過ごしたい」態度みえみえでした。

今回の警備会社の対応は惨憺たるものだと思いますが、これはこの会社に限ったことではありません。“仕事をタテ割りに細かく仕切り、責任の所在がどこにあるか分かりづらくする。”
タテ割りという言葉はニュース番組でよく耳にすると思いますが、行政機関がよく使う責任逃れ・たらい回しの常套手段です。・・・そして誰も責任を取らなかったって言うヤツです。責任をとらないで済むように仕組まれた仕事システムって、何?
だから「縦割り」は批判されるのです。

しかし、この傾向は行政機関に限ったことではありません。今では、この手法は病院や各テレビ局や民間企業のすみずみまで浸透しはびこっています。
全て縦割り、どこのドアを叩いても、激しく叩いてみても、誰も出てこない、そこに誰もいない。
・・・こんな風景・こんな社会でいいんでしょうか?

これじゃ、言われている閉塞状況はいつまでも果てしなく続き、何も解決されることなしに、ドアの外に私たち弱い一般庶民だけが無造作に置き去りにされてしまう(後略)<鉄腕ウンガ>


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2013
10.17

専属特約カメラマン

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専属特約カメラマン】冒頭の写真は私たち「猫の郵便」が活動するある場所で、見回りや口内炎の猫の投薬などを日頃手伝ってくれているA・Tさんが撮影したものです。

A・Tさんが撮影した写真は10月初めからブログ冒頭のイメージ・ヴィジュアルに使わせていただいていますが、進むべき道を間違えたんじゃないかというくらいに、どれも素晴らしい写真。「やるなぁー!」と思いました。

10月初めから掲載しているこのサイズの写真は全てAさんの作品です。

使っているカメラの機種はただの携帯電話。しかし、トリミングなどの修正や加工を一切しないでブログに載せられるから大したものです。被写体の猫がフレームの中にカッチリ収まり、余計なものは写り込んでいない。
それには携帯電話のカメラである以上、猫に肉薄しなければ、このような“収穫”は上げられません。撮れないのです。
被写体の猫と撮影する人との距離。A・Tさんの日頃の猫へのアプローチの濃密さがもたらした果実であり、“賜物”だと思います。そしてA・Tさんがただ単に「猫を撮る」だけではなく、「平和」や「平穏」を写し撮っているのが何よりも素晴らしいです。

動物撮影はカメラ撮影の中でもむずかしいジャンルの一つ。それも家猫ではなく、外猫の撮影で、猫たちを少しも緊張させることなく穏やかな表情をとらえられるなんて、ワンダフルのレベルです。
観察撮影でもなく、記念撮影でもなく、外で生きる猫たちの悲哀と生の姿がそのまま伝わり来るメッセージになっています。

日夜の活動の際は大量の荷物にデジカメを積んで行動するのは大変ハードで、或いは撮影のためだけの時間を取るのもこれまたむずかしく、だからA・Tさんの“意外な才能”にニンマリ微笑む秋の夜なのでした。


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2013
10.16

警備員と口論?乱闘?

Category: 地域猫活動
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警備員と口論乱闘?】「警備員ともめてるの? 某サイトに出ていたよ」「(警備員と)口論とか乱闘とかしたの?」 そう質(ただ)され、毎度のことながら内なるため息に気づかれないように天を仰いだ。
人は激しいことや突飛なことやスキャンダル臭のすることを何故か信じ込んでしまうようだ。またしてもやった者勝ち。アナウンスメント効果絶大なり。

指摘された某サイトの検証はしていないのだが、活動はどの場所においても手続きを踏みそれぞれの関係会社や個人宅の了解を得て行っている。確かに親会社が警備会社へ情報を降ろしていな場合には、呼び止められ説明の立ち話はしたことはある。しかし、口論や乱闘をするまでに至る必要はどこにもない。

当ブログの9月15日号を錯覚解釈し、私たちが某巨大企業の警備員ともめ事を起こしていると期待する向きの人には「残念でした」と言う他ない。9月15日の記事内容の警備員は六本木エリアの某ビルの新米ガードマンさん。
でも、それだってビルの管理会社と警備会社の意思伝達の怠慢と不徹底。
今の会社システムは大小どの会社も色んな業務をアウトソーシング(社外調達/外部委託)している。その結果生じるミスであり、問題なのです。
それら表面現象を遠巻きに目撃し、説明をケンカととらえられれば、もう何も言うことはありません。お手上げです。「暇つぶしになるなら、ウソでもウワサでも勝手にねつ造し、気がすむまで遊んでなさい」の心模様です。

だけど、そんな風景の中にありながらも、どうしてなのか私たちは強いのです。強みがあるのです。それは、拠って立つ根拠があるからです。
一つには動物福祉活動の普遍的な正当性。二つ目には関係会社や個人宅、そして行政サイドの認知の元に行動している「中身の活動への自信」があるからです。
たとえ頑固者の警備員がダメ出しの連発をしたとしても、親会社がトップダウンで指示を出せば警備会社は自ずと退くのです。その繰り返しの連続でした。
業務内のコミュニケーションの不通を私たちが射的の的になり、かぶって来た格好です。
そして、警備員との“未知との遭遇”には色々ありましたが、要は個々の警備員の人間性や質の問題でした。

経緯や事情を何も知りもせず、いきなり開口一番に「お前たちがそんなことをしているから猫が増えるんだ(TNR済み)」と毒づき挑みかかって来る警備員もいれば、何の根拠もなく「家宅侵入」を言い張る警備員もいました。
しかし、同じ所・同じ所属会社でも「大変ですね。いつも偉いなと思って見ているんですよ」と接触して来た柔和な老警備員も実際にいました。日々の活動と警備との関係は、まるで気まぐれなお天気相手そのものでしたね。

それを。肉眼で見もしていないことを。噂だけを根拠にして、「スワッ、スキャンダルだ! 事件だ!」と、殊更大げさにネット空間で騒ぎ立てるって、どうかしていませんか。
小指大ほどのことを社会秩序の崩壊のように騒ぎ立てる、その病的心理。・・・分かりませんね。
仮想された現実を「仮想現実の世界」でもてあそぶ。・・・分かりかねます。

某巨大会社のトップダウンが効いたのか、近ごろではニアミスのカケラすらない警備員とどうやって諍いを起こせばよいのでしょう? 確かに活動初期の頃には、TNR時に車を道路脇に一時停車でもキックアウトされた思い出もあります。そして、早朝に「誰にも見とがめられない」のを良いことに通り過ぎる一匹の猫に蹴りを入れた若い警備員に遠くから「Hey!」と怒鳴り声を上げた、そんな思い出もあります。
けれども、あれこれの時間経過で、今は警備会社自らが「警備の位置」を遠目に定めてくれています。

社会に認められていないこと(動物福祉/地域猫活動)、認知度が薄いこと。活動の内実は、何もかも一つずつ一つずつ、屈辱と忍耐の中で実現させてゆくロードマップだったのです。行っては戻り、戻ってはまたやり直し。

親会社のトップ・インテリすら当時は“動物福祉の重要性”を分かっていなかった。それが日本社会の「動物福祉への理解度(安易度)」の金太郎アメ的輪切りの現実世界だった。それが日本の会社の「社会奉仕・社会貢献・社会還元への消極性」の切り口断面の実相だった。実態だった。
動物なんて軽いもの、その消極性が警備会社への「正確な伝達」を甘く鈍いものにしていた、そういう印象が色濃く胸に残っている。

道を切り拓くためには降りかかる雨あられを越えて行かなければならない。
交渉や闘いを恐れていたら、身の不幸に惑う外暮らしの猫たちに未来はなく、そんな私たちの切なる“足掻き”を面白おかしく囃し立てる野次馬観戦。ネット観戦って・・・。
「楽しんでいただけましたか?」というには苦々し過ぎ・・・。
心の中で頬杖をつき、時の流れ・世の流れ・人の流れを見つめながら、「なるべく冷静な視点を失わないように」と自らに言い聞かせている今日この頃。
長いものにいつでもすんなりと巻かれていることが、どうやらこの国では「素敵な人生を送れる」ことの黙示(サイン)らしい。しかし、それではいつまで経ってもトンネルを抜けない現実をどうするの?


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2013
10.15

台風直下の外猫たち、無事を祈る

Category: 地域猫活動
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                               無事で…

台風直下の外猫たち無事を祈る】台風性の雨、夜の地域猫活動第一弾を終え、帰って来たところです。ひどい降りでした。それでも各地の猫さんたちは器用に雨をかいくぐり待っていてくれました。
携帯電話に連絡が入り、鉄腕ウンガさんとリアム君もそれぞれの担当の場所に出かけて行きました(20時半)。
これから、このブログつづりが終われば、私も繁華街の「まち猫」周回に出かけます。

天気図を見ると東京直撃は明けて朝の6時ごろになるようなので、朝の作業が思いやられます。

しかしながら、本当に大変なのは風雲渦をなす雨風の激しさを天井なしでサバイバルする外暮らしの猫さんたち。
似非専門家(笑)が言うには「雨の日には猫は出て来ない」と耳にタコができるくらい聞いていますが、そんなことはありません。雨の日でも台風の日でも、生きていれば腹も減るし、寒くてひもじい思いもしている。そうして、ただひたすらに待っているのです。これが数年かけて、はじき出した私たちの実体験による統計の結論です。

台風が来ても、何があっても、顔色を変えず、普段と同じように共に生きてゆく。外で生きる猫さんたちを支える根本の精神です。

雨の日や嵐の日こそ、外猫さんたちは良く食べるのです。それはきっと動物に自然に備わった“生き残りの本能”なのでしょう。

風雨を上手にかいくぐり濡れもせず登場する賢い子。サバイバル本能に長けた子。何もかもが不器用でずぶ濡れになって待っている子もチラホラと・・・。雨粒の下の十猫十色の風情です。色とりどりです。
タローに、ジニに、メイに、アノンに、ビクタに、ドンに、ハイドに、エフ姫に、六本木のミミタンに、ケイト・・・

フードが雨に濡れないように・・・、強風にすっ飛ばされないようにしないとね。


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2013
10.14

立場と態度表明

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立場と態度表明】10月13日の記事は私たち「猫の郵便」が置かれている立場と態度の表明です。
記事内容については表面をサラッとライン・ドローイング(線画)したにしか過ぎません。体験した深みや細部、知り得た情報の深い部分にはふれませんでした。

続編を書かなければならないような局面に立たされることがないように祈っています。過去完了形で終止符が打たれることを切に祈っています。


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2013
10.13

ネガキャン犯の正体 ~お尻を見たぞ

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ネガキャン犯の正体お尻を見たぞ】ネガキャンとはネガティブキャンペーンの略語です。意味は「対立する人や団体や商品に対して否定的な情報を流し、イメージダウンを図ること」と一般的には理解されています。
もう日本語化していますね。
狙いを定めた相手のネガティブなイメージを意図的に流布させる。人づてに。糸電話の要領で。あるいはネットなどのメディアを通して。相手に深い傷を負わせれば負わせるほど、ネガキャンは成果があった、成功したということになります。

狙った相手のマイナスなイメージを作る。暗い印象を植え付ける。私たち「猫の郵便」は数年間に渡って、この“ネガキャン”を受けて来ました。知人・友人たちから「何があったの?」「大丈夫?」などといった問いかけ、そしてメールなどで「事の顛末」を間接的に知ることとなったのです。ですが、毎日眠る時間を確保するのにも窮するくらいの忙しさの中で対処する暇もなく、されるがままに横目を過ぎる傍流のままにして置きました。
人の口に戸は立てられず、中にはネガキャンを信じ込む人もいました。

「セ・ラ・ヴィ(それが人生さ/人生、不条理なものさ)」の心境でした。

プライベートな身体・身心のハンディを誹謗中傷され、「いつももめ事を起こす」などと関係会社とのありもしない喧嘩をねつ造され、「シロウト集団」呼ばわりされ、「きちがい」扱い「きちがい」呼ばわりされ、伝わり聞こえるヘイトスピーチの数々に只あ然とするだけで、なすすべは何もありませんでした。
その人が「きちがい」と思う主観に「誰が手を加えられよう」というあきらめにも似た感慨。
あるいは、「私はきちがいではない」などという抽象の領域を明確にどうやって、「証明論証すれば良いのだろう」という砂を噛むような索漠。反論する場所もステージもなく。お手上げでした。

このことについては当ブログ10月6日号で軽くふれていますが、ボツボツとランダムに複数の人たちから“ネガキャン震源”について、情報は届いています。
顔見知りのそれぞれの人たちとの対話とメール。彼らの耳がそれら「私たちへのヘイトスピーチの肉声」を直に聞いたと言うから、まず間違いないでしょう。
その肩書きは“東京都動物愛護推進員”。肩書きに定められたモラル規定を犯してまでよくやります。
でも、「あ、そうですか!」と胸にストーンとストレートに落ちて来るような合点も同時にありました。
何故ならば、それは彼が私たちとまだコンタクトがある頃にしていた性癖みたいなものでしたからね。
誰かを悪者にして自分を浮かび上がらせるという手法です。



「お前たちが彼の恨みを買う原因を作ったんだろう!」という向きの見方をする人もいると思います。しかし、それに触れられて困るのは動物愛護推進員の彼の方ではないでしょうか? 止めた方がいいですよ。 虚偽の情報で人の気持ちを操るのは。すべては、そこ(虚偽)から始まっているのだから。

TNRを依頼する側と受ける側の力関係を利用し、“依頼する側の弱み”に付けこみ同調圧力をかけ、過剰同調に誘い込むのは良くないです。
東京都動物愛護推進員には「活動で知り得た情報を第三者に漏らしてはいけない」という約束事があります。規定を破ってまで他者をおとしめたいなら、その精神はあまりにも邪悪すぎます。もしも、まだかすかに理性のカケラが残っているのならば、自らの尊厳を大切にすることをお勧めしますね。

それでもなお自分のしていることの現在地が分からないで居るならば、このエピソードを書き記すしかありません。
あれは5年前。人猫共生会議に或る女の人から電話がかかり、「助けたい猫がいるから、捕まえて欲しい」と某所に呼び出され、共生会議の人が指定された現場に行ってみると、電話の要件は露と消えていて、その女性の後ろには東京都愛護推進員の彼とその相棒が立っていたという話。・・・この構図は何ですか? 人をだまし釣り出し、疑似餌にTNRで知り合った人に電話させるって、一体全体。いくら共生会議の人に私怨があるからといって。

傷ついた猫を捕まえたいのならば、共生会議の人を呼び出さなくても、その道のプロフェッショナルその人がそばに居たじゃありませんか! これが彼、彼らの正体です。
囮(おとり)を使って人の心をもてあそび、野心や目的を遂げようとする、そして自分はいつも囮の背後に潜んでコントロールする。
囮になり動かされる人の中には、自分が利用されているなどこれっぽっちも気づかず、同調圧力の空気に負けついつい動いてしまうという、このやる瀬ない刹那の絡繰り。

誰かをキワモノさながらの悪者に仕立て上げても、それで自分が「聖なる側」にいる証明にはならないのに。目的のためなら過程は選ばないとも言っていました。確かな耳覚えがあります。アーメン


※活動を行う上で知り得た情報は第三者に漏らしてはいけません。なお、推進員としての任を解かれた後も同様です(東京都福祉保健局「動物愛護推進員について」より)


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2013
10.11

そして三度目の電話

Category: 地域猫活動
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そして三度目の電話】「猫の郵便」の活動ポイントは六本木から海岸までの22カ所。そして室内に20匹の猫を保護しています。室内の保護猫をケアしながら、一日2回広域に広がる猫住むハビタットに出かけて行く毎日です。
そのハビタットの一つで虐待事件や妨害事件を起こされても、私たちは22カ所すべての場所に24時間同時に張りついているわけには行きません。物理的にも能力的にも不可能なことです。

手の内は明かせませんが、やれることはやって来ました。傷ついた猫は収容してきました。妨害に遭って滅茶苦茶にされた所は一旦出戻り、応急措置に深夜まで対応に追われたこともありました。しかし、物理的にも労力的にも目が届かない一瞬のポイントを突かれ「事件」を起こされたら、犯人を特定し捕まえるなど大空の広さに雲をつかむような話です。たとえ、犯人を推定したところで確かな証拠がなければ、今度はこちらが悪者のそしりを受けることになります。

それを見ず知らずの人が唐突に善意を装い連絡をして来たからといって、何もかも明け透けに話し、“乗る”わけには行かなかったのです。
電話の終わりは「見ず知らずの敵か味方か分からない人に、それも突然にかかって来た不確かな電話に、不明の件について話すことはできないのです」と区切りをつけました。もうこの手の誘いには免疫がついていますから、仕掛けられたゲームの勧誘には乗れませんでした。

私たちの本分は「動物の福祉活動」であり、ゲームの一角に座ることではありません。一時の感情に任せ、勝った負けた、どっちが正しいの悪いのと、ゲームの阿鼻叫喚に浮身をやつすのは資質にもテーマにも合っていません。
・・・できないのです。・・・乗れないのです。
そんな思いでいると・・・、再び電話が鳴りました。
また同じ発信人からでした。電話にはもう出ませんでした。



実はこれを書いていても何処かに怖い気持ちはあるんですよ。だけど、疑心のまま何も書かずにいると、相手は私たちを何の抵抗もしない弱い者とみなすでしょう。邪心に駆られる者は相手を「弱者」と見定めれば、居丈高に攻撃の斧を振り下ろして来るようになります。
死角を作らないためにも、私たちの置かれている立場をオープンにし、パブリックにさらして置く必要がありました。

私たちの生き方は簡単です。普通に生きる。まっとうに生きる。下手くそであっても、まっとうなやり方で、まっとうな手続きを踏み、まっとうな人たちと共に、まっとうな道をさがして行く。ただそれあるのみです。
私の友人XXXは、少年期の頃にその顔立ちや容姿が皆と異質だったのが理由で、かなりのいじめに遭ったと聞いていますが、差別やイジメや嫌がらせや或いは親の子への虐待など・・・過度に他者に振り向ける邪気邪心は、問題はいつでも加害を加える側の病的心理の中にあるのだと私は思います。

歯には歯を、目には目を、剣には剣を、面白がり(愉快犯)にはゲームをではなく、打たれてもしなやかなソフトパワーを身に付け、まっとうな価値観を持ち、まっとうな生き方で、まっとうな道を歩んでゆく、それあるのみです。
加害する側の病的心理に巻き込まれないことです。ゲーマーと一緒の心理になって病んでしまわないことです。


※ソフト・パワー(Soft Power)とは、国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のことである。対義語はハード・パワー。(ウィキペディアより)


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2013
10.10

不穏電話:仕かけられたゲーム

Category: 地域猫活動
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不穏なコール仕かけられたゲーム】「猫の郵便」は港区(東京)の動物行政の制度に登録し、区の行政に「まち猫問題」でコンタクトをして来た人たちの相談を受け入れています。
私たちで対応可能な件については自力で対応し、力の範囲外や専門外のことについてはそれぞれの分野のエキスパートに関係をつなぐやり方で対処して来ました。
近々では、区行政経由で横浜市在住の方から「勤務先の近くのビルの敷地にいる捨て猫を助けたいけど、どうしたら良いのか」、捕まえ方や捕まえるまでの期間の給餌の許可をビル敷地会社に取り付ける方法などの相談を受けています。自分たちの活動範囲外や専門外だからと言ってニベもなく門前払いはして来ませんでした。
しかし、それはどれも住所・氏名・動機(アイデンティティ)を明らかにしている人に限ってです。

電話連絡もメール交換も風通しよくできる関係。そうでないと便乗した動物虐待者を取り込んでしまう危険性があるからです。
アイデンティティを明らかにするということは自分の行動と言動に「責任を持ちます」ということ。アイデンティティを明らかにしない話の持ち込みは「言ったことの責任は取らない」という表明であり、逃げ足を確保した接触(コンタクト)だと思わせてもらっています。
獣医を名乗った脅迫、女子大生を名乗った挑発、警察を名乗った面白がり、待ち合わせ場所に行ったら「そこには誰もいなかった」あの一件は影に隠れて写メでも撮っていたのですかね・・・等々、色々あり過ぎました。

すさんでゆく社会と人の心。「アイツらをからかったら面白いゾ」と、闇から手を伸ばし軽い気持ちでゲームを仕掛けてくる。そして闇の中に遁走してゆく。アイデンティティを残してはまずいわけです。
誰かの人心を操ってネガティブキャンペーンを仕掛けてくるのも、発想とその身体感覚は同質のものです。
不審電話を受けながら心に芽生えた印象は「あっ、ゲームを仕掛けられているんだ」ということでした。残念ながら、誰だって氏素性が分からない者に腹を割るわけには行きません。ゲーム終了。

私たちは虐待事件や被害については、獣医の診断書を取り、保健所に通報し、警察に被害届を出しています。
それに度を越した活動への妨害には裁判の経験もありますし、陳述書の書き方の効果的なノウハウもそこで学んで心得ています。
不審電話の相手に「あなたの名前が本当かどうか、敵か味方かもこの電話では分かりません」と質したら、その人は口ごもってしまいました。自分のアイデンティティに口ごもるって、何? 何故?

「動物虐待の犯人を捕まえ警察に突き出す/動物虐待をする人を改心させる」という崇高で高邁な活動をしている人格者が、どうして自分のアイデンティティや活動経歴のアイデンティティを不確かな闇に隠すのか? どうして明らかに不審を疑われるような行動を取ったのか? それは何故? It‘s no game!


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2013
10.09

不穏な電話が鳴った

Category: 地域猫活動
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不穏な電話が鳴った】今の世の中、本来ならば知らない人の電話には出ないのが常識ですが、動物福祉活動をライフワークにしている手前、発信者を選んでいられない事情があります。
犬猫をめぐって何らかの緊急事態が起きている場合もあるし、助けを求めるヘルプコールかもしれません。
いたずら電話や脅迫電話も過去にありましたが、しかし、それらを恐れて何もかも排除してしまうと肝心かなめの情報を遮断することになります。痛しかゆしのジレンマですね。

だから、電話には相手を選ばず出ざるを得ないのです。顔の見えない電話。音声だけが頼り。電話から真実の声が伝わる場合もあれば、オレオレ詐欺のような偽装された真実というのもあります。
嘘かまことか、本当か嘘か、見極めなければなりません。
電話の向こう側から聞こえてくるアイデンティティ、声の中から拾い上げてゆく作業です。
メールでもそうですが、相手のアイデンティティが霞みの中にぼやけていると、連絡の要件や主題が中々見えて来ません。どうして欲しいのか? 何を目的としているのか?

初めから邪気・邪心のない人なら、先に信用を得るためにアイデンティティをオープンにしアプローチして来ますが、アイデンティティを偽っている相手なら厄介です。



そうして、その電話は、秋めいてゆくある日の日暮れ前に鳴りました。

携帯画面を確認して、「どこの誰だろう?」という一抹の緊張が走り、携帯受話器を耳に寄せると、「あっ、つながった」という声が聞こえ、その途端ラインは突然プチっと切れました。電話の背後には何かの物音と人の気配が混濁するような類のノイジーなものも感じました。
虚をつかれた形で切れた電話。しかしその後10分すぎにまた同じ発信人から電話が鳴りました。謎の10分です。

普通、指の間違いなどでラインが切れた時って、他意がなければ直ぐに掛け直しますよね。「あっ、つながってる」って、どういうことだろう? なぜ唐突に自分でかけた電話を切ったのだろう? 電話番号をどこの誰から手に入れたのだろう? 小さな不信感が芽生えた10分間でした。
そして、二回目の電話に出ると、相手は○○○○と名乗りました。勿論、知らない人でした。
その人は自分を「動物愛護の活動をしている」と切り出し、会話全体の流れについては次々と質問攻めにあったという印象です。

最初の不審な電話のエクスキューズもせず、はじめての電話で相手を信用させるべく自分のアイデンティティの開示もせず、自分の要件だけを一方的に成し遂げようとしてくる手法。・・・疑いが次第にふくらんでゆくばかりでした。
「猫が虐待されたり、猫がいなくなったりしていると、ブログで言ってますよね」と受話器の向こう側から聞こえる声に、こちらが「あなたはどういう活動をしてる方なんですか?」と問うと、「私は猫を虐待する人を捕まえて警察に突き出したり、そういうことをやっている連中を改心させる活動をしています」と、答えが返って来ました。

はい。嘘ですね。動物虐待犯を追跡するのには高度なプロフェッショナル性が要求されるし、虐待犯を改心させるなど常習の性犯罪者を改心させるのと同等にむずかしい「心の闇」と向き合うプロでなければならない問題です。
その人は先ず最初にプロとしてしなければいけない、こちらの疑念を懐柔する作業をはしょって、いきなり土足で踏み込んで来たのです。これで十分です。
結局、その人はこちらから“何か”の情報を引き出すために電話して来たのでしょう。それとも・・・
こちらの不信感を読み込めない様子からすると、「きっと、誰かに入れ知恵をされ、そそのかされて」とも感じましたね。
「あっ、つながってる」からの10分間が彼らの品性・品格の何かを物語っているような気がしました。

仮に「犯人を捕まえる」「犯人を改心させる」、それらの言葉が本心だとしても、配慮を欠いたぶしつけな電話は、「虐待事件」という突飛なスキャンダリズムに跳ね踊る「面白がり(愉快犯)」にしか思えませんでした。(明日につづくかも)


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2013
10.08

沢田研二さんと一緒に憲法改悪に反対しようXTC


2013
10.07

猫の世界:女の子の生存率

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    蒸暖27℃~21℃  

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猫の世界女の子の生存率】タイトル、変ですか? 奇異に感じますか? 猫に「女の子」だなんて! でも・・・
我が家では猫の性別については「男の子 女の子」という言い方をしている。
地域猫活動の現場でも「男の子だもん大丈夫」とか「女の子だもんね」と話しかけている。
毎日毎夜、目と目を合わせ肌すり合わせて暮らしている相手に「オス・メス」という仕分け言葉の感覚では接せられない。

言葉は大切。どんな言葉を選んで生きてゆくか。どんな言葉を選んで相手に伝えるのか。一つの言葉選びで空気の色も変わる。

一つの言葉を選んだ時、それで対象に対する身体感覚が決まる。相手との関係。社会との関係。世界との関係。自分の立ち位置と立場。
我が家では猫に「ほら、エサ!」とか「エサ代」などという言い方はしない。「ごはんの時間だよ!」とか「Dinner will be at 7」とかに自然に落ち着いている。
一緒に活動する鉄腕ウンガさんやリアム君を人に紹介する時に「エサやりさん」などという失礼な紹介の仕方はしない。「一緒に地域猫の給食活動を手分けしてやっている仲間の○○さんです」となる。それは使い古された古い言葉を変えなければ、私たちの活動の社会的地位も向上しないし、犬猫の扱われ方も変わっていかないから、意志を持ってそうしている。

そう言えば、横浜市動物愛護センターでは「エサやり」というのを止めて「給餌」という言葉に修正したという。わずかではあるけれど一歩前進。

さてと、本論へ。女の子の猫の生存率についてです。我が家での比率は2対1で、ガゼン男の子の方が多い。男の子の方が長生きしている。この一年二年、ハマーちゃん姫、タイム、コスモ、グレース姫、そしてテネシーと立て続けて女の子が死んでいった。
外猫の状況も同じ。体が大きく、骨太で、ガタイが立派な猫、つまり男の子の生存率が遥かに高く、あっちもこっちも女の子の生存率は極めて低い。生き残っている女の子は皆必ずと言っていいほど背骨が太く、気が強い大柄な子。そして不妊手術を早めに受けた子。

単純に考えれば、耐えがたい寒さや病魔は、体力のない者から先に召してゆく。そういうことか? 捨て猫率は子を産む女の子の方が断然に高く、むごい話だなと思う。
「生きてゆく」ただそれだけでも大変なのに、妊娠・出産・子育てで体力を消耗し、小さい体がゆえにサバイバルのハンディキャップを背負わされている“女の子”たち。・・・涙。
人間の場合は、大胆不敵に恐れを知らず丈夫に生き抜いているのは女子の方だけれど、屋根なし暮しの運命を背負った猫たち、特に女の子には野良生活は冷酷非情をつくす。

猫のアウトドア・ライフ。そこには、あらゆる危険が待ちかまえている。猫エイズ、白血病、腎臓病、難治性口内炎、悪性の風邪、寄生虫、ノミが運ぶ病気、怪我、交通事故、猫同士のけんか、人による虐待事件、と上げたらキリがない。
だから、「猫を捨てる」とは、直接「即死」の手を下さなくても、間接的な殺意や殺害以外の何ものでもなく・・・。いや、明らかな「殺意と殺害」の意思のあらわれと言っても良いかもしれません。野放図な放し飼いも同じく。

タイム、コスモ、テルミン、グレース姫、ムスタファ、テネシーたち女の子たちは、きびしい外猫生活で幼くして病魔を潜在させ我が家にたどり着いたのです。


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2013
10.06

まっとうに生きる ~そこに必要としてくれている猫がいるから

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    蒸寒24℃~19℃ 

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まっとうに生きる】今年は雨が多い。夏から夜になるとよく雨が降る。そして今夜も三日連続の雨がようやく上がり、安心していたら夕暮れあたりから雲行きがだんだん怪しくなって来た。窓の東京タワーが上半分湿気に包まれ霞んでいる。明日もまた雨降りになるのだろうか?

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麻布十番の護岸崩落は夏からの降り過ぎた雨のせいで地盤がゆるみにゆるんで起きた事故だったのか、それにしても運悪く巻き込まれなくて良かった。本当にやばかった。ラッキーだった。
あの道は毎日の通り道。人ひとり歩くのがやっとの狭い道。どんぴしゃんのタイミングで崩落の瞬間にかち合っていたなら、あそこは何処にも逃げ場がなく、引きずり込まれることになっていただろう。
地域猫活動をしていなかったら、縁もゆかりもない何の用もない所なのだが、きっと「猫の神さまたちが総出で守ってくれた!」、今はそう思おう。

まっとうな神経で生きていたら死んだ猫たちが総出で必ず「守っていてくれる」、これはいつからか漠然と心に芽生えた感情なのだが、小さな灯を見つめるように密やかな心の拠り所になっている。
死んでいったそれぞれの犬猫たちの面影が脳裏にポツンポツンと点滅し浮かぶ時、なぜかは知らないけれど同時に心の“ピュア”が降りて来てくれる不思議さがある。
そして、波立つ感情が夕焼けの海のように凪いでゆく。

猫活動をしていると色んなことが襲いかかって来る。心波立つことや心穏やかならぬことが・・・。
つい最近も、耳を疑うようなさまざまなことを余多伝え聞いている。
「猫の郵便はきちがいだから近づくな」とか「情けない素人集団」とか、極めてプライベートな身辺に関わる誹謗中傷も飛び交っているという。嗚呼、でも・・・
それらに対する唯一つの答えは「まっとうに生きる」、ただそれだけです。
しかしながら、私たちへのヘイトスピーチの発信源の一つが東京都動物愛護推進員だというから呆れ果てますが。

怒っても詮ないし。怒りを向ける時間の余裕もないし。

過去・現在・未来、登る山は安全整地されていないビッグマウンテン“地域猫の大山”。百鬼夜行の鬼が待ちかまえる“恐れ山脈”。集中する方向を間違えないようにしないとね・・・
鬼や不条理さや理不尽な事に対する態度は、ただひたすらに「まっとうに生きる」という答えでしか返せない。
現在進行形で登っている頂きに集中力を途切れさせることなく、よそ見でエネルギーをすり減らすことなく。

自分たちが選んだ道を、ただ黙々とまっとうな心で生き抜いてゆくだけです。

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1920年代に名を馳せたイギリスの登山家ジョージ・マロリーの名言は今なお光り輝き轟いている。彼は当時のニューヨーク・タイムズ紙記者の「なぜ、あなたはエベレストを目指すのですか?」の問い掛けに対して、こう答えたという。「そこに山があるから(Because it is there)」、ビューティフルにして簡潔な言葉。
サー・ジョージ・マロリーに習い、私も言おう。そこに猫がいるから。私たちを必要としてくれている存在がいるから。いつなんどきでも、よそ見の喧騒に足を取られている場合ではありません。


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2013
10.05

麻布十番で30メートルに渡り道路崩落

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    寒19℃~15℃ 

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木曜日夜の地域猫活動も雨。そして今夜(金曜日)も夜の訪れと共に冷たい雨が降り出した。遠い台風由来の渦巻きから来る千切れ雲のしわざなのか。本降りである。

金曜日のブログは「猫の郵便」メンバー三人が久しぶりに一同に会したので、そのエピソードを本当は書く予定でいた。だが、雨で気持ちがブラックアウト。集中できず。

雨は心に憂うつを誘い込んだ。外で暮らす猫たちと私たちの立場なら尚更のこと。地域猫活動は事前に何を想定していようが、予定していようが、予期せぬ事態に不意打ちされれば全てはオジャン。いつも手痛いパンチを喰らわされている。天気、妨害、余多のアクシデント。

活動が一番ハードだった頃で一日通算六時間。今は要領を覚え外猫さんたちも少なくなり、一日六時間の外活動は四時間に減ったが、それでも長時間絶え間なく雨に当たり続けると、体の芯まで酸っぱい水がしみ込んで来るようで、心底骨身にこたえる。

されど「行かねばならぬ」のが地域猫活動。地域猫活動は天の気分に振り回されるが悲しい定め。

気持ちを切り換え、「割り切りが肝腎!」と意を決し外に出ると、そこには寒く冷たい冬の雨が降っていた。顎を引き雨ガッパのフードを目深に引き寄せ、身構えて。だが、この夜の事態はそれにとどまらなかった。

麻布十番・古川で30メートルに渡り道路崩落。いつも必ず通る道。タイミングが不幸にしてどんぴしゃりだったら大変なことになった。暗闇に赤いランプが大勢点滅するのを遠巻きに通り過ぎたが、事態の全容を知ったのは帰宅してから後のことだった。

崩落した時間が四日午後11時。雨ガッパの着替えなどでモタモタし“出”が遅れたのが幸いだったのか、ホッと胸をなで下ろした。反面、「もしあの時~」と思うとゾーッとした。

身をさらしていれば、必然的に色んなことに遭遇しやすく。どうか、神さま、活動のすべてが終わりを告げるその日まで無事であることを。

            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう言えば、一番下の小さな写真に写っている子猫を助け出したのも「雨の日」だった。


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2013
10.03

夜のペットショップで

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夜のペットショップで】「猫の郵便」の買い物担当の鉄腕ウンガです。
10月1日夜に、仕事を終えてから六本木の某ペットショップに買い物に行きました。その名は「ペットの○○ま」。キャットフードのセールの最終日なので、最安値買い物のラストチャンス。
ですが、「行かねば」と思いながらも気は進まず・・・

それは犬猫を見世物にして展示販売している店で買い物をするのに抵抗があったからです。それに疲れているし、まっすぐ帰宅して「休憩しましょ」と悪魔のささやき。しかし、悪魔のささやきに負けていたら動物福祉活動が成り立たないと、カラダに無理強いをして、エッサカ エッサカ 
上り下りの坂道を愛車を漕ぎに漕いでセールに向かったのでした。坂町 自転車 エーンヤコラーの15分。

フリスキーズ缶@198 は店にかろうじて残っていた最後の1箱(3P×18パック)
カルカン缶まぐろ@198 も最後の2箱(3P×36パック) ゲットしました。
それが古びた箱でですね、大分以前に生産された品なんだろうと思います。
缶詰は今年の円安以降に生産されたものは、3個パックあたり¥50~¥60値上がりしています。
加えて原油値上げのダブルパンチ。とどめは来年春の消費税値上げ。この先どこまで値上がりするのか心配なことばかりです。たくさんの猫を対象に給食活動している身には、心の中に非常事態宣言が発動されっぱなしです。

今回の買い物は円安以前に生産された最安値の品です。しかし、今後もう、この値段で猫缶を買えることは多分、ありません。この値段での最後の買い物でした。ネット上のショップでも最安値フードを見つけたら即座に購入していますが、何しろ消費する量が多いので「値上げはつらいよ」「消費税増税は骨身にしみるよ」「安倍シンゾーのバカヤロー!」の日々なのです。

そうしてこうして、買い物は無事に済ませましたが、店内にはピヨピヨの犬や猫が売られていて、もう・・・
猫のマンチカン30万円 月¥10,300のローンOKの貼り紙 
一体、この子たちは誰に買われ、ローンを払い終えるまで、ちゃんと面倒を見てもらえるのか? その後は? どんな一生を送るのか? 暗澹たる気持ちになりました。

細くきざんだ紙で遊ぶ赤ちゃん猫。ぬいぐるみのオモチャをくわえていた小さな子犬。何も知らずガラスケースの中にいる子犬や子猫たちが痛ましく不憫でした。

ペットショップはお金を出せば誰にでも売る。売り抜ければお仕舞い。一つ一つの命に何の責任も負わない。首をかしげて帰った夜道なのでした。売れやすいようにハードルを下げに下げ、命をローンで取引するって・・・


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2013
10.02

時間限定記事 終了です

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2013
10.01

カッコいいオートバイに乗ったカッコ悪い奴

Category: 社会+世界
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    24℃~20℃ 

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「カッコいいオートバイに乗ったカッコ悪い奴」 世界が日本を見る印象はこんなものだろう

六本木アミューズメントをはじめ 港区町々を歩けば 上げ底ピンヒールに胸には偽装パット、過剰ヘアダイに過剰メイクの女たちがカッポしている

本物は何一つない

その尻を性欲にかられた男たちが追いかける

首相が平気で真っ赤な嘘を次々と並べ 尻をまくり 超然としているなら さもありなんの町景色

原発惨事、世界的な大悲劇に見舞われた! にも拘らず人口の五割以上の人たちが社会(政治)に関心を払わない

自分だけ良ければいい 唯それだけ ミニマリズム(自分周辺のことだけ)ここに極まれり

<今だけ 金だけ 自分だけ>に目・足・手・心を奪われ 魂ぬき取られ

一部の特権階級だけが優遇される政策に 拍手喝采を送る 愚かな国民と狡猾な大新聞テレビの人たち

東大卒の高級官僚が聞くに堪えない低級な言葉を使い悪名高い2ちゃんねるに出入りしている その人間の質の悪さは公然の秘密

そうして 消費税は社会整備(社会保障)を置き去りにし 来年四月の値上げとなった

誰のための社会? 誰のための政治? 誰のための新聞? 誰のためのテレビ? 誰のための国なのか?

これから社会はもっともっと乱れに乱れ 荒みに荒んでゆくことになるのだろう

上流はもっと上に昇り 中流は下流に 下は命の崖っぷちに

社会が乱れ 人心が荒み出すと しわ寄せは弱い者がかぶることになる

人、子供、動物たちに

動物福祉活動をしている身としては 遺棄や虐待、保健所持ち込みなど 動物たち(弱い者)の先行きが心配になる

無気力が王様のように支配するこの社会は これから何処に行こうとしているのだろう

乗る車だけがカッコよくても 着る服だけがカッコよくても すかしてスマホをやっていても 中身がなければカッコ悪い

東京 港区 高級車が引きも切らず 行き交う町々にて・・・


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