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2014
07.30

四重キャリアの妖精猫バラタマタンの運動治療

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   32℃~25℃  

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                                    たぶん3才頃

四重キャリアの妖精猫バラタマタンの運動治療】世界の戦地から。日本の何気ない平和な日常の中から。心が削られるようなニュースが届けられる毎日。
だから、ブログを書こうとWORDに向かうと、先行させなければならない順位があるので、自分の活動の下で暮らす猫さんたちや毎日の活動については今現在のところ風雲急を告げる差し迫った要因を逃れていることが手助けになり、最近はあえて何も話題にしないでいた。
生きていれば色んなことが起きる。それらを面白おかしく、取り散らかして、ブログ上をにぎわすのは容易いが、内外の〝うちの猫たち〟がとりあえずの幸せを保っているのならば、ブログの使い方は〝今助けを必要としている〟存在や問題を優先させることにしている。これからもそうして行くだろう。

自己愛のなれの果てのお披露目や、テレビやネット文化の受け売り垂れ流しみたいな媚びた三文田舎芝居はまっぴらなのである。

だけど、今日は意を決しリスク覚悟でしたことがあるのでその周辺事情書き留めて置こうと思う。猫エイズと白血病と慢性腎臓病と衰弱のクワドラプル(四重)の病気で自宅療養中の妖精猫バラタマン。
バラタマタンのリビングルーム自由散歩を決行したのだ。
バラタマタンは普段は大きなケージの中での療養生活だが、体を動かさず寝させてばかりいると、無重力で暮らす宇宙飛行士の悲劇のように骨も内臓もやせ衰えるに任せるばかりなので、定期的にリビングに出し、自由行動の時間を作るようにしている。
体重1.5キロ以下、他の猫の四分の一か、三分の一しかない。実に小さい。
フラフラと歩き、しかしトコトコと小走りになる姿は猫というよりは地球外生命体の妖精を思わせる出で立ち。
心配を隠し「自由に歩き回って遊んでいていいよ」と痩せすぎのグレムリンを宇宙牧場に放牧したような気分になった。いつ回収できるか不安だったが、楽しそうに見えたので流れに任せた。冬の頃より随分しっかり歩けていた。

ところがバラタマタン。「もう帰る時間だよ」と言ってもちっちゃい体で逃げるわ、逃げるわ。ひらひらと妖精が舞うフットワークで、とても捕まるものじゃない。栄養補給の時間があるし、明日の朝の補液タイムまでにつかまらなかったら、どうしようとやきもきすること長時間。
だが、捕まえようと鬼のようになって変に追い込んだら、ストレス荷重でこれもアウト。
仕方なしに「あと少し遊んでいていいよ」と、早番活動に出かけることにしたのだが、その間何をしていたことやら。

そして、帰宅後の円陣を組んでの猫さん全員の食事タイムに、元気な頃の習慣で輪の中に混ざろうと近づいて来たところを、配食を装って何気なしに手を差し出しスパッと捕まえた。んー、小さな手足ジタバタと大抵抗。やっとのことで家庭内病棟(ケージ)におさめることができた。「ほっ」と安心。ホットな冷や汗をかいた夏の夜だった。

バラタマタンの宇宙遊泳の船外活動は8時間。リスクはあるがこれも延命治療法。人も猫も病床のベッドに縛り付けて置くだけが治療のベストではない。

補液や投薬や栄養補給以外にも、動けるなら適度な運動、ストレスの発散、抱っこでスキンシップ、話しかけ、などなど。生きる普通の喜びを取り去らないようにあれこれ考え接している。去年の暮れから今年の初めにかけては、ケージの中の寝床で渇いた落ち葉同然の反応なしの寝たっきりが続き、「もう駄目なのかな」と完全にあきらめかけていたのだが、新しい栄養補給術を見つけたり、皮下補液を毎日怠らずにやり続けることと並行し、古めかしいかもしれないが科学的医療とはとても言えない「Heart To Heart」自己流ホスピスケア法で少しずつ生体反応を取り戻していった。

妖精バラタマタンは超低空飛行を続けているが、今年の秋を迎えると7才になる。Wキャリアの猫が6才・7才のハードルを乗り越え生き延びるのは難しいと言われて来たから、これは「奇跡」と言って良いだろう。病院の先生も驚いている。
けれど、もうバラタマタンに病院でできることは何もないので、先生からは補液バッグや注射針や薬を譲ってもらうだけで、去年12月の退院以降に病院へは通院していない。
家で静かに暮らす毎日だ。これって虐待? 病気の猫を病院に入院させなければ虐待って言われるの? 

経験不足の人が「病院! 病院!」と騒ぎ立てている声を小耳にはさむと実にうざくなる。夜間、無人になる病院に入院させて不安にさせて何になる。

日本の浅薄な見識の犬猫病院で、入院患者の犬猫のリビング天地療法(造語)をしている所など何処にもないし、獣医師はそのノウハウもハウツーも持っていない。共に暮らして来たからできること。
日本の動物医療の大学教育に犬猫の専門的なターミナルケアやホスピスケアのカリキュラムはないから、どの獣医も最期まで薬物に頼ろうとし、命が訴えている信号を見間違える例をずうーっと奇異に感じていた数々の実戦経験がある。

それで命の仕組みを学び自分なりに重篤な猫たちと接し方を探して来た「あれこれ」である。


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