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2014
11.06

栃木「犬の死骸放棄事件」報道に見る新聞のテキトーさ

Category: 社会+世界
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ロイター
               殺処分直前          ロイターは日本の殺処分問題を独自取材している

【栃木「犬の死骸放棄事件」報道に見る新聞のテキトーさ】早朝の外猫活動。後片付けで街を流していると、新聞配達の自転車がせわしなく動き回っている。その眺めを斜め15度に首を傾げて見ている胸のうち、その朝景色への超現実的違和感は、今どき新聞など無用なものに思えるからだ。
それなのに数多くの人が未だ新聞ジャーナリズムに大きく依存して暮らしている摩訶不思議さ。そして驚き。
もうこの国に真のジャーナリズムなど何処にもありはしないのに〝粉飾〟が嵩高く新聞配達の荷台に乗せられ運ばれて行く。


総理大臣と報道各社上層部が食事や酒席やゴルフを頻繁に共にしたりして、ほぼ政府官報と化してしまっている「報道状態」などアホくさく、ありがたくお金を出してまで「見せていただく」気にはとてもなれないのだ。
だから、自分は新聞を取っていないし、これからも取る予定は全くない。自分の暮らしや権利を脅かす者、首をしめようとする者に「どうぞ首をしめてください」と誰がお金など払うものか。馬鹿らしさを通り越す。

国内情報を入手したいのであれば、外電も含めネットで多角方面からゲットできるし、むしろ外国ジャーナリズムの方が日本社会の利権とのしがらみがない分、知りたいことがストレートに書いてある信憑性にうなずける。外電で十分に間に合っていると言える。
それにもう国内のジャーナリストには代価を支払うべきプロフェッショナルが絶滅してしまっていて、何もかもコピペで用をなせる名ばかりのサラリーマン・ジャーナリストばっかりだ。
その体たらくぶりをまたまた「栃木県の河原や山に大量の死んだ犬を遺棄した事件」の記事で見せられた。

各社、揃いも揃ってがん首揃えて全くおんなじ。警察発表のペーバーをそのままコピーして横流ししているだけの内容だった。魂もなければ、足で取材した形跡も感じられない。突っ込みもなければ、問題提起もない。知見もなければ、読み解きもない。まるでテーブルに水かミルクをだらしなくこぼした垂れ流し記事の横並びだった。
警察発表ペーバーに何ら独自の取材や解釈を加えずに右から左への横流しするのなら「アルバイトの子供にでも任せておけば」というお粗末さ。

死体にされ捨てられた犬は全てが「ミニチュアダックスフント(10匹)、トイプードル(4匹)、チワワ(2匹)、柴犬(数匹)」と来たのならば、何故すぐにペット業者の悪辣を見定める眼力を持てないのか。パピーミルの現状はどうなっているのか何故取材をかけないのか。また栃木県と言えば、ついこの前に県職員を自殺に追い込んだのが動物行政関係者なのに「栃木県動物行政への問題点の指摘」は何もなされなかったという不甲斐なさ。
ジャーナリストの端くれならば、「この国の『動物の法律』はどうなっているのか」調べ、後追い記事くらいきちんと「書けよ」と怒鳴りたい気持ちにさせられた。


要するに、新聞記者にして動物の事件は「かる~い」ものなのだ。そこを読者は嗅覚鋭く的確に読み取ってしまう。「あっ、何だ。死んだ犬を捨てただけか」と。動物虐待事件を世情に流れる風景の一欠片にしてしまっているのには報道にも一端の責任がある。
つまり、報道する側の身体が、動物問題について、その軽さゆえに無自覚に悪いメッセージの送り手になっている。

死んだ犬を捨てる。それをこの国の法律では「廃棄物処理法違反」と謳っているけれど、「犬の死=廃棄物処理法違反」っていう言葉に何らの違和感を持たずにできる「新聞記者って商売」って一体何? 
テキトーな感性の持ち主がテキトーに仕事をできて、高額報酬を得られるのならば、似非ジャーナリストと言われようが、新聞記者ほど素敵な商売はない。


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