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2015
05.31

外猫に「エサと水をやるな」の貼り紙

Category: 地域猫活動
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好き好んで外で暮らしているわけじゃない


【外猫に「エサと水をやるな」の貼り紙】外猫、野良猫と言われてもその一帯の猫たちは全部TNRを済ませている。8年前は10匹以上いた猫たち、しかし今は4匹を残すだけ。一匹はよそから流れて来て定着したのだが、他の3匹はそれぞれ9才10才を超える年齢になり、後少し「がんばれば」役目を終えられるところまで漕ぎつけている。
ところが8年の間さほどの波風が立たずにやってこれていた地域猫活動の場所であったが、5月の風光明媚なとある日に突然に「ここでエサと水をやるな」と貼り紙をされてしまった。

貼り紙をしたのは顔を知っている人。8年間、何も言わなかった人が、今さら急に「何で」という思い。毎日の地域猫の給食活動の意味も、TNRの意味も、怪我した猫や病気の猫の保護引き取りの意味も、何もかも分かってくれていると思っていたのだが、ここに来て急転直下の心変わり。虫の居所でも悪かったのだろうか。
本人の家にも飼い猫が居るのに、追われる猫に「どこに行って暮らせ」と言うのだろう。

エサをやるな、水をやるな、あまりの無慈悲さ。水も飲めず、何も食べられなくなったら、命がそこで尽きることを分かって言っているのだろうか。
そういう人が決まって口にするのは、「ここでやられるのが迷惑」という主張なのだが、言外にどこでどうなって死のうが「知ったこっちゃーない」というゴリゴリ利己主義の捨てゼリフ的開き直りがある。自分だけ良ければいい。
何度も何度も経験させられている。
何度も何度も説明して来たが、その人にもう「寛容と慈悲の心」が開くことはないのだろうか。そうなってしまえば、もはや「嫌いと迷惑」論で押し通されるのが定番の筋書きになってゆく。

しかし、以前にその人から依頼を受けて道端で行き倒れになり死んでいた猫の遺体を引き受けたのは、私たちの「活動の精神」なのだが、そういうことは都合よく一切合財忘れるのだろう。人とは本当に身勝手なものである。
もし、その場所が私たちの活動の通り道でなければ、一帯の「まち猫問題」は果たして今頃どうなって、どんな展開になっていたのだろう。10匹を超す未手術の猫たちが膨張して行くのに手を焼いたのではないだろうか。「不良餌やり天国」が手に負えなくなっていたのではないだろうか。

はい。そうです。エリアから「エサも水もやるな」と地域猫活動を締め出すのは、返って〝再び野〟を招き入れる結果につながるのです。その場所から「地域猫の考え」の楔(くさび)を根こそぎ引っこ抜いてしまったら、また再び捨て猫や管理されない猫たちの荒野が開け、通りすがりの猫好きの不良餌やりがその焚火に油を注ぎ、元の木阿弥。「再び野」とはそういうことです。
でも、一般の手を汚さない市民たちに「地域猫の考え方」を何度レクチャーしても、彼らの耳は馬事東風、その場限りに右から左へ聞き流されるだけで、何の痕跡も残すことができていない切実な実感である。
そうして、無情の風にまた「ふりだし」の気持ちに戻されるのです。怠惰な市民、進化せず。



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2015
05.30

ポポフとマチュピチュ死してからの家庭内事情の様変わり

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猫社会の「あうん」の呼吸


【ポポフとマチュピチュ死してからの家庭内事情の様変わり】ポポフがいなくなってから約40日。マチュピチュが天に消えてから18日。手間がかかり気づかいの〝ど真ん中〟にいた二匹の存在がパタッとなくなった途端、居残った猫たちそれぞれが明らかな様変わりを見せている。
不謹慎かもしれないが、二匹が部屋から消えた後に、他の猫たちが妙にリラックスし始めた。それまで病気のポポフやマチュピチュに「猫たちは猫なりの魂」で気づかいをし、後ろに下がり遠慮していたのだろうか。
ポポフとマチュピチュ亡き後の今、めいめいがキャラクターの急モデルチェンジと積極自己アピールに余念がない大きな変わりよう。
キッチンではマチュピチュとポポフの前にしゃしゃり出ることがなかった皆が・・・。
寝室でのベッドの最優先権はまるでそれが天然自然の絶対の決まり事のようにポポフの権利に決して割って入ることをしなかった猫たちの行動が・・・。

ポポフ・・・マチュピチュ・・・といなくなってしまうと、ポポフとマチュピチュがふたり並んで座っていたキッチンテーブルの特等席に今は猫たちが入れ代わり立ち代わり昇ってはデモンストレーションをし始めている。
そして、「さぁー眠ろう」と横になる段には次から次へ猫たちがそばに来ては「頭をなでろ」「喉をさすれ」「背中をさすれ」「もっとほめろ」と何やかんやの解禁されたお祭り騒ぎの如くの〝にぎわい〟がここのところ繰り広げられるようになった。慎ましやかにしていた猫たちの劇的変化である。

特に様変わりしたのが、マチュピチュの同級生のノエルだった。人に甘える媚態など一度も垣間見せることなく我が道を独立独歩で行っていた野性味丸出しの奔放猫であったのに、今のノエル姫はキャラクターを総取替えしたようにベタベタと甘え始め、天地まっ逆さまの変わりよう。ノエルとマチュピチュは赤ちゃん時代に同じケージの中で過ごし同じ釜のメシを食った間柄だから、具合が悪くなったマチュピチュへ「譲りの情を示していたのだろうか」と、今にして物思う感傷です。
寡黙に過ごすのを身の上にしていたセージくんが子供っぽく「ピヨピヨ」とひっきりなしに物言うようになったのも二匹没後のつい最近のこと。
食事時に号令の「先陣の雄叫び」を上げるジーちゃん(ジゼルニコ)はと言えば、「キッチンでの優先権はもう誰にも譲らない」とばかりに態度でっかく主張し始めている。皆、押さえていた感情のふたが取れた感じに手足を自由に伸ばし始めた。

今いる猫たちの誰よりも先にポポフはいたから、ポポフは皆にとって大きな王冠のふただったのかもしれない。しかしながら、ポポフ自身はボスキャラでは全々なく、まったくの控えめな性格だったのだが。

猫の世界の流儀。猫社会の中での暗黙の取決め。弱い子を優先させているのを納得するたしなみの良さ。そして、病気の末に死した猫を見送ってからようやく浮かび上がらせる秘めた自らの本来の性格、何と慎み深いことだろうか。
外猫の場合も当てはまっている。今は居なくなったドラミくんは侵入猫がテリトリーを荒らしに来るものならば、もろ肌ぬぐ勢いで〝ケンカ道〟を突っ走ったものだが、足が不自由で余命いくばくもないバラクくん(今、大火傷の小猫が入院している病院で、入院中に死亡)には実に優しくしていた。んー、英語で言うなら、これら猫たちに天性に備わり秘められた行動をアニマル・グレース(動物の気品or気高さ)と言うのかな。

人間は人間以外の動物を初っ端から〝劣る存在〟や〝馬鹿〟だと思い込んでいる人が大勢いるけれど、動物からしか学べないことは本当に沢山ある。利発な3才児ピースは、補液や強制給餌の時、いつも高い台の上に登り、まるで自分がレモンをかじらされているような渋そうなすっぱい表情を浮かべ見学している。
お風呂の水があふれているのを教えてくれる猫もいる。
アテニャンとセージくんは新顔の猫をよく面倒を見て、アシスタントしてくれた。
病院行きを敏感に察知し避難の雲隠れする猫たち、あれはまさに本能の超能力。
外で暮らす地域猫たちも、時を知り、何処から来るのかを知り、待機して待っている学習能力と勘鋭い生活の知恵。

優しく接すれば〝優しい応え〟が返って来る。嘘をつかない。虚栄を張らない。運命をあるがままに受け入れ寡黙に生きる。教えられなくても人とは違う価値時空を生きる猫たち、動物たち。
だからこそ、命の危機をいち早く察知する直観力に優れ、捨てられる時、殺処分センターで〝その時〟に身構える時、どんな気持ちでいるかを想像するに、魂ある命に嗜虐や加虐や殺しによる解決は絶対にしてはいけない万死に値する〝巨悪〟だと強く思い知るのです。



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2015
05.29

週末の鬱

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2015
05.28

子猫100匹溺死殺害鬼婆(北海道)に見る絶ちがたき古き因習

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因習をすりこまれた世代が何回りすれば新しい空気にクリアーになるのか


あーあ


【子猫100匹溺死殺害鬼婆北海道に見る絶ちがたき古き因習】5月27日、北海道の室蘭市で10年間に渡って100匹の子猫の殺害を続けていた72歳の老婆が近所の通報により逮捕された。北海道新聞オンライン・ニュースによると、「老婆は3匹の猫を飼う暮らしの中で『妊娠して子猫が増えるため飼育に困り、10年間で100匹ほど殺して埋めた』」と逮捕後に警察に供述している。
手慣れた殺害方法は、自宅の庭で水を張ったバケツに子猫を沈め、ふたをして〝重しの石〟を乗せ2日ほど放置し、その後に自宅近くの空地に穴を掘り処分していたという。子猫を水に落とし沈める瞬間の感情はいかばかりだったのか。そして、自宅敷地のバケツの中身をよそ目に、何食わぬ顔で食事をし眠りにつく日常生活を平気でしていた腐りただれ切った神経の仕組みはどうなっていたのか。72歳の老婆がこんな凄惨な暮しを10年間に及び続けていたことを考えてみたい。

老婆が飼っていた猫はたかだか3匹。子が産まれないように不妊手術さえしていれば、こんな血塗られたむごいことに手を染めずに済んだはず。しかし、老婆には頭で考えるという論理性が全くなかった。筋道立て論理的に物事を解決するよりは、無意識に体験的に備わった因習や風習習慣に従ったのだろうか。
千葉県薬園台高校で子猫を生き埋め殺害した教師が「昔、ジジババがしていた」と言い訳の弁明をしたように、長野県小谷村のスノーボーダーが悪びれもしないで「猫を川に沈めるネット中継」をしたように、子供の昔から見聞きしていた〝風習習慣〟を免疫免罪にしているからこそ、心のハードルを低くして事もなげに成し得たのだろうか。
北海道/室蘭の老婆がワン・ディケイド(10年間)気もふれずに平然淡々と猫を殺し続ける暮しをして居たのにはこんな理由(わけ)が隠され、その奥底に古き悪しき〝因習〟が透けて見えて来る。

猫なんか拾って来て、どっかに捨てて来い 日本では昔からいらない猫は川に捨てたもんだよ」と・・・、猫残酷〝川〟物語の語り部が言う。これはユーロ出身の私の友人の地域猫活動の仲間が、アパートの大家に面と向かってケンカ腰でののしられた言葉である。「日本では、昔はみんなそうしていた」と・・・。
そして、その女傑大家の年齢は70歳~80歳に見えた。
こうした言葉が暴言ではなく、まだまだ何の罪の意識なく日常飛び交い語られ、恥もなく流通している街角市井界隈の風景、ネットの風景。んー。だから、室蘭の猫100匹殺しも、茨城の車で猫を引きずり回して殺した83歳凶悪老人の事件も、驚きの前に「・・・だろうな」という印象が先んじましたね。
この世代の人たちにとっては「犬猫」なんておよそそんなもの。モラルや論理的な解決法よりは、因習が彼らの生理を支配するリアルな皮膚感覚であり、本能(DNA)にしみついてしまって取れないのだろう。悪気なくそれが容易にできるのは、因習の先人たちの背中におんぶしてのこと。「みんなやってたよ」と、綿々と続く黒歴史だ。

いつまでこんな腐臭が後を引き続いてゆくのか。厳格な法の縛りやメディア・スクラム(日常頻繁なテレビ・スポットなど)などで国を上げて雨あられのように「やっちゃだめだよ」と倫理のブレイン・ウォシュのシャワーを連日連夜浴びせかけ断ち切っていかない限り、細胞にまでしみこんだ風習習慣からほどかれるのは恐らくかなりむずかしい、実に根が深い事件だと思わされた。
古き悪しき腐臭の源が一掃されるのには、果たして何世代を繰り越し、何世代の忍耐の時間を待たなければいけないのだろうか。地域猫活動も実は元を正せば、「捨て猫」という古き悪しき風習との格闘技。古き亡霊が強情に勝ち残るのか。新しい時代の価値が芽生えるのか。

だらしがなく頭が弱い老婆が、育てられない子猫をだらだらと産ませ続け、虱をつぶすように猫殺しを繰り返していたゾッとする不愉快極まりない事件。しかし、この手の価値観に抱かれる人間が珍しくないのが本当に悩ましい風景なのである。



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2015
05.27

地域猫から家猫へ1年半👉 平和な暮らしを手に入れたピノコ

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本当に 良かったなぁー


【地域猫から家猫へ2年半👉 平和な暮らしを手に入れたピノコ】写真の猫ピノコは元地域猫。シーバンズビル~東芝ビルで暮らしていた。初めて会ったのは2007年の寒い春先3月初め。その時、確立し安定した地域猫活動がない場所で暮らしていたピノコの姿を見つめると、「ひもじいよ」と憐みを乞われたのが出会いのきっかけ。
ピノコたちは当時、通りすがりの不特定多数の人たちに弄ばれるのを〝よすが〟にかろうじて食いつないでいた。
私たちがそこに本格的に活動の手を入れてからも、行動範囲が広いピノコにはさまざまな災難が降りかかったっけ。背中にガムをくっつけられたり、体全身に壁紙用の〝糊〟のようなものを塗りたくられたり、執拗にかまわれたり、顔見知りの猫たちが暴行を受けたり、そんな中でサバイバルしピノコは生きながらえていた。

初めて見た時は1才半か2才くらいだったのかな それを加算すると今のピノコの年齢は10才前後。うち7年+アルファ年の屋根なし外暮らし。
無論、何か健康上の問題があれば即座に保護しようと思っていたけれど、2013年秋に天から降って来たような奇跡的な幸運がピノコの地域猫暮らしにピリオドを打ってくれた。「我が家の猫にして終生飼養したい」と、度重なる話し合いの末に横浜にもらわれて行った。

だから、ピノコが家猫生活に慣れ元気にしていると写真付きのメールが届くたびに「良かったなぁー」としみじみ胸をなで下ろしている。もらい手の横浜のIMさんとは、その後もメールなどで交流を継続し、病気などの相談には適切な犬猫病院の紹介をしている。
猫たちの幸せを願う身としては、理想的な譲渡のあり方、天涯孤独な外猫が「幸せになる」理想的なあり方です。

これは横浜のIMさんが〝手続〟をきちんと大事にしてくれたからです。

それが5月25日の記事のレイチェルたちのように何も告げられずに独善一方的に〝失踪〟という形で謎の中に姿を消されると、もはやその行く末に手も足も出せなくなる。病気になったら適切な治療を受けられるのだろうか 思いつきで連れて行ったけれど、飽きてどこかに放り出されてはいないか 心配だけがつのり膨らむばかりです。
横浜のIMさんが単純簡単普通に〝出来た事〟が、どうしてできなかったのか

その独りよがりの行動原理に絶句し言葉を失うのです。悪戦苦闘の地域猫活動に泥を塗られている気分になるのです。人の業に絶望してしまうのです。人を苦しめて平気でいられるその神経が分からない。
自分がされたら嫌のことは人にしない、当たり前のことだと思うのだが、当たり前がもはや通用しない世の中。そんな空気の中で成し得る唯一のことは👉 ただ唇を噛むだけなのか



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2015
05.26

中国では猫スープが公然流通 日本では殺処分と虐待のスープ化

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AFP ➡ 猫たちは全頭が土中殺にされた


【中国では〝猫のスープ〟が公然と流通 日本では殺処分と虐待のスープ化】AFPによると、今年2月に中国からベトナムに密輸され摘発された数千匹の猫たちは、ベトナム当局によって法の判断で土中に埋められ処分されたという。多くが生きたまま埋められたとみられている。
猫は法律の埒外扱いの中国に〝猫〟として生まれた地獄。☟ ☟ ☟
猫の不妊の習慣がない国に生まれて地獄、捨て猫が当たり前の社会に生まれて地獄、捨て猫の子として産み落とされて地獄、食肉用としてハンターに捕獲されて地獄、屠殺場で殺されまな板の上で調理される地獄、犬猫が食肉として白昼公然と市場で売り買いされている地獄、ベトナムに禁輸され摘発に遭い「助かると思いきや」当局にあっさり土中に埋め殺された地獄、人間以外の動物に生まれたらほぼ拷問の苦しみしか待っていない大地獄、おぞましいばかりの世界である。官民総出の動物虐待ワールドである。

罪を犯したら罰を受ける。しかし、中国には猫を殺しても罰する法律がなく、猫は保護動物の対象外とされている。食肉用として動物なら何でも公然とマーケットに流通する世界、元手いらずに成り立つなら本当に濡れ手に泡の商取引である。罰を受けないならもう殺し放題やり放題である。
そして、食肉用猫の密輸を摘発したベトナムの法体系には「動物の保護」や「動物の福祉」の精神がなく、生埋め殺処分は衛生上の問題だと言うから開いた口が塞がらない。

中国を中心にした朝鮮半島から東南アジアまで、公然平然と市民の食生活に浸透している猫食文化。対岸で猫の福祉活動をしている身としては、身の毛がよだつ話で、自分たちのしていることが鼻でせせら笑われ踏みにじられているような大屈辱を感じる。しかし、印ばかりの「動物愛護法」があるとは言ってもほとんど運用を見ない法の精神と社会風土に、ベトナムや中国の動物事情を「対岸の他所事」と笑っていられない現実がある。

たった今の瞬間にでも公的機関の手で犬猫の殺処分は続けられている訳だし、大甘々のペット業者への法の縛りのゆるさは犬猫の地獄を生み出しているし、市民レベルでも捨て猫/捨て犬は何の罪の意識なく生ゴミをポイ捨てするような具合だし、フクシマ原発警戒区域に取り残された動物たちへの環境省の冷たい仕打ちなどを見るにつけ「本性見たり」の寒々しい風が吹き渡り、凄惨な動物虐待犯への法の運用もほぼ無罪放免に近いありさま。

長崎の女子高校生殺害事件犯人は、猫を数匹殺し、猫の目玉をくり抜いて友だちに見せても摘発されなかった。
茨城で猫の首にヒモをかけ、車で4㌔引きずり回して惨殺した老人は、書類送検で頭をポリポリかいて一件落着。
長野で猫を檻に閉じ込め川に沈め殺害実況中継をしたスノーボーダーは、逮捕をまぬがれ軽い罰金でチャンチャン。
千葉の子猫生き埋め高校教師は、ちょっとした停職で終わり。
凄惨な動物虐待が社会土壌の中に薄くスープ化されて流され消化されてゆく。これではまるで「猫スープをどうぞ」じゃないか

命の大事さを広く社会に浸透させるためには、政治家も司法も行政(特に警察)も報道も、少年犯罪や犬猫虐待の血なまぐさい〝現実〟をスープ化して解釈していたり、軽く扱っているようでは駄目 いっこうに改善されない「動物たちの地獄」の現状は、上に立つ者の不勉強と骨の無さをスープ・ストックにして、事件や殺処分に市民社会を慣れさせている「スープ化」にある。



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2015
05.25

外猫ファンに翻弄される地域猫活動と猫たち

Category: 地域猫活動
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20年9月21日 022
去年秋 台風と共に消えた レイチェル


行方を絶った地域猫たちは どんな運命をたどったのか


【外猫ファンに翻弄される地域猫活動と猫たち】今年初めにPC上の全情報を全紛失したので、マチュピチュの追悼記事を書くのに鉄腕ウンガさんが撮った過去画像の中に「一枚でも残っていないか」と、リバーシブル・ディスクを借りたら去年の秋に失踪した〝レイチェル〟の写真を発見した。
あれから半年以上の時が過ぎ、レイチェルは・・・
生きているのか。死んでしまったのか。姿を消した当時、メールにて寄せられた或る情報によると、誰かが「連れて行くと言っていた」と教えてくれたが、その通報も定かではなく、「とりあえず『連絡するように』という旨を伝えた」とメールには記されていたけれど、レイチェルの消息は〝梨のつぶて〟のまま今に至っている。
そこは、かつて赤ちゃんマチュピチュを救出した所で、ひとりぽっちになった茶トラのケイトリンがポツンとただ黙々と生きている。

善行なのか悪巧みなのか。外で暮らす猫を助ける目的で保護したのならば、やましい心は無いはずなのだから、連絡一つあってしかるべきだと思うのだが、何一つ音沙汰は届いていない。こうして突如、消えた地域猫たちの数々が今でも脳裏を横切ってゆく。
どんな運命をたどったのか。どんな運命をたどらされたのか。案じるのは、虐待事件も含めて、この類いの事件が「限定された〝ある場所〟」でだけ発生しているからだ。
蘭の花が喉をかき切られた所、ジプティが毒を盛られ急死した所、大火傷の小猫が発見された所、活動当初に10匹あまりのTNR済みの地域猫たちが次々と姿を消した所、事件は一区画だけで頻発している。勤めに来る外猫ファンに馴れさせられた猫たちに限って起こされた正体不詳の事件の数々がやり切れない。

活動中に地域猫たちにちょっかいを出している人間を見かけるたびに「人馴れさせると、虐待に遭いやすいので、止めてくれませんか」とお願いすると、異口同音に判で押したように「お前の猫か」「みんなの猫でしょ」と逆切れした声が返って来る。
〝所有権〟の問題ではなく、モラルと責任の問題を言っているのだけれど、思いは99%いっこうに届かなかった。
んー、責任のない無邪気な行動に振り回された8年間の地域猫活動でしたね。そうつくづく実感している。

今、立ち止まって考えることだが、それらの人たちのほとんどがコミュニケーション能力に「乏しいのかな」とふと感じる。脊髄反射の正当化の一点張り。
猛烈な自己愛のみが行動原理で地域猫活動の「意思や目的」などかまっちゃいない。知性とは「他を理解する能力」を指すのだが・・・
かくして無政府状態の迷路を、翻弄され、彷徨しっぱなしの〝道のり〟が続いている。
保護して家に連れて帰りたいのなら、一言伝えてくれれば良いものを。外猫の境遇を可哀そうだと思うなら、足を一歩前に出して協働して助け合えば良いものを。それができない頑なさ。それができないコミュニケーション・スキルの欠如。差し出した手の平ははたかれて叩き落される落ちがつく。「自分さえ良ければいい世の中の風潮なのだろうか」とあきらめ切ってしまったら、被害に遭う猫たちがザラザラとした空気に丸裸にさらされ、あまりにも可哀そう過ぎる。どうしようか。



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2015
05.24

身の毛がよだつ話👉 ニュースを前にして身が固まる

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参考イメージ:中国からベトナムへ禁輸され摘発された例 AFPより


あーあ


【身の毛がよだつ話👉 ニュースを前にして身が固まる】きっこのブログで有名なきっこ氏のツイッターから信じられない話を拾った。「『21日、韓国で野良猫600匹を捕獲し、生きたまま熱湯で煮て殺し、死骸を1匹1万5000ウォン(約1600円)で売っていた50代の男が逮捕された。韓国では猫のスープが関節炎に効くとの俗説があり、市場では公然とスープ用の猫が売買されている』って、日本のイルカ漁より先に取り締まれ!」ときっこ氏。
ツィートを目の前にして、しばし身が固まってしまった。まだこういう世界がある。まだこういう人たちが居て、民間俗説の下に商売が公然と成り立っている。
煮えたぎる熱湯に投げ込まれる猫たちに対する身を切られるような憐みは勿論だが、身が固まったのは文明文化が発達したとは言ってもいまだに文明文化の洗礼を受けず倫理を身につけず、無知蒙昧な「馬鹿とバカ俗説」が我が物顔でさもありなんの大手をふってのさばっていることに対してである。

恐らく韓国でのこうした取引は何百年と続いているのだろう。かつてBBC(英国放送協会)のニュース番組で韓国の犬猫食のレポートを見たことがある。猫たちが金属の檻にすき間なく詰め込まれ、市場にうず高く積み上げられていた残酷無残な映像を思い出した。
伝統の食文化 「人とは何か」を問わず物質文明だけを肥大させている所では、非科学的な「悪しき原始の慣習」が綿々と温存され残り続け、無知貧しさに寄生しながら生き延びているんだね。

生きた猿の脳みそを食う中国の食文化。犬猫食は中国を中心に朝鮮半島や東南アジアまでの広がり。美容や医療や性欲のために「胎盤(プラセンタ)」「豚の心臓だ」「豚の皮膚だ」「動物実験だ」と餌食になる動物たち。
本当に人の世は変わらない。本当に人の世と人の心を変えるのはむずかしい。人は欲のためなら倫理などかなぐり捨て爆走する。欲への愉悦アドレナリンが「倫理という柔らかい心」に麻酔銃を放ち〝馬鹿〟状態になるのだろう。

生きた猫をぐらぐら煮える熱湯に放り込むなどとてもできない。たとえば自分がいつか関節を悪くしても「猫のスープ」などとてもじゃないが買う気はしない。頭を割られた生きた猿をテーブルの真ん中に囲んでスプーンで突っ込み合う会食など一生の悪夢になりそうでまっぴらごめんだ。
これだけは決して「やっちゃいけない」という禁忌が大手をふって公然と目の前を通り過ぎてゆく時、馬鹿と無知と倫理の欠如には「言葉が通じない」ということを思い知らされる。

人間という生き物は本当に恐ろしい〝生き物〟である。



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2015
05.23

火傷の小猫👉 別アングルから見る4か月目の実際

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別のアングルから見る実際


ドレッシング購入の援助をありがとう


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被毛が完全復活した訳ではなかった 片耳が変形

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向かって左目の上の皮膚の変色は相変わらず

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5月21日に撮影 右ビューはどれも良く写っている 表と裏

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鬱の面影

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良い局面

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4か月目の実際 背中と胸の創傷の治りは50% 片方の足を未だにかばって着地できない


原因が 虐待であることを 忘れてはならない


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2015
05.22

心に屈折を持つ猫 ↺ エレンの心ほどきを辛抱強く

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マチュピチュが死んだ夜 台風性の激しい雨が降った そして嵐の後 👉 未明に三日月が昇っていた


エレン じゃらけるようになる


エレンのじゃらけヒモを横取り くわえて逃げるイリニフ


【心に屈折を持つ猫 ↺ エレンの心ほどきを辛抱強く】品川区のIMさん、「猫の郵便」の保護猫の中で一番気づかいの必要がある〝エレン〟を案じてくれてどうもありがとう。そして、多忙にてこちらがどうしても手が回らない案件に配慮のサポートをして頂いたり、火傷の小猫の〝お見舞い〟にまで協働して動いて下さったりして、大変に感謝しています。火傷の小猫の入院先の近くに住んでいたのが、偶然とは言え〝あなたであった〟のが本当にラッキーでした。
ブログを、書き手の意図する以上に読み込んでいて下さっているので、多くを語り合わなくても意思疎通がはかれるのが何よりです。

心配して下さっているエレンは大丈夫です。亀の歩みですが、少しずつ少しずつ学び遊び環境に慣れ、緊張をほどきつつあります。近頃はじゃらけるようにもなりましたし、朝ごはんを食べ終わると日中はハウスの中で熟睡し、日が傾き出すと高い所に登ってゆったりとして部屋の見渡しや他の猫たちの観察をしています。
最初は気をほぐそうと市販の鈴がついたオモチャでじゃらけさせようとしたのですが、鈴の音にびっくりしてしまいハウスの中に一目散、けれど大量買いするキャットフードの荷ヒモを目の前で動かしてみたら猫である本性に目覚め、ようやくエレンの〝遊び心〟を安上がりで誘い出すことに成功しました。
どの猫も一律に同じではないのですね。エレンにはエレンの気質、生まれ育った境遇から受けた恐がりの〝〟があります。
先を急がず、成果を急がず、「意思ある所には必ず道が開ける」と言い伝えがあるように、屈折を持つエレンの〝道なり〟に沿って忍耐強く「亀の歩みで行こう」と思っています。

写真を撮ろうと思うのですが、カメラを向けるとエレンはまだハウスに撤収し引きこもってしまうので、嫌がることはしないように当面は写真撮影は断念しています。緊張した顔にしか写らないものを無理強いしても詮無いことです。
2回、3回とエレンの緊張テンションいっぱいの顔をブログに載せましたが、エレン自身とは似ても似つかないイメージで、当のエレンは小顔で愛くるしい顔立ちをしているのに「何だ この野郎」という印象だけを持たれるのでは1才エレンが可哀そうですからね。まったりするそれまで、時をじっと待ちましょう。



そう言えば、ポポフの葬送の日に鉄腕ウンガさんに届けられた〝ある物質〟の中には手紙が添えられていました。差出人は5月18日の記事でふれている通り、エレンを預けネグレクトしているその人です。
ですが、手紙にはエレンの「」の字もありませんでした。
品川区のIMさん、こういう事情です。エレンのことは「猫の郵便」がしっかり守って行きます。



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2015
05.21

火傷の小猫の容態👉 表と裏

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入院5か月目へ


63の 真心の人 ありがとう

されど道のり まだ50%


【火傷の小猫の容態👉 表と裏】上の写真はドレッシングが取れてからしばらく経過した写真。下の写真は5月15日頃、ちょうど入院4か月目の成果です。額の火傷の痕に脱毛していた被毛が生えそろったのが安心材料、明るい局面です。これが表。しかし、まだ裏側の真実に目を向ければ、未だに包帯で胴体がギリギリ巻きになっているのを見ての通り、背中と胸はまだ傷の縮みが半分程度の治り具合、獣医師先生の言によれば「縮みが近頃は停滞気味」だそうで、ドレッシング治療の必要があり入院生活はまだまだ続いてゆきます。5か月目へ。

下の写真ではエリザベス・カラーをつけていませんが、これは治療中に撮影された特別のもので、獣医師先生だから撮れたショットです。エリザベス・カラーを外して良い状態までには胴体部分の傷が回復していないのが実際のところです。

背中や胸の火傷の痕ついては、本当は添付されていた写真を掲載すれば一目瞭然なのですが、余りにも無残で痛々し過ぎて先生から掲載許可が下りませんでした。傷の縮みが早かった比較的軽傷で難を逃れた額は被毛が復活して良かったのですが、縮みがいっこうに進まない重度の火傷を負った背中の部位に果たして被毛が戻る可能性があるのか、どうなのか。
下の写真の向かって左の腕の上部が薄っすらと赤みを帯びているのが見えますか。これがいまだに出続けている〝滲出液〟のです。4か月経過してもここまで。本当に大重傷です。
治療が始まって4か月で治りが50%、治していかなければいけないパーセンテージが後50%。これをどう判断すれば良いのか。

背中の一部はケロイドになってしまうのだろうか。

診断によ~く耳を傾け、「ドレッシングがまだ必要」だと言うことなので、火傷の子と獣医師先生をこれからもサポートしてゆきます。んー、左右の耳は同じ形ではなくなってしまいましたね。


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2015
05.20

火傷の小猫 入院4か月➡まだまだ

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入院4か月目

50%

【火傷の小猫 入院4か月➡5か月へ】大火傷を負った小猫が1月に入院してから4か月が過ぎました。創傷面の治り具合はまだ50%程度。まだまだ入院生活が続きます。
しかし、懸念していた絶え間なく続く歯ぎしりや鳴き声は治まりつつあり、創傷から発する不快や痛みがやわらいでいる様子で、重いストレスは次第に緩和の方向に向かっているようです。

治療に当たって下さっている獣医師先生から〝火傷の小猫〟についての病状進捗状況を説明する公式なメールが届いています。

それによりますと、「食欲と元気は良好」とのことです。そして、3か月目から4か月目に至る傷の縮み具合のスピードは「やや停滞気味」で、ドレッシング剤や外用薬を「いろいろと試行錯誤しております」と書かれてありました。トップの写真は獣医師先生自らが撮影したものです。



容態報告のついでで大変申し訳ないのですが、「やけどの子へ」とご寄付を頂きました63人の方々に〝提案〟と〝お願い〟と〝承諾〟して欲しいことがあります。それは、火傷の子が入院している病院には、外猫生活で傷を受けた肺蛆症や重度に腎臓病を患った猫たちが同じ病棟内で生活を共にしています。
火傷の子のために皆さんから頂いた資金をベースに医療費の補助やドレッシングや高栄養食や療法食やその他の物品搬入をしていますが、先生には屋根の下で治療を受けている他の子たちにも「分けて下さい」とお願いをしています。
火傷の子ばかりが裕福で他の子たちが〝匂い〟だけでは可哀そうですから、このことのためにお金を使わせて頂くのをどうか了承して欲しいのです。事後承諾のお願いで申し訳ありません。よろしくお願いします。



右利きの手 左利き手 手の平が63 真心をありがとう


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2015
05.19

4月、今月のありがとう‘2015

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こういった無視できない現実がある 助けの手を必要としている猫たちがいる


新規に猫の郵便の活動を支えて頂ける人を求めています


【A Thank-You Note To Our Friends】4月、今月のありがとう‘2015」の記事をまとめようとしていたところ、即報の通りマチュピチュの具合が突発的に風雲急を告げる容態に落込み、看病通院見守り最期の看取り葬送の準備冷温管理➡葬送と予期せぬアジェンダに追いまくられ、支援して頂いている方々への毎月恒例の「ありがとう」を伝えるのが大幅に遅れてしまいました。マチュピチュの追悼記事の間に間に挟むのもはばかられ、「ありがとう」記事の遅れも申し訳なく、本当に恐れ入ります。

4月20日にポポフを亡くし、それから一か月も経たないうちにマチュピチュを天国へ見送らなければならなくなるなど、思いもよりませんでした。ポポフの葬送の日の慌ただしさの中、マチュピチュが足元に来てはおねだりしていた姿をふと思い出すと、トリック劇に遭ったような「まぼろし」を見させられているような気さえしています。
されど、私たちの活動の日々は、何が起きても一瞬たりともとどまることなく、回遊魚のように動き続けるのが定めなのでしょうか。泳ぎ続けるしかどんな方法もありません。

YOU‘LL NEVER WALK ALONE」と自分たちに言い聞かせて続けている活動です。

港区MTさん 品川区IMさん 練馬区SHさん 目黒区MNさん 港区KKさん 東久留米市HYさん 中野区YTさん 港区YMさん 横浜市IMさん 品川区NAさん (4月始めまでにゆうちょ銀行からの通知で確認できた方です)

私たち「猫の郵便」の活動に〝支援の手〟を差し伸べて頂いている方々の真心に心からお礼申し上げます。

皆さんの存在があることで物心両面から私たちは支えられ、活動の土台を確実に築くことができました。間断のない物心両面からの支えが〝築き〟の基礎土台になり、「『やけどの小猫へ』の支援のお願い」が実のある形を結ぶ結果につながったと考えています。
ずーっと見えない力になって支えて頂いている方々の信用なくしては叶えられなかった成果です。本当にありがとうございます。

ポポフやマチュピチュのために花を手向けて頂いたり、優しいメールを届けて下さったり、由緒正しい破格の価格のお香を頂きましたり、差し入れの気づかいまでして頂いています。
渇いた砂漠に「恵みの雨」と例えたら良いのでしょうか。無関心や偏見や虚無的現実の中で遂行している捨てられた猫たちを守る活動ですが、「ひとりぽっちではない」と心の張りにできることが「何よりの幸せ」とつくづく感じています。
やけどの小猫へのいたわり、ポポフやマチュピチュへの優しいねぎらいの言葉、不幸の中で見た一条の光でした。

【今月の買物ラプソディ】円安誘導による輸入原材料の値上がりで食品や生活用品は表面張力の経済力学でどれもこれもドンドン値上がり。株価上昇で色めき立つマスコミ報道だけれど、中身は年金をつぎ込んでの株価つり上げ、実体なき相場景気にマスキングされ生活人たちの本音はかき消されている。

23か月実質賃金の下落が続く。

ある経済学者は「世界経済の低迷が日本経済に忍び寄っている」と警告している。空々しい株価高騰が夏雲の大伽藍のように音を立てて崩れ去ったらどうするつもりだろう。
そうなれば国家破たん、年金が泡になって溶けて行っちゃうよ。
経済問題を無視してかかれない猫活動、お金は猫たちの暮しを支える根本の根本、奈落経済に引きずり込まれないことをひたすら願っている。お金の問題は人心の乱れを誘い、犬猫たちが捨てられたりする引き鉄になり、被害もろかぶりになるのは犬猫たちだからね。



R.I.P ポポフとマチュピュチュ

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2015
05.18

「偽あやせはるか」グループにまたやられた

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今は「春草や つわものどもの 夢の後」になった 東芝ビルの一区画の出身


偽あやせはるかグループにまたやられた】初めて「あやせはるか」の名前でメールをもらったのがポポフが死んだ当日の4月20日。この件については当ブログに4月20日と5月7日に書いている。
無論、その後〝謝罪〟らしきことは一切受けていない。
これが一回こっきりで終わりなら「マナーの心得がないヤツ 無粋なヤツ」と一歩退いている余裕を見せたいところだったが、二回目となると「それをあえてする」心の裏に何か病的な取りつかれ気質さえ感じてしまうのだ。

今度はマチュピュチュの大事な葬送の日に鉄腕ウンガさんが勤める会社の郵便ポストに「偽あやせはるか」グループのAから、貸し借りされていた〝ある物体〟が切手なしで届けられていた。
つまり、そこまで足を運んで投函したということです。
携帯電話やメールなどの連絡手段があるこの時代に、前段のエクスキューズもせず、その日を選んで、あえて挑戦的に「それ」をする、おぞましいとしかもはや言えないではないか。
鉄腕ウンガさんから報告を受け、その動機、その背景にはもはや〝憎しみ〟や〝怨み〟の感情しかないことを悟ったのです。そして、これしきのことで直接対面もはばかりできないでいる脆い心と気の弱さ。

偶然を装うのなら、あまりにも不自然。だって、没交渉になってから4か月~5か月が過ぎようとしているが、今までいつでも〝それ〟をしようとすればできていたものを、この日を選んで、それも「マチュピュチュの大事な日」を選んでする理由(わけ)の分からない闇雲情念。
人が最も嫌がる条件選んで「何故そんなことをするのか」という首をひねる魔訶不思議。
人が嫌がることをどうしてあえてするのか
本人はいっぱしの〝愛護活動家〟気取りだが、動物の保護活動に携わっていて、自分がされたら嫌なことは相手にしないのは、鉄板暗黙の紳士協定だろう。マナーすら踏みつぶして感情に走る行動パターンに、本人にも自覚されない暴力衝動と憎しみ渦巻く情念を感じざるを得ないですね。

片方の手でエレンを体よく捨てネグレクトし、もう片方の手で偽善活動をしている。はたまた「私は会社から給料を頂いているので、就業中に私事の電話には出られません」と息まきながら、自分の私事のために相手が勤める会社まで押しかけ思わせぶりな投函をしてゆく。
身勝手にも程度ってものがあるし、論理も破たん、もうなりふり構わない支離滅裂の滅茶苦茶な暴走です。
この男がどんなに鉄腕ウンガさんにお世話になったか。この男の活動を擁護するために、鉄腕ウンガさんは忙しい中、ウィークデイに自分の会社を休んで、はるばる横浜まで出向き、役所や警察への根回しナビゲーションまでしているのです。

TNRのやり方、人猫共生会議の紹介、TNRのお金の工面、関係筋に提出する「報告書」の書き方、弁護士の選定、何もかもを鉄腕ウンガさんと猫の郵便がガイドして来ました。
そうです。この男とは横浜市神奈川区で悪質クレーマーにからまれ、去年の春先から当ブログでも熱烈応援していたその人です。彼の活動を擁護するためにあらゆる手を尽くしていたのが鉄腕ウンガさんです。
はい。分かりましたね。エレンは横浜市神奈川区からやって来たのです。仕事をし、地域猫活動もして、エレンを抱えるのは大変だろうと、これも彼の活動を護るための決断でした。
それが何が気に入らなかったのか、鉄腕ウンガさんが「はしゃぎすぎはいけないよ」と忠告メールをしたら「ぷいっ」とすねちゃったという経緯です。
最近の日本の人は皆こうですね。すぐにすねる。すぐに切れる。すぐに排外感情になる。嫌いな人には会わない。嫌いになった人の意見は拒食症のように受け入れない。
まあ、それもいいでしょう。それがあなたの生きる道。しかし、何が起きていたのかについての事実は、「猫の郵便」の活動を透明にして置くために、これから克明に拾い上げて、ブログに記述してゆくつもりでいる。だんだんとね。
👉 事実は全てを証明する。事実より重いものなし。



R.I.P マチュピュチュ

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2015
05.17

マチュピチュ姫 眩い太陽の下でフェアウェル

Category: 訃報と祭壇
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R.I.P マチュピュチュ


【マチュピュチュ姫 眩い太陽の下でフェアウェル】猫の郵便を長い間ずーっと支え応援してくれている皆さん、関心を持ちポチッとクリックして応援してくれている皆さん、5月12日夕暮れに7才で短い命を閉じた〝マチュピュチュ姫〟を花の小舟に乗せ見送って来ました。ありがとうございました。

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夏景色を思わせる光の色、眩い太陽の下でした。シーバンズ・ビル沿いの水路に捨てられ、江戸川区廣済寺までの6年10か月の命の旅路、短く閉じた花の命のようだけれど「幸せに暮らした」と、そんな思いで見上げた空でした。

右サイドバーでいつもマスコットをしている地域猫チャーリー・チャンは、或る日突然に健康溌剌なまま謎を残し失踪し、どこでどうやってどんな空を見上げて命を閉じたのやら、悲しむことも見送ることもできなかった。それを思えばマチュピュチュの死は「幸福な死」、幸福な別れと言えます。
ミッシング・キャッツとなり消息不明に消えて行った猫たちへの祈りも込め、いつもする〝花入れ〟です。

マチュピュチュが臥せた時から何度もリピートし、すっかりそらんじた「イル・ポスティーノ」や「ミロンガ・デル・エンジェル」のメロディをハミングしながら、しがない猫ボラにでも「思いはある」と、朝日の下の花影の間に間で不幸に遭った猫たちや消息途絶えた猫たちに「力足らずにごめんね」と魂を託した〝花入れ〟でした。

5月16日の記事に乗せた「Milonga Del Angel」は「天使のダンス・パ-ティー」という意味。「Milonga」はタンゴのダンス・パーティーのこと。不浄な地上のことはすっかり忘れて、「マチュピュチュ、天使空間を踊るがままに決して離れるんじゃないよ」と、告別の時に誰しもが思う「生まれ変わったら・・・」という願いとは真逆の祈りを捧げたのでした。

地上に生まれるなど犬猫にとっては地獄が口を開けて待っているようなもの。地上に生まれ悪魔のような人間に出会うのなら妖精や天使のままでいて欲しい。
これは犬猫たちを包む環境の不幸を知り尽くす親心です。寝食を共にした者の親心です。
別れ際、マチュピュチュには「生まれ変わって行き違いになったらどうする?」と言い方を違えて言い含めたのだが、分かってくれたかな?

マチュピュチュが昇っていった空。太陽がジリジリと眩く降り注いでいた。天使と神々が住むという「天界の一部」となって消えてゆく一匹の猫の生涯。空になるマチュピュチュ。これでいいんだ。見送れてただ良かった。ギリシャ神話のイカロスのように「地上から遠く遠く、ふり向かず、高く高く飛んで行け」と声にしない物思いがありました。
そうして、骨あげの時、係の人から「本当に小さかったんですね」と告げられ、マチュピュチュの胴体の骨は傷んで見る影はもはや無く、本当にぎりぎりまで「がんばって生きた」ことを知らされたのでした。

小さな骨壺に収まったマチュピュチュを抱き、家に帰り、いつもするようにフェアウェルの「パンとワイン」を食し、大きな音で音楽をかけ、遠く去った命と近くは「睡眠不足でも今夜も地域猫活動をしっかりやるように」と心の整理をし、胸の中の凪を見つめるのでした。
マチュピュチュが連れた来たこの曲、「ミランガ・デル・エンジェル」を聴くたびに思うのだろう。言葉なく去って行った多くの猫たちのことを。





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2015
05.16

しがない猫ボラの猫として生きたマチュピュチュ👉夢の終わりに

Category: 訃報と祭壇
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保護してしばらく経った頃 検査のため隔離中


R.I.P マチュピュチュ


小さくしぼんでしまったマチュピュチュ
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亡くなる14時間前 十番巡りから東芝/シーバンズ巡りに向かう立ち寄りで




港区MTさん 品川区IMさん 横浜市IMさん お花料をありがとう!


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2015
05.15

送り日は日曜日

Category: 訃報と祭壇
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去年 5月12日


東久留米市のHYさん なぐさめのメールを ありがとう


R.I.P マチュピュチュ


【送り日は日曜日】赤ちゃんの頃から神秘的な雰囲気があったので、その名はマチュピュチュ。初めから終わりまで終生に渡り本当に神秘的な印象を放ち生き、本当の「神秘の世界」に帰ってゆく。
マチュピュチュの亡骸を荼毘に伏す「送り日」は5月17日の日曜日。頭上から太陽が垂直に降り注ぐ頃、イカロスの時刻に空高く消えて行きます。
猫の郵便の葬送は、落ち着いて心静かに「見送り」ができるように、熱射の真夏でない限りなるべく時間をゆったり見ての葬送にしています。まとわせる布の準備、添わせる花々の準備、やり残しがないよう、思い残しがないよう、間違いが起こらないよう、活動の中でもとりわけ丁寧に大切にしている。
日々の地域猫活動に支障が出ぬよう均衡を保ちながらの「野辺送り」までの時間過ごしです。
死を忌み嫌い早々と済ますのも一つの手かもしれないけれど、死もその子の命の一部だと受け入れ忌み嫌わずに数日共に時を過ごすことが「猫の郵便」のもはや決まり事です。
私たちが見送る猫たちは皆それぞれ初めに〝深い傷〟を背負っているから「死んで終わり」で素っ気なく心を離すのでは余りにも可哀そう過ぎ、生きた残照冷めやらぬ時間を共にしている。

送り日まで欠かさず朝晩に氷を新しくし冷温管理をする。そのたびに体を抱き「死」という言い知れぬ「不思議」を身近に寄せて学ぶ。生きている温もりを失くし、意思を失くした体は硬く冷たく、別の何かに変質してゆくのを刻々と知る。まさに体とは仮の住まい。
生きていれば素早く返って来る反応を、今は心を澄まして遠く近く聞き分けるしかない。
そばでぬるめのワインを飲み、そばに毛布を敷き眠りにつく。そうすることでそれぞれの猫たちの生涯を感じている。それぞれの猫たち皆、発する色・響き・音・伝わり・タッチはまるで違う。生きた証し、それを聞分け分かってあげることが共に生きた者の最後の努めだと思っている。
葬送の送り日までのクールダウンのひと時、飛び立たせるまでのゆるやかな助走路である。



しがない「猫の郵便屋」の猫がひっそりと死んだ。捨てた人に教えてあげたい。「黒猫マチュピュチュは赤ん坊の頃から死ぬまで健気でいい子だった」と、愛情をかければ生き物同士何かがちゃんと確実に伝わる、しかし邪魔にし疎外すれば放った憎悪の感情がそのまま対象化され形になって目の前に現れる。
捨てて目の前に形がなくなりスッキリサッパリしたからと言って安心してはいけない。罪は無意識の奥に確実に痕跡を残すから、楽チン暮しを望んだとて、人はとどのつまり「その魂の形なりの生き方しかできない」と、そう目の前で断言してやりたい。
捨て猫たちの命尽きたリフレックス👉 動物虐待が事もなげに空気の中に自然ビルトインし痛みもなくそれを呼吸していれば、やがて人心は乱れ社会はいつの間にか「どんずまり」に傾く。今が本当にそういう光景。この感触感覚を実感体感しているのは理不尽な不幸を囲った動物たちと正対している者だけ。
マチュピュチュの物言わぬ寝顔を見ていたら、そんな物思いが遠方からの火に照らされるような気がした。いや、それは近くで燃えるロウソクの火だった。


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2015
05.14

黒衣のマチュピュチュの臨終の床に

Category: 訃報と祭壇
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まだ赤ちゃんの頃


品川区のIMさん ご配慮とメールを ありがとう


横浜市のIMさん メールと花を ありがとう


R.I.P マチュピュチュ





【黒衣のマチュピュチュの臨終の床に】マチュピュチュは赤ちゃんの頃に一度「里親会」に出て、貰い手がつきそうになったことがあった。けれど、条件をつけたら「うるさい」とドンぴしゃり断られてしまった。
でも、これで良かった。
マチュピュチュは気むずかしく繊細を絵に描いたような成長経路をたどったので、「ちょっと猫を飼ってみたい」という程度の人にはたぶん無理だったろう。
その後マチュピュチュは、猫の友だちがいっぱい居る中で暮らし、友だちの絨毛絨毯にうずもれて眠った。友だちといつも輪になって朝夕の食事をした。

マチュピュチュの臨終を見守る日常の暮しの中で、どこからともなく、湧き上がるように、すっかり忘却の彼方に忘れ去っていた映画を思い出していた。「イル・ポスティーノ」、マチュピュチュの背を撫でながら、記憶の中からもう薄ぼんやりしてしまったストーリーをたどっていた。
そう言えばマチュピュチュを拾った頃、周りから「『ポスト』と悪口が聞こえていたっけね」って。
YouTubeで「イル・ポスティーノ」のタイトル曲を聴きながら、「マチュピュチュは〝しがない猫の郵便屋〟の猫で終わったけれど、これで良かったんだ」と何故か思えた。マチュピュチュなりの平凡を叶えてあげられたと思う。

マチュピュチュは、猫の郵便屋の猫として生き、猫の郵便屋の猫として逝った。


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2015
05.13

捨て猫からのマチュピュチュの生涯

Category: 訃報と祭壇
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20年9月21日 043
こんな危ない所に捨てられたら 助け出すしかなかった


港区のMTさん マチュピュチュのためにお花料を ありがとう


練馬区のSHさん 励ましのメールを ありがとう


R.I.P マチュピュチュ


【捨て猫からの救出👉 マチュピュチュの生涯】港区のMTさん、マチュピュチュの訃報の一報をブログに載せてから時間を置かずに、お花料の気づかいをして頂いてありがとうございます。キリスト教の僕のバックボーンに配慮して下さって「お花料」という言葉を選んでくれたのが分かりました。
普段の活動にも、やけどの子の支援依頼にも、そして今回はマチュピュチュの「野辺の送り」にまで至れり尽くせり手厚い気配りをして下さいまして感謝に堪えません。

練馬区のSHさん、猫を亡くし葬送をするのに僕は人が思うほどの悲嘆には暮れていませんので心配しなくて大丈夫です。今まで50匹前後の犬猫の「死に際」に立ち会っていますから、それなりの境地は切り拓いています。
運命の時がやって来て、天に召されて行く、いつからか悲嘆に暮れ泣き叫ぶ悲しみ方はどこか馴染めず「ちがう」と思い始めました。
笑顔で共に生きることに心がけしていれば、そしたら最後も笑顔を浮かべ手をふり見送る、いつしか身に付いた我流の習わしです。
生と死は裏と表、表の容量が尽きれば、裏にめくれる、死があるから生が輝かしくある、輝かしく過ぎた〝生涯〟に微笑んでやりたいのです。

一緒に暮らし始めてからのマチュピュチュはずーっと幸せでした。

長生きする人、短く生涯を閉じる人、長生きする猫、短命で尽きる猫、それぞれの命が天から限定つきの容量をさずかり産み落とされ、マチュピュチュは不治の病にかかりそのエネルギーを病気に全て使い果たし逝ったのです。
7才の命は短すぎたかもしれないけれど、天命に逆らうことはできませんでした。僕は永遠の命を欲しがるほど強欲な人間ではないので、天命を受け入れ去ってゆく猫たちと向かい合って、限りある命が織りなす森羅万象の美しさに唯おごそかに静かにしていたいのです。

けれども、いつも完璧な静寂になり切れないシミみたいなものが胸につかえ浮かび上がり漂うのです。それは「猫の郵便」が天に見送る全ての猫たちが、かつて誰かに捨てられた傷を宿しているからです。
もし捨てられることがなければ・・・
あんなひどい目に遭わなければ、余計な病因や病歴を背負わされることがなかったかもしれない。
一匹の猫の生涯が終わりを告げる時、記憶の小径が必ず出会った頃の「時と所」へいざない、フラッシュバックさせ、その悲劇の場面に巻き戻されるのです。

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子猫のマチュピュチュが捨てられたのは冒頭の写真の現場です。東京/港区湾岸に立つシーバンズ・ビルを囲む水辺。大きな幹線道路と鉄道の帯と運河に包囲されたほぼ陸の孤島です。
猫の手足で自力で侵入できる立地条件ではなく、マチュピュチュが捨てられたのは明白でした。捨て猫でした。
前後左右まだおぼつかない勝手知らない赤ん坊のマチュピュチュが自分で誤って水に落ちるのを願ったのでしょうか。本当に悪質でした。そして、そこは全部血のつながりがある猫家族(12匹以上)の生息地で、よそ者の子猫が受け入れられるすき間は全くありませんでした。
「救い出すしかこの黒猫赤ん坊の生きる道はない」と初夏7月の朝日の中で繰り広げた必死の攻防戦でした。
誤って水に落とさないよう。猫大家族に邪魔されないよう。ひっそりひっそり息をひそめ脂汗をかきながら、フードで釣り出し、かすかに触れた小さな前脚をがっちりつかみ、イル・ポスティーノ「猫の郵便」の猫になったのです。
運よく背負っていた小さなバック・パックにつめ込んで、逃げられないようにバック・パックを後ろ前にして連れ帰ったっけ。7年も前のことなのに記憶が鮮明なのは、捨て猫への強い怒りがなせる技。
何でもないことならすぐに忘れ、忘却のもくずと消え失せる。

猫たちが天に召されるたびに蘇えるのは捨て猫現場の悲しいフラッシュバック、出会った猫の数の分だけ悲しい思い出がある。そして、「安らかに」と手を合わせる時、祈りはいつも「どうか犬猫を捨てないでくれ」という別の祈りに転じてゆくのです。                      R.I.P マチュピュチュ



港区のMTさんへ

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2015
05.12

イル・ポスティーノの可愛い黒猫が病気で死んだ

Category: 訃報
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静かな春の夕暮れ 5時 マチュピュチュが 最期に大きく口をあけて鳴いた

紙飛行機が地上に平行に 平行に 音もなくランディングする 静かな 静かな そしてひそやかな終わりだった

いつ終わったのか分からないくらい ひっそりと ひっそりと 命の灯が消えて行った

膝の上で

間に合って良かった

イル・ポスティーノ イルは英語で〝the〟 ポスティーノは〝postman〟 日本語では郵便屋さん

マチュピュチュの最期へ至る日々を見守りながら ずうーっと脳裏に浮かんでいた

いつか観たイタリア映画 「イル・ポスティーノ」

本当にいい映画だった

そしてマチュピュチュの物語も 純ないい物語だった

猫の郵便を固くずーっと応援して頂いている11人の方々に伝えます

足りないことがいっぱいあったかもしれないけれど

6年10か月 マチュピュチュは 幸せに過ごしていたと

夕暮れ 5時20分~30分 事の終わりを迎えました

膝の上で





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2015
05.11

マチュピュチュと春の嵐

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マチュピュチュ 昏睡状態 そして台風接近


【マチュピュチュと春の嵐】去年の暮れから何もかも失うことばかりで、年初めにPC内情報を全喪失してしまい、マチュピュチュの写真探しは鉄腕ウンガさんのデジカメにかすかな期待をしているのだが。
マチュピュチュの見守りや毎日の地域猫活動や雑多な事情に追われ、シャボットやプラットホームのアーカイブに探してみても、片手間短時間では上手く見つからなかった。

脱兎の如く逃げ去る日々に手の施しようがなく、とりとめがなく。

挙句に遠く急激な台風の渦巻き。春の嵐の内と外。そう言えば去年の秋、蘭の花からバラタマタン、バラタマタンから琴ピッちゃんと続いた見送りの景色も、窓辺に2つの台風を浮かべる日々だった。
今、膝の上で天を仰ぎ息するマチュピュチュの生命線の彼方にも、まだ春だというのに遠く渦を成す台風がある。静々とする嵐の前の静けさ。


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2015
05.10

マチュピュチュ6年10か月 昏睡状態

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マチュピュチュ 昏睡状態


【マチュピュチュは昏睡状態】すっかり小さくなったマチュピュチュはPCの前でこれを書きながらバスタオルにくるんで膝の上にいる。時々の咳と目を見張らなければ分からない呼吸動です。

本当は予定していた記事が数日前からあり、月末のありがとう記事も材料が手元にありながら手につかず、しかしこの通りに集中しなければならないことが突然起き、失礼と無礼をしています。申し訳ない。


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2015
05.09

がんばれなんて とても言えない

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痩せ始めた頃

マチュピュチュ

消炎と吐き気止め注射 点滴 毛繕い

吐血or喀血 動かない 「がんばれ」なんてとても言えない


【重体マチュピュチュの様子は・・・】マチュピュチュはもはや意識不明の只中。無意識がそうさせ薄目を開けているけれど、きっと何も目には入っていないのだろう。時々、軽く痙れんするようにピクピクと耳が動く程度。
自力ではもう寝返りひとつ打てない。

膝の上のバスタオルに乗せ、頭や背中を指の腹でさすってみても、薄目に天を仰ぐばかりで、生体反応はほとんど返って来ない。そっと目ヤニを取ってやった。
名前を呼ぶと息するお腹が大きく上下し呼吸が荒くなるから、声かけして良いものやら悪いものやら、されど忘れられ無視されているとは思わせたくなくて、半歩前進半歩後退の惑いの見守りです。

もう強制的に食させたり、水分補給をさせたりする段階はとうに過ぎたようです。

ほんの1日半前は廊下やキッチンを普通に歩いていたのだが、あっという間の崩壊でした。闘病期間のそれまでに、空腹の時間を作らず〝まめ〟に要求に応じ満足させていたのが、せめてもの慰めです。
マチュピュチュのこともポポフのことも余計に天塩にかけ気づかっていた分、無意識裡に心の準備をさせてくれていたようで、森閑とした胸の内の木霊(こだま)さえ聞こえて来る看病です。
そして、一匹の小さな猫の命を通じ、こうして静かな「死生の哲学」をさせてもらっている。

けれど、息抜きにお茶を入れようとキッチンにポツンと立つと、足元や視界の中にはいつも決まってマチュピュチュの姿があったので、ふと黒い塊のマチュピュチュの〝幻視“の姿が見えたりなんかして・・・


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2015
05.08

黒猫マチュピュチュは最終局面

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まだ元気がある頃 猫家族の中で


品川区のIMさん マチュピュチュへ 心配と配慮をありがとう


赤ん坊で 捨てられてから 6年10か月


病変から約1年の闘病のあれこれ


【黒猫マチュピュチュは最終局面なのか】難病で苦しんで来たマチュピュチュの現在の体温は33度。低体温状態に入り抜け出せない。姿はトンボのように痩せこけ、やつれ切っている。
難病の原因が突き止められなかったため、適合する薬や治療法は、結局は見つからなかった。
それでも、丸一年の間、体力を維持するためにあれやこれや食事療法を根気強くして来たが、ひんぱんに要求していた食欲がピタッと止まり、その後に度重なる嘔吐の末に完全に伏せている容態です。
眼力が突如失せ、今はもう生きる気力がどこからもまるで伝わって来ない。

出来た治療は消炎と吐き気止め注射の一時しのぎの対処処方だけでした。

シーバンズ・ビルの水辺で救い上げてから6年10か月の月日。わがまま放題、したいようにやりたいように暮らさせて来たエピソードの色々がラウンドする回転木馬のように目に浮かぶ。しかし、自然の法則には抗(あらが)うことも逆らうこともできない。あたふたや悲観を表わさず、マチュピュチュには「そばに居ること」だけを伝えている。

一年前の診察で「この数値でよく生きている」と獣医師氏が驚いていたが、自宅食事療法で血尿や血便が改善されたのは確か。心地よく過ごせた日々も僅かばかりはあっただろう。
いつも手が届く所に寝起きするのを習慣にしていたマチュピュチュ。その習わしが食欲を失くすのと同時に事切れた。
今はマチュピュチュが徘徊しないように中ケージの中で寝かせ休ませている。
んー、そうだったね。このケージはマチュピュチュが赤ちゃん時代を過ごすために買ったケージだった。
それをふと思い起こし、妙な巡り会わせにただ苦虫を噛みつぶしている。揺りかごをそっと揺らす柔らかなそよ風のように「時」が穏やかにひっそりゆったりと流れてくれることを。


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2015
05.07

ポポフ死の日 捨てアカで届いたメール 名は「あやせはるか」

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黒猫マチュピュチュが危ない


【ポポフが死んだ日👉 届けられた捨てアカ・メールの差出人のその名は】プラットホームの4月20日付には同日に2つの記事を上げている。一つは我が家の猫ポポフの訃報を知らせる言葉なしの記事。もう一つは「ポポフの死を悼み灯したキャンドル」をあざ笑い、吹き消すかのように届けられた不快メールの記事。
14年間共に暮らしたポポフが死んだその日は、ただ静かな思いで時を過ごそう、そういう気持ちだけで居た。
しかし、YouTubeからUPした神聖な弔いの「教会の鐘の音」は打ち破られ、いつしか怒りの暮鐘にその色を変えていた。
メール内容もさることながら、捨てアカウントとすぐに分かるメール・アドレスのふざけっぷりに、人間の悲しさと愚かさを透かし見ていた。「haruka ayase・・・」、本名ですか。
今をときめく女優の「綾瀬はるか」と同姓同名ですか。
同姓同名ならば、誤解されないよう断り書きを入れるべきでしたね。

捨てアカ差出人の背後にいるのは、プラットホーム5月5日付けの記事中の人物だと即座に判断が下せる内容。
そして、メールの最後にしるされた名前は「東京都H.A.」。「あやせ はるか」さんですか? 
不謹慎にも程がある。
人の顔に泥をぬるような、上から熱湯を浴びせるような、こういうふざけたやり方でふざけたことをしなければ、5月5日の記事「その男の嘘と恥」を書くことはなかったでしょう。
それでも、ポポフを見送るまでは心静かに無心でいようと、怒りを胸に抑えなだめてポポフの見送りの準備や追悼記事を書くことや内外の猫の世話に追われていた。でも、もういいでしょう。

即座に鉄腕ウンガさんが返信メールを出してくれたが、日を誤ったエクスキューズすら返って来はしなかった。
メール内容は・・・ そのメール内容は・・・
破廉恥を通り越す。 
そういう時、そういうことをする人は後で必ず口にする。「そういうつもりではなかった/悪意はなかった」とね。
メール内容に関してはいずれ明らかにしなければならない時が来る。だんだん。


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2015
05.06

エレンの運命を受け入れて

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オープン・セサミ

【エレンの運命を受け入れて】新しい人間が目の前に現れる時、誰もがどこかで自問するだろう。この人は信用できるのか。信用していいのか。善人の物腰は本当の姿なのか取り繕いの仮面なのか。
おっつけ本性正体あからさまになりはするが、偽りのマスクが長続きするのはむずかしく、心のドア越しに「本人なしの後味悪い請求書」だけが届けられる。

こうしてやり繰りして来た信用負債の「請求書」の山々。エレンはその中の一匹。まだおっかなびっくりした目をしているが、心配は無用、もうエレンの頭上の空が変わることはない。一人のガリバーの下、同じ屋根の下で生きて行く。心変わりして乞われても、自分の都合次第で豹変する「ジキルかハイドか」定かではない手にゆだねることはまず永遠にあり得ない。

赤ちゃん時代からの不遇で形づくられたもつれた糸を、少しずつ時間をかけて解きほぐし、ポポフがそうであったように、同い年のイリニフがそうであるように、ごく普通の猫として至極当り前な家猫暮しをまっとうさせ味あわせててやることが、今はただひたすらの目標である。
エレンは白血病ポジティブの診断を受けてはいるが、幸い病気を持った猫にありがちな目の吊り上がりもなく、外猫出身にありがちな猫風邪症状や慢性鼻炎もなく、毛並のバサバサした乾きもなく、安定した暮らしの中で免疫力を保ってゆけば「白血病発症が遠ざかっていてくれる」と、今はそんな思いで見守っている。

エレンはどちらかと言えば陰性のキャラクター。こもってしまう性格なので外のきびしい環境でサバイバルするのはむずかしかったかもしれない。これで良かった。来るべき所に来たのです。



新しい人間が目の前に現れた時、どの猫もどこかで自問するだろう。この人は信用できるのか。信用していいのか。善人の物腰は本当の姿なのか取り繕いの仮面なのか。近頃、エレンは顔を近づけ凝視してもだんだん逃げなくなって来ている。


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2015
05.05

その男の嘘と恥

Category: ㋳な奴
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ジプティ 死ぬ3日前

【その男の嘘と恥】さあ何を書こうとしているのか。さあどこまで掘り下げようか。あんまりひどい話だからどこからどう切り出せば良いのか分からない。
その男から初めて声をかけられたのは今から3年前の2012年8月半ば。夏真っ盛りの昼下がり。ちょうど写真の猫ジプティが暮らしている現場に到着した時だった。茶トラのジプティのそばに何か物言いたそうな男が立っていた。
地域猫たちが住むどの現場でも猫をかまう人はしょっちゅう居て慣れているから「またか」と無視していつもの手順で作業に取り掛かろうとした。それにその男とは初対面ではなく、何度か不良餌やりをするのを注意したことがあった。聞き分けのない〝無理解者〟はシカトするしか打つ手がない。

しかし、その日のその男の用件は違っていた。唐突に「この子を病院に連れて行ってくれませんか。お金は出しますから」と切り出されたのです。ジプティの様子が急激に変化し始めたのは半分は分かっていました。
半分と言うのは、その辺りには地域猫たちを遊び相手にする不良餌やりが不特定多数存在していて、見かければ事あるごとに「適正管理ができなくなるから止めていただけませんか」と乞うても、ある者は「お前の猫か」と毒づき、ある者は聞く耳を持たず、お手上げ状態で、現場で「誰かにもらったから食べないのか、調子が悪くて食欲を落としているのか」判断に困る真っ只中にあったからです。
それでその男が差し出すフードも食べないと言うことなので、「分かりました」と早速、キャリーを用意しジプティの保護に向かったのです。

ジプティは探しても探しても見つからず、ようやく見つけた時は、背丈が1mくらいある夏草の生い茂る中で体を無造作に投げ出しぐったり。慌てて抱き上げ向かった先は、当時一番信頼していた川崎市の獣医師の元だった。
下された診断は、胸に膿がたまる膿胸、肝臓も傷め、他の内臓にも何かの毒物による急性中毒症状も現れていた。
そして、ジプティは2012年8月22日に入院し、3日と持たず死んでしまった。
その当時の気持ちを思い起こすと、かまうだけかまい〝餌やり遊び〟をしていた不良餌やりを恨んだものです。
恨まれても、諍いになっても、「責任のない餌やりは止めて下さい不特定多数の人に慣れさせると虐待のターゲットになりやすくなるからかまうのを止めて下さい」とあんなに注意したのも空しく、結果としてジプティは膿胸と中毒症状で内臓を破壊され一気に持って行かれてしまった。享年5才でした。
川崎の獣医師氏は「不凍液あたりを盛られたかもしれませんね」と呟いていた。

けれど、通報してくれたその男については、その後〝信頼〟を深めて行きました。本当に柔和な物腰で、8年間の地域猫活動の路上で出会ったベストな人だと信じていました。スーパー・ベストに成りつつありました。
現場で出会えば立ち話をしたり、世間話をしたり、メールの交換をしたり、現場で猫を飽きもせずかまっていたりする問題行動は気にはなっていたけれど、いきなり何もかもを「分かれ」と言うのは酷だから「だんだんに分かって行けばいい」と些細なことには目をつむって過ぎた2年半。
でも、彼は私たちの知らない別の顔を持っていた。
このストーリーは複雑に入り組み、単純化するのはむずかしく、まだまだ反芻してみなければならないことが多く、しかし結論を先に述べればエレンを置き去りに見捨てたのは「この人」に間違いありません。優しい性格の裏側に自己保存の冷たいサイドを潜ましていた男、これが太陽の下の真実でした。
どんな言い訳をしようと、全ては結果、太陽の下の事実があるだけです。

鉄腕ウンガさんに「目的は同じなのに残念です」とメールが来たらしいが、少なくても「猫の郵便」私たちのモチベーションは猫を撫でたりかまったりするのが目的ではなく、猫に癒されたり癒しを求めてしているのではありません。
誰が捨てられた猫たちを楽しめようか。立場の違いを確かめてみるべきですね。不良餌やりの素性は「元さや」に戻って行った。何が起きたのか、全体像の10%も書いていません。だんだん。


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2015
05.04

猫を車で引きずり殺す地獄絵を許す警察や法律や社会って

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川崎市中一上村君の殺害現場に献花された無数の花束 事件が起きてからの同情では・・・


動物が残酷に殺される地獄絵を真顔で正視できますか


【猫を車で引きずり殺す地獄絵を許す警察や法律や社会って】川崎市の多摩川河川敷で13歳の中学一年生が17歳と18歳の少年たちに嗜虐の果てに殺害されたのは今年冬の2月20日。あれから2か月半経とうとしているが、世の関心は別に移り、すでに忘却の彼方。加害少年たちは少年法に守られ、テキトーに少年院で時間の帳尻合わせをして、やがて何食わぬ顔でシャバに出て来る段取りになるのだろう。
少年法の問題も、教育現場の問題も、少年非行の問題も、子供たちの貧困の問題も、格差社会の問題も、何もかも先送りされ積み残しのままに、荒み切った暗い風景だけが醸成されふくらみ続けてゆく気がする。
そして、また事件が起これば、関係者が横並びに整列して、30度に腰を折って謝罪のポーズを見せる。こんなことが綿々と繰り返されている。死んでからトンの花束が献花されても何にもならない。

法律も政治も大人社会はもはや当事者能力を放棄した格好だ。貧しい子供が凄惨な死に方をしても「どうでもいい」というのがこの国の為政者の姿勢なのだろうか。

少年犯罪や幼児虐待死事件と包まれている状況が似ているのが動物たちを包囲している環境である。長野県小谷村で猫を川に沈め殺害実況をした男は世論を軽視する形で〝書類送検〟という軽い扱いで済まされた。つい最近、茨城県稲敷市の83歳鬼畜が起こした「猫を車にくくりつけ引きずり回し窒息死させた」残酷極まりない事件も〝お手盛り書類送検〟で右から左へ速攻で処理された。本当にやってられない。
悪人がのうのうとのさばる社会、ついつい「必殺仕置人はいないのか」と言いたくなってしまう。
猫の首をビニール紐で結わえ、車で4㌔も引きずり回している絵を想像してごらんよ! 正気の沙汰じゃない。

常軌を逸したこんなことが何ら刑罰も受けず透過され、何事もなかったかのように日常風景の一部に押し戻され、地ならしされたらたまったものではない。
それとも社会規範がもう正気と狂気のボーダーの見境を失くしてしまったということなのか。
それとも粗暴や狂気が暮らしの日常に自然にビルトインされ慣れっこにされてしまっているのか。
また少年犯罪か」「またまた動物が殺されたのか」とシラーっとした慣れの空気に中和される頼みしているのか。
しかし、魂ある命が凶暴な暴力によって強引に失われることに「慣れの免疫」がついてはかなりヤバい。
動物を殺める狂気がやがて人へと向かうように〝堕落〟と〝腐敗〟の栄養源となり拍車がかかるからだ。腐ったミカンを一つおざなり⇋なおざりに放置すれば、腐りは隣へそのまた隣へと腐臭の道すじを広げてゆく。

狂気を狂気として正当に見定めないことには・・・

だが、見渡すヴィジョンはかなり暗い。倫理よりは金と処世。命よりは金と処世。「NO」と意を決して言う勇気よりは金と処世。ヤバいことは、見なかったこと、聞かなかったこと、知らなかったことにされ、スルーされる。
外猫と捨て猫問題に向かい合った8年間、嫌というほど体験させられたことだ。
地域猫ジプティを死に至らせる毒を飲ませたのは誰 地域猫蘭の花の眉間を殴打し喉を切り裂いたのは誰 地域猫ピノコの体全身に水溶性の糊を浴びせたのは誰 十番某所に毒を撒いたのは誰 1才に満たない地域猫にほぼ全身やけどを負わせ捨てたのは誰 そして活動当初に東芝ビルのある一角から短期間に次から次へ元気闊達な猫たちが消された(8~10匹)のは一体何事
警察の生活安全課に相談に行っても「現行犯じゃないとね特定できる証拠がないとね」と素っ気ない門前払いを喰らわせられた。法律の不備不足を言ってしまえばそれまでだが、こと動物問題となると門外漢の「やる気のなさ」だけが伝わって来た。動物虐待の悲劇を許しがたい狂気とは見なしてくれない「WHY」。

んーんーん、いかがですか。猫がケージに入れられ川に沈められるのを真顔で目を見開き正視していられますか。猫が紐でくくられ車で引きずり回される一部始終を正気を保って見てられますか。法以前に正気と狂気を選り分けられないようでは人間失格、モラルの破たん、社会の壊れにつながると思うのだが。
長野県小谷村の猫殺し実況中継も茨城県稲敷市の猫リンチ死事件もはっきり言って超異常、これを適正なまな板の上に乗せられないのなら、警察も法律も司法も政治家もいらない。


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2015
05.03

猫を車で4キロ引きずる虐殺(茨城県)に見る👉 さもしき人生

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【猫を車で4㌔引きずる虐殺茨城県に見る終末感】さもしい政治風景と正比例し、さもしいトンデモ事件が連発している。一番馬鹿なことをやった奴が話題の玉座にすわるという、虚と虚が「唾ぜり合い」をする狂想社会。「まっとう」はもはや死語。「まじめ」も死語。きまじめであり、まともまっとうであった方が奇異な目で見られ割を食う摩訶不思議な価値観社会。
ニュースのヘッドラインを眺めると、生き馬の目を射抜くデタラメのオンパレードがぎっちり詰め込まれていて、気が滅入ってしまうこの頃である。

今年になって目にした事件断片を大雑把にザッと思い浮かべるだけでも、川崎市中1男子生徒殺害事件足立区ペット用ケージで幼児監禁致死事件千葉市18歳監禁生き埋め事件千葉県薬園台高校教師の子猫生き埋め事件売れ残った犬の多殺遺棄事件、そして5月1日に報じられた茨城県稲敷市の83歳による「猫の首をビニール紐で結わえ、車で4㌔引きずり、窒息死させた」事件と、五感の天地が逆さまになるような仰天犯罪が立て続けに起こされている。
しかも調べてみて共通しているのは、どれもこれも軽い人間が粗暴凶悪な犯罪を「かる~い衝動でやっちゃっている」のに砂をかむ荒涼を眺める思いを禁じ得ない。

更に言うならば、これらの事件の犯人や容疑者が世間の目や法律の網の目から簡単「かる~く」透過され、さもなく事件に至っている点である。学校に行かずゲーム三昧でフラフラしていても親にも誰にも咎められない。警察や児相や学校に一度ひっかかっても大人の事情で右から左へ受け流し。千葉県の子猫生き埋め高校教師は「子供の頃に自分のジジババがそうしていた」と習わしの衣を借り罪の意識はかなり軽い。複数の人間で犯罪に至っているケースは相乗り馬乗りになって悪が倍化増幅され、「ヤバいから止めようよ」とストッパーは機能不全のバカ同盟。
どこにもストッパーがなく、どこからもブレーキがかからなければ、嗜虐は楽しいことに転じるのです。
挙句に、少年犯罪者は少年法で手厚く守られ、動物虐待は「法の甘さ」で書類送検程度で一件落着軽く片付けられ、警察や教育者や行政官が失態を演じても横並びに整列し30度会釈で事無きに決済される「お手盛りメカニズム」の自分守りである。
さもしい性格を身に着けた方が、むしろ生きやすい世の中とさえ言えるくらいだ。

猫をビニール紐でしばり、車で4㌔引きずり殺害した83歳は言う。「猫に盆栽を傷つけられたから、捨てに行こうとしたら引っかかれ、頭に来た」と。頭に来て感情的になったのが、即刻どうして生き物を車にくくりつけて4㌔引きずる残虐行為に直結する?!?!
だが、これが恐らくこの83歳の丸ごとの本性なのだろう。冷静に物事を判断できない。倫理の頭が小さく、何よりも「自分大好き」な感情が先走るからこういうことを引き起こした・・・83年の積み重ね、実にさまつな人生である。
カーッとなって殴ったら打ちどころが悪くて死んじゃったのではなく、残虐行為へプロセスを踏んでいるのがかなりの痛さだ。
止めようと思えばいつでも止められた。
猫をしばるためにビニール紐を探している時。猫を暴力的に抑え込み紐でしばっている時。紐の端を車のトランクに挟む時。歩く数歩。車に乗り込みエンジンを掛ける時。発車する時。引きずっている時。そして、殺しを確認し草むらに猫の亡骸を投げ捨てる時。猫の断末魔の悲鳴は聞こえなかったのか。
結局、この83歳は、踏みとどまる「倫理の脳みそ」の持ち合わせが全くなかった。謝ったのは、警察に捕まった単なる「照れ」程度のことなのだろう。
だから、犯罪行為は厳正に裁かれなければならないのだが、悲しいかなこの国の法律は動物に対する犯罪を取り締まる「倫理の知」がからっきし無いというマトリョーシカ(入れ子構造)。

83歳の処遇は直ぐに「書類送検」決定だったという。

せめて凶器となった車の免許停止処分にくらいしろよ。〝器物〟を車で引きずっただけとする「法概念」が惨たらしく悲し過ぎる。生き物を車にくくりつけて公道を走っている光景、想像するに余りも恐ろしい。気ちがいというのだ。


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2015
05.02

恐るべき猫好き人間の暴走

Category: ㋳な奴
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ポポフくんは天国にいるから 天国に行けるようにがんばろう

【恐るべき猫好き人間の暴走】世の中はゴールデンウイーク。国民祝日の日々。別名は「国民思考停止の日々」と言った方がいいのかな。本当は予告通り「天使と悪魔の間で👉 地獄篇」に突き進みたいところだが、世の中の空気がそういう気分では無さそうなので、一呼吸置いている。
しかしです。ゴールデンウイークの静けさバキュームに吸い取られて「ポカーン」と巡り来ることだが、みんな善良そうな市民の顔をして「よくやるよな」とつくづく思う。「天使と悪魔の間で」の記事に書いたことは全部本当のこと。事細かに書いたら1か月のブログ・スペース分になるから簡略化したけど、あの頃出会った猫おばさんたちから口癖のようによく聞かされた「動物愛護精神は大事よ」という言葉に今更ながらにゾーッとさせられる偽善の後ろ姿を感じている。

挙句に女Bからは「ずーっと面倒見ているんですけどね、可哀そうな子たちなのよ」と猫を2匹(ジョシュアくんとモモちゃん)をもらい受け、後で分かったことだが、その女Bは家に猫が増えるたびに丈夫そうな猫を外に出し、それで「活動」と称してあっちこっちに猫をばら撒き〝ごはん〟を運んでいた。
ジョシュアくんとモモちゃんはその内の2匹だった。
そして、時が経ち、時が来て、ジョシュアくんとモモちゃんがそれぞれ天に召された時、もはや没交渉にはなっていたが、あえてその死を電話で報告したものの「ご愁傷さま」と即座に電話をガチャっと切られたっけ。
自分が命を与えたのにも関わらず、近くに住んでいるのにも関わらず、手向けの花一輪くれるではなかった。街ですれ違っても挨拶の会釈すらしない。

また、同じ麻布十番で知り合った女Dからは奇形児でダブルキャリアの当時1才の2匹の猫(スティーブンとボー)をほだされて引き取ったのだが、その後にボーくんが3才/スティーブンが5才で持病が悪化し亡くなっても、やはり見送りの花一輪届くことはなかった。
ボーくんとスティーブンは、ここに来た始めの頃は、筋力がまるでなくて踏ん張りが利かず床にペターっと突っ伏す毎日。少しずつ体力をつけパカパカ歩き走れるようになり普通の猫として生きられるようになったのがミラクルなわずかな救い。
猫好きとは、自分のところから猫たちをほっぽったら「そういうものなにかな」と、苦々しい気持ちにさせられたのを今なお口惜しく忘れられない。
もっと昔には、ソーニャとウルトラが見捨てられ顧みられることなく、モモちゃんやスティーブンたちと同じ境遇だった。

みんな自分が愛情をかけた猫たちがどう生きてどう死んで行ったのか気にならないのかな。もらわれて行った猫、現場放棄した猫たちの〝その後〟が気にはならないのかな。胸につかえないのかな。後ろめたくならないのかな。後ろめたさよりも突っ張りや自己保存の方を先立たせちゃうのかな。もう人間なんて何もかもがてんで分からない。
自分だったらどうなんだろう。
たとえば「にゃんだーガード」の本多さんに事情があって猫をもらってもらったとして、そしてその後にケンカして疎遠になったとしても、何らかのフードをきっと送り続けると思うけどなー。そして、やがてその子が本多さんの所で見守られて死んでしまったら、せめて花束一つくらいは差し出せる人間としての最低限の品格だけは失わずに持っていたいと自分に願かけるけどなー。

自分は後ろめたい黒いシミを胸に宿して開き直れるほど〝強靭〟な心臓と神経の持ち主ではないので仕方がない。このまま行くしかないのだろう。六本木のスーちゃん、麻布十番のハッチくん、三田のゲーテ、芝のドンくん、シーバンズのケイトリン、東芝のラジオくん、もし彼らの面影を見捨てるようなことがあったなら、その後の自分の生涯は「人間の屑」か「廃人」としての人生しか待っていないだろう。
言葉を喋れない弱い者を決してもてあそばない、天から与えられた大事な宿題だと思っている。宿題をきちんとやり終えて、地上をふり返ることなくいつか天国の階段を昇っていけたなら、それが自分の猫活動にかかわる美意識である。自分は足りなさいっぱいの人間だけれど、言い訳の人生は送りたくはない。


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