2014
02.27

2月、今月のありがとう’2014

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UK565.jpg

A Thank-You Note To Our Friends】2月後半、活動で行く先々で梅の花が咲き始めているのを見かけます。もうすぐ春です。
気温の方も`微っ微っ微っ'と少しずつ上がって来ました。ですが、完全な春になるまでは冷たい気団と暖かい気団がぶつかり合う悪天候の幾重の波乱を乗り越えて行かなければならないので、真冬とはまた違った心構えで臨む地域猫活動になります。

2月の活動は大変でした。わずか6日の間を置いての連続的な大雪の中での外活動には言葉に出来ないほどの苦しみを味わいました。外猫さんたちもその「しのぎ」は大変だったと思います。
そして、冬の谷底=寒風の中で木の葉のように弄ばれる捨て猫子ネコたちの姿にも気をもみました。
その中の一匹は何とか救出しましたが、残りの子らは海の藻屑のようにどこに消えたのか皆目見当がつかず、冷たい夜の空を見上げ、無力感を感じた2月でもありました。

記録的な大雪、捨て猫子ネコ問題、室内保護猫3匹の皮下補液や栄養補給、不良餌やりに翻弄された現場活動、外部からのTNRの相談と指南、そして私事など、もつれた毛糸のように滅茶苦茶に絡まり合う忙しさの中で、ブログ更新もままならず、物心両面でいつも支援して頂いている皆さんには本当に心苦しいばかりの2月でした。

目黒区MNさん 中野区のYTさん 練馬区SHさん 港区KKさん 港区MTさん 港区YMさん 品川区IMさん 横浜市IMさん 東久留米市HYさん 港区ATさん(2月中にゆうちょ銀行から通知で確認できた方々です)

練馬区のSHさんからは通常のご支援に加えて、諸物価値上がりの配慮を頂きフード購入のために重ねてご支援頂きました。

現場を見知っている東久留米のHYさんからは、寒さへの労いと捨て猫子猫への思いが乗せられたボーナス支援をして頂きました。

港区のMMさんからは、活動の合間に食べて下さいとタルトのお菓子を頂きました。港区のYMさんからもウエットフード缶の差し入れを頂きました。

名前を告げずに現場に支援物資を置いて行って下さった方もいました。

皆さん、本当にありがとうございます。私たちの活動は、皆さんから送り届けられる温かい風に支えられ「歩み」を進めています。心から感謝しています。

今月の買物ラプソディ】もうすぐ消費税の値上げです。消費税増税が物価のみならず、どんな風に社会全体に連鎖波及してゆくのか不安ばかりが立ちはだかり、視界不良雲行き晴れないゆく手です。

経済モラル、政治モラル、平気の平左で捨て猫する人のモラル、動物たちの不幸の原因に照らして法も行政も何もせずの無気力なモーションなどなど、上から下まで何かが間違っている社会です。

しかし、命を守る動物の福祉活動はどんな条件下でも「待ったなし」なので、困難な局面でこそ打ちのめされることなく、頭を使ってソフトパワーで乗り切ってゆくしか方法がないようです。


99リス

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2014
02.26

元地域猫ピノコさんのセレブ生活

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winter sun

元地域猫ピノコさんのセレブ生活】去年冬はじめ、はるばる横浜にもらわれて行ったピノコさんは元気にしているようです。上の写真がメールで届いた近々のホット・ショットです。日向ぼっこしていますね。幸せそうです。
7年前の春に湾岸の水辺で出会い、TNRや一日2回の折々の給食タイム時のエピソードの数々、ピノコさんとの交流や経緯を胸に思い描けば感慨ひとしおです。
そして、今は冬の寒さから逃れ、雨・風・雪に逃げ惑う必要もなく、孤独でもなく、心配し愛してくれている人が傍らにいつも居てくれる。そうなったことが何よりも嬉しく。
写真のピノコさんを眺め、唯々「More than this(もうこれ以上のものはない)・・・」とジワーッと涙腺がゆるんでしまうPC前の一時(いっとき)でした。

ピノコさんをもらってくれた人からは毎日必ず報告メールが届き、様子を知らせてくれます。健康状態、行動のあれこれ、猫の世話の仕方の色々なこと。
面倒くさがらずメールで交流を惜しまない人にもらわれて行って、本当に良かったと思っている。
今、ピノコさんは家の中でお気に入りの椅子や居場所を見つけたようで、家庭の中に自然に溶け込みはじめているのがメール便のハシハシからビシバシ届いて来る。

振り返れば、ピノコさんを「もらいたいのですが・・・」と、最初にこの方から申し入れがあった時は、実はスーパーリアルに厳しく接しました。「オモチャじゃないから返品(お試し)は利きませんよ」と、かなりシビアに当たりました。猫を飼うことの“覚悟”と“責任”を五月蝿がられるほどクドクドと問いかけたこともありました。
そうして互いの距離を縮めて行った過程があります。
何故ならば、地域猫からダイレクトに家猫になる、それは“One Way”チケット以外ないからです。試してダメだったら「また外で暮らしてね」という残酷を猫さんに強いることはどうしても出来ないという思いからです。

IMさん、当時はつらく当たってごめんなさい。外で暮らす猫たちの「つらさ」「切なさ」を思うと、どうしてもシリアスにならざるを得なかったのです。
こちらが与えた高いハードルを一つ一つ億劫がらず乗り越えてくれたIMさん、「これなら大丈夫!」と、そうしてピノコさんはもらわれて行きました。
今、ピノコさんは私たちの地域猫活動では決して手が届かなかった最高級キャットフードを与えられ、日々フカフカ柔らかお布団の上でリッチなセレブ生活を過ごせるようになりました。

燦々とピノコさんに降り注ぐ優しい陽の光が救いの手を待つ多くの犬猫たちにもこぼれ落ちて来ることを願わずにはいられません。


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2014
02.25

捨て猫する罪深さを捨て猫赤ん坊から教えられた

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捨て猫する罪深さを捨て猫赤ん坊から教えられた】子猫イリニフが住む三段ケージは一階がトイレスペース。二階に寝床ハウスを置き、三階に水と食べ物を置いて食事処にしている。
一階・二階はシーツを二枚重ねにし暖房効果も兼ね覆い掛けをし「安心の遮蔽空間」にし、三階をシースルーにしてその扉を食べ物の出し入れやコミュニケーションの出入り口にしている。

「イリニフタン」と呼びかけケージに近づくと、子猫イリニフはほとんどどんな時にでも側面ステンレスをよじ登り、下の段からニュウーっと顔を出し赤ん坊らしい可愛い声で「ミュー」と鳴く。そして、顔や体をこすりつけて来る。
細いステンレス鋼をよじ登り、現れる姿がたった10日ほどしか経ってないのに、日に日に大きく膨らんでいるように見える。それもそうだ。外にいる時は食べた物みんながサバイバルのために費やされ、寒さとストレスにむしり取られていた。貯えの余力や体力など作れるわけがありはしない。

でも、今は寝たい時に眠り、遊びたい時に遊ぶ「安心」が約束されている。
来た当初は、極端に痩せてはいなかったが、さわると背中の華奢なあばら骨が直に指の腹に伝わって来た。
子猫の成長力、子猫の生命力が、たったの10日で「そんなことあったの?」というくらいに、今は日増しにふんわり感が増し、成長の波に乗ってくれたようだ。毎日毎夜抱っこ確認している実感である。

突然のニューライフ、劇的な環境の変化に「自分はどうなるんだろう?」と不安げに緊張していたのはその日一日くらい。あくる日からは屈託のない子猫になっていた。
しかし、不安と緊張の24時間が過ぎるまでは、子猫イリニフは目を見開き立ち姿勢で、横になろうともせず眠ろうともしなかった。その姿を見て思ったことは、捨てられた猫は皆こうしてしばらくの間、体が疲れ切るまで、緊張があきらめに変わるまで、眠らずの時を過ごすのだろうというリアルさだった。

捨て猫することの罪深さを、悪を、子猫イリニフの姿から学び思い知らされた10日間だった。一緒に捨てられた兄弟猫たちの消息は未だつかめていない。淡雪のはかない命と雪と共に消えて行ったのだろうか? ・・・可哀相だ。


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2014
02.24

一番イヤな奴

Category: ㋳な奴
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water561.jpg
                                               春待ち景色

一番イヤな奴】猫助け活動をしていて「イヤな奴だなぁー」と思うのは、現場も持たず高みから知ったかぶりで「あれしろ!」「これしろ!」と指示を出す奴。自分の手を何も汚さず、汗もかかず、猫一匹助けるのでもなく、涼しい顔して「動物愛護の何たらかんたら」を語る奴。
そして、絶えず上から目線の位置を外したくない変なプライドを持った奴。

エピソード1。ある日ある所で、背後からカンに障るカン高い声がして、ふり返ると、そこには物凄く高価そうな毛皮のロングコートを来たお洒落な女が立っていた。地域猫活動の現場でのことだ。
彼女は初対面のとっかかりの自己紹介をするでもなしに、エクスキューズの言葉もなく、こう切り出し喋りはじめた。
「私も捨て猫問題や動物虐待問題には心を痛めているんです」~中略~「これはこうした方がいいんじゃない? あれはああした方がいいんじゃない? 保護施設を建ててみんな収容した方がいいんじゃない?」~中略~「でも、応援していますから、がんばってください」と。
唐突な見知らぬ人の侵入と声の大きさに猫たちは逃げ去ってしまい、それに気を取られ「うん」とも「すん」とも反応できずにいる内に、女は毛皮の光沢をひるがえし革靴の音も高らかに立ち去っていった。

毛皮をまとった女が「動物愛護」をまくし立てる。こういう人を恥知らず、身の程知らずと言うのです。

エピソード2。ある日ある晩、柑橘系植物の樹の下で茶トラの猫と黒猫二匹と対面給食の真っ最中に軍隊フェティシズムよろしい出で立ちの警備員が立ち止まり、「樹から落ちたミカン、盗んで行くなよな!」と警告の威嚇。勝ち誇ったような上から目線で。
これには即座に「はぁ~?」と`下から目線’で「放射能ホットスポット疑心暗鬼の時代に誰が落ちたミカンを家に持って帰るか! 感性鈍すぎ! 頭悪すぎ! 社会性無さすぎ! 原発事故を知らないのか?」と切り返してやった。
連戦連敗の警備員が鬼の首でも取ったかの如く「貶め目的」で起死回生の弓矢を放ったつもりだろうが、毒矢は途中失速し奴はシッポを巻いて逃げて行った。「お前たちがこんなことをしているから野良猫が増えるんだ」と捨て台詞を残して。
負けずに「全頭手術済み。捨て猫する奴が問題作ってんだよ。・・・猫捨てに来る奴、捕まえてみろよ! 何にも知らないくせに!」と夜風の闇越しに釘を刺した。

トラの威を借りて人を泥棒呼ばわりし溜飲を下げ管理したいのならば、勝ちを焦らず先ずは自らの無教養ぶりを顧みチェックすべき。これも恥知らずの身の程知らず。

エピソード3。ある日ある夜、六本木下りで。活動途中にリアム君と自転車荷台の荷分けをしている時、通りすがりに素っ頓狂な笑い声とオネェー言葉が飛んで来た。「あんたたちゴミあさりなんかして。良い物見つかった」とオカマ特有の毒気毒舌が周りの関心を呼んだ。
からまれる時間の無駄さかげに赤んべぇーをし素早く立ち去ったのだが、これはテメェーの人生のままならさを誰かに毒づくことによってストレス発散するコンプレックスが故。
自分の「お馬鹿」をさらさずにただ通り過ぎれば良いものを。

恥知らず身の程知らず身の丈知らずに共通しているのは、絶えず上から目線にいなければ気が済まない気質/性格、自分自身を省みる機能が一切作動しない点にある。それは他者の痛みに鈍感な人格とも言える。

相手をけなし辱めたからといって、上に行ける訳でもなし、ゲのゲのゲの品性に変わりなし。


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2014
02.23

猫の名前とオリンピック

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猫の名前とオリンピック】全身が薄茶色で体が短く、シッポも丸く短い女の子、ついこの前の日曜日に保護した子猫の名前は「イリニフ」と名付けた。
外猫たち、拾って保護した猫たち。名前を付ける時、いつも心がけるのは、名前だけでそれぞれのバックグラウンドや時代を思い起こせるようにしていること。

例えば、ポポフ君のファースト・ネームは「アレクセイ」。それはソルトレイク五輪/男子フィギュアスケート・チャンピオン、アレクセイ・ヤグディンのファースト・ネームに由来がある。
赤ちゃんポポフ君を12年前の冬の谷底2月、冷え込みがきびしい夜に、麻布路地裏でふらふらしているのを追いかけ拾い上げて来た時、折しもソルトレイク五輪が開かれていた。そして、重い風邪っぴきのポポフ君を見守る傍らで、五輪中継のテレビ画面にアレクセイ・ヤグディンの伝説の名作ショートプログラム「Winter」が映し出された。
稲妻に打たれたような衝撃を受けた。その熱がそうさせて、ポポフ君に追加の名前がついた。
「この記憶なら忘れずにいつまでも心に残っている」と・・・。

2002年、ソルトレーク・シティ、アメリカのオリンピック、2月、ロシア流身体表現の圧巻の美意識作品「Winter」、ポポフ君を拾った次の日が東京は大雪になったことなども・・・。
名前が符号になって過去の記憶を呼び戻せる。そういう仕掛けです。

あるいは、アテニャンはアテネ五輪の年に出合い仲良くなった由来で「Athenian(アッセニアン)」と名付け、その後ギリシャ語語感や口馴れの可愛い馴染みから「アテニャン」と変遷していった。
アテネ、オリンピック、2004年、暑い夏、高速道路の真下で埃まみれになり暮らしていた感情を表さない木馬のような猫・・・。「アテニャン」という名前が記憶の回廊をさかのぼり、2004年の‘夏'と‘出来事'に連れて行ってくれる。確か男子サッカーでアルゼンチンが念願の金メダルを取ったはず。
・・・ヒーローは多分、テベスとダレッサンドロ? 今、思い出した。

そして、地域猫として死んだナディーとキンバリーもオリンピック由来の名前。

では、今回。子猫の名前をどうして「イリニフ」にしたのかは、只今開催中のソチ・オリンピックに理由がある。2月某日深夜、晴天のヘキレキのラッキーが重なり捕まえた子猫をエコバッグに包み、逃がさないように夜道をハラハラドキドキしながら帰宅したら、丁度BS・NHKで五輪のアイスダンスをやっていた。そして、今大会でもっとも期待値高く「見たい!」と思っていた一つが、アイスダンスで銅メダルを取った「イリニフ&カツァラポフ組」。ジャストのタイミングだった。

イリニフとカツァラポフ。「白鳥の湖」の曲に黒衣装の絶妙、期待以上のパフォーマンスだった。これから世界的に名が売れて行くふたり。
子猫が女の子だったので、「イリニフ」の方の名前を身勝手に拝借した。これから何年か経ち、「イリニフ」の名前でソチ・オリンピックのこの年を思い出すことになるのだろう。
名前は「記憶の装置」、これが猫の郵便フーテンの私流の猫に名前を付けるやり方。
2014年、冬季オリンピック、ソチ、記録的な大雪が2回も東京に降った2月=地域猫活動史上最大苦痛な経験、Wキャリアのバラタマタンの闘病生活、などなど・・・。
「この子を拾ったのは何時のことだったっけ」とは絶対にならない。

冷たい夜風の中を褐色の小さな弾丸となって風切り突っ走っていた子猫は、今は「イリニフ」と名がつき、三段ケージの中段でお腹を丸出しにして仰向けになってスヤスヤ眠っている。

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ソチ・オリンピックはもう終わろうとしているけれど、10年来の高橋大輔ファンの私としては巡り合わせが噛み合わなかった残念なオリンピックになった。それから、もう一つ。テレビ映像から伝わって来たロシアは、封建国家であり、統制社会であることが分かった。
その傍らで、この国は‘復古の道’を歩み出そうとしている。「2014年がファシズムの先駆けの年になった」と先々語られることがないように祈っている。


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2014
02.21

我流:捨て猫子ネコの育て方

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我流捨て猫子ネコの育て方】子猫のイリニフは今のところ3段ケージの中で暮らしてもらっている。リビング猫になるためにはまだ条件が揃わない。病気の有無の確認がまだ終わっていない。不妊手術もこれからだ。
これらを済ませてからのリビング・デビューになる。条件が整わないのに情に負け、リビング猫にしたとたんに室内野良猫になったのでは、病院遠征の時のキャリー収容に苦労する。ちょっとの間、我慢してもらおう。

家にいる時はちょこちょこ足繁く子猫のケージに通い、抱っこしたり、じゃらけ棒で遊ばせたりして「ここに来て、良かった!」とハッピーな感情でいられるよう心掛けている。
顔をすり寄せて来たら拒まず、何か食べたそうだったら拒まず与え、隠れていたい時はそうさせ、行動や感情を制限したり抑制したりしないで`相手'して上げることが「捨て猫経歴」のある猫たちとの一番の接触法だと思っている。
「ダメ!」とは言わない。そして、怒らない。

グッド・コミュニケーションがグッド・コンディションを導き出してくれる。シツケではなくただひたすらの愛情が不可欠。マルコ・ブルーノ先生は「シツケではなく信頼関係」と言っている。これが基本。これをベースにしなければ、捨て猫経歴で培った屈折感を更なる闇の奥に押し込めてしまう。
「ダメ(禁止)と叱る」ばかりの育て方では、「個性の芽」を摘み取ってしまうことになる。そうなれば、どんな性格の子なのかも発見できず埋没させ、病気の兆候すらも見逃すことになる。

人の手によって親兄弟から引きさかれた犬猫ならば、人が再び親兄弟の代わりになって上げようという猫の郵便フーテン流「捨て猫/子猫の育て方」です。



子猫のイリニフのこれまでに分かったこと。女の子。ジャンプ力がなく、3段ケージの側面の細いステンレス鋼をジャングルジムにして手長猿のように上へ下へ移動している。
子猫なのに水をよく飲むのは、1カ月の外猫生活の身体的ダメージを思わせる。
子猫だから仕方がないが、胃腸がまだ万全ではない。
それと、鉄腕ウンガさんやリアム君などの他人が「キンコーン」とチャイムを鳴らし家に入って来ると、警戒警報の人見知りをしてケージの中の段ボールハウスに隠れてしまう。これについては少し嬉しい気持ちがある。それは猫の郵便フーテンの私を身内だと信頼しているということだからだ。


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2014
02.20

子猫はよく食べ&眠り&じゃらけ、素早く人馴れゴロゴロと

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子猫はよく食べ眠りじゃらけ素早く人馴れゴロゴロと】私たちの活動をサポートして下さっている皆さん。ブログ更新を怠っていて申し訳なく思っています。
兎に角、忙しく・忙しく・忙しく。忙しい上に子猫保護という更なる忙しさが加わり、慌ただしさ盛り沢山の時間割でブログ記事に頭を振り向ける余裕が全くありませんでした。

絶対に外せない毎日の地域猫活動と病気の猫たちの皮下補液と栄養補給。特にWキャリアのバラタマタンは抱きかかえ強制的に食べ物を放り込んで上げないと線路が途切れてしまうので、一日2回の栄養補給は絶対の責務なのです。

猫トイレ5カ所の掃除と他の猫たちの世話。ニューフェイスの子猫イリニフのことも放っておけば何とかなるというものではありません。子猫の柔らかい脳の内に、スキンシップで距離を縮めておいた方が、後々のことを考えるとベター&ベストということがあります。

子猫イリニフは、外で逃げ回っていたのが嘘のように、今では頬にアゴに顔をこすりつけてくる“馴れぶり/甘えぶり”です。よく食べ、よく眠り、よくじゃらけ遊び、心が開いて来たのにほったらかしにしていれば屈折の戻り道になります。今が肝腎。「大人になり外猫生活で心が屈折する前に保護できて本当によかった」と・・・


子猫イリニフをあやしながら、ふと脳裏をよぎるのは、あの1回目の大雪の時、イリニフと一緒にいてくれたトラ猫夕焼けタラちゃんのこと。タラちゃんが子猫イリニフに他と接することを教えてくれたような気がして・・・。
あれ以来、イリニフは警戒しながらも少しずつ近づくようになって・・・、ついこの前の日曜日の保護につながったのです。
夕焼けタラちゃんを外に残しているのは切ないけれど、タラちゃんは出合った初めの時から今に至るまで超が付くほど完全に人間不信の臆病な猫で、今まで6年間に一度もさわったことがなく、1メートル以内に接近することすら許してくれない。
さわれなければ保護できない。強制捕獲器にも入らない。でも、思いはいつか何とかしてあげたいと願っている。

タラちゃんが子猫イリニフに「君はあの人の所に行きなさい」と言ってくれたのかなと、あの地に行くたびにそんな妄想が駆け巡る。夕焼けタラちゃん、大雪の中、子猫イリニフを守ってくれて、ありがとう。いつかタラちゃんが旧友・蘭の花と暮らせる日が来ることを。


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2014
02.19

駆虫が今は内服じゃなくてもOKな便利な世の中になった

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駆虫が今は内服じゃなくてもOKな便利な世の中になった】拾って来た猫に直ぐに薬を飲ませるのは物凄く難しい。猫を保護した時、いの一番にやらなければいけないのが、ノミ取りフロントラインを点ける事と駆虫剤を飲ませる事。警戒し暴れる猫にそれをするのは昔から大ごとだった。

昔は大変だった。

しかし、今は内服じゃなく、ノミ取りフロントラインと同じ要領で、肩甲骨の間に体重に見合った薬剤を点けるだけでOK。医療はどんどん進歩している。便利な時代になった。

ノミ取りフロントラインや駆虫を怠ると、多頭飼い空間では、あっという間に惨禍が広がる。

今回の保護のケースは、まだ子猫だったため、二つのノルマをイージーに達成できた。

そして、子猫イリニフは一日二日は緊張していたが、今はもうすっかり安心しきっていて、100円ショップで買ったクッションの上で仰向けになり、ゴロゴロと喉を鳴らすリラックスぶり。抱っこも大丈夫になった。


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2014
02.18

子猫は女の子だった

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子猫は女の子だった】日曜日に虚無的都会の荒野から助け出した子猫は女の子だった。チャンスを逃さず捕まえることができて本当に良かった。

前日までは、姿を遠目で確認するか、電光石火の高速走りで横切って行くだけだった。

チャンスを逃し、TNRの機会も逃し、ポコポコ子供を産むようになったらと考えるとゾーッとする。

子猫が捨てられていた“彼の地”は六年前当時、野良猫状態で50匹を超える猫たちがいた。しかし、TNR徹底作戦と保護により、今では15匹が暮らすだけになった。

一匹くらいTNRをしなくても大丈夫と考えていたら大間違い。隔離された場所とは言え、そこにまた不心得者に捨て猫されれば元の木阿弥。あっという間に猫は子を産み、ネズミ算式に増えてしまう。地域猫活動に油断は大敵。


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2014
02.17

子猫は気丈に ~捨て猫犯は常習の確信犯か?

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子猫は気丈にしている捨て猫犯は常習の確信犯か?】日曜日に捕まえた子猫はまだ捕まえられたショックと環境の激変に緊張状態を解けずにいる。

生後およそ6カ月。物心はもう付いている。

緊張しているせいか、目の見開き止まず気丈感みなぎりまくりで、とりあえず見た目は一応元気に見える。
が・・・、やっぱりこの寒さで体は芯から冷え切っていたようだ。家に着くとその時から、一日中下痢ピーしまくりで、後始末に大わらわになった。

しかし、今は落ち着かせることを最優先。下痢止めの対処療法の病院遠征はヤメにして、いつもの犬猫病院の先生に薬を処方してもらい夕食のウェットフードに混ぜ込んでみた。
さて、どうなるか? 三日もしたら落ち着くと思うので、水・木あたりに犬猫病院で診てもらう予定でいる。
冬の谷底に捨てられ、二回も大雪が降り積り、激しい風が縦横無尽に吹きすさぶ“あの地”で、何もなしに健康でいろと言うのが土台無理。

あの虚無的都会の荒野で、私たちの地域猫活動がなかったら、この小さな子は間違いなく100%死んでいただろう。

この子が根城にし生きていたのは、去年おととし捨て猫事件があった所と同じ場所。夜遅くなれば人通りも車の通りも皆無になり、人の暮らしからは遥か彼方遠く閉ざされたロケーション。
しかも、捨て猫一匹どこにも逃れようがないシュチュエーション。ひょっとして常習犯?!? それとも、捨て猫犯は私たちの活動を知っていてやったのか?!?
どっちにしても、捨て猫とは「死んでも構わない」という意思の下に行われる行為だから、何も言わない捨てられた子らの恐怖心や健気さを目の当たりにする時、許せなさが深くから湧き上がって来るのを禁じられない。

毎日毎夜、あの場所に行くたびに「大丈夫かな? 出て来てくれるかな? 生き延びていてくれよ!」と気をもみ続けた一カ月だったが、捨て猫は全くの赤ちゃんでない限り、近づくのも馴れさせるのも大ごとの大変さ。
にもかかわらず、捨て猫をして何食わぬ顔で、何の咎も受けずにのうのうと生きて行く人間がいる。彼らをはんなりと許し受け入れている政治・行政・法律・社会・世間。
この子を抱いて帰った冷たい夜の道々、空しさで一杯になった。

そして、残りの子らの姿は全々確認できなくなった。姿が見えなければ何もできない。



この子の名前は「イリニフ」と名付けた。

カメラを向けられる状態にはまだなっていないので、ビジュアル情報はいつの日にか。

しかし、ノミ取り「フロンドライン」を常備していて良かった。それが無ければ、ノミが他の室内保護猫みんなに広がるところだった。


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2014
02.16

捨て猫子ネコをやっとの思いで捕まえた ~やったー

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捨て猫子ネコをやっとの思いで捕まえた】トゥウィンクル トゥウィンクル リトルスター。例の捨て猫子ネコを雪明けの月明かりの夜にやっとのことで捕まえた。想定外。予定外。

それは突発的な子ネコの態度の豹変がもたらしたものだった。

火曜日にはまた雪が降ると報道されているし、生後6カ月が過ぎると発情期を迎えるという子ネコに「春」も近づいているから、保護できたのは一安心。二安心。三安心。

名前はまだ付けてないけれど、今、三段ケージの中で子ネコは緊張した顔でちんまりしている。

全然近づくことさえできなかったのに。何が起きたのかについては、落ち着いてからレポートすることにします。

トゥウィンクル トゥウィンクル リトルスター。リトルスターを捕まえた。


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2014
02.15

雪 また雪の憂うつ

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雪 また雪の憂うつ】命からがら大雪の中を幼い捨て猫が生き延び、ホッと胸をなで下ろしたのも束の間。金曜日の早朝から再び、雪が降り出した。しかし、報道からは「前回の大雪ほどにはならない」と伝え聞いていたので、「この前ほどにはならないだろう」と甘い願望を抱き警戒心のレベルを低め設定にしていた。

雪の始まりは14日の早朝だった。午前4時から5時の麻布某町の後片付けタイムに風切る空気にチラホラと・・・。雨のような・・・。ミゾレのような・・・。ふんわり白い雪も混じっていたような・・・。思い起こすと、まだこの時も高を括っていたように思う。大したことにはならないだろうと・・・。

午後になり、窓の外を眺めてみると、無数の白い斑点が入り乱れ乱舞していた。だが、眼下の路上に目を落とすと、路面はアスファルトの地色のままで濡れてこそいても積雪の光景はどこにもなかった。
「報道の通り、この前のようにはならない」と身勝手な予想がまだ胸の中で支配的だった。

しかし、それでも慣れない非日常の雪降りに変わりはないので、早番の地域猫活動を少し前倒しにして出かけてみたら、湾岸に近づくほどに風は強く、降りは激しく、路面はうっすらと白く色を変え始めていた。
湾岸の一回りラウンド、手袋をしていても寒さが容赦なく骨までしみ込んでくるシンシンとした底冷え。一つの現場を終えるたびに気温が下がって行くのを感じた。最終コーナーにさしかかり、作業に取り掛かると、もう我慢の限界点。冷たさで指に激痛が走るのが止まず、手を千切って投げ捨て逃げ出したい衝動に駆られる痛みを覚えた。

でも、現場作業を終え、麻布/六本木方面に戻ってくると、やっぱり路面に積雪は無く、見た目を安心材料にして天気予報(安心情報)を鵜呑みにしたい自分がいた。
甘い期待、人は自分が考えたいように物事を考え当てもない未来を我流に推測し足元をすくわれることになる、・・・そんなドツボにはまる一日になった。



そして、時計は時刻を刻み、夜は遠い風が運ぶ音と共に冷えていった。通りの音が変わっているのを気づきもせずに。車と路面の摩擦音がなくなっているのに気がつくべきだった。
短時間に20センチを超える雪が積もっていたのを知りもせず。
遅番の地域猫活動の時間がやって来た。用意した荷物を持ち、いつも通りに外に出てみると、外は「あっ」と驚く真っ白な白銀の世界。強く吹きすさぶ風に乗って、雪が縦横無尽に降りしきっていた。
大量の荷物。歩きでは行けない。車でも行けない。タクシーがすぐにつかまる見通しもない。結局、大量の猫弁当とグッズを自転車の前後に積み分け、覚悟の見切り出発をした。「どこかに自転車が走れる路面も少しはあるだろう」と甘く高を括った出発だった。

深夜の雪降り。人通りの途絶えた街。新雪の上を歩くには腿を高く上げなければ前に進めない。ズボッズボッと一歩ごとに長靴が雪道にめり込んだ。人が通った所は10センチ/30センチ刻みのモーグル(こぶ)になり、デコボコで歩きにくく、新雪の上は自転車を押し通すのも力づく。車輪が雪を巻き取っていた。
「猫弁当を配達しなければ・・・」と上半身も下半身も汗だくだくの強引な全身筋トレ・メニューびっしりの2時間、通常の2倍かかった町廻りになった。
雪は絶え間なく新雪を粉ふりまき止まず、前に進む負荷はどんどん嵩(かさ)を上げるばかりだった。

吹雪と雪道に埋まりながらの2時間の大格闘。これを3本。1セットを終え、家に帰ると全身汗みどろになり、着替えてはまた出かけ、着替えてはまた出かけ。どうにか夜が明けるまでに全ての活動を収めることが出来たが、本当にしんどくて腿ガクガク/心肺ヘロヘロ完璧に疲れ切ってしまった。
6時間~7時間に及ぶ雪道遭難行、面白おかしいエピソードも沢山あったけれど、面白おかしく書き記す元気は未だ戻らず。本当に疲れた。

先週の土曜日と今週の金曜日の地域猫活動は、経験上最悪な「地獄の地域猫活動」になった。
そして、週明け火曜日から雪がまた降り出すという。「助けてくれ!」と悲鳴を上げたいが、自然現象相手ではどうにもならない。
捨て猫した人、野良猫を見捨てた人たちの分だけ、私たちの活動現場がある。雪降りを言い訳にして、待つ猫たちを兵糧攻めにする訳にはいかない。


99リス

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2014
02.13

捨て猫赤ん坊がドラマティックに生き延びていた

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                   若かりし頃の 夕焼けタラちゃん

捨て猫赤ん坊がドラマティックに生き延びていた】先週の土曜日の大雪から捨て猫子ネコの中の一匹が生き残っていた。捨て猫され、一カ月の内に散り散りバラバラになった2~3匹の子猫たち。その中の一匹です。
残りの子らはまだ目視では未確認、行方知れずのままだけれど、少なくても一匹だけは大雪の無情の中を生き延びてくれていた。

親愛なる品川区に住むIMさん、捨て猫赤ん坊への心配の気持ち、本当にありがとうございます。実のところ、ほぼ一日中吹雪いたあの大雪では「・・・駄目なのかな?」という思いが胸の中に強くありました。
一日、二日と何の反応もなく、その思いは時の刻みと共に色濃くなってゆくばかりでした。

親愛なる東久留米市に住むHYさん、去年おととしの六月に幼名キティくんが捨てられていた場所を覚えていますか? あの地が地形のいたずらで物凄い大暴風が吹き荒れること、あなたは知っていますよね。 
何でもない日和(ひより)の日でも、あの地だけに生き物のような風が吹き荒れることを。
そして、あの日。あの一帯は、激しい暴風吹雪に吹きつけられ、上の道路から下の水辺まで本当に一面の真っ白い雪の斜面に成り果てていたのです。
階段もベンチも段差という段差の何もかもが大吹雪に叩きつけられ、冷たい白の猛威に埋め尽くされていました。
成猫だって、あの場に立ち往生したらサバイバルは難しかったでしょう。

しかし、捨て猫赤ん坊は生き延びていたのです。しかも、それは胸を突かれるようなドラマティックな形での再会になりました。本当に目を疑いました。
何と捨て猫赤ん坊は、かつて蘭の花くんの相棒だったトラ猫の“夕焼けタラちゃん”に導かれて、キティくんが捨てられていた所から出て来たのです。

夕焼けタラちゃんは蘭さんが重傷を負って去って行ってからは、その気弱な性格もあって、新参猫に居場所を追われ、あてどない流浪の日々を送っていました。
人馴れせず、猫馴れせず、仲間もいず、見かける時はいつも一人ぽっちの一匹狼。去年の夏に一度古巣への舞い戻りを試みてみたものの、秋を待たずしてはじき出されてしまった。
そんな猫嫌いのタラ坊が見ず知らずの捨て猫子ネコのそばにピッタリ寄り添って目の前に現れるなんて、晴天の霹靂の出来事でした。

・・・猫の世界は摩訶不思議。・・・本当に分からない。・・・人間の理解を超えた所で成り立っている動物たちの摂理の世界。・・・その神秘にふれる「何か」をまざまざと目の当たりに見せられたような気がしました。

タラちゃんと赤ん坊がいつ・どこで・どうやって出合ったのかは知る由もないけれど、冷え込んで行く空気の中、大吹雪をかいくぐり、身寄りなき赤ん坊に頼られるがままにガイドし守っていたのかと思うと、何か生命の物凄く厳かで綺麗なものに触れたような気がして、見つめている内に、冷たい風を通して、静かな感動がヒタヒタと伝わって来るようでした。

夕焼けタラちゃんは彼の地の6~7年選手。そして、主! どこが安全で、どこが危険なのか、苦いも甘いも知り尽くす勝手知った“我が猫道”を辿る時、捨て猫子ネコを排除せずに懐深く引き入れ守ってやった。タラ坊の深情け、タラ坊のアニマル・グレース。
それは、目の前が音もなく揺さぶられるような・・・
いや、目から鱗が落ちるような・・・
冬の夕日の片すみにほんのりと輝く美しいすぎる眺めだった・・・


99リス

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2014
02.12

紙猫メイは雪降る日に凍え死んだのか?

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winter sky

紙猫メイは雪降る日に凍え死んだのか?】鉄腕ウンガさんが担当している場所。記事タイトルに“まち猫メイ”を「紙猫」と形容したのは、去年の5月に初めて街角で見かけた時、食べ物がなく“紙ゴミ”に付着していた何らかの食べ物の残留跡をあさり食べていたその姿に由来しています。

紙ゴミにすがって空腹をまぎらそうとしていた三匹の子猫。三匹の子猫の中の一匹が三毛猫のメイでした。
5月に出合ったからメイ。
様子からして、メイたち三匹の子猫は、恐らくTNRの不徹底で生まれた野良猫の子供たち。
TNRに真剣に取り組まなかった人たちが自分の都合が悪くなり、逃げてゆくのなど、お茶の子さいさい。訳もなく簡単にできてしまう。出合った時のメイたちの切な過ぎる“窮状”でした。

結局、メイたちの世話は隣接する場所で活動していた鉄腕ウンガさんか引き受けたのです。TNR、毎日の給食、次々と餌場放棄され集まって来る猫たちの状況確認。悲哀の街角でした。
猫たち、特に子猫たちは飢えが先立っているから、鉄腕ウンガさんにとって慣れさせる=友好関係を築くのにさ程の苦労はなかったと聞いています。

三毛猫メイは給食時間になると先頭を切って待ち受けていて、最後までへばりつき。片付けタイムで出向く時にも最初から最後までやはり率先垂範で回りをうろちょろしている猫さんでした。
それが、あの大雪の日からパッタリと姿を見せなくなったのです。
去年のあの5月のゴールデン・ウィークの出会いの時から給食タイムも片付けタイムも外したのは一度たりとも無かったのに。

大雪の土曜日から一日、二日、三日、四日。あれからメイの姿はありません。雪が路上から消え去ってもメイの姿は跡形もなく途絶えたのです。
メイはおよそ一歳。初めての冬の体験? 初めての雪の体験?
雪降る寒さの中で幼い体が耐えきれなかったのでしょうか?
マッチ売りの少女のように天に召されて行ってしまったのでしょうか?
分かりません。何も分かりません。

よく通りすがりの人が「野良猫はいいよな! 自由で!」とイージーな捨て台詞をつぶやき過ぎてゆくのを何度となく見聞きして来たけれど、彼らは街角に暮らす猫たちの悲しい現実の中身を何も知らない。何一つ知らない。
鉄腕ウンガさんが言った「メイ、死んだかもしれない」というポツリともらした言葉。
そのポツリとしたつぶやきの中に私は・・・
TNRをせず猫たちを翻弄し続けた人たちの・・・
餌場放棄し消えていった人たちの・・・
通りすがりに無邪気な戯れのいたずらを仕掛ける人たちの・・・
それら顔のない暗い影たちが一塊になって、脳裏を横切り遠のいて行くのを感じるのでした。天高く寒々とした空に。


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2014
02.10

吹きすさぶ雪嵐の中 捨て猫赤ちゃんは・・・

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ice564.jpg

吹きすさぶ雪嵐の中 捨て猫赤ちゃんは・・・】大雪の日の7時間に及ぶデコボコ雪道との格闘と大吹雪の中の外活動に、疲れがまだ残っていて消えない。幸い、雪は降った量に比べて、柔らかな溶けやすい質だったのがあって、翌日には太陽に照らされ路面からは程なく支障ないまでに消えてくれた。

だが、あの猛烈な大雪嵐が外暮らしの猫たちにどんな影響を及ぼしたのかについては、まだ“事の顛末”全てを肉眼で確かめるまでには至っていない。これは天変地異が起こるたびに繰り返される胸騒がされる心配事。

麻布・六本木某町角のハチとミミとミーシャなどは、あの日を境に姿を現していない。湾岸近くの大規模ハビタットの中にも姿を確認していない猫が多くいる。
公園の猫の中にも・・・。橋の下の猫の中にも・・・、姿を見ていない猫がいる。
知り合いの地域猫活動家の話を聞いてみても、あの日は雪に進路を遮断され悪戦苦闘の激務だったらしく、姿を見せない猫の安否を気づかっている。

あの日、とある海に隣接した場所では台風並みに発達した雪の猛威に目の前が見通せず、一歩前に進むのも困難だった。空気に粉をまぶしたような視界不良の流動、誰も歩かない新雪に足を取られながら、見慣れた階段にさしかかると、そこは降り積る雪に埋もれまっすぐなスロープになっていた。道路脇の生垣は真っ白な小山大山の山脈になり覆い尽くされ、見渡す限りの白銀の世界に猫の通れる道など何処にもないように思えた。

「あの子は・・・、あの小さな体で、何処でどう耐え忍んでいるのだろう」と、しかし自然の威力の前にどうすることもできなかった。

あの日、早番の活動の時に、気づく所は手で雪を払い、足で雪かきし“猫の通り道”をこしらえてみたが、遅番で行った時はもうすでに雪かきした「猫の道」は何の用も成さず、何もかもが元の木阿弥の雪の世界に埋もれ戻っていた。
指笛のサインを送ろうが、口笛を吹こうが、呼べど叫べど、あの捨て猫子ネコは現れず。

あれから何回足を運んでも、捨て猫赤ちゃんは影も形もなく、あんなにいつもピーピー鳴いていたのにウンともスンとも・・・。耳をかすめ過ぎる風の冷たさだけが冷え冷えと聞こえるばかりだった。


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2014
02.09

東京都民は選挙にGO!

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東京都民なら選挙にGO!】猛烈な雪嵐の中を土曜日の夕方から日曜日の早朝まで、通算7時間も雪道を歩いて地域猫活動をしていたので疲れてしまった。だから、土曜日の雪の記事は少し遅れる。疲れてしまった。足腰ヘロヘロ。
一回寝る。

しかし、それでも選挙には行って来た。選挙にも行かないで、殺処分0を言うのは恥ずかしいし、ましてや正義を振りかざすのもカッコわるいし、人生のままならなさに愚痴を言うのもお門違い。

戦争にならないように「都知事選挙」に行こう。 From 草むしり党



結論】都知事選の投票率は46.14%で、過去3番目の低さだったという。都民有権者の半数以上が選挙に足を運ばなかった。権利を放棄した。そして、三代に渡って“変態”&“知的異常者”が都知事になった。都知事にした。

暴走列車を誰も止めることができない。

選挙結果を分類すると、政治に要求も意見も持たない人が半数以上(53.86%)。投票した人の中の多くが自公と社共の組織票。つまり、東京都民のガラガラポンの中身をこじ開け洗いざらいにすれば、組織や大新聞テレビに拘束されない自由な翼(意思)を持った人が大人人口の10分の一以下の勢力だということだった。

何も考えない人。自分の力で考えない人。目と目を交わし会話する言葉を持たない人。「我が命運」を愚かな政治家に一切合財お任せにする人。・・・南相馬市長の声が東京の空に哀しくてならなかった。

また安倍晋三と一卵性の・・・。心母を同じくする極右・田母神俊雄に61万の票が集まったのにも大変驚かされた。ファシズム体勢を希求し、剛腕な統制国家にその身をゆだねようと願う人が61万もの数。自由な意思でのびのびと生きることを願うのではなく、圧倒的な権力に組み敷かれるのを自らのアイデンティティにする人たちの存在。

どうやら、この国を動かしているエネルギーは、世界が向かう流れとはどんどんかけ離れて行こうとしているような気がする。「平和」とか「愛」なんて言葉は、この国では増々せせら笑われ、死語にされつつある。

ましてや、「犬猫の殺処分ゼロ」など、遥か彼方に遠のいてしまった感を強く覚えた都知事選結果だった。願わなければ叶わない。 From 草臥れ党


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2014
02.08

猛烈な雪嵐に7時間歩く

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Snowman226.jpg

窓の外が大変な雪景色なので、早番の地域猫活動を前倒しにして行ってきました。全行程を自転車を押し雪をかき分けながら。
普段の二倍の時間ロス。経験したことがない雪の量だった。(詳しくは後ほど)


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2014
02.07

雪予報 ~いよいよ冬の谷底

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                                        とらちゃんが死んだ年の冬

雪予報いよいよ冬の谷底】大げさな雪予報が出ていたが、深夜の空はミゾレ混じりで大したことはなかった。
だが、外気はしんしんと冷え込んでいた。
気象条件が厳しい中での活動になると、つくづく室内だけで活動を賄える人たちがうらやましくなる。

でも、外猫たちの無言の忍耐を思い我に返る。せめて転ばないように気をつけよう。

これから、冬は谷底の期間がしばらく続くのだろう。地域猫活動にとって一番きびしいシーズンになる。


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2014
02.06

涙と寝不足の地域猫活動ライフ

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涙と寝不足の地域猫活動ライフ】地域猫活動は忙しい。そして、慌ただしい。自由に使える時間は夕方の5時過ぎからミッドナイトの12時頃まで。この7時間の間に食事も掃除も洗濯も睡眠も病気の猫たちの皮下補液&介護も室内保護猫の夕食もブログ原稿書きも何もかもをぶち込まなければいけない。

PCに向かいながら洗濯機を回し、文章に行きづまったそのタイミングを見つけて料理をし、掃除をし、ヘルプの鉄腕ウンガさんが来たら素早く補液&バラタマタンの食事介護をし、そして時間を争うように毛布を無造作にひっかぶって眠りにつく。4時間の睡眠時間を確保できれば、もう最高に幸せな気分。

はい、そうです。涙と睡眠不足の地域猫活動ライフ(笑)なのです。

こうなった事情には理由(わけ)があり、それは活動現場への妨害が後を絶たなかったからです。結局、電車がなくなる時刻=人がいなくなる時間を見計らわなければいけなくなってしまいました。
猫弁当を運んで行っても、邪魔や妨害で猫さんたちが食べ物にありつけなかったら何にもなりません。
敵が見えなければ、こちらが姿(やり方)を変えたり、時間を変えたりするしか方法がありませんでした。
慣れないうちは負荷が多く、疲労困憊でしたが、それが日常になればそこに何故か不思議と道が出来/道が開けていったという具合です。ビクトール・フランクル先生がおっしゃる通りに「それでも人生にYESと言おう」と、そう胸に言い聞かせる日々でした。

臭くなるかもしれないけれど、どんなに苦しくても、どんなに辛くても、誇り失うことなく・・・

水のように生きれば、水の性質のように流れるようなしなやかさを身に付ければ、たとえ入れ物の器が替わったとしても必ず順応できる。
・・・毎日、早朝に、町なかの片付け作業を終え帰路に着く時、「きょうもみんなゴハンを食べられて良かったな」と心底思い、冷たい空気の中に鼻水をすすると、まだ仄暗い町景色の中に地域猫たちの後ろ姿がそれぞれ闇の色に同化し消えてゆく。
朝なのに夕焼け気分のホッとした満喫感を味わう不思議さなのです。
私たちが世話している猫の中に「夕焼けタラちゃん」という名前の猫がいるのはそのためです。

涙と寝不足の地域猫活動ライフ、最後の一匹が終わるその時まで。  Someday! Somewhere!


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2014
02.05

絵に描いた餅は食えない

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絵に描いた餅は食えない】共産党や社民党のもっともらしい正論。だが、それはいつも遠吠えに終わる。

局面ゞで適切な状況判断&状況対応能力に欠けるからだ。

ジリ貧で当選の見込みがなくても我を通す。当選しなければ政策も公約も絵に描いたモチ。

絵空事ならナンボでも言える。

政治とは人を動かすこと。人も社会も動かせないなら、はっきり言って“お邪魔”勢力。

銀河の雲海の彼方に消え去って欲しい。

宇都宮のジーさん何を欲ボケしたのか。人を動かす魅力に乏しい自分のキャラクター不足に早く気づけよ。

と当初から思ったのだが時すでに遅し。

こうしてずるずると“下りだだら坂道”を。だらだらだらだら重力のままに降りて行く「狂気の欲望遊園地」社会。

戦争まで行ってしまうのかな?

自分はフクシマの南相馬市長の意を汲み、牛のように反芻し、目の前の社会を見ている。

週末は都知事選。「誰に投票するの?」と友だちに聞いたら、「立候補直前まで草むしりをしていた人」と答えが返ってきた。


99リス

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2014
02.05

世界中の猫はフィギュアスケーター高橋大輔の味方!!!

Category: メッセージ

2014
02.04

TNRなしの給餌行為は猫を更なる地獄に突き落とす

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                            給食放棄され はるばる猫の郵便エリアに渡って来た

TNRなしの給餌行為は猫を更なる地獄に突き落とす】この記事のタイトルは、外で暮らす猫たちに関わる全ての人たちへの私たちからのメッセージです。

TNRの責任を果たさずに給餌/給食の日常に埋没しているのは、その猫たちを更なる地獄に突き落とす行為です。

そうではありませんか? 違いますか?

不妊/去勢手術をしないということは、シーズンが来れば次から次へ子供が生まれる状況を作るということです。それは不幸を再生産するということ。増え続ける猫に給餌/給食する自らの活動の首までしめるということです。

最初に3匹くらいだった猫が10匹/20匹と増え続ければ、周囲の目も厳しくなるし、猫の食糧費もかさんで行くことになる。そうではありませんか?
んー、TNRを拒む人たちが言い訳にする一つに「お金が無い!」というのを散々聞いて来たけど、TNRをしないで増える猫の食費の方が長い目で見れば遥かにかさんで行くのです。

例えば、3匹の猫がいるとします。この段階でTNRをしておけば3匹分の食費を賄えば良し。3匹の猫のTNR代+3匹の猫の食費だけ。しかし、TNRの出費を惜しみ、猫を10匹20匹と増やしてしまえば、年間単位で一匹当たりかかる食費×増えた猫の数×1年2年3年・・・と、財布から金がどんどん飛んでゆくことになるのです。
さぁー、どっちが得なのか自ずと分別のつくことです。
早い段階で手(TNR)を打つ方が経済的にも心理的にも負担を軽くすることができます。
ところが、TNRを渋る刹那に生きる人たちは小学生にでも分かるこんな単純な計算から逃げまくり、先を見通さないのです。

TNRの責務を果たさない人に限って、猫が増えてヤバくなると猫たちを見捨てて、逃げて行くのを何度も味わされ苦虫を噛みしめて来た「猫の郵便」の目撃録があります。
そして、そのたびに「猫の郵便」が見捨てられた場所をフォローする形になったのです。これが悲しいかな私たちが手を広げなければならなくなった原因と実情です。
隣接する場所や気づいた場所で野良猫状態を見かけると、調べてアプローチし、TNRを薦めてみても聞く耳を持たない人は結構いました。逆切れ大噴射なんてこともありました。
そんでもって、そういう人は偉そうなことを言いながらも、いつの間にか影も形もなく消えてゆきました。「そして誰もいなくなった」という寒々とする人の景色です。

外猫を可哀相だと思うならば、可哀相と思う「愛」があるならば、不幸を再生産しないこと。不幸を再生産しないようにするためにはTNRの責務を絶対に果たすこと。
そして、世話をしている猫を見捨てないで最後まで見守ること。世話をしている猫が命に係わる病気になったら家に引き取り手当をし、看取ること。
覚悟を決めない中途半端な外猫への“お情け”は、「不幸」を増刷発売してゆくようなもの。

TNRをしているか、していないかが、外猫に関わる人の品格の輪郭の殆どを決めるのです。

お金がない? お金がないなら「地域猫」の概念をよ~く学習して、外猫暮らす町を回って募金を募ればいいのです。無いなら作れ、頭をひねれば方法はいくらでも考え付くというもの。
TNRをしなかった不始末でどんどん猫が増え続け、手を焼き、疲れ、ケツをまくって逃げ出し、「後は野となれ山となれ」では、人間あまりにも寂しいし、さもしいではありませんか!
 

逃げた後の罪な後味の悪さを回避するためには、兎に角TNRをすることが絶対の全てです。

猫は生後半年で出産可能になります。そして、生まれた子らにまた出産のシーズンが訪れるというように際限のない不幸の連鎖=ネズミ算が繰り返されてゆくのです。TNRをためらっていれば、増えるのは「あっ」という間です。


99リス

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2014
02.03

アイデンティティ喪失の悲しみ

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アイデンティティを失くした外猫の傍らで】日曜日は昼も夜もお正月のような静けさだった。昼は太陽が燦々と降り注ぎポカポカに暖かく、夜はここのところ寒さがゆるんでホッと一息胸をなで下ろしている。

夜から早朝の外活動で風に吹かれ脳裏に浮かんだのは、お昼寝に見た摩訶不思議な夢のきれはし。
つい最近の私の寝場所は妖精バラタマタンの病床のケージの前。大勢いる猫たちにベッドもソファも完璧に横取りされ、仕方なくバラタマタンのケージの前に毛布を二枚重ねに敷き、バラタマタンの様子を枕に眠りについている。
慢性の睡眠不足でいつでもどこでも眠りに入れるから寝床を猫たちに占拠されていることには文句は言わない。
先行き不安なバラタマタンが寂しくないように、これはグッドコンディションとも言える。丁度いい。

暖かい冬の日曜日、正午またぎのうたた寝。バラタマタンに声かけしているうちに、「眠りは万能の薬」と、寝入ってしまった。瞼にカーテン越しの冬の光、やわらかく温かな毛布の中、ウトウトと、不思議な夢が綿雲をつなぐように続いていた。
そうして、夢のストーリーは、エレベーターの中から始まって行った。エレベーターに乗っている私は自分がどの階に行くのか分からないでいた。どこに住んでいるのか、どこに自分の部屋があるのか、思い起こせずにいた。
エレベーターに中で自分のアイデンティティを失っていたのだ。

「困った。どうしよう。その内思い出すから、それまで誰かが乗って来なければいいが・・・」と気ばかりあせる。
アイデンティティを失くしていることを誰かに悟られたくなかった。
そのうちエレベーターは夢の不思議がなせる業で自然にスーッと止まり、私は長い廊下を疑心暗鬼に歩き始めていた。

ジョージ・オーウェルの「1984」を彷彿とさせる回廊を不安な足取りで呆然と歩を進めるけれど、自分がどのドアを開けたら良いものか、皆目見当がつかない。
緑色のリノリュームに緑色の同じ形をしたドアが連綿と果てしなく続いている。
俯瞰から自分を見つめる第三の目が、「人に会わなければよいが・・・」とか、「名前を聞かれたら・・・、住所を聞かれたら・・・、何て答えよう?」と焦燥感ばかり募らせ見つめていた。

「タクシーに乗ろうか? いや駄目だ。町の名前すら分からない」「誰かに電話しようか? いや電話の向こうは真っ暗なゴーストタウン」と、思いの行く手が次から次に内心の声に打ち消され、行き場を失くして。
アイデンティティ無しには生きて行けない夢の中の街並みの寂しい景色があった。

これは、ひょっとして。これって、ひょっとして「1984統制社会」の回廊???

そして、夢の中のさ迷いは唐突な目覚ましアラームのけたたましい音が助け出してくれた。現実に戻された。

目覚めてしばらくボーっと夢の記憶を反芻する中、外猫たちの顔や背中を思い浮かべていた。・・・名前がなく、住所がなく、路地から路地に逃げ惑う苦しさ。アイデンティティ無しに生きる辛さを夢の中に見た心象風景と重ねていた。

外猫みんなに名前を付け、TNRをして認めてもらい、毎日給食弁当を運び寄り添うことが彼らの生存権のアイデンティティになっているなら、がんばらなくちゃ。

逆を言えば、見捨てれば、捨て猫すれば、生きるアイデンティティを無理やりに剥ぎ取るということになる。夢の中で知ったアイデンティティ喪失の悲しみだった。


99リス

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