2014
12.31

グッバイ’14 You’ll Never Walk Alone

Category: メッセージ
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【バイバイ2014👉 You’ll Never Walk Alone 人の世の「心の闇」が作り出す余多の捨て猫たちの悲劇との向かい合い。全国各地の動物愛護センターの煙突からただの煙となって消えて行った数多くの犬猫たちの痛み苦しみを思い浮かべ。しかし、見渡せど何事もなかったかのように空々しい面差しで終わりを告げるようとする2014年、時の幕切れ。世相の顔、人それぞれの顔、人間模様のエンド・マーク。
ハピーエンディング? Or ビターエンディング? 世界にとって、人々にとって、社会にとって、未来にとって、この年がどんな意味合いを持った年だったのかは誰にもまだ分からない。後年ふとふり返る時、きっと答えをそれぞれに手にするのでしょう。どう生きたのか。どう生きられなかったのかを。


猫たちの福祉活動に携わる身としてふり返ってみるなら、今年も人に好かれるよりも動物から愛され慕われた一年でした。ですが、これは言わずもがな受難に遭い助けを求める動物たちが引きも切らず目の前に現れる悲しい現実を意味しています。
高層ビルの直下の暗がりで。にぎわう繁華街の路地裏の片隅で。春夏秋冬、風に吹かれて。

猫を見て人の世の真顔を見る。

捨てられて、見放され、爪はじきにされ、余計者扱いを受ける。そんな猫たちに愛され慕われている。これを最たる喜びとしましょう。いや違いますよね。忘れていますよね。肝心なことを。
そうです。数は限られていても、人の数は少なくても、私たちの活動が確かな人たちに誠実に励まされ支えられている〝愛ある事実〟があることを忘れて通り過ぎてはいけません。

港区SAさん 練馬区SHさん 目黒区MNさん 港区KKさん 品川区IMさん 品川区KMさん 東久留米市HYさん 中野区YTさん 港区MTさん 港区YMさん 横浜市IMさん 品川区NAさん 港区ATさん 港区WMさん そして住所記入のなかったシャイなOKさんとKYさん 
「にゃんだーガード」の本多明氏とその仲間たちとの間にも双方向性の〝Cheer UP〟交流がありました。
一年間の見守り本当にありがとうございました。


冒頭YouTube👉 「You’ll Never Walk Alone」を皆さんへの一年の感謝の表しに捧げます。

UPしたこの曲には歌詞があります。しかし、選んだのは歌ではなく、ピアニストとしても凄腕のニーナ・シモンのピアノ・インスツルメンタル。無言だからこそ余計に伝わって来る秘めたる魂の息づかいを感じ取って頂けたら嬉しいです。静かなエモーショナルにあふれるさざ波がやがて力強く。ひたひたと迫り来る名演奏です。詞の訳出は別冊にて。


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2014
12.30

地域猫へGO👉 念願の一件一匹のTNR

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popof 911
                                           若かりしポポフくん

【地域猫へGO➤ 念願の一件一匹のTNR】猫の福祉活動は何羽ものウサギを同時並行に追う。猫の福祉活動の実態は何頭もの暴れ馬を御して一つのエネルギーに納めなければいけない。
猫さんを天上に一匹二匹三匹と見送ったからと言って手隙になり、暇になるわけでは全くない。
絶対に外せないそれぞれの私事。絶対に外せない日々の家と外の猫たちの世話。凹みや余白にはすぐに山積み課題が書き込まれている。火の車の高速回転である。忙殺は「突然 炎のように」「突然 洪水のように」乱脈乱流に無秩序に押し寄せて来る。


猫の福祉活動は「はい はい どう どう」と言うことを素直に聞いてくれる優しい馬さんではない。

言えないこともある。言えない事情も時にはある。内々で潜行させることもある。わざわざ説明しないこともある。言葉を押し殺していることもある。それら大きな荷物を背中のバックパックにぎっしりつめ込んでの走行である。
ポポフくん14才。慢性腎臓病。年末に来て、ここのところ一段と具合が芳しくない。原因不明の難病のマチュピュチュの食育には毎時毎日気をもんでいる。27日に新加入したニューフェース/横浜ヴィンちゃんの健康管理と心の解きにも気をかけなければいけない。


横浜市神奈川区の暴漢クレーマー男は何時飛び出して来るか分からない。そして、アベノミクスに円安物価高。キャットフード最安値のにらめっこと商品劣化と少量化。
ブログでは「イマジン」と「The Little Drummer Boy」をクリスマスにもっと掘り下げて書き込んでみたかったが、時間の虫喰いに蝕まれて流れた。

そんな中、懸案だった鉄腕ウンガさん担当給食場所の一匹取り残しの猫のTNRが、しかし匙を投げる状態から「あ~ ようやく ふーっ」と言う形で鞘の中に納まってくれた。今年最後の朗報だった。
一匹一件をおろそかにすると、後々更なる暴れ馬を囲うことになる。良かった。良かった。ヒヒヒ~ン。
猫が暴れ馬に変身しなくて、これだけはブラボーな年末の心の落ち着きになった。30日未明にリリース終了。


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2014
12.29

横浜ヴィンちゃんが地域猫だった頃👉 プロフィール

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                               Yさん撮影

【横浜ヴィンちゃんが地域猫だった頃👉 プロフィール】12月27日の夕方、遠くはるばるYさんの運転する車に揺られやって来た「横浜猫のヴィンちゃん」のプロフィール。Yさんから後日メールで受け取っているのでかいつまんで要約して紹介します。
今はヴィンちゃんが環境激変で人馴れしていないため、写真撮影するには至っていないので、最新の姿のサービスはまだできる段階にはありません。ごめんなさい。
落ち着きと防寒対策でケージをグルーっと布で覆い只今〝ひきこもり〟真っ最中です。無駄な刺激しないようにそっと見守っているところです。

初めは怯えて怒ってうなっていましたが、一日半過ぎてからはケージに手を差し入れ撫でても平気になりました。臆病な猫さんだと聞いているので自然の成り行きに任せ、心のドアを自ら開いてくれるまで焦らずに黙々じっと待つのみです。

ヴィンちゃんを保護したYさんの報告に寄りますと、ヴィンちゃんはYさんが適正管理しているエリア内で去年の10月に誕生したとのこと。だから、1才とちょっとです。推定すれば、我が足元の暴れん坊イリニフと同じ頃の生まれ、同級生年齢ですね。
お母さんは白足袋を履いたキジトラで、2月にTNRを済ませ、無事に今は横浜市東神奈川の某所で元気に過ごしているそうです。一緒に生まれた兄弟猫がいましたが、春先に消息不明になって以降は何の音沙汰もないということです。外暮らしの猫たちにつきまとう何時どこで何が起きても不思議ではない悲劇の一断面です。
そうして、ヴィンちゃんも当時、その兄弟猫と時期を同じくして、Yさんの活動の視界の中から消え去りました。
2か月? 3か月?
Yさんは連続した雪降りの2月から3月の厳寒に、子猫たちが生まれて初めて体験する冬を「乗り越えられなかったかな」と半ばあきらめかけていたと言います。
ところが、4月になり、かつて住み慣れた場所から遥か離れた遠方にて子猫ヴィンちゃんと予期せぬ「びっくり再会」を果たした時は、晴天のヘキレキの大驚きだったそうです。
猫たちのサバイバル、猫たちの世界は人知のあずかり知らない所で展開されていて実際本当に分からないものです。
再会した時から保護するまでのヴィンちゃんの様子を「・・・その間、かなり酷い生活を強いられていたようで身体も華奢で小さく、口臭もひどく、風邪気味で直ぐにでも保護したかったのですが、警戒心バリアが非常に強力で、今までかかってしまいました」とYさんのジリジリした長いもがきがメールに書かれてありました。


責任ある仕事と地域猫活動を両立させるYさんのスケジュールはベリー・ハードで、Yさんの背中に重い荷物を少しでも軽くして「Yさんの地域猫活動の継続」をバックアップする意味で、ヴィンちゃんの世話を「猫の郵便/東京」が引き受けることになった事の経緯(いきさつ)。これはYさんとの巡り合いもヴィンちゃんとの巡り合いも「天使の贈り物」だと思ってみんなが上手くように考えての判断でした。数少ない猫ボラ、誰も転ばぬように。

そして、たとえ今、ヴィンちゃんが病気だからと言って、病気に魂抜き取られぬよう、病気に「生きることの明るさ楽しさ」を奪われぬよう、ヒステリックに神経過敏にならぬよう、視野狭窄にならぬよう・・・。どうやらヴィンちゃんの姿を借りた天使の贈り物が、無言透明に「鷹揚(おうよう)な気持ちで事にタッチし広角な視野を持ちなさい」とささやきに来たかのように感じる年の瀬の心境です。

今までに積み重ねた猫たちの病気との向かい合い。そして、身に刻んだ実体験。役立てられなければ、ただの馬鹿。


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2014
12.28

Xマスからのこの時期は地域猫で亡くなった猫たちへの祈りの時

Category: 訃報と祭壇
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                                    古い写真 在りし日のジュライ

【Xマスからのこの時期は地域猫で死んでいった猫たちへ祈りを捧げる時】寒さに身を丸め人が内向きになるこの季節。人の世の祭り事で増々自分にしか関心をふり向けず内向きになるこの季節。
この季節を迎えると、路傍で暮らす猫たちは、捨て猫の〝身の上〟履歴の上に、人の心からも完全に締め出され〝人の心の捨て猫〟になる。二重三重の捨て猫になる。
007は2度死ぬ」ではなく「捨て猫は何度も捨てられる」と空寒さしんしんと体感を新たにする季節である。


アベノミクスの冷え込みで今年はかつてない静けさに包まれている東京/港区街並み風情。ひっそりと静まり返る〝とある舗道脇〟に、その辺りを根城に生きて死んで行った猫たちのために、クリスマスのささやかな献花をして来た。
音もなくひっそりと死んで行った地域猫たちの弔いのために。

写真のジュライは、若いのに年寄りのように成り果て死んで行った。あれから指折り7年半の時の刻みを数える。コーダくんがロードキルで車にひかれ散り散りに道路に散乱していたのは猛暑年の5年前の夏の早朝の出来事だった。
人の気持ちに弄ばれ死んだロロたんは2年前夏近く常設の給食場所までたどり着き残骸のように朽ち果てていた。
バラクが亡くなって5年。キンバリーが亡くなって3年。ジプティとギンガーくんとトコちゃんが亡くなって2年半。ララたんが亡くなって2年。
その周辺エリアから保護してほんの少しだけ平和の日を送り天上に召された、リリの永眠から4年、ブリーちゃんが3年半、ハマーちゃんが3年、タイムくんが2年半、グレース姫が2年近く、今年秋に亡くなった蘭の花やバラタマタンと続いている。
それからそして、地域猫活動の始まりの右も左も分からない当初、名もなくその地でこの世から去って行った猫たちのためにも。ある日、その地から訳もなく忽然と消息を絶った猫たちのためにも。
人間は忘れやすい生き物だから、その場所を象徴として一匹一匹の〝物語と記憶と面影〟をたどり、ささやかな花を捧げることにしている。


だから、猫の郵便の活動にとって、クリスマスからのこの期間は「Holy,Holy,Holy,Lord Almighty(聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな)」と自分たちが歩んで来た道をふり返り、せめてもの心寄せの祈りをささげる時にしている。


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2014
12.27

背中に十字架➤横浜から天使の贈り物が到着

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【背中に十字架横浜から天使の贈り物が到着】12月27日18時30分。横浜市神奈川区で慢性口内炎で上あごに穴が開いた状態で保護された猫さんがYさんに連れられて東京に到着しました。
窓辺に東京タワーを臨み、これから〝ここ〟が終の棲家になります。
名前はずうーっと世話してくれていたYさんの名前から一字頂いて「ヴィン(Vin)」と名付けました。ヴィンちゃんです。

生まれてから約一年と3か月の間に傷み続けた体と心。これから食育と治療と育成の生活が始まります。

責任重大です。


ぴゅーぴゅー」と不安そうに鳴いてやって来たヴィンちゃんとの初対面。病状はかなりの重大事を想定していましたが、一見し抱き触ってみたら弾力が体から伝わって来て「長期間生存可能な生命力」を感じ取りました。
大方、明日をもしれない病弱な猫さんの場合は、目がつり上がり背骨の肉がそげ落ち背筋がゴツゴツボコボコし始めるものなのですが、ヴィンちゃんは一目瞭然に触ってみても見た目にもその兆候はまだ表れていません。
これからの生活、楽しくリラックスして暮らせる環境さえ整えてやれば、悲観材料にばかりに打ちのめされる雲行はどうやら遠くに押しのけられそうな気配です。

写真で見ると、「どこに穴が開いているの」と疑問視する声が飛んで来そうですが、穴はぽっかり円状に開いているのではなく、まだ線状の状態にあると思われます。来たばかりで当分の間は〝ひきこもり〟が続きそうですが、落ち着いて来たら適切な犬猫病院を選んで容態を正確に確認してみるつもりです。
我が保護猫の歴史には、かつて病気で顔に穴が開いてスケルトン状に口の中がまる見えの猫が2匹いましたが、そこまでの大炎症には至っていないようです。かつて顔に大きな穴が開いた2匹の猫たちは、癌性病因で炎症がどんどん拡大して行く宿命に逆らえず、獣医師が手を焼き匙を投げる有り様になりましたが、ヴィンちゃんの治療は始まったばかりで、しかも2匹に比べ重篤重症な状態にはまだ陥ってはいません。
だから、一つ一つ障害物を払いのけるように対策を打ち、遥か遠方が見渡せるよう生きる道を見通し良く切り開いてあげることに今は最重点で着目注視して行こうと思っています。


1年、2年、3年と・・・。遠い原野に槍を高く空に投げ放つように。
しかし、ただ背中に背負った重い十字架白血病ポジティブが気がかりです。 


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2014
12.26

逆転の日👉 聖ボクシングデー

Category: Friendship
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【逆転の日👉 聖ボクシングデー】イギリスや北欧などのヨーロッパ各国はクリスマスの翌日12月26日は伝統的な休日で、「ボクシングデー」と呼ばれている。拳闘のボクシングではなく、教会が貧しい人たちのために「プレゼントをここに入れて下さい」と一般に募る箱(ボックス)、または貴族社会で雇い主の主人がクリスマスの日も休みなく働く使用人に次の日(26日)に〝ねぎらいの休暇〟を与え〝贈り物〟の箱(クリスマス・ボックス)を配って歩く習わしの「Box」をする日。「Box+ing」でボクシングデー。
この日をもっと噛み砕いて言えば、人を使う立場の者が雇われている者への情けを示す日で、一般では日頃世話になっている郵便配達人や新聞・牛乳配達人へ「クリスマス・ボックス」で感謝を表す日としても活用されている。

厳格な階級社会で使用人全員がいっせいに休日解放される日、だから年中威張り通しの雇い主の上流家族はこの日ばかりは自分たちで家事いっさいをしなければならない、実に面白い日です。「逆転の日」と言えなくもない。
そして、この日ボクシングデーは、教会が貧しい人たちのために寄付されたボックスをオープン・セサミし配る日になっている。良い社会習慣です。


無論、私は上流階級でもなく、雇っている使用人がいる身分高級な人間でもなく、そしてボクシングデーでボックスを受け取る立場にもいません。しかし、長年ボクシングデーにかこつけて、この日を楽しく使わせてもらっている。
普段、きっかけがなくプレゼントをするのがはばかられる人へ、世話になりっぱなしで返せないでいる人たちへ、小さなボクシングを心掛けている。手前勝手な融和友和の日に借用させてもらっている。

猫の郵便」で共に活動している仲間たち。みんな自分を犠牲にし、自分の時間を犠牲にし、身を粉にして体を動かしてくれている。金にもならない、世間から敬意もはらわれない、時に飛び出しジャックナイフのような罵りや嘲笑が飛んでくる「まるで土方仕事」の重労働です。けれど、「今日は体調が悪いから出来ません」とか「今日は用事があるから出来ません」など一回たりとも聞いたことがありません。
皆、言い訳することなく自分の領分の作業を自発できっちりしてくれている。
ひどい風邪を引いても、ひどい腰痛に悩んでも、時間がきつくても自己調整して、外猫たちへ「天使のパン」を届けに出かけてくれる。感謝しても感謝し足りないくらい感謝している。
横浜市神奈川区で約30匹の猫たちの救済活動を始めたYさんは、いつ現れるか分からない暴漢・悪質クレーマー男に悩まされながらも、ひるむことなく現場活動を続けている。
一人一人の活動に対する「ひたむきな心」から、何があっても「折れない/腐らない」静かな勇気を沢山プレゼントされている、そんな気持です。

一人一人の誠実なテンションを結び、最後の最後の一匹が終わるその時まで、きっちり表面張力を保って活動して行こうと思っています。内々だけれど、みんなどうもありがとう。


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2014
12.25

今年のリトル・ドラマー・ボーイ

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【今年のリトル・ドラマー・ボーイは?】我が家の心臓の鼓動は、毎年・毎月・毎日・毎分・毎秒、元気闊達なニューフェースがドラムロールよろしく床を駆け回るハート・ビーツと病弱な猫たちの寝息の静けさがコントラスト悲喜こもごも綾なし、濁流にもまれ進む〝ササ舟〟のようにムーブしている。危なっかしく、にぎやかに。
ドラマチックな物語を宿した総勢20匹でひとつの生命体を成すプラネットである。
みんな路傍をさまよい歩いた捨て猫の過去を持ち、それぞれみんなが訳あって漂流の果てに我が家にたどり着いた。

折しものクリスマス。外猫の保護と「聖夜」には浅からぬ因縁がある。パセリ・セージ・ローズマリー(バラタマタン)・タイム四兄弟のパセリを保護したのは7年前の12月25日、まだ赤ちゃん猫の小さな体で命に係わる大風邪を引いていたのが保護の理由だった。
そして、保護したパセリはしばらくして判ったことに耳がまるで「聴こえていない」ということだった。
今はもう亡くなったムスタファの保護もイブ明けのクリスマス未明のことだった。その後、ムスタファは残酷にも背骨の一ブロックの骨が脱落しているのが判明した。
パセリ、ムスタファに限らず、一匹一匹皆それぞれの「語らぬ物語」を秘めてたどり着いている。
クリスマス・キャンドルの中に蘇える思い出である。


そうして、猫大家族で「ひとつ」のまあるい生命体は、いつでも必ず弱い猫を中心にして成り立たせて来た。病弱、性格の弱さ、慣れないニューフェース。「誰々は大丈夫かな」といつも端っこに行かないよう気にかけている。
D・ボウイ&B・クロスビーのクリスマスソング「The Little Drummer Boy」に例えるなら、一番弱い子が打ち鳴らすドラムの鼓動に耳をそばだて暮らす365日です。

今年の始まりは、バラタマタンとポポフくんとアテニャン、3匹の看病で大わらわのスタートだった。そして、2月には一か月間手ぐすね引いてようやく赤ちゃん子猫のイリニフを保護したっけ。バラタマタンとポポフくんとアテニャンの看病と「パラム・パム・パム・パム」と床をドラムのように打ち鳴らして成長してゆくイリニフに連れられて過ぎた「2014」だった。
イリニフは湾岸のきびしい厳寒の風の中に捨てられ、ライオンに例えるには余りにも小さすぎるが、「風の中のライオン」のように必死に耐えていた。何かの病気にかかっても不思議ではない悪環境/絶体絶命の中、保護したその後、案じていた健康は何一つ病気らしい影が現れず、何ら手を焼くことなく伸び伸びと成長を続け、今年のクリスマスの「The Little Drummer Boy」に打ってつけの鼓笛手、威風堂々の役割を果たしている。
蘭の花、バラタマタン、琴ピッちゃんと次々と天上に召され気持が沈みがちになる中、「ラ・パム・パム・パム」と部屋中に生命力あふれる光をふりまく希望の星でいてくれた。


・・・こんなにも手がかからず、こんなにも気立てが良い猫を、真冬の谷底に捨てるなんて。一緒に捨てられた残り2匹は散り散りになり、その姿を見ることはもう二度となかった。


Kid ily

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2014
12.24

横浜からアゴに穴が開いた猫がやって来る

Category: 速報と情報
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                              銀座・教文館ショーウインドー(鉄腕ウンガ撮影)

【横浜からアゴに穴が開いた猫がやって来る】横浜市神奈川区でY氏に保護された上あごに穴が開いている猫さんは、あごに穴が開いている挙句に先行き不透明なかなり重い口内炎も患っていて、血液検査では白血病まで発覚し、地域猫としてリリースして生きて行くのは「絶対に無理」という判断結論にて、「猫の郵便/東京」が病気の猫の看病慣れもあり、終生世話をすることになりました。
クリスマス明けの27日の夕方に横浜からやって来ます。


その子が外に戻ることはもうありません。

慢性化した口内炎が口の中で悪さをし、上あごの骨を破り組織を破り皮膚を突き抜けてしまった。この状態は、経験知的に相当に「深刻」と捉えていた方が賢明なようです。果たして奥歯抜歯の外科手術が一時しのぎの雨宿りになってくれるかどうか。
単なる怪我的なものなら扱いは楽なのだが・・・。体の奥深くに控える〝白血病〟が不気味であり気がかりです。
難治性口内炎、「あなどることなかれ!!!」です。
けれども、病気をがんじがらめの鉄格子にして、そこに心理的にも身体的にも窮屈に押し込め、ただ息をし生きているだけ、生かしているだけという暮らしをさせるのは何としても避けたい。


地上に生まれて来たせめてもの生きる喜びや楽しさを数多く味あわせてあげたい。楽しさのポイントが、何気ない日々の中の連続的な「当り前」になって行けば、それが必ず目に見えない生命力生きる活力につながって行くはず。
兎にも角にも今は、何よりもまず先に、新しい家、新しい人、新しい暮らしに慣れさせることが最重要な課題です。


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2014
12.23

哀悼「You Are So Beautiful」

Category: 音楽
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【哀悼You Are So Beautiful毎日毎夜の地域猫活動、六本木~湾岸間の行き帰りには色んなコース取りがある。思いがあり、23日未明は、湾岸の活動を終え、久しぶりに琴ピッちゃんが居た公園に立ち寄ってみた。そしたら奇跡の青葉を保っていたイチョウの木は、とうとう黄金の色にすっかり全身衣裳替えをし、見上げると一枚二枚と時折はらはら枯葉が地に舞い降りて来た。
そうして音もなく移ろってゆく「時の感慨」を胸に帰宅し、ネットニュースで「Joe Cocker dead at 70」とジョー・コッカーの他界を知ることとなった。

琴ピッちゃんを屋根になり見守ったイチョウの木を言葉なく見上げ、そのすぐ後に「ジョー・コッカーの死」を知る。勿論、全くの偶然なのだろうが、幻にささやきかけられたような不思議な眩惑的気持ちになった。くらくらした。
ジョー・コッカーが歌う「You Are So Beautiful」、琴ピッちゃんの唐突な悲劇をまざまざと目にするまでは、曲も歌手も縁もゆかりも何一つありはしなかった。かすりすらしていなかった。
それが琴ピッちゃんが死んで追悼文をブログに書き進めてゆく段に、どこからともなく「You Are so Beautiful to Me・・・」と耳覚え良く聴こえて来たのです。

それで・・・


冒頭「YouTube」のジョー・コッカーのパフォーマンスは、去年5月のロンドンでのライブ映像です。死する一年ちょっと前。かなり苦しそうです。直接の死因が小細胞肺がんということですから、それを考えると思うように歌えない、思うような呼吸法を取れないもどかしさが伝わって来るようです。歌い終わり「ちょっと違うな」とシャイな表情を浮かべ立ち去る後ろ姿、だがさすがにそこはプロ、魅せるところは一本真髄を貫いてしっかり魅せてくれている。
自分の死期を悟って人前に出るということ。自分の死期を悟って生きる「生き方」、プロフェショナルとして目には見えずコツコツと蓄積して来た「魂の高み」、〝たしなみ〟なのでしょうか。
身清く「」に臨む。魂美しく在るか、のたうち回り醜く散るのか、とどのつまり人の真価は美醜どちらかの道に容赦なく選り分けられるのでしょう。

お金などにはとても換算できない人としての営み、プロフェショナルとしての営み。「営みの確かさ」が、地に足ついた実感できる形で、無骨に飾り気なく「そこ」に在るような気がしました。
You Are So Beautiful〟 to Me・・・。命舞い散る落葉(らくよう)の時の風にそっと心から哀悼の意を伝えたい。


ジョー・コッカー イギリスのサウス・ヨークシャーに生まれ アメリカのコロラド州クロフォードにて 12月22日 小細胞肺がんに死す 70年の時の刻み         R.I.P JOE.


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2014
12.22

世界猫権宣言「猫は甘やかして育てるのが一番」

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【世界猫権宣言猫は甘やかして育てるのが一番世界中の人が誰しも、笑ったり、怒ったり、泣いたり、楽しんだりして生きている。それと何一つ変わらず同じように、猫だってそれぞれに柔らかな「」というものがあり、世界中の猫みんなが心固くならず心模様自由にはばたかせて生きていてくれたら「いいのになぁー」と心底思う。外猫たちの屈折した心を思えば一入(ひとしお)に。

歴代の我が家の猫たちも映像の中の猫たちとまるで一緒。眠っているところを起こされたり、寝顔をまじまじ観察されたり、夢の中にカットイン割り込みで夢チェンジされたり、時々便利なアラーム係りしてくれたりして。
猫がこうしてアクションするのはだいたい用事がある時。人はたまたま人の形をした命であり、猫はたまたま猫の形をした命であるだけ。生きていれば生きている用事がある。腹がへったとか、トイレとか、遊びたいとか、「オキドキだよ」とか、さみしいとか、「ちょっと」とか。
猫だって、人に対して「可愛い!!!」とか「こいつ可愛くないからそばに寄らないでおこう!!!」という感情がある。それも全く人と一緒。

こうして映像中の猫たちに表現力があるのは、普段のコミュニケーションが水平な関係でうまく行っているのを言わずもがな雄弁に物語っている。猫写真が難しいように、猫にシナリオを描き言い聞かせてもシナリオ通りに演じさせるのは絶対に無理。
猫はデリケートな生き物、のびのびした「らしさ」を圧迫し抑え込んだり虐めたりしたら、どんどん性格を萎縮させ距離が遠ざかり、ついには空腹の時くらいしか何も言ってくれなくなるというもの。修復不可能な関係になる。
コミュニケーション・ブレイクダウンでジ・エンド。
それが捨てられて外で暮らしている猫たちの心の姿。猫にも傷つきやすい柔らかな「」があるという証明です。
猫は人の鏡。猫を見て飼い主の人となりがにじみ出ている。嘘はつけない。猫と人、暮らしの静かな移ろいの積み重なり。付け焼刃の演出やごまかしは効かない。


世界中の猫が皆、こんな風に「のびのび」として居てくれたなら。映像には映っていない暮らしの背後が微笑ましく見えて来るようです。
猫は甘やかして育てるのが一番。何気ない日常の接触が、造作なくグルーミングの役割を果たしていたり、太った痩せたの健康診断になっていたり、さり気なく目ヤニを取って上げたり鼻を拭いて上げたり、リラックス・ゴロゴロ・タイムはお互いの信頼の沈黙の絆。
例えば、片隅でシュンとしていたら、甘えん坊ほど異変に気づける。
ウチの子は抱き癖がなくて・・・」と自慢げに話をする人が間々いるけれど、それは時として大きな勘違い。
終生飼養なら、猫は家の中の生き物。だから、猫は本当は自立する必要は全然なくて、むしろ生涯甘えん坊のままでも特段何の不足もない。甘えん坊で密着度が高いほど、投薬や補液や強制給餌や通院などのケアが容易い。これは長年の猫飼いで培った猫の郵便フーテンの独自持論であります。


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2014
12.21

キリストは異端者だった

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let it snow5

【キリストは異端者だった】東京、港区の街々は20日を過ぎると急激に静けさを増して行く。六本木や麻布十番の一角で出合い頭に馬鹿騒ぎの集団に遭遇することはあるけれど。全体の風景としては、アベノミクスの空振りで街並は不景気風が吹きすさび、いっそう薄ら寒さに磨きがかかるようだ。この人払いは、夜ごとの地域猫活動の現象面では好都合に見える。しかし、経済の激しい落ち込みはいずれ末端の人心やモラルを疲弊させ、ペットブームの崩落犬猫たちの悲劇や不幸へとつながって行かなければ良いが。そんな一抹の心配がよぎる。
犬猫のセーフティーネットが〝無い〟に等しいこの国では、枠からふるい落とされた犬猫たちは更なる〝棍棒〟でなぶられる結果が落ち。弱き者への「いたわり」に視線を運ばない社会が果たしてどこにどんな幸福感を探し出すと言うのだろうか。クリスマスを前にしての感慨である。


キリスト、2014回目の誕生日。ふと考えると「イエス・キリストは異端者だったんだよな」の思い。正しさや真理を求めると煙たがる為政者がいるのは昔も今も同じ。
背いた者、マイノリティ、弱き者は2014の時を重ねて尚、いまだ茨の道を歩かされている。まして犬猫の背中に重い十字架を背負わせ「楽園から追放」の図を繰り返しているのには滑稽さを通り越す。人間たちが犯した罪を犬猫の小さな背中に無理無体に背負わせている可笑しさ。文化国家として、何たる恥ずかしい図だろうか。

喋れない犬たち。喋れない猫たち。喋れない絶滅危惧種の希少生物たち。立派なホテルの会議場で立派なスーツに身を包んだ人たちが「生物の多様性」の円卓議論に大きな花咲かせたところで、今日明日死を待つ動物愛護センターの犬猫たちにトリクルダウン(おこぼれの滴り落ち)は起きないし、街の片隅に糧を求めて生きる猫たちには冷たい目線しか降りて来ない。猫にエサをやるな。自分の家に連れて帰れ。散々聞き飽きた罵声である。
時には動物愛護を振りかざす何とか推進員にバッシングされたこともある。
猫を捨てた人が裁かれるのではなく、横浜市神奈川区で地域猫活動をするYさんをはじめとした動物ボランティアが針のムシロに座らされ射的ゲームの標的にされる・・・、何とも解せない摩訶不思議な社会構造である。

そして、そうした動物たちを取り囲む社会的大矛盾を「無関心」という巨大な「」が覆っている。自分だけ良ければいい、選挙に行かない人が、この国の人口の半分を覆い尽くしている。次々と物価がつり上げられても、暮らしがひっ迫しても、権利を取り上げられようとしていても、生体反応をまるで示さない人たち。・・・助けを求める動物たちへの思いなどに至っては、せせら笑いの対象ですらありはしない「ちゃんちゃら可笑しい世界」なのだろうか。
こうして、クリスマス前夜、索漠とした空気を飲み込んでいる。



さあ。横浜から傷ついた新しい子が来る。準備をして迎えなければ。名前も考えなくちゃ。使い古しではなくフカフカのフリースも用意しなくちゃ。
それから、どさくさ紛れで申し訳ありませんが、東久留米市のHYさんと港区のYMさんと港区のMTさん、猫たちと活動へクリスマス・プレゼントをどうもありがとうございます。


 12月13日、18日、20日、そして21日の冒頭ヴィジュアルは鉄腕ウンガさんが撮影しました。銀座でキリスト教関連の書籍と児童文学を専門的に扱っている本屋「教文館」のクリスマス・ディスプレイです。


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2014
12.20

あごに穴が開いた猫👉 闘病暮らし「いざ東京へ」

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                               皆で知恵を絞って 平和な世の中であるために

【あごに穴が開いた猫👉 闘病暮らしいざ東京へ横浜市神奈川区の地域猫活動で保護された重度口内炎でなお且つ上あごに穴が開いている猫さんは諸事情を考え、東京の「猫の郵便」で保護し闘病生活をすることになりました。
慢性口内炎で、それがために上あご口腔から穴が開き、長期の治療が必要とされる状態で外に戻すのは無茶無謀との結論です。最低気温が0℃に落ちているのを思ってみても、今の病状でリリースするのは新たに酷な捨て猫するようなものです。人間側の都合ではなく、猫さんの事情に沿って対応しましょう。


一時は、保護したYさんが自宅で飼おうとしていたのですが、Yさんの家の犬がその猫の存在に過剰に反応し興奮するらしく、犬猫お互いのために芳しくない事情にあり、猫の看病経験が豊富な「猫の郵便」がその猫さんを引き受けることになりました。
今秋にバラタマタンはじめ次々に闘病ベッド(大型ケージ)から去って行ったのでスペースはあります。
余裕」です。・・・Ha Ha Ha Ha
いいえ、こういうことは余裕でするのではありません。意思の力でするものです。
猫の福祉活動にとって、猫さんのためにも、Yさんのためにも、その時々のベターベストな方法を探すのがミッションと言うものでしょう。人、猫、犬、活動が共倒れになるよりはベターな方角を探る。
始まったばかりのYさんの地域猫活動が持続可能であるための応援の意味もあります。

奥歯の抜歯手術を受けたその猫さん。その後の術後の経過は今のところ、口臭とヨダレが無くなり良い兆しが見えているそうで、自力で食べる食欲もあるようなので、蘭の花やバラタマタンの闘病生活ほどの荷はかかりません。
その子の病状にフィットする犬猫病院を通院の事情を考え、これから新たに探さなければなりませんが、横浜の獣医師氏が出した「穴を手術でふさぐ件」は容態を見ながらのケースバイケースの判断になります。上あごの穴と白血病の因果関係が怪しく微妙なディール(取引)関係にありますが。


兎に角、今はその子が室内生活に慣れてくれることに最大の全力を注ぎましょう。猫の病気との付き合い方は「人馴れ/場慣れ」してくれることが大きな「生命線👉命綱」になりますからね。
白血病と猫エイズと慢性猫風邪に加えて後に慢性腎臓病も患った四重苦のバラタマタンが7年半の命を持続させた一因には、濃密濃厚な「LOVE」という絆👉目に見えない「妙薬」がありました。


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2014
12.19

最安値で生きる

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【最安値で生きる】クリスマス・シーズンのせいなのだろう。この季節になると音もなく音源もなく耳元を過ぎ後頭部へジョン・レノンの「イマジン」がふいに流れて来る。憂いある世界への感傷に誘われ。
食べ物がなく貧しくさまようアフリカやストリート・チュルドレン、戦火の中で生きる人々、魂のありかを求めて漂流する先進国の虚ろな人々。そして、ほとんど何もできず手をこまねいている「」という人。ちっぽけな存在の「」という人。

シンプルなピアノの音に誘われ「想像してごらん」と歌い始められるジョン・レノンのIMAGINE。「天国はなく 地獄もなく 僕らの頭上にはただ空があるだけ 国境もなく だから戦争もなく 宗教の争いもない」仕切りのない世界が歌われている。それは「皆ひとりひとりが思いさえすれば願いは叶う」と、世界中の隅々にまで空気のように浸み入って行った音楽であり、今更殊更に僕が訳す必要もない有名な曲。

埃をかぶって曇りガラスになっている想像力という名の「心の窓」を拭いて磨いて、目に飛び込んで来る景色をありのままに受け入れ、他への〝いたわり〟に思いを馳せる・・・、キリスト生誕のクリスマスはそういう意味合いがあるシーズンなんですけどねー、本当は。
僕のクリスマスは簡単質素。半切りのプレーン・フランスパンとワインそれだけ。バターもなければ、砂糖もなければ、生クリームもなければ、何の飾りもないクリスマス。
本格的な地域猫活動に入る前はチョコレート・アイスクリームくらいまではあったかな? でも今はそれも止めにしている。クリスマス👉年末年始に限らず、暮らし全般の消費を質素にしている。それは毎月、10万20万・・・と活動にお金をねん出しなければいけないからです。活動をキープするために、いつからか最安値で生きる消費生活が身についていた。


プロパー(正札)での買い物はしない。キャットフードなどもネットやドンキや店頭をサーフィンし最安値を探している。服は過去の使い回し。鉄腕ウンガさんなどは港区白金辺りの秋のバザーで「10円でセーターをゲット。これでウィンター・クリエーション」と喜んでいる。1万円の買い物が8千円のセールで済ませられるなら、それに越したことはないし、スーパー・マーケットの買い物は半額値崩れ時刻を待ってした方が「賢い消費者」と身に備えた。わざわざ怠惰や虚栄で高値を競り合う買い物をする必要はない。
猫の保護活動は兎に角お金がかかるし、猫の急病やアクシデントは突然炎の如くの稲妻のように待ってくれない。お金がなければ何もできない。

そして、同業のボランティア・グループの物資支援や寄付の要請にも機を見てできるだけ応えるようにしている。「自分たちだけ充実し良ければそれでいい」とは思えないし、できない。
実は、それに対して変なことを言って来る人がいるんですよね。
・・・人を支援する余裕あるんですか? ・・・困ってないんですか?」と。
絶句してしまいましたね。それを聞き及んで。「それ」をするためには更なる最安値、つまり切り詰めをしてのことです。だって、たとえばブログで「犬猫救済の輪」への支援を呼びかけながら自分たちが言葉だけで何もしないわけにはいかないし、フクシマ危険地帯で未だ生きる猫たちが年末年始に3週間の兵糧攻めに遭うと知りながら手をこまねいて見ているのはそれはできないじゃないですか。そうですよね。

想えばできる。「イマジン」の魂で。想像してごらん、「助けを求めているフクシマの独りぽっちの猫たち」のことを。「食べ物がなく野に息絶えるとはどういうことか」と。
かつて東芝ビル&シーバンズ・ビルの大量の野ざらしの猫たちの現場に分け入って地域猫活動にのめり込んで行かざるを得なくなったのも、「想像してごらん」の「イマジン」の魂からです。
もしも、あの時見て見ぬふりしたなら、そこはきっと「イマジン」とは真逆の世界になっていたでしょう。
想えばできる。想いに沿わせ自分の価値感や欲求や生活態度を作り変えて来た7年半の道のりでした。
最安値で生きる。まんざらでもない。物の価値や経済の流れや仕組みや人の心の学びになり、飾りや無駄なものをそぎ落とした効果もあった、世間の常識の裏道を歩いた年月でした。


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2014
12.18

回顧👉 そして平和な世界であることを

Category: メッセージ
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                                        平和な世の中であることを

【回顧👉 そして平和な世の中であることを】今年も後わずか。2週間で終わる。自然に思い出が脳裏を駆け抜けて行く。空気、風の肌合い、街の眺め、ニュースの窓から届く世情の色合い、内外の猫たちの佇み風情。
去年の今頃は室内保護猫3匹の慢性腎臓病が揃いもそろって発覚し、見よう見まねで覚えた在宅医療、補液と看病に一生懸命に明け暮れていた。
そして、一年が過ぎ、今はもう補液仲間の一匹バラタマタンは天上の魂となり居ない。地域猫活動を本格的に始めてから初めての「バラタマタンがいないクリスマス」を迎える。
癌による多臓器不全で亡くなった蘭の花とも地域猫活動始まりからの付き合いだった。「蘭くんの姿を見ないクリスマスタイム」でもある。

今年の年初めに蘭くんとバラタマタンがそろっていなくなることなど考えていただろうか。それぞれ重い病気を抱えていたので心のどこか片隅では仄かな予感を抱いていたのかもしれないが、いなくなってみると寂しい限り。長きに渡る闘病の残熱が寂寥の余波を送って来る。この地上に永遠に続くものは何ひとつない「無常」を教えながら。
今年初めに琴ピッちゃんがあんなことになることなども微塵も想像していなかった。そして、地域猫レイチェルがある日突然に連れ去られたことも。
予期せぬことが起こるのが、この地上の定め、生き物の定め、人の世の定め、人生の定め、痛みと共にそう思い知らされ体感した「2014」だった。

裏腹に良いこともあった。捨て猫赤ちゃんイリニフを寒風の中で石の置物に化けて捕まえられた時の実にうれしかったこと。人嫌いで大の臆病猫だったプリーストくんが、今ではラップトップ頭突き猫に急転直下の変身を遂げたのも予期せぬうれしい出来事のひとつに数えられる。
2月半ばの大雪の時は夕焼けタラちゃんが赤ちゃん猫イリニフの道案内をして守っていた姿が素敵だった。
鉄腕ウンガさん担当のニューフェイス地域猫・ピュー太郎くんは女の子たちにパージされ、一時行き場を失っていたのだが、移住に成功し今は一所を根城に落ち着いた暮らしを始めている。

皆に幸あることを。

対人関係では「にゃんだーガード」との思わぬ急接近が想定外だった。6月4日に「にゃんだーガード動物救護隊へ東京から愛を込めて」と支援声明をブログに出してからの交流になる。今ではHeart To Heartのやり取りに発展している。ソウルメイトである。
当初はブログで「にゃんだーガード」を包んでいた悪い空気に「これはまずいだろう」と同じ動物ボランティアとしてせめてもの態度表明をしたかっただけだったのだが。「にゃんだーガード」の本多さんから連絡があり、何故か科学や理屈を超えた波長/周波数がしっくり噛み合ってしまいましてね。・・・そうして今に至っている。
ケミストリー(相性)が不思議な具合に合うと言いますか。表面張力のテンションを〝あうん〟の呼吸でピシッと張れると言いますか。投げたボールが小気味よく返って来ると言いますか。
これも今年初めには頭の中にも社会的な形の上でもまっさらに「ナンニモ」無かった関係、全く想定していなかったことです。本当に人生はいつ何が起こるか分からない。




さてと。UPしたYouTube。D・ボウイ&B・クロスビーのクリスマスソング「Peace On EarthThe Little Drummer Boy」のように。「バラン・パン・パン・パン ~ ラ・パン・パン・パン」と善き心のドラムを叩いて、心が向く方角おもむくままに。生き物みんなの幸せを願い、「地上が平和であることを(Peace On Earth/Live In Peace)」と、一年が終わるクリスマスのこの時に心静かにして祈るばかりです。

不審メール、嫌がらせ、クレーマー、ケイトリンの口にルアーが引っかけられた事件、大雪の中の雪上大行進の地域猫活動など、色んな目にあったけれど、全ては乗り越えのジャンピング・ボードだと思うことにしている。


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2014
12.17

異端

Category: メッセージ
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【異端】この国ではもはや「異端」であることははばかられること。いけないことなのだそうだ。目立たないように、突出しないように、はみ出さないように生きること。何につけ同調能力が大切らしい。グループの中で独りだけ違った考えを持ったり、違った行動をしたり、違った本を読んだり、違った音楽を聴いていたりしていると「異端者」のレッテルをこっぴどく貼られるという。
みんな同じような服を着て、同じような考えで、同じ生き方をしなければならない。息苦しい社会だなー。
苦しくなる。少数者には実にしんどい管理社会/監視社会である。

心の内側が拘束されるのです。


異端。人と違う異端者であると人生において大損をするらしい。大きなしっぺ返しを受けるらしい。まず就職試験の面接ではじかれる。大きな会社に就職できない。昇進/出世できない。「金が全て」の価値社会、当然、金の実入りも芳しくなくなる。稼げない人間は「ダメ人間」の烙印を押される。そういう悪循環に放り込まれるそうだ。
無論、共同体からも冷たい目で見られるようになる。村八分ってヤツ。
近頃の新卒者の就職試験の面接は思惑あってグループで実施しているらしい。グループの中でどんな風に行動/言動するかを見るそうな。
例えばの話だが、みんながAKBやジャニーズの音楽を聴き、安倍晋三総理大臣に諸手を上げ拍手喝采スタンディングオベーションを送っている時に、独りだけ「ゴーイング・マイ・ウェイ」でヘッドセットで〝ジョン・レノン〟や〝違う音楽〟を聴いている人間は「協調性なし/同調性なし」と審査されるのだそうだ。
そういうあなたはキックアウト。「あなたはわが社に適性がありません」と、だから今の若者たちは何にも増して異なる意見を持つことや異端者であることを極度に恐れるように仕向けられ、大人になって行くそうだ。

自分の個性をひたすら隠し、従順であることや順応性が高いことを自分のストロング・ポイントとして売りにする。それを今風に表せば「コミュ力がある」とされる。明らかに誰が見ても黒い物を周囲の様子をうかがって「」と言わなければならない。こうなれば、病気にも簡単になるし、精神も病む。「膿み倦んだ世の中だなー」とつくづくの思いになる。鬱になったら、そこで「協調性なし」とキックアウト。
コンビニのジャンクフードで食事を済ませ、耳にする音楽はAKBとジャニーズのジャンク・ミュージックに全包囲され、裸の王様・総理大臣に日の丸小旗振って拍手喝采しなければならないなんて、まるでジョージ・オーウェルのSF小説「1984」さながらの世界です。とても笑えない。


このフルイにかけられれば、動物の救済活動など完璧な異端者仕分け。誰も「犬猫救済の輪」の結さんや「にゃんだーガード」の本多さんのような生き方は選ばない。誰も寝静まった夜陰に夜な夜な外で生きる猫たち目指して自転車を走らせたりなどしない。異端、私たちの活動はまさに少数者⇄異端というものなのだろう。
だが、それでも尚、たとえ異端者扱いされたり、そのそしりを受けたとしても、我が魂は「救済の輪」の結さんがフクシマの孤独な猫たちのために流した涙を「美しい」と感じるのを禁止できない。苦しまぎれに多勢に合わせ窮屈な人生を送るよりも、心のおもむくままに〝独り「けもの道/道なき道」に分け入って行くのを厭わず生きる異端者の潔いさぎよ〟を鏡に舵を取り生きてゆきたい。

ビューティフル これが私の人生の最大最高の価値だからです。

ミヒャエル・エンデ、エゴン・シーレ・サルバドール・ダリ、デビッド・ボウイ、ビートルズ、宮沢賢治、マイケル・ジャクソン、アンディ・ウォーホル・・・みんなみんな異端者。私が好み手足・目・耳が自然になびき惹き付けられるのは何故か「異端の気性」に満ちている。異端を異物として排除する社会システム、日本の各ソフトジャンルが世界に通用しない理由がこの辺にあるような気がしている。異端である孤独を恐れないこと

 フクシマの危険地帯に取り残された猫たちのために流した「犬猫救済の輪」の結さんの涙。結さんが「一袋でも良いから」とドライフードの支援を求めています。
一億3000万の人が住むこの国で、忘れられて行くフクシマの猫たちのために、今誰が涙を流すというのだろう

この思いを胸に結さんが人知れず流す涙にどうか助けの手を差し伸べて下さい。 送り先はこちら➤GO


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2014
12.16

あごに穴が開いた猫の件👉 疑問を質すことは飼主の大事な務め

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                        ハマーちゃん 頭のてっぺんの膿みがどんどん広がって行った

【あごに穴が開いた猫の件👉 犬猫病院の真贋雑感】横浜市神奈川区で保護され療養している地域猫は結果的に抜歯手術を受けました。手術対象は状態の悪い奥歯で、状態が良かった犬歯は残したとのこと。手術後の経過は良好との報告が入っています。

その猫さんは口内炎以外の健康診断では、血液検査にて「白血病は陽性、猫エイズは陰性、内臓機能は異常なし、癌の可能性は低い」と判断されました。
担当獣医師氏曰く「口内炎の原因はいろいろ有り何とも言えないが、この子の場合はアレルギー的な要因で身体が異物(歯)を押し出そうとしている可能性が高く、口内炎を改善するためには抜歯が必要」とのことでした。手術承諾の判断は保護した横浜のYさんがしました。

しかし、素人ながらの私の見解としましては、獣医師の説明に論理的な整合性を感じられないでいます。ひとつは血液検査だけで「癌の可能性が低い」と判断を下してしまっている点。ふたつ目は唐突にアレルギーを持ち出し歯を異物と仮定している点。そして、もうひとつは口内炎と白血病の因果関係と今後の説明がなされていない点です。
白血病が誘引する病気として〝慢性口内炎〟が名だたる症状として挙げられていることを考慮すると、今後も口内炎⇄柔らかい粘膜が破壊されて行くことが「十二分にあり得る」と説明されるべきです。白血病の場合は免疫力が低下しているから傷や病気が治りにくいのも定説です。

昔から当ブログを読んでくれている方ならお馴染みの冒頭写真のハマーちゃんは黄色脂肪腫でした。頭のてっぺんにイチゴジャムをこねたような炎症がどんどん広がって行き、それを食い止めるために外科手術をし、見た目には成功したかのように見えていました。
手術は茶巾寿司のようにぬい縮め大炎症を覆い隠すことはできましたが、ふさがれた表面の内部で病気は着々と深部へその動きを止めていなかったのです。手術の後、ハマーちゃんはよく嘔吐するようになりました。
癇癪や発作を起したような激しく苦しい嘔吐の日々が始まったのです。嘔吐のたびに憔悴し切り、弱って行きました。手術前に「術後に起き得ること」は何も説明を受けていませんでした。


猫たちの病気に対して、簡単単純な病気ならいざ知らず、どれもこれもが先のナビゲーションがない場当たり対応のような気がしてなりません。現状の動物医療に限界があることをきちんと明示し、できること、できないことを明確に示して頂き、余計な幻想を患者側に与えるのは止めにして欲しいと思う今も昔も。幻想を与えられれば藁をもすがるのが患者側の心理というものです。

友達の犬猫病院での経験談だが、もう死んでいる猫の心臓にぶっ太い注射をぶち込んで「心臓が動き出すかもしれませんから」と、注射代金5万円もふんだくった港区某所の獣医師。また港区白金某の犬猫病院は瀕死で担ぎ込まれた猫に治療と称し「ありとあらゆる手を尽くしました」と一晩で70万円の治療費を請求した件も聞いています。
聴診器を当てるまでもない容態に医療と称し猫と患者側を弄んだ「悪徳の栄え」と言えるサンプルでしょう。
その病院は亡くなった猫を抱いて帰る○○さんを、病院スタッフ総出で病院前に並んで全員そろって30度腰を折り見送ったそうです。「いやはや」です。


獣医師側の事情に立った医療ではなく、動物と患者側に立った動物医療を望んでやみませんが、それはそんなに困難なものなのでしょうか。動物医療が変わって行くためには、まず「大学のあり方」から変えて行かなければ何も変わりませんから先が思いやられます。
本物の獣医師免許を持っていようが、にせ獣医師だろうが、素人でも少しの勉強と経験があればやれてしまう今の動物医療の現状では・・・
懐疑の心を持たなければ言いようにされてしまう。疑問を質さなければ獣医師の技量/人格/容量を知ることができない。いつしか動物病院を泳ぐ泳法を身に着けていた次第です。疑問を持つことは良いこと。疑問を持つことに恥じてはいけない学びの授業料を今まで沢山支払って来ました。疑問を質すことは飼い主の大事な務めです。


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2014
12.15

琴ピッちゃんの不思議な樹

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  琴ピッちゃんの不思議な樹  


最低気温がついに0℃。今年は冬の訪れが早足にやって来てしっかり根を張ろうとしています。

街路樹のイチョウの木は軒並みすっかり黄色く枯れ果て落葉樹の冬眠の季節になりました。

しかし、琴ピッちゃんたち3匹の子ブタが春夏秋冬とたむろした場に立つイチョウの木だけは、世間のイチョウの木とは裏腹に何故か容色を保っているから摩訶不思議です。

まるで超常現象のようです。

琴ピッちゃんが暮らした所には他にもイチョウの木があるけれど。

琴ピッちゃんたちの木は超自然的に冬を遅らせ寒さに負けずどっしりと立っている。

動物的な勘が働いて、琴ピッちゃんたちが長年の間その木の特性を選んで暮らしていたのなら、何と実に神秘的なことか。

死んだ猫のことは思えば悲しくなるから「考えないようにしている」と人の話も聞くけれど。

そで触れ合った縁だもん。琴ピッちゃんが生きた証しを思ってやる人がいなくなる方がもっと悲しい。

だから、琴ピッちゃんが住み暮らしたイチョウの木を墓標に、いつまでも思っていてあげたい。

琴ピッちゃんが歩んだ道を。絶望の山から希望の光を切り出すように。胸に目に焼き付け刻んでいる。

今を生きる猫も死んだ猫も一つの胸の中に共に寄り添わせ生きている👉  👉  👉 地域猫活動の大事な心得。



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2014
12.14

誤診

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蘭の花 手術前日

【誤診】犬猫病院に行って首を傾げるような疑問を抱いたことはありませんか。先生と呼ばれる人に自由闊達な意見を述べられますか。犬猫病院は自由闊達な言葉のやり取りをする雰囲気にありますか。疑問を呈し歯に着せぬ自由な意見を述べたら、恐らくそこで診察ストップ、だから大抵は「先生お願いします」と無意識理に低姿勢なスタンスを取らざるを得ないのではないですか。
これが大方の医者と患者の関係なのだろう。人の世界においても。動物の病気の場合でも。
ど素人と専門家との間に双方向性の言葉を行き交わせるのはなかなか難しい。患者側にとっては一方通行に話される言葉をただ聞くのみです。高くて大きな壁がある。

かつて私はスポックという名の猫を飼っていました。ある日スポックの足に腫れものがあることに気づき、友達から紹介された犬猫病院で診てもらったら、開口一番に「足の切断」を告げられました。しかし、「3本足で生きなければならなくなる」重大性に「別の可能性を探してみよう」と東大赤門の獣医科を受診したら、スポックは難なく順調な回復を示して行きました。スポックの闘病中、待てど暮らせど再診に来ない患者に業を煮やした〝足切断〟を指示した獣医師が「早く切らないと手おくれになりますよ」と連絡をくれ、事情を話すとその獣医師は火を吐く如く激高しました。自分が誤った診断を下したのにも関わらず。
病気の足を削除してしまえば〝病因〟はなくなる訳だから、それで治ったことになったのかもしれない。
けれど、当の猫にとってはその後の暮しが3本足で生きるのと五体満足で生きるのでは天地の差、えらい違いです。
足切断を促された獣医師に言われるがまま従順にしていたら、誤診は分からず仕舞いになったかもしれません。この手のタイプは自分より下と見る相手が自らの意思を持つのを嫌がります。

冒頭の写真の蘭の花の場合も結果的に誤診でしたね。3人の獣医師が癌性の由来による疾病を見抜けませんでした。ある獣医師には「家庭環境が悪いから口内炎が治らない」とまで言われましたね。
写真の蘭くんは大掛かりな抜歯大手術の一日前です。そして、手術して僅か一か月後にあっけなく亡くなったことを考えれば、術後に晴れ間のない経過を過ごさせ苦しませてしまったことに大手術への悔いが残っています。
別のソフトランディングの仕方があったのではないかと・・・。本当の病気が何かを分かっていれば・・・。


人間の病気には各々それぞれ各種の専門医がいて、内科・外科・脳外科・小児科・耳鼻咽喉科・歯科・眼科など、専門に研究・勉強・臨床している医学の知見によって病気の判断が下されるのだが、それでもやはり誤診はある。
だから、犬猫ごちゃ混ぜ/専科なしの動物医療の世界での誤診などはざらにあることが想像にむずかしくない。知らぬは患者ばかりなりです。
専門言葉で言い含められたら、専門外のど素人は言いくるめられ何も太刀打ちできない。

しかしですね。この国の獣医師業界は大手をふって歩けるような現状身分では実はないのですよね。それには大学のあり方に問題があります。獣医になろうとしている学生に日本の大学は牛や豚などの家畜のことを学ばせているのであって、大学の獣医課程で「犬猫の医療」を専門的に教えてはいません。獣医師免許を取ってから、皆さん、見よう見まねで知識や技術や臨床を重ねているのです。そんな現状から弾き出された現在の動物医療の現状なのです。
無論、獣医師になる基礎段階で「動物への福祉」などを学ぶ機会も設けられていません。よって当然、外猫の診療を拒否する犬猫病院も出て来るのです。立派な意思と人格を持った獣医師も勿論いますが・・・。

折からのペットブーム。ベンツにロレックスの獣医もちらほら見かけます。今の日本の動物たちが置かれている悲惨な現状を考えると、そして患者の生き死に責任が薄い職種の割に「利益率の高い商売なんだなー」と頭をかすめます。営利目的の職種である以上、儲けることやリッチな生活志向を否定はしないが、せめてもの獣医師としての倫理観は持っていて欲しいと思うのです。
年間に30万匹の犬猫が殺処分施設でガスで呼吸を止められ死んでゆく現状を憂う心を。日本の動物医療がまだ発展途上にある現状を。患者側とやりとりする時のベタハラにならない言葉の勉強を。

〝猫の郵便〟私たちの獣医師選びは、コミュニケーションを水平な関係で取れる人を何に置いても先行させています。


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2014
12.13

あごに穴が開いた猫の件👉 口内炎は猫の難病

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                            あごに穴が開いた猫さんは今年のクリスマスは家の中

【あごに穴が開いた猫の件👉 口内炎は猫の難病】12日の記事に間違いがありました。活動途中に鉄腕ウンガさんから連絡があり、どさくさの中でどうやら聞き間違えをしてしまったようです。Yさんが世話している横浜市神奈川区地域猫の「あごに穴が開いた猫」は、疾病場所は「下あご」ではなく「上あご」でした。
その後、Yさんから「猫の郵便メールボックス」に詳しい内容を記したな連絡がありました。


口腔内から穴が開いた猫の件。犬猫病院/獣医師の説明によると「原因は口内炎」だとのこと。Yさんが癌の可能性を聞いてみたところ、検査しないと分からないが、とりあえずは口内炎が相当悪いらしく、開いた穴をふさぐ手術は「口内炎の重度な腫れが完全に引いてからの約1か月後になるのではないか」と見解が示されたということです。

穴が開いた場所がかなりテンションのかかる位置にあるので、手術してふさいでも、また開いてしまう可能性も残ります。穴が開いている弊害は食事内容物(特に水分)が鼻から抜けてしまう、しかし肺に入らなければ重篤な健康破壊はないらしいということですが、悩ましいことです。

重度な口内炎と同時並行している穴あき疾病。獣医師からは口内炎の対症治療に炎症部分の抜歯を勧められているようですが、どうやら奥歯も犬歯も抜歯対象になるようです。
幸運を祈りますが、私ならまず「猫の口内炎とは何か」を獣医師にどれくらいの知識を持っているか質問しますね。口内炎の因子は無数に考えられ、単なる歯肉炎や歯周炎に寄るものなら抜歯で「事無き」を得ても、奥深い病因があれば柔らかい粘膜の破壊は病気の奥深い源から絶え間なく供給され続ける訳で、この辺が猫の口内炎が難病たる所以(いわれ)なのでしょう。

今、Yさん自宅で痛み止めと抗生物質の投与の闘病をしている猫さんの様子見が続きます。


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2014
12.12

上あごに穴が開いた猫の手術の必要性「Yes or Not」

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【上あごに穴が開いた猫の保護👉 手術の必要性Yes or Not横浜市神奈川区で悪質クレーマー男の妨害にめげず活動するYさんは「猫の郵便」の4番目のメンバー、第3の男です。Yさんには公に「猫の郵便/横浜ブランチ」を名乗ってもらっています。世話する猫たちの胃袋を満たす毎日の活動、TNR、区役所や町内会や警察署への配慮と連絡、クレーマー男が暴挙に出たなら弁護士の即時投入など、一生懸命さやひた向きさがビシバシ伝わって来る人です。思慮あるきめ細かい活動をしているのが分かります。

そうして、Yさんの現場で新たなる問題が発生しました。世話している猫たちの中に、しばらく前から口内炎()で口の中の状態が思わしくない猫がいて、犬猫病院の診察目的で手ぐすねを引くも、なかなか捕まえられずに居たのが、ようやく捕まえることが出来たとのこと。
しかし、琴ピッちゃんのケースもそうでしたが、夜目の現場でははっきりうかがい知れなかった病状が実は思ったよりも深刻で、上あごに穴が開いてしまっていました。
獣医師からその場で「穴を埋めますか」と打診されましたが、誤診を過去に幾例か経験しているので、只今Yさん共々に思い悩んでいるのが正直なところ。

穴を外科的にふさいでしまえば完治するなら悩みはしないが、口内炎の延長線上の疾病なら「腫瘍? 癌?」の疑いがあるわけで、たとえ一時的に穴をふさいだとしても、またそこが膿んで炎症が拡大してゆくなら、その場しのぎの泥縄式治療になるのだろう。上あごに穴が開いた原因を探らないで、刹那の対処治療に走るのに疑問を感じている。

そして、次にその子の闘病だが、手術後に外猫生活に戻れるものなのか。戻して良いものなのか。闘病となると、Yさんの忙しい生活を考えると、おそらく同じような症状の猫の看病経験がある「猫の郵便/東京」が引き受けなければならない。口腔内癌で逝ったグレース姫や琴ピッちゃんの症状に拡大するようなことが無ければ良いのだが。全ての命運は神のみぞ握る。取りあえずの緊急メモ書きでした。

写真の猫はYさんの現場で、最近捕まえた「TNRやり残し」猫さん。上あごに穴が開いた猫さんではありません。


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2014
12.11

絶望の山から〝希望の石〟を切り出す

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                                      地続き

【絶望の山から〝希望の石〟を切り出す】自分たちは自分たちの活動に精を出す傍らに「犬猫救済の輪」や「にゃんだーガード」を尊敬する気持ちがある。暑い夏に疲れ果て見上げる現場活動で、冷たい冬の北風に凍える活動途中で、「救済の輪」の結さんや「にゃんだーガード」の隊長の苦労を胸に思えば、マッチ売りの少女の〝一本のマッチ〟のように、突如温もりが降りて来て思わず目頭が熱くなることがあった。それで魔法がかかり「何だ これしき」と現場作業の苦しい気持ちを打ち破って来た心の歴史がある。

地域猫活動は傍観(はた)から見ている程、そんなに容易なものではありません。悪天でも決行する地域猫活動は時に〝土方〟と言われる労働よりきついかもしれない。

寝静まった夜更けの街、社会のすり鉢の底を行く地域猫活動。時に心に一杯の水を。時に真っ暗な心に微かでも良いからロウソクの光を求める。
この国の「猫の保護活動」は本当に圧倒的少数派で、圧倒的無関心や圧倒的無理解に包まれている。
そんな中、遠くはるか彼方にでも微かな〝灯り〟がほのかにでも確認できれば、また足を前に踏み出すことができた。
遠い遠い存在の「にゃんだーガード」や「救済の輪」が共感の光でした。


やってもやっても果てなく切りがない「この国の犬猫の保護活動」をマルコ・ブルーノ氏は「穴が開いたバケツで水を運んでいるようなものです」と例えている。しかし、目の前に絶望の山が立ちはだかろうとも、そこから「希望の光」を切り出そうと、超然と身を挺するのを厭(いと)わず行動する人がいることに〝ハートウォーミングな追い風〟を感じるのです。
先行する灯りがある。「ここで負けていられない」と・・・、そして「自分に負けて終われない。自分の足元にはまだまだ助けを必要としている沢山の猫たちがいる」と・・・。
高い山の頂をうらめしく仰ぎ見ては手元の「捨て猫問題に相対した心の歴史」でした。

絶望の山から希望の光を切り出す

12月7日の記事と12月10日の記事は、そんな結さんやにゃんだー隊長に尊敬の気持ちを込めて書きました。しかし、藪から棒に早速「余裕あるのね」と皮肉っぽい遠投のボールが返って来た。実に世間は本当に広い。ひと癖もふた癖もある色んな人がいる。
『余裕』と受け取られたのか」と一瞬の絶句。長い睫()でパチパチパチと目が点になった。
自分は東京の捨て猫もフクシマの捨て猫も地続きだと思っている。活動の心も地続き、血縁の間柄だと思っている。
フクシマ危険地帯の猫たちが食糧攻めの危機にあるのを知って、どうして知らんぷりできようか。
Think GlorbalAct Loacal(手元で地道に行動し、地球的な視野で考えよ)」という言葉があるでしょ。自分のことばかりにかまけていたら自分さえ見失ってしまうことがある。つながりの中でこそ自分を見つめることができる。つながりの中でこそ自分の活動を見つめることができる。
それを余裕と言うならば確かに「余裕」、お金の面で言えば「自腹」です。


自分主義ばかりはびこっていて、自分の主張ばかりしているボランティアははっきり言って駄目よ。


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2014
12.10

結さんが泣いている👉 天使のパンを

Category: メッセージ
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         讃美歌「天使の糧」 Panisが「パン」 Angelicusが「天使の」

【結さんが泣いている👉 天使のパンを】犬猫救済の輪」の結さんが泣いている。寒さを増してゆく冬の日の中で泣いている。福島危険地帯に今なお孤独に暮らす動物たちのために泣いている。にゃんだーガード隊長も泣いている。
猫の郵便⇄にゃんだーガード間「ホットライン」で隊長から話を聞いた。

結さんが泣いていた」と・・・

福島危険地帯一帯が12月23日から1月16日まで完全なる封鎖になるという。年をまたぐ、この24日の間は「誰も通さぬ」「アリ一匹通さぬ」と言う物々しさ。国策で完全に管理されている。完全な遮断だ。
今は抜がけの小道や秘密のルートなど何処にも何一つないという。
完全封鎖期間のその中途で、危険地帯で暮らす猫たちの生きる糧、食糧が事切れたら多くの猫たちに「餓死の運命」が待ち受けることになる。

結さんの涙の理由わけを分かって頂けるだろうか


しかし、にゃんだーガード隊長は「そうはさせない」と、必死の思いを込め、新型給餌システムを作る日々に追い込みをかけている。大量フード投入可能な、イノシシにも負けない頑丈なヤツを。
隊長は「1000匹を助けられればいいや」と言う考えではなく、「1001番目、1002番目・・・1010番目と・・・手を差し伸べられる視野」で23日の封鎖タイムリミットに臨んでいる。
結さんが自身のブログで「ワンコインでも・・・」とメッセージを送っているのはそのため。ひたひたと迫り来る封鎖タイムリミットの切なさです。

器を作っても、それを満たさなければ用を成しません。天使の糧天使のパンが緊急絶対に必要になっているのです。どうか、結さんが流した涙の海に「天使のパン」をひとりひとりの心の飛行機からカケラでも良いから投下して頂けないだろうか。
福島危険地帯の荒れ野にひっそりと暮らす「孤独な瞳の猫たち」にクリスマスの贈り物の「天使のパン」を。結さんの手を伝って「天使の糧」を送り届けて頂けないだろうか。
福島危険地帯が「絶海の海」の中に完全封鎖になり、人間たちの宴の最中/祭の後に、彼の地が猫たちの死のゲットーに成り果てないよう、結さんの心は泣いているのです。


人の涙は原始海洋の成分の反映であり、だから〝涙〟は人が海から生まれた証拠です。原始の優しさが故に流されたひとしずくの聖なる涙・・・。
その涙に涙を重ね、結さんやにゃんだーガードが孤立無援の〝孤島〟へ渡るボートに「天使のパン」をキラキラと乗せてくれたら、一粒の涙を「結さんの思い」に重ねてくれたなら・・・。これは一市民としての私の、切なるクリスマスの祈りです。


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2014
12.09

11月、今月のありがとう’2014

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【A Thank-You Note To Our Friends】11月1日は琴ピッちゃんが「天に還る」見送りをした日でした。琴ピッちゃんの見送りから始まった11月、あれから琴ピッちゃんが暮らしたイチョウの木の葉は色あせ、思いを胸に佇むゆとりもなく、時にせかされ秋から冬へ駆け抜けた活動の日々でした。
琴ピッちゃんへのメールや支援を届けて下さいました皆さんには心からお礼を申し上げます。

そして、変わらずレギュラーの活動を支えて下さっている方々へも心から感謝を申し述べます。


練馬区SHさん 目黒区MNさん 港区KKさん 品川区IMさん 品川区KMさん 東久留米市HYさん 中野区YTさん 港区MTさん 港区YMさん 横浜市IMさん 品川区NAさん 港区ATさん(12月始めまでにゆうちょ銀行からの通知で確認できた方です

12月に入り、世田谷区のMMさんから新規、ご寄付を頂きました。直接お会いしてお話をしたり、私たちの活動を間近にされている方ではないのに、手を差し伸べて下さって感謝に耐えません。きっかけはブログでしょうか。
もしも、そうならブログ筆者のJさんが「励みになります」と仰っていました。何か力になれることがありましたら、出来ることは致しますので、どうぞメールなどでお知らせ下さい。

品川区のKMさんからは2か月分のご寄付を。練馬区のSHさんや東久留米市のHYさんや品川区のIMさんからは増額のご寄付を頂いております。本当にどうもありがとうございます。


消費税が値上がりし、円安で原材料価格が吊り上がり、あらゆる商品が値上げまた値上げの乱れ打ちの中、可処分所得は誰においても小さくなっています。このような世知辛い世の中になっても、変わらぬご支援をして下さっている方々は、毎月ごと実質の〝増額〟をして頂いているようなものです。本当にこの経済状況がうらめしくなります。
皆さんからの真心に恥じないよう活動してまいりますので、これからもよろしくお願いします。

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【今月の買物ラプソディ】上の図「アベノミクスの実際」、政府と経済官僚は日銀がお金をジャブジャブ印刷して株価が上がれば富裕層が豊かになり、下々まで富みが降りて行くという「トリクルダウン理論」を謳っていますが、はっきり言って〝まやかし〟ですね。詐欺経済政策です。だって、今のグローバル経済システムの考え方では、上の杯がなみなみに満たされれば、直ちに新しいグラスに取り換えられる、そういう仕組み。せいぜい2段目のグラス列にお情けの飛沫が飛び散る程度です

アベノミクスから2年、街の景色は本当に様変わりしました。街並の風景から目で不景気が見えるようです。週末の港区はまだ21時だというのに深夜のよう。各大企業の回りに列をなしていたタクシーは、その台数がどんどん減ってゆくあり様。大企業・東京ガス前など客待ちのタクシーが一台も止まっていないことが今はもう珍しくありません。
東京港区は日本のセンターのはずなのに、各街並はコンビニの灯りだけを残し、店じまいも早くなり、場末感すら漂い始めています。

それはそうですよね。物価が上がっているのに実際の所得が目減りしているのでは、消費を控えるしか仕方がありません。政府が年金に手をつけ大量投入し、目に見える株価を必死に下支えしている異常な政府の異常な経済感覚。
このまま行ったら、ギリシャの二の舞を演じることになるのでしょうか。いやだなー、もう。みんなもっと政治に関心を持たなくちゃ、やられ放題になっちゃいます。

アベノミクスで経済は上向きだ利益も増えている給料も上がった」☚「はぁー?

イギリス・メディアはアベノミクスの大失敗を声高に言い始めています。アベノミクスを考案したのは財務官僚で、あの人があの人の頭で考え出した新手ではありません。あの人は「株価が上がった! 上がった!」と財務神輿の上で踊っていただけ。アベノミクスの内容をあの人は実は「な~んにも」分かっていないのです。理解する能力がないのです。そんなお馬鹿ちゃんに盲目について行っていいのでしょうか。
報道によると、あの人の党が3分の2を取る勢いだとか。
これで憲法が改正されて、9条だけではなく「基本的人権」まで取り上げられちゃったら、猫たちを守る保護活動すら危なくなって行くような気がします。暗い時代に入って行くことになるのでしょうか?
 (鉄腕ウンガ)
 

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2014
12.08

暴力

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Friends a
                                     今年のナイスショットの中の一枚

【暴力】12月8日はジョン・レノンの命日。1980年、ニューヨーク。12月8日22時50分。仕事を終え帰宅した自宅前にて、ファンを名乗る男に待ち伏せされ、「レノン?」と呼び止められたその瞬間に暗闇から銃声が轟き、4発がジョン・レノンの胸・背中・腕に命中。
病院へ搬送中のわずか10分の間に8割方の血液が失われ、失血性ショックで絶命したと報道されている。
撃たれたその時、ジョン・レノンは「I‘m shot!(撃たれた)」と2度叫んで、その場に倒れ込んだという。闇からの銃撃。他者の存在を暴力で完全否定し抹殺しようと激情する☚暗い情念と情動、それらは必ず夜陰のマスキングや物陰のマスキングや群衆のマスキングを借りて、突如「にょきっ」と手が伸び不意打ちするから防ぎようがない。そして、暴力は一度放たれたなら永久に覆水盆に返らず。発射された弾道➤弾丸が返らないように、暴力の着弾点には取り返しのつかない大きな禍根の傷跡と悲劇だけが無残に残る。

命が失われれば尚更その罪の重さは計り知れない。


暴力。軽いものから重いものまで、個人的なことから社会的な広がりを見せるものまで、「暴力」は多様多岐に渡っている。人類の病理の歴史に流れるアナザーストーリーでもある。
戦争の暴力、政治の暴力、他者を銃刀・素手で殺める暴力、巧妙な手段を仕掛け社会的抹殺を図る暴力、言葉による暴力、性的に貶める暴力、マイノリティへの差別の暴力、上司が職権を乱用し部下にふるう暴力、ドメスティックバイオレンス(DV:家族・近親者間で起こる暴力)、死に至らしめる幼児へのあらゆる手段の暴力、そして殺処分や捨て犬捨て猫という形で常態化している「動物虐待」という名の暴虐・・・

全ての暴力に共通しているのは相手(他者)への容赦ない憎悪感情と否定感情が元にある。

象徴的に言うならば、憎悪や否定感情が流れ来る風下の吹き溜まりに弱き者、そしてゴミ屑のように犬猫たちは見捨てられる。これが哀れ犬猫と弱き者たちが世界地図の中に住む現住所だ。
そこに私たち〝動物の保護活動〟の「心の家」が立っている。激しい風に吹き飛ばされないように、安普請の「心の家」が押しつぶされないように、日夜「ぽこぽこ」トンカチで直して、ジョン・レノンの歌「Stand By me」のように強い流れに押し流されないようにして精いっぱい立っている。
そうです。私たち「動物の保護活動」のムーブメントは命ある者への否定感情やヘイト感情へのカウンターカルチャー☚抵抗の砦だという強い思いがある。そして・・・
犬猫たちの命へ降りおろされる「暴力へのレジスタンス」というその思いが胸の内の火を守っている。

生涯いつも弱い者の側の味方だったジョン・レノンの魂の深みから生まれたサムシング。ここからしか良い道は開けないから、信じて「この道」を生きている。
日夜、天使のパンを運んで、負けないよう精いっぱい抵抗している。「Stand By Me」と・・・


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2014
12.07

天使の糧を 天使のパンを

Category: メッセージ
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   天使の糧を 天使のパンを   


東京タワーをくるりと回ってスノーマンのように空を飛んで地域猫活動に行けたらいいな


今年2月の2回の雪降りは地獄だった 地域猫活動で8時間 雪に足を取られ歩き続けた


もしも一つ願いが叶うなら「外暮らしの猫たちに雪を降らせないでくれ」と祈る


人である私は8時間我慢すれば済むことだが 雪に埋もれる猫たちは終日(ひねもす)それに耐えている


クリスマスの意味をこの国の人たちはどこか何か何故か誤解している


「天使の糧」という讃美歌がある 通称「天使のパン」とも言われているこの歌 パンの無い子たちにはパンを


靴が無い子たちには靴を 屋根が無い子には屋根を あてどなくさすらう心には愛を 天使のパンを


地上の安らぎを祈る時 地上の平和を祈る時 クリスマス・タイム


満たされて暮らす人がそうでなく暮らす者たちに思いを馳せる時 天使を心に住まわせる時 


クリスマスに 天使のパンを


故菅原文太氏はもう一つ言葉を遺している「あの大震災で日本人は変わると思ったが 何も変わらなかった」


福島危険地帯に取り残された動物たちが絶海の海に浮かぶ孤島のように忘れられてゆく


「犬猫救済の輪」と「にゃんだーガード」へ 天使の糧を スノーマンが運んでくれることを


天使のパンを





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2014
12.06

ブログが怖い

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       いつも一緒 大の仲良し 片方が勝手に連れ去られたり 虐待されたら 残される方は?

【ブログが怖い】11月30日と12月1日の記事は言いたいことの半分も書いてない。顔も名前も分からない人たちの暗躍がそこにあるからだ。思わせぶりなメールや信頼できる関係筋からの連絡や現場個々の地域猫たちの微妙な変化から十二分にそれはうかがい知れる。
そういう彼らは自分から名乗り出て協力を申し出たり、タイアップ(手をつないで力をあわせること)する行動は決して取らない。飽くまでもネットや市井(しせい)の闇に身を隠すギャラリー(観客)の黒々とした散らばりだ。

時に問題意識を装い、時に善良を装い、「猫を助けたい」とか「情報提供したい」とか「ブログへの提案」などと持ちかけるも、いざ自分に責任が及ぶ段になるとその逃げ足の速いこと。
無しのつぶてがお決まりの慣例コースになっている。
ブログは運営する側から言わせてもらうと、一部の支援者を除いて完全なゼロ視界。しかし、どんな思惑の人にもブログは開けてあるのがブログのブログたる定め。無防備都市のようなものだ。経験則から魑魅魍魎が跋扈しているのが分かる。

人猫共生会議の人にある種のメールや伝聞が入るという。「鉄腕ウンガは嘘つきでTNR申請書など出していない(事実:出していた)」「『猫の郵便』は怖い人たちだと聞いている。だから私は近づかなかった。ブログに書いてあることはみんな嘘」と。
また別の知り合いの地域猫活動家の人からは「大企業○○のTNRは私たちが全部やった。それを後から来て調子こいたのが『猫の郵便』(事実:当時55匹超の猫たちのTNRやケアを関係筋と連絡を取り体系立て系統立てしてやったのは私たち、今でも継続中、故バラタマタンや故蘭の花や故ブリーちゃんはそこの出身。そこから保護したセージ、パセリ、ダー、マチュピュチュ・・・は手元で今も生きている)」と嘘八百の言い訳三昧を聞かされている。

「猫の郵便」が怖い人たち? じゃー、私たちから受けた被害を全部言ってみー。私たちの活動は内外に忙しすぎて知己の人以外の接触はほとんど無しの現状。また、それ故、誰かの噂話や悪口など言っていられないくらい慌ただしく時間に追われている。そんな悠長な暇があるなら1分でも10分でも眠る時間に当てるわい。
誰が何の目的で「ヘイト感情」を煽り立て撹拌するのか。誰が何の目的で私たちを貶めたいのか。たとえ私たちが怖い団体でも、それが何? どんな悪影響を及ぼしていると言うのだろう?
噂の投網をかける奴もヤバい馬鹿なら、噂を信じ込むのも頭の中に薄暗いトイレの電球しか点いてない愚かしさに見える。

人猫共生会議の人に「○月○日にそこに〝その人〟が来るから」と促され、鉄腕ウンガさんが行ってみたら、その人は「私はメールも電話もきらいです」と言い放ったそうだ。鉄腕ウンガさんは「情報交換をしましょう。協力できることは協力してやりましょう」と誘い水をしただけなのにピチャっと跳ね除けられ、ちゃんちゃんの終わり。
その人は当ブログの存在は知っていたと言うが、当然至極こちらからはどこの誰が読んでいるのかなど全く見えない。結局、見聞き知れない世界で根拠なき噂話や憎悪や流言が三昧に飛び交っていたわけだ。ブログをやるのが怖くなる。

コミュニケーション機能(論理/すじ道機能)の装備なしに偏見の中に身をゆだね生きている人の方がよっぽど怖い。(編集未終了 脱字誤字あったらごめん)


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2014
12.05

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怪物くん
                        出会ってから3年後 そして今も生きる「怪物くん」

【顔】人の顔は自分の責任。年が行くほど価値観と生き方で算出される。犬や猫の顔は人の対面の仕方で決まる。だから、犬猫の顔は人と社会の責任。しょっちゅう罵声を張り上げられ怒られていたなら、それが顔の上で固まりその犬猫の生涯の顔になる。
可愛い、可愛い」と愛されて育てば、表現が制限されない分、伸び伸びとした屈託のない顔になる。

外猫たちと初めて対面する時、彼らは一応に顔に色がなく無表情である。表情があるとすれば困惑や怯えや不安や怒りや冷めと言った形で表されることが大筋。長年の外猫生活を強いられている猫たちは、だから同じ猫であっても飼い猫とは全然ちがう顔と心の変遷を遂げて行く。人間がした無慈悲な仕打ちの結果として。

しかし、猫の顔や容姿も環境の変化で目を見張る変化を遂げるケースもある。例えば、7年半前に出会った某所に住む「怪物くん」という名の猫は、とても猫とは思えないほど荒れすさんでいて正に凶暴な不良の目つきだった。
汚い大きな毛糸の固まりが化け物さながらに転がっているように見えた。・・・けれど、TNRを行い一日2回の確実な給食をするようになり少しずつ距離を縮め話しかけるようになったら、いつからか安心したのか、みるみる心大きい穏やかな猫に姿を変えて行った経緯がある。

片や、当ブログ11月8日号で紹介した「プリーストくん」も1か月前は、首筋からシッポまで被毛が大きなカメの甲羅みたいに段々に毛玉がゴワゴワ5センチ角/10センチ角の硬い固まりなり、それはそれは目も当てられない状態であったのだが、「ごっつんこと頭突き(ヘッドバット)をしても、スリスリ膝の上に乗っても大丈夫」と分かると、こっちを信頼できる対象として認めてくれ、それ程の専門的ケアを何もしていないのに、どういう訳かどんどん綺麗になっている「只今発展途上現在進行中」なのだから〝びっくり仰天〟。
プリーちゃんは中身、つまり魂が良い方に変化し転がり始めたから、顔や姿に結果となり立ち現われている軌跡に見える。
この2匹の猫に限らず、生き物には何にも増して「決して約束を破らないパワフルな『愛情』こそが一番大切なのだ」とフィールドワークから学んだ貴重な成果だった。

でも、それでもなお遮断機を下ろしたまま心を閉ざす猫は、春夏秋冬と凍てついた表情を崩すことがなく、「顔の上に張り付いた氷」が融()けることは決してない。変わることのない「魂のあらわれ」、これは人の世からされて来た結果そのものなのだろう。
人が犬猫に向ける態度とその顔。仕打ち。何もかも。捨て猫に向かって、外猫に向かって、「何でここに猫がいるのだろう」と考えない人たち。考えが及ばない人たち。




殺処分の部屋に追われて行く犬猫たちはどんな「」をして最期の時を迎えるのだろう?
殺処分が定めとされた犬猫たちはどんな「」をして最期の予感を受け入れるのだろう?
この顔たちの逆照射が動物たちに向けている今現在の「この国の顔」なのだろう。良い顔とはとても言えない社会だ。ペットショップの犬猫の顔。悪徳ブリーダーに向ける犬猫の顔。「もう叩かないで」と懇願する目つきで訴えるしかない虐待される犬猫の顔、そして虐待されている小さな人間の子供たち。
だから、恐ろしくて私はとてもペットショップのある所や「ペットの○○○」などには足を運べない。


犬猫の里親会/譲渡会の主催者に話を聞くと、顔や容姿が可愛い子や綺麗な子からいち早く行先が決まるという。ペットショップの商品動向も大方例にもれず同じようなものなのだろう。
でもさ。ちょっと一時停止して考えてみると、これって何か変な気がする。
人は自分の容姿にあーだこーだと言われるのは嫌なはずなのにペットには姿形の出来を飽くなく求める

人間とは実に手前勝手な生き物である

家に室内保護した猫たちは容姿の造作で選んでいるわけではない。健康、場、年齢を見定めて「保護の必要あり」とそうしている。みんな初めは一応に凍り付いた顔をしてやって来るが、「ここで生きていける」という安心感が少しずつ芽生え始めると、それがトリガー(きっかけ)になり、だんだんその子その子の個性が浮き彫りになって行く。

犬猫の顔は、だから人間を映す「」。犬猫を見れば飼い主の本当の顔が分かる。ごまかしは効かない。


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2014
12.04

赤鼻のトナカイ

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【赤鼻のトナカイ】12月1日まで10度台をキープしていた最低気温だったが、ついに気温陥落、東京の12月2日は底冷えの3℃までガクンと落ちた。外回りの地域猫活動のとうとう厳しい季節が始まったようだ。六本木某所から湾岸までビル風や浜風など、種類の違った風の名所/難所があり、風は寒さと共に運ばれて来る必ずの付き物だから、冷たい風にあおられまくると尚更の寒さが背筋の髄までしみ込んで来る。

針で刺されるような手の痛み、頬の痛み、一夜にして様変わりした急な気象変化に体がついて行けず、若干の風邪気味ではあったのだが、どうやら遂に本格的な風邪をもらったようで大ごとになりつつある。今、PC前に座っていても、目の前がクラクラし、背中や胸が熱病のようにポッポッと熱く、体温39度強。ゴロンと毛布をかぶって寝込みたい心境なのだが、そうは問屋が卸してくれない。んー。
外猫活動、室内保護猫の世話、ブログなど、休みを許してくれない事情がある。

毎分毎秒、洟(はな)をかむこと2日間。お蔭で鼻が真っ赤っかの〝赤鼻のトナカイ〟になってしまった。風邪の野郎め、コンチクショー、Damn it!
寝ていれば少しは解消されるのだが、作業はどれもこれもそれができない。詮無いことだ。猫の福祉活動をする身で風邪を引いた自分が悪い。
馬鹿は風邪を引かないと言われている通り、風邪を引いた経験知が乏しいので、風邪がこんなに大ごとなこととは露知らず、身も心もすっかり当惑し切っている。


いいさ。ホッカイロを体のあちこちに貼り付け、襟元をしっかりマフラーで巻き、雪だるまのように厚着して、ティッシュペーパーを沢山持ち、赤鼻のトナカイさながらに今夜も猫待つ街角に出かけよう。

支えなければ明日をも知れぬ外猫たちの身の上

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2014
12.03

人生は残酷なもの

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【人生は残酷なもの】冒頭写真は往年の、そして世紀の世界的二枚目スター👉 アラン・ドロンの現在の顔と姿。かつて一世を風靡(ふうび)したレジェンドの面影は木端微塵に影も形もなく砕け散っている。時の刻みは残酷である。人生は残酷である。

アラン・ドロン。1935年生まれ。79歳。寄る年波には誰も勝てないと思う向きもあるかもしれないけれど、私はそうは思わなかった。彼の内面の無残を見たような気がしたからだ。

そこにあったのは野放図に生きた意識なき「」の表れ、集大成に他ならなかった。考え、事に当たり、壁にぶつかりして形作られて来なかった顔。金、女、無教養、欲求感情のおもむくままに生きた「それ」がアラン・ドロン/79歳の集積の現在なのだろう。

けれど、アラン・ドロンより2歳年上で81歳で逝去した菅原文太氏は、老いたとは言っても、少なくても人に見せる「」を最後まで保って生きた。死ぬ27日前に沖縄で見せた「」は、襟元のグリーンのスカーフ鮮やかに太陽の光をさんさんと浴び、今を真摯に生きている気力ある「面差し」だった。
菅原文太氏の遺言メッセージの一つでもある「自分の頭で考えろ」というのが何か何故か暗示的である。
つまり、考えることを止めた時に人は堕落する。考える面倒臭さから降りてしまった時に人は「」のバックボーンを失くし、「」を失くし、「」を失くし。「」を堕落させる。

アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの有名な言葉「Every man over forty is responsible for his face/男は40過ぎたら自分の顔に責任がある」、やって来たことに付け焼刃の嘘やごまかしは効かない、それが男の顔だとリンカーン先生は仰っているわけですね。
今のデビッド・ボウイを見ても、年老いても声も発想力も現役の若い世代の音楽と混じって何物も失われていないその形と姿は、人間を形作るのは「意識」なのだと改めてまざまざと見せつけられる思いがしている。

かつてNHKが老いたサルバドール・ダリに取材を申し入れた時、ダリは姿をテレビカメラの前にさらすのを拒み、照明を限りなく落とした暗い部屋で影のシルエットだけの出演になったと聞く。老醜をさらすまいとしたダリの気位、気高い自分への価値観がそこに貫かれている。


そして、今現在。世界的に狂騒曲のようなアンチエイジング流行りが席巻しているようだが、グッズでも化粧品でも美容整形でも追いつかないのが〝意識〟⇄〝考えること〟なのだろう。人間のマントルは「意識」👉 考えることから遁走する時、顔も姿形もゆるみ逃げ去って行く。


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2014
12.02

なるようにしかならない

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【なるようにしかならない】イスラム国の野蛮で西欧人5人目のさらし首となり殺害されたピーター・カッシング氏の両親は「我が子の命を奪ったイスラム国の戦闘員たちを『許す』努力をしたい」と記者会見し表明した。
そして、AFPBBニュースによると、表明には「息子は暗闇に打ちのめされるよりも善良さを自分自身を他人を信じることを選びました1人の人間が違いを生み出すこともできるのです」と心情が付け加えられている。

もし自分がこの立場に置かれたなら「果たしてこういう態度をとれるのだろうか」と自問自答が心の中で渦巻いた。

耐えがたいことを目の当たりにする時、多くは怒りの激情にかられる。しかし、起こってしまった現実を怒りの激情で変えられるわけではない。不帰の人を呼び戻すことはできない。ピーター・カッシング氏の両親の心の選択と対処、果たして自分ならこの立場に置かれたらどうするのか。



見渡す限りの憎悪(Hate)と苦渋(Bitterness)がはびこる世界ではそこに至福の時は来ないと知る」と歌われる11月26日にUPした「My Heart and I」を何度も口の中で噛みしめてみた。
」を運ぶ「」というもの。心のあり方で人は賢者にもなれば愚者にもなる。堕ちもすれば昇りもする。激した怒りの情念で身を滅ぼすことさえある。心どうあるべきなのか、できるかどうか分からないが、ピーター・カッシング氏の両親の強く清い声明の中から例えどんな運命の仕打ちに打ちのめされたとしても「心静かにたたずむ」美しさのようなものが足元を洗うさざ波のように伝わって来た。

一方、同一線上のさざ波の上で11月28日に亡くなった「菅原文太氏の生き方と死」を思い浮かべている。どう生きるのか。どう死ぬのか。どう生きたのか、どう死んでいったのかを。
遺族は「小さな種を蒔いて去りました」と声明を発表している。
菅原文太さんは癌と寄り添いながら、しかし病床に臥せることなく最後の最後まで意思の四肢を十二分に伸ばして生きていた。魂失われることなく、老いさらばえることなく。
亡くなるほんのわずか前11月1日には沖縄の地に立ち、沖縄の風に吹かれ、一万人の聴衆を前に「政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これがもっとも大事です。絶対に戦争をしないこと」と静かな口調でスピーチしている。
菅原文太さんは数年前から「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」の心境で日々過ごしていたという。
噛み砕けば「朝に人としてどう生きるべきか道を悟れば夕に死んだとしても後悔はない」のホライズン(境地)に達していたのです。それは彼の生業外の足跡を追えばクリアにうなずける。

自分に死の影がひたひたと忍び寄る中、果たして私はあたふたすることなく「こういう生き方」ができるだろうか。


今、自分の手の中にある猫たちへの福祉活動。日々に押し寄せる難問、鬼門。・・・闇の手に猫を捨てられ、闇の手に猫を奪い取られ、闇の手に哀れ猫たちを弄ばれ、誤診され、変なメールが舞い込み、量産される動物の不幸を横目に何も変わらないこの国の動物福祉のあり方👉膿み方。

切り抜けはいつも「なるようにしかならない」と唇に。

精いっぱい努力はしているつもりなのだが、「なるようにしかならない」と唇にする情けなさが、吹き始めた冷たい冬の風をよりいっそう胸の奥底まで引きずり込むような心中でいる。人間ができていず。力足りず。力及ばず。心のあり方、いまだ道半ばにいる。

「菅原文太氏とピーター・カッシング氏の清らかな冥福を心から祈ります」

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