FC2ブログ
2015
06.30

「偽あやせはるかメール」犯行グループ裏表紙👉 覚書き

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   27℃~20℃ 

CGuKMsJUgAAyRj0b.jpg


【偽あやせはるかメール犯行グループ裏表紙👉 覚書き】活動は平穏な風を動力として平らな水を滑るように物事を進めて行きたいのだが、どうにも〝闘い〟らしきものが前から横から背後から現れて👉また現れて、造作もない一突きで平穏無事は事もなげにかかき乱され、破られる。
ある時は役所のかたぶつ人間と、ある時は道端で出くわす猫かまいの不良エサやりと、ある時は不意打ちのモンスタークレーマーと、ある時はメールのひとひらにそっと忍び込んでやって来る。
あやせ はるか」とアイデンティティを名乗りメールが届けられたのは、確か4月のとある日 ⇋ 赤ん坊の時から14年3か月共に暮らした「ポポフ」が朝に病死したその日の昼下がりの出来事だった。
一番されたくない日に、最もされたくないことをされた。
それだけでも「よくやるな」と奥歯を噛みしめたのだが、テレビを全く見ず世事にうとい私に友だちが「それ、確実に怪しいメールだよ」と教えてくれた。「だって、『あやせ はるか』ってさ、人気女優の『綾瀬はるか』のたぶん偽装だよね。もし本名なら誤解を招かないように『同姓同名です』なりの挨拶を入れるはず。きっと、その一通のメールを出すためにだけ作られた『捨てアカウント』だよ」。

これをやった「差出人が誰か」の方向方角はメール内容から直ぐに分かった。所番地と名前を偽るのは一種の犯罪行為だから、ここでは「犯行グループ」とするけれど、その犯行グループは「東芝不良エサやりグループ」の一族郎党。ボスは・・・。ボスって言うほど威厳がある訳ではなく、見るからに情けない容姿のフツーのなりの東芝本社正社員、ミスター・AT
ボスが子分にこんな犯罪まがいのことをやらしているようなグループだもん、連中の過去・現在・未来の中身は押して知るべし。少なくても一般常識として「猫が亡くなった日と重なって申し訳ありませんでした」くらいの後日のエクスキューズくらいは嘘でもいいから言って欲しかったね。相当の怨みがこもり過ぎ、こわばってしまったのだろうか。

東芝社員ミスター・ATは、過去に不良エサやりしながらエリア内の猫たちをかまっているのを何度か注意したことがあったのだが、地域猫のジプティの病変を知らせてくれた一件で過去の経緯は水に流し、ATが横浜の神奈川区でモンスタークレーマーに何度も何度も因縁を吹っかけられるのに対策をしたり、TNRの指南で人猫共生会議の協力助っ人を無理中の無理をお願いして頼み込んだり、「TNRのお金がない」と言われれば必要な金額を工面したり、ありとあらゆるバックアップをしていた。
鉄腕ウンガさんは、ATが神奈川区の区役所や保健所や警察へ仕事を休んで同行までしているし、いつ何時クレーマーが現場に現れても対応可能なように携帯のバッテリー・チェックに神経をとがらせていた。
それくらい信じていたし、がんばって欲しいと思っていた。
ところが、年が明けてATの嘘がばれてしまった。それは突然に上手の手から水が漏れる〝ほころび〟だった。
大火傷の小猫の第一発見者でもあるATと「火傷の治療を巡るやりとり」をメールでしている内に、ATが「東芝不良エサやりグループ」とこっちと二股をかけて二枚舌ライフを送っていたのがあからさまになってしまった。それでとうとう正体がバレちゃったATは逆噴射 ⇋ 逆切れ。もう電話には出ない。メールも音沙汰なし。横浜市神奈川区で保護し「自分では飼えないから」とこっちに譲渡した1才の猫(エレン)の心配をするでもなし。日頃のジョギングで鍛えた猛ダッシュの遁走劇になった。
急場で見せた正体は「そういう人」だった。そういう人が東芝不良エサやりグループの大ボス。

そして、「偽あやせはるか」メールの中身が何かと言うと、火傷の小猫の補助治療費として品川の犬猫病院に支払ったお金に手を突っ込んで来たんですね。
他人が支払ったお金に手を突っ込んで「ここは自分たちがやるから結構です」と、こっちは先生と取り決めた入院費では火傷重傷の度合いが重すぎて「ドレッシングや他の医療品や薬で先生に赤字の負担をかけてはいけない」と判断し手当したもので、つまり全国の人から頂いた〝真心〟に手を入れ突っ返して来たという事の顛末。
それも偽りの住所を語ってでした。
他人のお金をいじるのは犯罪行為ですよ」とATと偽あやせはるかアカウントにメールは入れたのだが音沙汰なし、梨のつぶて。
お金は先生の所に直ぐに戻したけれど、火傷の小猫の入院先を選んだのもこっち、入院費を安く抑えるように入念な説明交渉したのもこっち、それを奴らは虐待負傷した猫の悲劇を囲んでお祭り騒ぎに興じていた。

ATが鉄腕ウンガさんに寄こした最後っ屁のメールには「こうなったのは、兎に角あなたが悪い」と書かれてあったそうだが、耐性がない人間は本当に困る。直ぐに〝〟を直情的に他者に押し付けてくる。モンスタークレーマーと目くそ鼻くそ寸分違わない気質だと言える。
鉄腕ウンガさんへのメールの最後に「目的が同じなのに残念です」と結びがあったと聞いているけれど、悪いが最初のモチベーションも違っていれば、目的もはっきり言って大きく違っている。
少なくても私たちの活動は「個人的なの癒しや気持ちを満たすためではない」とお互いにいつも確認し合っている。
証明しましょう。場所は東芝。8年前に私が交通事故後遺症のリハビリ・ウォーキングをしている時に目に入って来た未管理の50匹を超える猫たち、これを見た時の反射的な即座の思いは「何たる悲劇だ」という一念だった。
ほったらかしにしたら「大変なことになる 大悲劇が待ち受ける」と、それで身を乗り出さざるを得なかったのです。
ところが、ATの動機になったのは、不良エサやりして散々に取り散らかし遊んだ挙句に「蘭の花がいつも遊んでくれたから、それまでは犬派だったのに、猫とかかわるようになった」とメールが今でも残っていますよ、ATさん。
思い出すために蔵出しして見せて上げようか。
あれほど不良エサやりは止めてくれ、度を過ぎて外猫を人馴れさせると虐待者を誘引しやすくなるからかまうのは止めてくれ、と口を酸っぱくして言っていのに、左の耳から右の耳に馬耳東風の体だったって訳。

普通の顔をして。普通の身なりをして。普通の仕事につき。軽口で嘘をつける。軽く人をだませる。目的のためなら、悪(あやせはるか)を簡単に許容できる。ATが取った一連の行動の流れに「フツーがもうない社会なんだなー」と思い知らされたあの日あの時、マーチン・ルサー・キング牧師の名言も今となってはほとんど通用先が見つからない「死語」の屍だと気づかされた。
だって、普通の常識が通じない現実の中で、善も悪も垣根が取り払われ、一見フツーの人が「善と悪」の間を事もなげにまたぎ自由通行している、そんなフツーの風景。もう共有する常識もノーマルもどこにもありはしない、フツーが完全に壊れ去った世界を生きているのかもしれない。・・・普通の人ATの悪行はこれにとどまらない。だんだん。




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

スポンサーサイト
2015
06.29

地域猫は市民の敵か👉 何が市民だ 住民の迷惑だ2

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   26℃~18℃ 

DSCN6398x.jpg
地域猫が市民の敵だというなら 「出るとこに出て話し合いましょう」 と言っても誰も出て来ない


猫は好き好んで 外暮らし してるんじゃない


【何が市民だ 住民の迷惑だ 地域猫は市民の敵か】クレームはいつも不意打ち。闇討ち。突然にやって来る。役所の貼り紙さえ連絡先を知っているのに事前に何も知らせて来ない。夜更けの唐突なクレームには必ず電話番号を記した名刺を渡しているのだが、後日に〝延長戦再試合〟の連絡をもらったことは誰からも一度もない。
道端でいつまでも延々と堂々巡りの話していても埒があかないから「役所を交えて公の場で話し合いませんか」と持ちかけても受け入れられた例(ためし)は全くない。あくまでも「架空の市民」という見せかけの虚像を後ろ盾に「自分は善、猫にエサをやるお前は悪」と一方通行の論法で押し切ろうとする。

市民 住民➽ 市民 住民➽ 市民住民の「迷惑を考えろ」と責め立てられる。

フジテレビ突撃取材班も開口一番にこう言った。「・・・何をされているんですか。市民の方々の中には野良猫へのエサやりで迷惑を受けている人もいるかもと・・・」と。「うーぅ あーぁ」と、私は夜更けにそびえる摩天楼ビルを仰ぎ見、相手を多少のインテリと見定めこう切り返した。「市民って何ですか。誰ですか。5Wを示して下さい。『迷惑している』と言うのが市民ならば、片や猫が外で暮らさざるを得ない元凶を作っているのも同じ『市民』です。
一方の市民の情緒的気分だけを取り上げ、どうして捨て猫や動物虐待をするダークサイドの『市民の悪』には無頓着にほったらかしにしてサーチライトを照らさないのですか。捨て猫の悲しい現状がなければ、私はこんなことに首を突っ込み、時間と体力とお金を割()いたりしませんでした。誰もやらないから見かねてしているのです。
捨てられた猫たちは全部が全部『所詮 猫だから』見えないところで飢え死にしてくれればそれでいいんですか。
それが文化国家の考え方なんですか。自分の知らない所で知らない内に『死んでくれれば・・・』と願うのが市民の良識だとしたなら、もう健全とは言えない精神ですよね。少なくても私の感覚は、そんな具合です、それでこうして活動しています。それとも、私の感覚がもしかして異常なのでしょうか。
見て下さい。この巨大企業(至近で夜空にそびえる東芝ビルを指さし)、大企業が麓(ふもと)の問題に自治能力がないから、私たちが買って出てやらざるを得なかったのです。8年前に55頭を超えていた猫たちは私たちの不妊去勢プロジェクトや引き取りの濾過を経て、今は10数頭を数えるばかりになりました。
殺処分や病気・事故を期待する解決ではなく『命をまっとうさせる』解決への道のりです。ビル管理会社にも役所にも〝承諾〟を取り付けています。これのどこが迷惑と言うのでしょうか。
ほら、見渡してよ~く見て下さい。夜になればゴーストタウンと化けるこの環境のどこに市民がいますか。通いで来るコミュータ・サラリーマンが猫でどんな迷惑を受けていると言うんですか。私たちが現れるまで、10年以上誰も手を差し伸べず、猫たちの不幸が繰り越し繰り返されて来た場所です。無視、黙殺、無関心が大方の市民の意識でした。
誰がこの問題と真剣に取り組み「猫たちの悲劇」を減らして来たのか、本当によくよく考え直して下さい。
それは、文句だけ一丁前で何もしようとしないキャンディ待ちの怠惰な『市民』ではなく、地域猫活動の功績です
」と怯みませんでした。

市民 市民 市民 市民の迷惑。「ところで、この国に自分たち市民社会の問題を自分たちで解決する〝自立〟した市民などどこにいるんですかね。思い巡らせてください。本当に『どこに市民がいるのか。どこに市民の意見があるのか』、何もしないで文句だけ言いっぱなしでしょ。都議会議員選挙の投票率は30%ですよね。こんな市民風土でどうして『自称市民の良識』に全面的な肩を持とうとするのか。地域猫活動は環境省も認めていることですよ」とフジテレビ取材者に畳みかけました。
自立した市民であるならば、政治行政の「何か」をきちんと分かっているはず。
つまり、民主主義の政治行政とは、一方が一方の言い分を一方的に強制し押し通すというあり方では決してないはず。
政治(まつりごと)とは、結局はすり合わせ、互いに歩み寄る、そうですよね。
共に問題に立ち向かう「共生」なくしては民主主義も社会もありはしない。
自立と共生は相関し合う一体のもの。すり合わせがなく、共生の心がない〝自称市民〟の意見を「天からの決済」と決め込むのは余りにも一方的過ぎ。
ちっちゃな爪先に明かりを灯し生きる猫たちの命に、捨てられて路頭に迷わせた挙句に「市民感情」という更なる無慈悲と理不尽のギロチンの斧を降り下ろそうとするのか。どうしようもなく愛がなさ過ぎる茫漠とした市民社会なのだ。
善良な市民って本当に一体全体どこの誰よ。




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN0810.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.28

何が市民だ 住民の迷惑だ

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   31℃~20℃ 

DSCN0036.jpg


我が住み慣れた街👉 東京タワーの黄昏時の遠景👉 このカメラ視点からグーッとズームインして大通り👉 大通りから足を一歩細い路地裏に向けると👉 下のような写真風景がそこかしこに写し出される。うそ偽りない捨て猫たちの死にもの狂いの暮らしがそこにある。邪魔にされ👉 捨てられて👉 生き残り👉 外猫暮らしをしている猫たち。捨て猫の子として産み落とされ👉 わずかな助けを借りて生きながらえる代々の子猫たち。来る日も来る日も見上げる天井は筒抜けの空。天涯孤独の身の上だ。 

通りすがりにそれらの光景に接し、めいめいが勝手気ままな感想を持つ。

ある者は「あっ、猫だ。にゃー」と物見遊山で〝風物視〟し黙殺して通り過ぎる。ある者は動物園のゴリラや猿にエサを撒くように打ち興じつつ「そのうち言い訳がましく忘れ去り」何もなかったように見捨てる👉 街並みにポツンと糧なく残される猫たち。こうして〝事無かれ〟の無関心が列をなして行き過ぎて行く。例を示せば切りがない東京夜景の「外猫物語」である。見える人。見えない人。悲しい現実を何とかしようとする人は全人口の0.00001%にも満たない。いや、もっと少ないかもしれない。



DSCN3352.jpg


活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.27

「エサをやるな」と闇夜をつんざく金切り声

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  25℃~21℃ 

DSCN6500a.jpgこういう現実を誰が作ったの?


エサをやるなと闇夜をつんざく金切り声】異邦人」で有名なフランスの作家アルベール・カミュは「誠実さこそがペストと闘う唯一の方法だ」と言葉を遺しているが、こと「猫活動」に限っては誠実であればあるほど凹む。
全方位「世間」の無理解と不勉強にて、あまた横やり棍棒がふいに突き出て来る。もうボコボコである。
冒頭写真の風景を作っているのは何なの 誰なの 元を正せば国民市民のただれ切った生活習慣病の成れの果てが手招いた結果なのに、「問題に胸を痛め👉 何とか解決の道をさぐろう」と日夜活動する者たちが叩きの標的になり叩きに叩かれる。
捨て猫をする人間、不妊去勢をしないで放し飼いにしている人間、TNRをしないでエサやりをして問題にいっそうの加速度をかけている不良エサやりたち。これらノラ猫の元凶を作っている者たちを野放しにして闇に逃し、きっちり活動している「地域猫活動」なら捕まえやすいから、それで叩く。叩く。叩きに叩かれる。

寒い冬の間は鳴りを潜めていたモンスター・クレーマーが陽気に乗じて出没し始め、ストレスになる季節が枯葉舞い散るようになるまできっと続く。そう思っていた矢先に、早速のモンスター・クレーマー。夜の闇を切り裂き、金切り声が背後から。「どこから声を出しているんだ」というくらい突拍子もない甲高い声だった。
虚をつかれふり向くと「おい。待て。ここに役所の看板が貼ってあるだろ。読めないのか。『猫にエサをやるな』と書いてあるんだよ。好きならば自分の家に全部連れて帰れ。オメーらがノラ猫増やしてんだよ、この野郎」と、酔っ払いは興に乗じ口が滑るわ滑るわ、喋るわ喋るわ、まくし立てまくり。
こういうことにこっちはもうしっかり免疫があるから、相手が一通り吐き出すまでは人物観察、そして品定めの木目込み人形。
しかし、何ですかね。こういうクレーマーは、言うことが判で押したように皆おんなじ、「糞だ。尿だ。鳴き声だ。保健所に通報するぞ。警察を呼ぶぞ。家宅侵入罪だ。住民が迷惑している。好きなら連れてけ。エサをやるから猫が来るんだ。増えるんだ」と、これらの言いがかり雨アラレの間には必ず「馬鹿だ。チョンだ。死ね」と誹謗の接頭修辞が付いて来る。もうヘキヘキの満漢全席。

ひと先ず相手に全部吐き出させてから、「糞尿被害って、どこですか。指摘して下さい。いつでも対策に来ますよ。
ところで、犬の散歩はどうですか。みんな尿を家に持って帰っていますか。犬の散歩にもいちいちクレームを付けるのですか。人間の立小便や酔っ払いの吐しゃ物はどうですか。・・・したことありませんか。人間の立小便に比べたら猫のおしっこなんて体の大きさが違うからそよ風みたいなものです。いつでも掃除にきますよ
」と言ったら、「ここに住んでいるわけじゃねーから知らねー。でも、世間にそう言われてんだろ。皆、困ってるんだ」と根拠なしの言いがかりに目がキョロキョロ。「それにですね」と重ねて「一般の人たちは猫を見ると皆が皆『ノラ猫』と口を揃えて言いますが、ここの猫たちは全頭が不妊手術を終えていてノラ猫ではありません。適正管理されている地域猫です。ほら、ここに書いてあるでしょ。『港区は地域猫を進めています』って、手術済みで確実に猫の数は減っています。勉強してから言って頂戴ね」と再度帰ろうとすると、「逃げるのか」と甲高い声が更に大きくなった。

区が貼り出した注意書きの貼り紙は、双方どうとでも取れる玉虫色に仕立てられているから厄介になる。「地域猫を進めています」の同じ並びに「エサのばら撒きは止めましょう」とか「ノラ猫被害をなくすために・・・」と腰の座らない八方美人の言い口。どっちからのクレームが来ても、責任回避可能なように文言が作られていて、さすが役人ならではのお仕事。コソッと葉隠れ端っこに貼ってある多色刷りの「貼り紙」が、夜陰に照らされ物悲しさを誘っていた。
誰も彼も自分の持ち場から足を一歩ちょっと踏み出し、何かをしようとするのではなく、役所は保身、善人を名乗る市民はただ文句たらたら垂れ流しの王侯貴族気取り。

猫被害を訴えるクレーマーを観察するたびに思うことだが、ほとんどの人がアゴで物言う感情的な「上から目線」がお決まりの定型定番。猫問題の上・下・右・左、そして中身を何も知らない。知ろうとしない。
自分の経験知ではない、聞き知った〝虚ろ〟を拠り所に突っかかって来るのが、ほぼ100%。
動物愛護法の存在を知らず、動物の命への欠片の配慮もなく、馬乗りになって「市民の権利」を仕掛けて来る。
そして、ケンカ口上の物言いにはコテンパンに言い負かそうする居丈高な心理がはっきり見える。
その人物の背後から見え隠れして浮かび上がって来るのは、実は本当は「猫問題」ではなく、その人自身の人生への苛立ちや不満をぶつける相手が欲しかっただけということがよくある。
切実な正論ならば、話し相手を誹謗し、馬鹿呼ばわりする必要はどこにもない。

タバコの吸い殻とペットボトルがあっちこっちに散乱している現場で、彼には人間の罪が見えないのだろうか。
話の締めくくりに「あなたが今スパスパ吸っているタバコ。港区条例では歩きタバコは禁止ですよ」と言ったら、言葉をとっさに遮り「歩いていねぇーだろ。この野郎、日本から出てけ」と激高された。次の現場があるから勢い込んでペダルを踏んだ後ろで、「明日、保健所に通報するぞー」と二回三回声が響いていた。深夜に大声、歩きタバコ。小さな爪に明かりを灯し、そっと生きている猫たちと比べ、果たしてどっちが迷惑で害なのか。




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN0810.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.26

元少年Aの本出版で唯一まともな意見

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  26℃~21℃ 




【元少年Aの本出版で唯一まともな意見】世間一般の関心事と猫ブログを巡る人との関心事は「大幅にちがう」「大幅にずれている」と再認識させられている。というよりも猫ブログをやる人も巡る人も社会や政治や世界の出来事に非常にうとく、ほとんど関心を払わない。今更ながらにがっかりしている。
たとえ事件が猫ブログ本丸の動物虐待事件であっても事件によって扱いに濃淡があり、長野県小谷村の「猫を川に沈め殺す実況中継」事件や川崎市の廣瀬勝海「里親詐欺子猫虐殺」事件にはキノコがにょきにょき生え出るような勢いで猫ブログに情報や意見が乱立していたけれど、東京都大田区の30匹に昇った「外猫毒殺事件」や茨城県稲敷市で「猫を車で引きずり回し殺した」事件や長崎県佐世保市同級生殺害事件の女子高生が事件前に猫を次々と殺害し〝解剖ごっこ〟をしていた件や酒鬼薔薇聖徒(猫の殺害を含む)事件などには地元ブログすら波しぶきさえ立てず静まり返っていた。
結局は、多勢に無勢、群衆心理、自立した意見などほとんどのブログが持っていない。これではオピニオンにはなりえない。
人気を博する事件を扱っても多くのブログはコピー&ペースト、才気ある分析や勇気ある見識は示されない。
こうしてこの国の動物を取り巻く環境は繰り越し繰り越し保留され何も変わらない。総和の力にならないからだ。
ひとつひとつ、ひとりひとりの自立した意見が総和され大きなうねりになって世の中や時代が突き動かされ変わって行くのだが、身の回り30センチ四方やせいぜい1メートル先にしか関心を払わないようでは先々〝高が知れている〟というもの。
一枚の同じプレートの上に乗り同じ空間を分け合いながら、自分だけ良ければいい精神が幅を利かす、そういう世相である。時代背景である。
自分の場合は「自分のとこの猫だけが幸せならそれでいいのか」という宮沢賢治的な考えで猫活動を始めている根源の動機があるから、至る所で捨て猫が引きも切らず絶え間ないことや・・・何処かで凄惨な動物虐待事件が起こると身に浸みて「強い痛み」が伝わって来る。しかし、気持ち通じ合う意見やブログはからっきし見当たらない。




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


candle20a.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.25

火傷の小猫の近況👉 まだまだ安心できる状態に至らず

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   29℃~21℃ 

DSCN0996.jpg
向かって左の前脚の付け根 ちょっと動いただけで血がにじむ


【火傷の小猫の近況👉 まだまだ安心できる状態に至らず】大火傷の小猫は入院治療5か月と少し、6か月目へ突入です。治療期間5か月、6月後半現在で、火傷用医療品ドレッシング剤・高機能栄養食・療法食・薬・他の医療品・入院費以外の医療追加補助費などに拠出した金額の総計は、¥533,743円になります。

ご寄付を寄せて頂いた64名の方々の真心に心から感謝しています。 本当にどうもありがとうございます。

入院治療5か月が過ぎた火傷の容態は、当初心配された〝命の危機〟は脱しています。しかしながら、「ぱっと見」元気そうに見えては居ても、背中の傷を見せてもらいましたが、痛々しく治療の必要がなくなるまではまだまだ時間を要しますね。
先生も「ここのところ傷の治癒スピードがダウンしている」と嘆いていました。冒頭写真で分かるように少し動いただけで、直ぐに包帯の表に血がにじんで来ます。治療は8か月👉10か月👉1年と延びて行くのでしょうか。
初めて見た様子でしたが、しきりに後ろ足で足踏みしていたのが気になりました。包帯やケージに拘束されているストレスがそうさせるのか、それとも歩きたがっているのか。回復の見晴らしが立たないのが何とも歯がゆく哀れでした。

唯一の救いは、同じ病院に入院しているボランティアに保護され子が〝ハエウジ症〟から奇跡の生還を果たしていたことでした。下半身麻痺と〝ハエウジ症〟という厄介な病気を背負った猫さん、初めてその子を見た時は「もうダメなのかな」というほどの重症でしたが、治療の甲斐あって病気を追い出すことに成功したのです。
先生は「奇跡の子」と大変に喜んでいましたが、この子にあやかって火傷の子にも奇跡と幸運が舞い降りて来るのをただ祈るばかりです。
今は衰えない食欲がたった一つの命づな。食事食欲で免疫力を高め、効力で炎症が逃げ出してくれるのに期待しましょう。神頼みと時間待ちというのがシビアな現実なのでしょうか。火傷の原因を作り、逃げて行った虐待者の奴、今頃どこで何をしているのやら


DSCN0979.jpg
背中の治りが 足踏み停滞
DSCN1002.jpg
入院仲間 ハエウジ症のこの子は ダメかもと思われていたが 完治 良かった




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.24

猫受難オムニバス・ドキュメント

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   30℃~18℃  

DSCN9978.jpg
各所から 仔猫ラッシュ 耳に入る



地域猫から家猫になった ピノコ 幸せで元気とメール


ピノコたち 猫が消えた一角 今は草ボウボウ


猫で市民が迷惑 あの苦情の嵐は いったい何だったんだ


貼り紙 その地の樹 ツンツン丸裸 ド素人剪定とすぐに分かる


かたや活動通過点で ミステリーゾーン 浮かび上がる


30頭超え トンデモ横丁発見 不良エサやりの荒野街 対策中




夏へ向け 可能な外猫 ノミとりフロントライン 大作戦


外猫プリーストくん 被毛フェルト状 解決へむずかしい道


シッポを切られたイーディー 行方不明2か月 恐らくダメかも


 イーディーの村 15超いた猫たち 今は3頭に




最長老猫 15才ダリン ボケ加速 要求通り 応じる日々


願いが叶うまで 鳴きわめく 長老ダリン


マチュピチュ 亡き後 剛腕ノエル 女王化


そうはさせまじ 割り込みセージ 激しい寝床大合戦


体よく捨てられた エレン シーバロード一直線 大きくなった


一才児イリニフ ころころむくむく プーさん街道 激走中







火傷の小猫 大幅な遅れ 長期入院 More&More


気がかりニュース 元少年A 猫の大量大虐殺 黙殺され続ける


捨て猫 虐待 わい雑世相の下 組み敷かれる 日本の猫たち








活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.23

友だちになりたい人 なりたくない人

Category: Friendship
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  29℃~20℃ 
 



【友だちになりたくない人 なりたい人】大きな問題が二つ三つ持ち込まれ手いっぱいで、更新が滞っていて気が引けるのだが、6月23日は「にゃんだーガード」の本多明氏の誕生日だった。
本人は毎日慌ただしい生活を送っていて「もう誕生日なんかどうでもいいよ」と言っているが、日々の終わりの「慰みに」と心身消毒用ガソリンをバースデイ・プレゼントに先乗り発送した。
Happy Birthday,Mr.Honda なのだ。
はい、想像通りです。「にゃんだーガード」の本多さんは、その辺にゴロゴロ転がっている石ころとはちょっと一味違うユニークな人物で、得がたい友だちとして貴重な人だと思っている。

にゃんだーガード」の本多さんとの付き合いは、まだ1年過ぎたばかりだが、本多さんのキャラクターを言い表すならば、平たく言って風通しサラーっと見晴らしが良い家の玄関に通された感覚がある。
付き合いの心地よさは、先ずもって何よりも「裏読みする必要がまるっきりない」人物だからだ。
持って回った言い方で人を煙にまくのでもなく、勿体ぶった人格でもなく、言葉も態度も原寸大のまんま。そのまんま受け止めればいい気安さがある。こんなに楽な人間関係はない。

ところが、経験的に大抵の場合は、そうは問屋が卸してくれない。人は複雑な心を宿す生き物。上っ面じゃーなかなか分からない。多くは胸に暗中、一物荷物隠し持つ。裏の心は読み切れない。
本当は・・・」と内心を推し量るだけで疲れてしまう。
表には決して現わさない胸の内、何を考えているのか分からない人物とはやっぱり付き合いづらく、自然に縁遠くなっている。
こんにちは」とお互いにニコニコ挨拶し合う水面下で、裏腹の悪意小競り合わせる対面は大の苦手であり、もう今さら面倒くさくてやってられない。

表でバチバチやり合う仲で後を引かない同士ならまだしも、裏にこもられ後で大どんでん返しの煮え湯や冷や水を飲まされたのは一度や二度ではなく、こうして友だちが少ない現状を爽やかに生きることとなってスッキリ。
んー、日本人は本心本音を表立ってストレートに言う回路を持ちませんからね。
それが反動して、ネットの時代になって、匿名を良いことに、隠れていた悪口雑言がバンバン飛び交うようになって、「あー、これが鬱積した本音の吐き出しか」と・・・
腹いせ、憂さ晴らし、混ぜっ返し、刹那の受け狙い、おちゃらけ、罵倒、誰か何か他をおちょくって精神のバランスを取る、脈絡のない否定の嵐が渦を成してのたうち回るネット社会。
一対一の対面では言えない汚い裏心噴出の断面に、とても友だちの結びなどできない〝何か〟を知った。

友だちになれる人、なれない人。分かれ目は腹を割れるか割れないか。そこのところは、「にゃんだー」の本多さんは日本人離れ()していて自然に付き合いやすい。〝〟の前に門構えしたり、生垣を造作したり、ノレンやスダレを細工したり、落とし穴を仕掛ける狡猾がまるっきしないキャラクター。👉そんな手間ひまがあるなるなら、互いにマルコ・ブルーノ氏もそうだけれど、心身消毒用ガソリンで喉ごしを潤している口。

フラット・ワールドで、しかも一回しかない人生で、人はどうして本心を言うのをためらうのか、または〝〟の前で品を作るのか。行き着くところは「自己愛のたまもの」ということに尽きるのだろう。
結局、本心本音で対面勝負できないってのは、なまくらにしか生きていない白状なのよ。

冒頭のYouTubeの「Can‘t Take My Eyes off you」の言葉通り、「にゃんだーガード」とフクシマから目を離さずに見守り続けて行こう。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.22

生きていていいですか👉 大丈夫いいんだよ

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    27℃~18℃ 

DSCN0809a.jpg
気が小さく こそこそと 夜になって 羽を伸ばす




【生きていていいんですか👉 大丈夫いいんだよ】いらないと捨てられて。ちょっとの間いい人だと信じていた人に裏切られ見捨てられて。写真の子をはじめて目にした時は毛並みがごわごわのフェルト状に固まりボロボロのあり様だった。
ここからカメラが遠く遠く引いてゆき、とっぷり日が暮れ出すと東京の街はYouTubeが映し出す光の夜景に様変わり、果てなく引いたカメラには、文明一色に塗りつぶされた光の粒々、もう猫の姿は何も映らない。そして、ぼくはこの街で生きている。

聞こえない声に吸い寄せられて夜ごとに向かう地域猫活動。一駅一駅バスストップをめぐるよう東京タワーをつっきって湾岸へ、水辺のコンクリート壁にタッチしたなら急いで、また東京タワーを横目に帰って来る。
毎夜、4回は必ず至近で仰ぎ見る光りに浮かぶ東京タワー。
聞こえているのは猫たちの無言の魂の響き。「生きていていいんですか」と、そして内心の声で応える「大丈夫いいんだよ」と。全ては都会のすり鉢状の闇の底で音もなく「あ・うん」暗黙にとりかわされる。誰も見えない。誰も知らない。誰もその痛みを知ろうとしない。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.21

街は...うしろ姿の幸せばかり

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  23℃~20℃ 

DSCN8265.jpg






あの人はもう 私のことを 忘れたかしら


罪の 意識なく 完璧に 忘れた





【街は...うしろ姿の幸せばかり】ひとりひとり、一家庭一家庭、誰もが自分が飼っている犬猫を大事にし、望まない仔が産まれるのを繰り返さないよう不妊手術を施し、終生飼養の責任をまっとうしていたら、街に野にノラ猫の存在はなく、私たちの活動は影も形も存在しなかった。

いらなくなったから」と捨てられて、「仔が産まれたから」と捨てられて、「飽きたから」と捨てられて、「引っ越すから」と捨てられて、不心得者は舌をペロリと出して名無しの闇に逃げ果(おお)せて、何の罪もない捨て猫たちとその守り人が重い十字架を担(かつ)がされ、理不尽な道をトボトボと歩かされている。

この世に捨て猫風習がなければ、我が家には一匹の猫もいなかった。この世に捨て猫する不届き者がいなかったなら、猫を助ける地域猫活動で西へ東へ来る日も来る日も駆けずり回る騒々しい日々ではなかった。
とめどなく綿々と繰り返される「猫たちの遺棄の罪状」の詰め腹を切らされているのはいつでも原罪のないこっち。
まるで〝まやかし逆さま裁判〟の被告席に立たされ、あっけにとられる受刑の宣告を受けたよう。

子供の時から犬猫を拾って来ては怒られた。「捨てて来なさい」と怒られた。顔が腫れるほど殴られたこともあった。いつもある人が助けてくれた。大人になったら「ああいう人になりたい」と憧れた。
同時にいたいけない犬猫に憐みの欠片一つ持たない親を憎んだ。「こんな大人にはなりたくない」と真剣に思いつめた。早く大人になって家を出たいと首を長くして焦がれた。そして、大人になって・・・
やっばり街からは捨て猫たちのブルースの響きが漂い聞こえていた。考える前に手が出、足が出て、行動していた。
もし、この場で、この子を見捨てたなら、後ろ髪引かれ一生の後悔になると、そう決意する連続だった。
誰にも文句を言わせない自己決定できる年齢になっていた。

大人になって助けた犬猫たちの顔をしげしげと見入ってつくづく実感したのは、一頭一匹皆に「魂の宿り」を感じることだった。それぞれがそれぞれに違う魂の形、うれしいことをうれしいと感じ、悲しんでしょげることもあり、刻一刻築き上げた信頼は「Soul To Soul」と不落の城になってゆく。
それぞれがそれぞれに固有の魂の宿りを持っていた。
だからこそ、余計にふいに捨て去られた時の「深い傷つき」を慮(おもんばか)るのです。
口が利けないからと言って、闇に乗じて何でもかんでもして良いものかと・・・、恥を知らないエゴ人間があまりにも多過ぎ、絶望と孤独に全身飲み込まれそうになる時もある。けれど、そんな時、いつも助けてくれるのは、頭の後ろの小窓が小さく開いて風をくれ、ささやきかけるんですね、「あんな大人にはなりたくない」ってね。

夜更けにとある所で仲がいい一匹の猫をまじまじと見つめてみた。そこに映っていたのは少年の頃の自分の不安な魂の形そのものだった。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.20

あの人はもう 私のことを 忘れたかしら

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   27℃~17℃ 




街は... 後ろ姿の 幸せばかり


【あの人はもう 私のことを 忘れたかしら...】欧米の音楽ばかりでどうして日本のアーティストに目を向けないの そう言われ、しかしマッチする曲がなかなか無く、それは音楽評論家の湯川れい子氏が指摘するように「日本の音楽は一部始終が芸能の域を出ない〝作り物〟で、人の生や世界の様や問題意識にリアルにタッチしない。むしろ避けて通り過ぎる」のがほとんどだから、いつしか縁遠く良い耳ざわりがしなくなっているのが正直な原因、そして理由です。技術的にも「」と首を傾げたくなるものが多く、いってどれも私小説の風景ばかりで、メッセージ力に貧する印象です。
ですが、時はちょうど「にゃんだーガード」の本多明氏の誕生月の折り、付き合いもぴったり一年を迎える2つの時が重なり合う〝エクリプス〟の時節で、本多さんがらみで「日本の音楽を」と何だかんだ探していたら、「愛知県出身の歌手」のキーワード検索で、掃きだめの中にひと際偉才を放つ〝〟を見つけました。
本多さんへのバースデイ・プレゼントは別の曲にしたけれど、ザ・ピーナッツのマジカル・イリュージョン・ボーカルに釣り上げられてしまいました。YouTubeで色んな曲をチェックしたけど、発声の基本も、パフォーマーとしても、コーラス技術も、匹敵する歌手は今の日本には見当たりませんね。「Great」でした。

中で特にひっかかった曲が「ウナ・セラ・ディ東京」。捨て猫の哀愁と歩調を合わせ曲がりくねった道を歩んでいる体験から、「あの人はもう 私のことを 忘れたかしら とても淋しい・・・」と白玉の音符で伸びてゆく歌声に心えぐられグッと来るものがありました。
捨てられ、置き去りにされ、去ってゆく後ろ姿。夕暮れにぽつんと当てもなく残される言い知れぬ心情。
いつの間にか、捨てられた猫たちの憂いと惑いのブルースの響きに変換され、聴こえていたのでした。
ウナ・セラ・ディ」はイタリア語で、ウナ(Una)は英語では「One」に当たり、セラ(Sera)は「たそがれ」や「夕暮れ」を意味し、ディは英語の「Of」に該当する前置詞、「『とある東京のたそがれ』に佇む心模様」と言ったところでしょうか。1964年、東京オリンピックが開かれた年の大ヒット曲だそうです。

この曲から50年、東京は・・・。良くなったのだろうか。悪くなったのだろうか。それとも何も変わらないのだろうか。ネット検索で50年前の東京の街並み画像を出して見比べれば、今の東京はビルの背がぐんぐん伸び景観も整えられそれなりの成長を遂げているのだろうが、刹那の人と刹那の街が重なり合う虚妄の風景は50年の時を繰り越し繰り延べされ、手に負えない大怪獣のように「化け物化」しているようにも思える。

ウナ・セラ・ディ東京」と・・・胸に切なく響く夕暮れ時・・・

ウナ・セラ・ディ東京、今夜も猫待つ街々へスルー・ザ・ナイト、出かけて行く。
捨て猫たちにとって「・・・街はいつでも 後ろ姿の 幸せばかり・・・」の風景が、いつ終わりを告げるのか。



あの人はもう 私のことを 忘れたかしら





活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.19

こんなにゃんこに誰がした👉 捨て猫文化を斬る

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   21℃~19℃ 

画像 セイジとレンガ 043
好き好んでここに来たんじゃない 猫問題のキーパーソンは捨て猫人間と罪を放置する政治


【こんなにゃんこに誰がした👉 捨て猫文化を斬る】屋根なしに天涯孤独に暮らす猫たち。それを多くはためらいなく「ノラ猫」と呼ぶ。一匹一頭、いつどうして生まれ、なぜ野ざらし暮らしの運命になったのか。道ゆく誰もそれを気にも止めず通り過ぎて行く。路傍の街路樹や石ころや草木が漠然と何気なく目の中を流れ過ぎて行くように、外歩く猫たちの徘徊を悲劇として心に映す者はほとんどいない。皆無に近い。
外暮らしの猫たちがいること、それは誰の経験にも生まれ育った時から当たり前に目にしている見慣れた光景、だから自然の一部と透過し行き過ぎる。「勝手気ままに生き」野垂れ死の運命を辿ろうと、「ノラ猫なんかそんなもの」と痛みなくそう言い切れるのが、外暮らしを運命とする猫たちを包囲する大方の世の中の空気なのだろう。

路傍の一匹の猫が、いつどうして生まれ、なぜ〝ここ〟でこうしているのか。その不幸に深く痛み入る人間はついぞいない。なぜ外で生きる猫がいるのか。なぜ飼い主のいない猫があまた野ざらしに徘徊しているのか。
一匹一頭のストーリーをさかのぼれば、野に町に捨てられた顔のない人の手がありありと見えて来る。捨て猫である。脈々と続く「捨て猫風習」の成れの果てである。
それが例えノラ猫の子として産まれたとしても、生んだ親のルーツの元々を手繰って行けば、人の悪しき習慣「捨て猫をする風習」にぶち当たる。
捨てられてノラ猫へ。ノラ猫の子として産み落とされノラ猫へ。束の間に人の情けにすがり生き延びても気まぐれエサやりは長続きせずやがて憐れなノラ稼業に突き落とされる。不妊去勢をしない人に限って放し飼い、そして野放図な放し飼いはノラ猫の種子を際限なくまき散らす。果てない外猫残酷物語である。

捨て猫を手軽気軽にする〝悪習〟にギザギザ棘つきの強力な〝縛り”をかけない限り、「まち猫問題」の蛇口は永遠に閉まらない。「エサも水もやるな」と怒鳴ったところで、糧を絶たれた猫たちは延命のゴミあさりをするだけ。
猫たちを野良化させる悪しき文化に大ナタのメスを入れない限りは真の解決にはならない。
だから、捨てられた猫たちにTNRをして命の保障をとりつける私たちの地域猫活動は、世の中にはびこる「猫をめぐる悪しき文化や悪しき習わし」との本当に激しい格闘だった。捨て猫する顔のない闇の手との闘いだった。

結局、猫問題を煎じつめれば、すべて何もかも「捨て猫風習」に行き当たる。野に捨てる。町に捨てる。引っ越しで置き去りに捨てる。動物愛護センターや保健所に捨てる。ペット業者の売れ残りの処分法も「捨てる意識 排除の精神」を内々にしてのこと。「いなくなっちゃった」というネグレクト(飼育放棄)が作り出している捨て方もそう。TNRをしないで次々と子を産ませ、音を上げて現場放棄する捨て方もそう。
エサも水もやるな」と管理されている猫を問題と取り組んでいる人から引き剥がすのも市民エゴによるある種二段階の〝捨て猫〟である。
東日本大震災で置き去りにされた無数の猫たちは飼い主や町から捨てられたばかりではなく、環境省()からも見捨てられた格好だ。
動物の命にせめてのも「情けや倫理」がまるで発動しない文化、捨てられた猫たちとその数少ない世話人だけが重い十字架と足かせをはめられ歩かされている、こんなのってあり 外猫の存在は、断じて自然が自然に作り出しているものじゃない それは人が犯した罪 捨てる罪を犯すなら不妊手術をしろ 不妊手術をする金が惜しいなら初めから犬猫を飼うな



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.18

諸悪の根源👉 捨て猫は絶対の悪👉 あれから3年

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  26℃~20℃ 

DSCN8090.jpg
形 目に見える捨て猫事件だった👉 あれから3年


DSCN8030.jpg

photo_Rb

DSCN8095ff.jpg

DSCN8059gg.jpg

DSCN8057bb.jpg

DSCN8199aa.jpg

DSCN8169aa.jpg

DSCN8173aa.jpg

DSCN8240aa.jpg

DSCN8224aa.jpg

photo_2abcc.jpg

1p1bb.jpg

DSCN9770d.jpg




活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.17

こうして仔猫が捨てられた👉 捨て猫現場サンプル

Category: ㋳な奴
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   25℃~20℃ 

DSCN8026.jpg
3年前梅雨時 そぼ降る雨の夕暮れ 赤ちゃんピヨピヨ猫が 雨にぬれ泣いていた


ガタガタふるえ ピヨピヨ ピューピュー


【こうして仔猫が捨てられた👉 捨て猫現場サンプル】捨て猫するのは弱い者をイジメさげすむ〝動物虐待〟のくくりの内なのだが、あっちこっち至る所で捨て猫行為の数が多過ぎるため一般の意識の中には、もはや完全に〝自然化普通化〟してしまっている悲しい現実がある。「捨て猫を絶対にやっちゃいけないこと」と深刻にとらえる人はあまりにも少なく、憂うるべき世相を肌身に感じ経験している。
捨て猫、人はそれを「見慣れた光景」と、足早に通り過ぎる。
本当に上から下まで官民そろいもそろっての無法国家である。捨て猫問題にも、動物虐待問題にも、欠片ほどの情もかけない余裕なき非道な無法国家である。

闇や隙をついて成される「捨て猫の現実」に、犯人が捕まる例は100%近く無きに等しく、一応とりあえず鎮座している「動物愛護法」はお正月の〝飾り餅〟程度の用しか成さず、捨て猫犯を取り押さえたとて重罪の楔(くさび)を打ち込んだり贖罪(しょくざい)の気持ちを促したりする空気は社会の何処にもからっきしありはしない。
動物虐待に甘く、捨て猫風習に激しく甘く、こうして捨て猫天国はびくとも動かない。
法や政治がきびしい鉄槌を打たないから、後ろめたさが軽くて済まされ、捨て猫する人間は何度でも同じ過ちを繰り返している。あるいは「誰でもやっていることだから」と負のチェーン・リアクション(連鎖反応)の心支えになっている。いつまで続くこの泥濘(ぬかるみ)と泥沼。

冒頭写真、これはちょうど3年前の6月半ばのこと。梅雨の雨そぼ降る夕暮れ時。活動現場の水辺のほとり。小藪の中から細くか弱い猫の子の声が聞こえていた。そして、崖の上で笑いながら見下ろすサラリーマンたち。
1m50くらいの金網フェンスをよじ登り、声の正体に降り立つと、写真で分かるように雨に濡れ崩れそうな段ボールの口から顔をチョコッと出して鳴き叫んでいるピヨピヨの赤ちゃん猫いた。ビショビショに濡れそぼったちっちゃな赤ん坊猫。直ぐそばには捨てた最後のお情けなのか、雨にどっぷり浸かったカップのウェットフードが置いてあり、欺瞞ありありの食わせ者の光景がそこにあった。
行きがかり上、助けない法はなく、迷いなく仔猫をむんずとつかむと、OKの指サインの輪の中にすっぽり入る小ささだったっけ。片手に仔猫をしっかり握って、再びフェンスを越える時、上からまた笑い声がしていたのを覚えている。
仔猫を上着の胸元に抱え、自転車前かごのレジ袋の荷物を急いで掻き出し、仔猫の小さな体をすっぽり中に入れ、薄暗くなる家路をたどったのだけれど、胸に抱いたレジ袋の仔猫は、どういう訳か鳴き止んでいた。

photo_Rakk

段ボール。中には濡れたビショビショのタオルとボロ布。役立たずの偽善に満ちたキャットフード。人家を離れた水辺のロケーション。人目につかない捨て場所の選び方。捨て猫するにも色々やり方があるだろうが、実に典型的なサンプルだった。
偽善、まだ固形物を食べられない生後30日~40日の仔猫にお情けにもならない食い物、雨を吸い込み用を成さないタオルとボロ布、捨てた人間のさもしさだけが心に浮かんだ。
死んでもかまわない」という意思、「自分だけ良ければいい」という利己主義、何食わぬ顔をして現場を立ち去って行ったのだろうが、こうした人間が後を絶たないようでは世の中は疑心暗鬼に薄暗く、こうした人間を許している世の中ではジリ貧の先々しか見えて来ない。
この現場写真をリバーブルディスクから蔵出ししてもらった時、3年過ぎ去った今でもなお、正直「地獄に堕ちろ」と、無言の言葉の塊が胸の中を駆け抜けていった。
バレなきゃOKの人間のクズに、取ってつけた〝いい恰好〟はしない。

その後の仔猫は、折しもその当時「犬猫8週齢までの育て方」を学んでいたので、カンガルーの親子を真似て肌身離さずに育児した。甲斐あって、何の屈折もない天真爛漫で頭の良い子に育ち、「こんな良い子はいくらお金を積んでも買えやしない」と、捨てた人間の愚かさを今でも思う今日この頃。
命に温情と愛情を持てない人間👉情薄い人間なら、上辺だけ飾り立ててもどの道その頭では便所の10ワット程度の安い灯りしか点かないのだろうから、いずれ増々暗い道を歩むしかなくなる。恥を知らない人間の末路なのだ。
練馬のSHさんなら「お天とうさまが必ず見ている」と言うだろう。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.16

病死であろうと乗り越えるには だが殺害を軽口できる奴がいる

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   27℃~21℃ 

0 琴
猫活動は一つの死を乗り越えるのにも多大なエネルギーが要る


琴ピッちゃん リリタン 猫のみんな


【例え病死であろうと乗り越えるには👉 けれど殺害を軽く物語風に言ってのけられる奴が同じプレートの上で暮らしている】私たちの地域猫活動は、捨て猫されたか、不幸にしてノラ猫の子として生まれたか、現場放棄されるかして生きる道を失い路頭に迷う猫たちに、少しでも生存可能な方法や道を探すためにしているロードマップです。
死なすためでも、殺すためでも、一時の気持ちを満たす楽しみのためでもなく、世の中の理不尽に負けず腹へらすことなく、「生き抜いて行って欲しい」と願ってやっている活動です。
こんな気持ちをあざ笑うかのように出版された神戸連続児童殺傷殺害事件/元少年Aの自慰本には、大事件に至る数年前から繰り返されていた「猫への嗜虐殺害」が事細かに書かれているという。
しかし、出版について、内容について、「人の殺害への怒り」や「被害者遺族への思い」や「出版への賛否」や「その後の元少年Aの過酷な暮らしへの同情orノット」や「印税の行き先」に主な焦点が当てられ、言論人の声にもマスコミの論調にも、猫たちの凄惨な殺害については誰も一瞥も一顧だにもせず通り抜けている。
猫たちを次々と殺しておいて、「・・・死をこの手で作りさせた・・・死を、完璧にコントロールした・・・」って。
これってサーチライトを当てるべき重大問題発言なんですけどね。
たかが「虫けらの死」だからと、素通りされ見て見ぬふりされる。
これが今のこの国の現状、精神的状況、有識者と市民のどうしようもない知的限界なのだろう。
今回のことに限らないが、猫の凄惨な虐待事件が起ころうと、猫ブログにすら一声もかけてもらえない殺された日本の猫たちが憐れでならない。自分の1メートル四方にしか関心を払わない世情には、もはや絶望を突き抜けた無情の鐘の音が鳴り響いている。

猫が惨殺されたとて「ふぅー」と、鼻つまんで素通りしていた市民大多数の虚無心が、酒鬼薔薇聖徒や長崎県佐世保市の鬼少女にフリーパスの道を空けていたのに、今なお一般や有識者に「動物へのいたわりの心」はついぞ芽生えることがない。酒鬼薔薇聖徒は当時、自分を「透明な存在」と表現していたが、本当に透明な存在は、無視され透過され続ける殺害された猫たちの言葉なき痛みである。
新潟青陵大学の心理学教授は、元少年Aの猫殺害のデッサン記述を「ぞっとするほど、グロテスクです」と触れてはいるものの、立ち止まらず、「出版は正義に反する。しかし内容は心に迫る」と元少年Aの心情に寄り添う。
はっきり言って、もう日本の識者と専門家はどうしようもない。

猫活動は生きている猫たちを日々に支えるのは勿論だが、同時に猫たちの命が尽きる時に付き添う大事な務めを伴なっている。それが例え病死であろうと、穏やかな老衰による死であろうと、命の最期を目の当たりにし向き合うのには言葉に尽くせぬ重さがあり、死を乗り越えて活動してゆくためには相当のエネルギーを必要とする。
それを、18年前の猫の殺害を、痛み悲しみの視点ではなく、甘美な思い出を懐かしみたぐり寄せるように「暗黒武勇伝」として語り草にする〝いっちゃったセンス〟。飛びつく出版社と読者たち。本当に何もかもが分からなくなる。
あまりの真逆過ぎる感覚に、闇の正体が増々得体の知れない不気味さを醸し出す。いや、思い上がりの不遜ささえ漂っている。

1 Tree1

朝、今はいない琴ピッちゃんのイチョウの樹の下に立ち木肌を撫でる。或いは別の夜には、枯れ木のようになって死んで行ったリリタンが佇んでいた小さな公園で葉陰越しに月を見上げる。胸に去来するのは、「・・・ほんの一時でも幸せだと感じたことがあったのなら・・・」という思いだけ。
猫殺害を平気でする人間にはせせら笑われるようなセンチメンタリズムだろうが、死んでいった猫たちへの思いとして大事にしている感傷である。
分かるかな。猫たちの不幸を透過している諸君。
分かるかな。無残に殺された猫たちの痛みを透明にしている焼け太りの有識者諸君。
殺された猫たちの激しい痛みを踏み台にして、淳くんたちの殺害へとビルドアップし、18年の時を経た今、出版社のおんぶヒモを借り、識者と世間の背中に飛び乗った。
殺された猫たちの無残を透過するチープな経験と知識で、そんでもって知識人。魂の安さ、軽さ、薄っぺらさ。お里が知れるというものです。
酒鬼薔薇聖徒に惨殺され、有識者や市民に黙殺され、何事もなかったように明け暮れする社会、本当に猫たちが憐れでならない。浮かばれない。


2 琴a

3 琴a

4 琴a



Dkoto_2015061919572784a.jpg



DSCN0964add.jpg



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


candle20a.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.15

火傷の小猫の入院治療は5か月から6か月目へ

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   31℃~20℃ 

DSCN0923aa.jpg
入院治療5か月 そして6か月目へ


まだまだ


【火傷の小猫の入院治療は5か月から6か月目へ】体中に大やけどの大負傷を負って治療を継続している小猫は、品川区の犬猫病院にて6月15日でちょうど5か月の入院生活が過ぎました。日で指折れば、1月半ばから数えて「150日超え」です。大重傷だったのが分かります。
重い患部は未だにドレッシング治療が外せない状態で、傷の収縮(傷の回復かげん)がここのところ停滞気味を示しているとのことで、傷にドレッシングを当てたギリギリ巻きの包帯の日々に終止符が打たれるには、まだまだ忍耐の時間を要するようです。長く本当に辛抱のいる治療です。

先生の言に借りれば、日々の元気と食欲は「良好で落ち着いている」とのことなので、未来へつながるせめてもの安心材料なのですが、治りが遅くなっている背中や胸の患部が希望通りに頭部の「治りの進行」と同様な経路で行ってくれるのか。被毛は生えそろうのかどうなのか。ケロイドが一部か大部分に残ってしまうのか。
こればっかりは、神頼みの〝気まぐれ〟匙かげん、運天任せの領域👉 火傷の深さが内臓機能に影響を及ぼさなかったのを良しとしましょう。

猫の郵便は、火傷の小猫の完治を見届けるまで、先生の負担が重くならないように、追加医療費のバッキング・サポートや医療品(ドレッシング&高栄養食etc)を切らさぬよう切り目なく支援を継続してゆきます。これらのアクションは、「やけどの子へ」と真心支援を寄せて頂いている北は北海道から南は九州福岡県までの64名の皆さんの力添えあって出来ることです。本当に心から感謝しています。
入院治療5か月経過から6か月目へ、見晴らし不透明に続く道のりですが、報告は局面ごとにしますので、気長でゆるい見守りをよろしくお願いします。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.14

凶悪殺人犯の本が1位に輝く国👉 終わっている

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   27℃~21℃ 

images.jpg
世間一般がどんなことも「意味」を飲み込めないところまで堕落


【凶悪殺人犯の本が1位に輝く国👉 終わっている】現中年Aこと酒鬼薔薇聖徒のマスターベーション的出版は原発過酷事故級の悪臭ふりまく「」になった。酒鬼薔薇の原稿を出版業界に橋渡しした仕掛け人プロデューサー、話を持ち込まれた大手出版社が二の足を踏み同業者の太田出版に荷降ろしをした経緯と関係、出版業界の業績不振の折り〝話題性〟に目がくらみ「社会的意義があり、元少年Aには文学的能力がある」と過剰なまでの価値づけをして被害者遺族の了解も取らず「商品化」へ強行突破した当事者太田出版の堕ちたセンス。そして「生唾を飲み込むスキャンダリズム」を台所の食器洗いスポンジのように無批判的にガバガバ受容する一般ピープル社会。

凶悪殺人犯の本が売り上げベストセラーの1位に輝くなんて、この国の文化はもう回復不可能な「死に体」に陥っているのかもしれない。いや、もはや完全に終わっているのかもしれない。何でもあり、味噌もクソも一緒くたにしたガラガラポン、決して踏み越えてはいけない一線を狂気の沙汰で簡単たやすく越えてしまったようだ。
お蔭でセシウム・ストロンチウム・プルトニウム級の害毒が世の中にばら撒かれ拡散中である。ばら撒かれた猛毒は人の心のヒダに吸収され回収不能。
しかも、酒鬼薔薇聖徒が犯した事件の〝狂気〟には半減期がなく、世を震撼とさせた生々しさが少なくてもこの私には完全にフラッシュバックし忌まわしくぶり返しているのだから、土師淳くんの家族をはじめとした当事者遺族の心中は「如何ばかりか」と察してあまりある。んー、何も言えない。とうとうここまでやってくれた。

自浄作用を自ら勇んでかなぐり捨ててしまったなら、表現文化は自分で自分の首を絞め、そして死んでゆくしかなくなる。酒鬼薔薇聖徒のひけらかし我欲とジリ貧出版社のなりふりかまない生き残り金欲
がおぞましく手打ちしたのだ。
表現の自由 言論の自由 ドイツでヒットラー礼賛が許されているか アメリカで自分が犯した凶悪事件を元ネタに本を書き映画化権をとり金儲けすることが許されているか 酒鬼薔薇聖徒の餌食に遭った被害者たちがただの殺害のされ方ではなかったことを思う時、実際に在った事件を原資にした〝表現行為〟は被害者と遺族を逆なでいたぶる蹂躙冒涜にしかならない。

ネットの週刊朝日の配信によると、殺害した11歳の少年の頭部を中学校の正門に置くために家を出るシーンを、酒鬼薔薇はこんな表現で書いているという。「・・・葉型に拡がったカーテンの裂け目に両手をかけ、僕は外界の処女膜を破り、夜にダイブした・・・」、これが太田出版が評価した「文学的センス」ですか。
もうこっぱ恥ずかしくて赤陳腐
太田出版社員は、ヘソから出たゴマで「ゴマ豆腐」を作れ そして太田出版の焼印を入れて「ヘソゴマ豆腐」を絶賛発売しろ 
中年にさしかかっている年の〝〟が、18年前を回顧してこんな記述を今なおする。病気である。気が狂っている。世を「我が意」の鞘に収れんさせ制覇する絶倫気分のヒーローである。ハッキリ言って、行っちゃってる。
快楽殺人の「悦楽の闇」が、現在32歳の〝〟の魂深く脈々と鉱脈を張っていることを出版社はどうして読み取れなかったのだろう。

その犯罪心理の核心は、猫殺害の際の「・・・死をこの手で作り出せた・・・・死を、完璧にコントロールした」という段(くだり)に凝縮され、比喩され書き込まれている。これは殺害状況の詳細記述がはばかられる少年少女たちの、正に「その時」についてを、含み入れてのこと、地続きの「匂わせ」です。
猫殺害の心理は他の事件と分離しているのではなく、陸続きに加速度を増し、快楽物質を増大させ、きっと「もっと強い刺激を 悦楽を」と拍車を駆けて行った。このオナニー空間の追体験記述が広く世間を動員して行われた👉 それを、今「どうして」しなければいけなかったのか。

結局ですね・・・

太田出版は医療少年院と同じように、〝〟のジャックオフ≒オナニーの手伝いをさせられる羽目になってしまった。某は、殺害後の淳くんの顔に忌まわしい細工まで施しているのだから、「死を完璧にコントロールした」大罪に似つかわしい人生を受け入れ、ひっそりと目立たず暮らすべき。単純にただそれだけの人生に没頭すべき。
猫たちや、淳くんたちに、何をしたのか。それを自分の手の平と性(さが)に見つめ、即刻直ちに「ペンを折れ」と言いたい。
圧倒的に弱い者に、殺め手をかける以上の異常なことをし、高じて「てれんてれんタラタラと自分語りしている」のが、どうしても許せないのだ。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


candle20a.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.13

神戸元少年Aは治っていなかった👉 更生は完全失敗

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   29℃~21℃ 

DSCN0964dd.jpg
琴ピッちゃんの樹 琴ピッちゃんの死を受け入れるのには長い時間を要した


【神戸元少年Aは治っていない👉 更生は完全失敗】神戸連続児童殺害事件の元少年Aは中年Aへ。2015年の今、32歳。大人の分別ができる年齢なのだが、酒鬼薔薇聖徒はやっぱり酒鬼薔薇聖徒、汚れた精神は持ち越されていた。
魂の奥底にこびりついた自己開陳露出狂の〝性質〟は、今もって引き続き脈々と生き残り健在である。
結局、人は変わらない。
表向きに「反省」を取り繕ったところで、止みがたい衝動は隠し通せず、事件当時に神戸の新聞社に犯行声明を送ったのと同じように、被害者遺族の思いを踏みつけにする形で「出版」を強行したやり口に、〝自己開陳露出狂の性〟がありありと透けて見えている。
衆目環視に露出せずにはいられない性(さが)と自己憐憫の塊(かたまり)、救いがたさ際立つ特異な異臭を放っている。元少年Aは18年の時の濾過を経て、なお性癖は変わらなかった。

だまされないぞ。決してだまされない。それは人殺しの凄惨さの中で不問にかき消されるか、普通の人たちが見逃して来た出発点の「猫殺し」の記述からハッキリとひも解ける。
死をこの手で作り出せた。さんざんに自分を振りまわし、弄んだ死を、完璧にコントロールした」と、今なお中年Aなった酒鬼薔薇聖徒が回顧して書く。淳くんを殺害した手で。猫を殺した同じ手で。よく言うよな。
普通の人も、専門家も、この箇所を問題視しないのが、中年A酒鬼薔薇聖徒の闇にすでにすっぽりと侵食されていると言えるのです。
猫たちの一番近くで暮らす者として、猫殺しのこうした文言が一般書店で売り買いされる図に、「法も秩序もあったもんじゃない」狂気の暴走を見るのです。

死をこの手で作り出した・・・死を完璧にコントロ-ルした。今更ながらにこうしたことを平気の平左で言える狂気の神経回路、とんでもない破廉恥を言っているのに「相手が猫だから」と世間は疎い。
猫を勝手にできる「」としてしか見えていない普通の人には分からないかもしれないけれど、猫だってただおとなしくじっと黙って殺されるに任せていたわけじゃーない。静かに死を受け入れたわけじゃーない。
死をこの手で作り出せた・・・死を完璧にコントロ-ルした・・・。つまり猫たちを嗜虐の果てに無抵抗状態を作ったその上で「トドメを刺している」と語っているのです。武勇伝語りです。
選んだ獲物はみんな無抵抗を絶対的に想定できる相手。平気で弱い者を嗜虐の果てに殺められる精神。当時、ターゲットにされた土師淳くんが重度の障碍を持っていたことを知った段には、本当に胸が張り裂けそうに痛んだ。

今回の酒鬼薔薇の出版に関して、「犯罪の抑止力になり意義がある」とする識者の意見が出されているけれど、酒鬼薔薇は出版という台座に乗り「我が意のままに動く世間」に対し、スターかヒーローになった気分でいるだろう。
少年犯罪予備軍たちへの抑止力になるかもしれない いや、出版は増々の「暗黒のカリスマ性」を増大させただけ
大人以上の凶悪事件を起こしても、「少年だから」と刑罰を免罪され、医療少年院でオナニー用のビデオまでサービスされた至れり尽くせり、挙句の上塗りに18年の時が過ぎてチャッカリと「僕を覚えていますか」と犯罪イメージを世間に無理強いフラッシュバックさせるおぞましきキャラクター。
匿名で逃し、少年法で逃し、特赦され留保された〝心の闇〟は、匿名秘密裡にしたたかに生き延び、世を遊園地のように再び弄ぼうとしている。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


candle20a.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.12

琴ピッちゃん死して7か月 そして神戸元少年Aの本出版に思う

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   25℃~19℃ 

DSCN0959hh.jpg
琴ピッちゃん思い出の樹


【琴ピッちゃん死してから7か月👉 銀杏の樹を仰ぎ見て】梅雨の晴れ間に背を伸ばし青葉うっそうと生い繁る一本のイチョウの樹。去年の冬前に顔面の悪性腫瘍が原因で亡くなった琴ピッちゃんの生涯を9年間じーっと見つめ続けた樹である。琴ピッちゃんの宿り木、〝思慕の樹〟だった。
琴ピッちゃんが去ってから後、イチョウは自然の摂理でみるみる容色を失い葉を落として行ったが、これもまた自然の摂理で春の息吹きが吹き込まれると〝〟はまた青々とした生命力を蘇えらせている。
自然あや成す時の流れである。時の波遠ざかる、漂泊のうねりである。
琴ピッちゃん死して7か月とちょっと、朝日初々しい光の中に琴ピッちゃんの面影残すイチョウの樹をしげしげと眺めてみた。そして、時間って何なんだろう、命って何なんだろう、失うって何なんだろうと、茫漠とした思いに駆られるのだった。

そうして、思い出の樹の余韻を胸に残し家にたどり着き、ネットでザッとニュース・サイトを広げて見たら、とんでも仰天ニュースが目に飛び込んで来て、何とも言えない気持ちにさせられた。神戸連続児童殺傷事件の元少年A/酒鬼薔薇聖徒が世間に名の通った出版社から「本を出版した」というのだ。
しかも、被害者遺族に断りなしの強行突破で出版が行われたとのこと。出版の主旨は、「乗り越えて生きるため、再生するためには、自分を見つめ、過去をみつめる作業が避けては通れない不可欠」のことだったとか何とか。
突発的に頭に浮かんだのは、事件から18年間もの間、国や法やその道の学識専門家はこれまで一体何をしていたんだろうという思いだった。
少年だったとは言え、凶悪事件を原資にして、世間の中で再度「自らの蘇えりと自己確認」を行おうとする大破廉恥。
大罪を犯した己の内面との見つめ合いなら専門カウンセラーとの間で内々に行えば良いのであって、己の汚れたカリスマ性を世間に誇示する必要性はこれっぽっちもない。心の病理が治っているのならば、その前後判断はできたはず。

無論、私はそのようなおぞましさに加担したくはないので、本を買って読むことは永遠に回避するが、ネットで流れているコラムや論評を拾い読みすると、酒鬼薔薇聖徒は18年経った今でも「酒鬼薔薇聖徒」のままであり、猫の虐待殺害も含め〝殺し〟の井戸から汲み上げる〝悦楽物質〟からまだまだ抜け出せないでいるように思えた。
何故ならば、出版という人目を気にして、色目づかいに保身して「首を切断して頭部を中学校の校門に置いた」事件は語らず避けているのに、けれど猫殺害過程での心理描写は詳細に書き込んでいるというからだ。
猫を殺した時、酒鬼薔薇聖徒は「死をこの手で作り出せた。さんざんに自分を振りまわし、弄んだ死を、完璧にコントロールした」と、現在32歳の自分の手元に生々しく引き寄せ語っているのである。
人の殺害を大っぴらに物語れないものだから、猫殺害に人殺しの悦楽心理を投影し、メタファーとデフォルメとトリックを行ったのだろう。猫殺しの心理描写を今なお詳しくできるということ、それは一体・・・

当時11歳の男児の首を切断し、世間全体をあざ笑い挑戦するかのように中学校校門に誇示した酒鬼薔薇聖徒。被害者遺族・土師さんの18年は何だったんだろうか。
18年前に小さな息子を凄惨に殺害され、18年経ち尚もざっくりと傷口をこじ開けられ塩をすり込まれる。犯人に息子を快楽殺人され、精神を殺され、国や法の不作為に18年間針のムシロの上を歩かされ、恩讐の彼方に葬ろうとしている時にまた鉄槌を喰らわせられる。やり切れなさだけが世間の通路を突っ切って行く。

酒鬼薔薇は「事件で僕は固有の名前がある人間ではなく、少年Aという記号になった」と書いているらしいが、酒鬼薔薇の邪悪の前に殺しのサブジェクトとして物化された少年少女たちと猫たちの痛み苦しみがまだ全然分かっていないようだ。他者の痛みよりも己の魂を先に立たせる、この構図で事件は起こされたのであり、強行突破の出版が行われたのである。
アメリカには「サムの息子法」という法律があり、犯罪加害者が自分の犯罪物語を出版して利益を得ることを阻止する目的で制定されたという。巨悪/凶悪事件が起こっても、時代の様相が変わろうとも、何もしない怠惰なこの国の政治とは、本当に雲泥の差である。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


201410211701211d8bb.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.11

5月、今月のありがとう‘2015

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    28℃~19℃ 

DSCN9603e.jpg
計り知れない人の心より 空模様の方が与(くみ)しやすい


地域猫の台所事情を支える 新しい人たち求む


【A Thank-You Note To Our Friends】2015年5月。日中の気温はみるみる上昇。夏を思わせる日があるかと思えば、ストンと肌寒い日がやって来たりして、寒暖差乱高下する春の日よりでした。
空模様が思惑通りに行かないのは当たり前のことですが、夏に向かう滑走路を猫たち共々こうして大わらわでひた走って行くのでしょうか。

思惑通りに行かないもう一つは〝命の問題〟でした。4月に14才ポポフの命が尽き、哀悼乾かぬうちに、原因不明の難病を患っていたマチュピチュの病状が着々と進み、時の刻みの中に召されて行きました。
生が大事なら、見送りの死も大切、丁寧にして天国へ旅立たせたつもりでいます。ポポフやマチュピチュの小さな命に〝ねぎらいの言葉〟をかけて頂いた方々には本心から感謝しています。

そして、この春は気障りな事件が次々とひっきりなしに押し寄せて来ました。不可解メールや地域猫現場活動へのアクシデンタル・クレーム。それなりの対応策を取りやり繰りしていますが、心的圧迫感は本当にストレスになりますね。けれど、それで立ち止まっていられないのが〝猫活動〟です。支えて頂いている人たちがいることを心強さや継続の力にして、気折れしないよう頑張って行きます。黙々としているのが一番です。

練馬区SHさん 目黒区MNさん 港区KKさん 品川区IMさん 東久留米市HYさん 品川区KMさん 中野区YTさん 草加市SHさん 千葉市HNさん 港区MTさん 港区YMさん 横浜市IMさん 品川区NAさん 
(6月始めまでにゆうちょ銀行からの通知で確認できた方です。13名の皆さんに感謝します。)

やけどの小猫へご寄付を頂いていた〝草加市のSHさんと千葉市のHNさん〟からは、猫の郵便の通常活動への初めてのご寄付を寄せて頂きました。本当にありがたく思っています。

横浜市のIMさんと品川区のIMさんと港区のMTさんからは、亡くなったマチュピュチュの見送りのためのお花代や心づくしの差入れを頂きました。東久留米市のHYさんからもさまざまな手厚い配慮をして頂き、皆さんの優しき心をマチュピチュ葬送の「花ゆりかご」に乗せ思いを託しました。ありがとうございます。

いっそう殺伐とする世の中にあって、一か月に必ず一度「ありがとう」と、支援を頂いているそれぞれの人たちの思いに触れふり返ってみる時、「しゃんとしなければ・・・」と背筋を正す機会にさせて頂いています。これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。(鉄腕ウンガ

【今月の買物ラプソディ】5月はじめの大型連休中のことでした。道すがら、休日にフードをもらえない外猫にまた出くわしました。これはもう年中恒例行事のようになっています。休みのたびに気になっていたのですが、中にはとうとう居所を引越して毎日こっちに姿を現わすようになった猫もいます。それで、その都度に増える保護対象猫と、フード代のかさみ膨らみです。

OLやサラリーマンの気まぐれであぶれた子たちなのだから「関係ない」と、放って逃げることはとてもできません。
フード代予算が膨らむのは「やむを得ない」としても、無責任なOLやサラリーマンには週末や大型連休のたびに低温〝怒り心頭〟に達するのです。
なおざりにされ右往左往する猫たちの姿はひと際切なさを誘い、可哀そうでライブ映像で世界配信したいくらいです。日本人、こんなことで良いのでしょうか。

モラル低く、公共心低く、休みの日に飢えている顔見知りの猫たちに思いを馳せられないチープな心ばかり。エサやり禁止の貼り紙をされる一因は、彼ら無責任族の道徳心の低さにもあるのです。
ランダムに動く不良エサやりはクレーマーに捕まりにくく、コンスタントに活動する私たちがいつも補足されるはめになるのです。この代価は、お金には換算できないほど割高な支払いになるのです。
文句ばっかり一丁前で何もしようとしない自立しない市民を治める行政コストが高く付くように、不良エサやり無責任族の代価まで請け負わなければいけない。(鉄腕ウンガ



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.10

港区へ警告貼り紙「ノラ猫被害」の文言👉 訂正を要求

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   28℃~18℃ 

DSCN7425.jpg
どうして外で暮らすようになったのか 普通の頭で考えたら分かること


やってらんない


【港区へ警告貼り紙の中の「ノラ猫被害」の文言👉 訂正を要求】港区動物行政から警告貼り紙が出された場所には10匹くらいの猫たちが住んでいる。しかし、全頭がTNR済みなのに、いくら苦情者の気持ちをなだめようという意図であっても、デタラメはいけない。何も知らない通りすがりの人が一瞥したら、「ここにはノラ猫被害があり、ノラ猫にエサをやりする人が周囲に迷惑をかけ、地域住民が苦慮している」、そんな印象を与えてしまうだろう

貼り紙を見て、もう既に「そう」印象をすり込まれた人がいるかもしれない。曖昧な言葉ほど大きく翼を広げ風に乗って羽ばたく。

ノラ猫被害」って何ですか。猫たちからどんな被害を受け、市民生活が立ち行かなくなるようなどんな抜き差しならない大被害を誰が被っていると言うのですか。
外猫や不幸な猫たちを作り出している最たる原因、捨て猫する人や放し飼いにしている人に激甘々に甘く、外猫たちの不幸を少しでも良い方向に改善しようとしている人に〝魔女狩り〟の投網をかけようとするって、ことわり)としては天地逆さまでしょう

地域猫の現場から活動の杭(くい)を引っこ抜いたら、一体その後に誰がTNRをしたり、適正管理するのか。ただ荒れ野になるばかりのは分かり切ったことだろうに。
新たに捨て猫されても、そうなったら、もうTNRをする人いず、前地域猫時代に逆戻り。
役所の仕事は、外猫の苦情を受けたら、闇雲に苦情者に平身低頭するのではなく、一般住民に「地域猫の考え」をレクチャーするなり、万一TNR未開の地ならエサやりする人たちに「猫たちを地域猫にすることによって苦情から守れますよ」とガイドすべきなのです。

ノラ猫被害って本当に何ですか。エサやりが「市民の迷惑になっている」って何ですか。猫たちがどれくらい市民生活ににっちもさっちも行かない実害を与えているのですか。
原発事故ほどの被害ですか。アベノミクスの円安誘導による輸入原材料の高騰で市民生活が値上げラッシュで締め上げられているほどですか。
STAP細胞研究で税金をジャブジャブ湯水のように浪費したあの人ほどの迷惑をかけていますか。Etc・・・

メルトダウンしていないしていました。汚染水は完全にブロック、アンダー・コントロールされていません。STAP細胞はありますありませんでした。報道に圧力をかけていませんかけていました。
憲法と法律いの一番に政治家が平気で破る。
何もかもが嘘八百ばかりの世の中で、真っ赤な嘘をつく人がスイスイと見逃され、いじめやすい立場にいる者に圧迫の集中砲火を浴びせるなんて本末転倒、世の中あんまりにも腐り過ぎなのです。

港区某町に区が出した貼り紙については、偏見を誘発しかねないと思ったので、訂正の要請をしました。週明けに「ノラ猫被害」という文言を外すことになりました。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.09

区に貼り紙をさせた張本人の言い分

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  22℃~17℃ 

roab.jpg
邪魔者扱い 無知と冷血は その身のやがて 亡びに


排除 邪魔者 無知 冷血


猫問題の主は 捨て猫問題なの! 分かる


【区に貼り紙をさせた張本人の言い分】区に被害を訴え、苦情を出して、善処策を講じさせたのが誰なのかは薄っすらと勘づいていた。友人が地域猫活動をする現場の後片付けを私は8年間受け持って来たのだが、早朝に片付け作業に行くと季節が良くなったせいで〝とある女〟がウロチョロし始めていた。姿を現わさない時には、作業が終わり次の現場へ自転車を走らせると後方で某マンション上階の窓からピシャっと水を撒く音が聞こえていた。
持って回った言い回しの区の「貼り紙」が貼り出された時、直感的に勘が働き「ははぁーん」とガッテン承知させられるものがあった。そして、しばらくしてからの朝、件(くだん)の現場に到着すると、例の女が得意満面でそこら中にペットボトルで水を撒いていた。何気なさを装って話しかけてみると、女は図に乗り〝戦利品(区が出した貼り紙〟を指さし、戦果の取り繕いを話し始めたのだった。カモがネギをしょってやって来たのである。

私、猫ちゃんが可哀そうだからお知らせしたの。エサをやるから定住するのよ。エサをやらなければ住みつかず誰か良い人に拾われ、もらわれて行ったかもしれないでしょ。それにエサをやればカラスが来て、猫ちゃんがいじめられるから本当に可哀そうになって。警察に言っても何もしてくれないし。エサをここでやらなければもっと良い所が見つかるかもしれないでしょ」と、実に手前勝手な軽口を滑らせたのでした。
手術をして猫ちゃんが増えないようにするのは良いのよ。感謝しているわ。でも、エサやりは不潔でしょ」と、論理破たん破れかぶれを気にも止めず、思い通りに役人たちが動いてくれたのが楽しくて仕方ない鼻高々な様子がうかがえた。

8年の道のり。朝、そこに後片付けに行くと、顔なじみになった猫たちが路地から走り出て来て、足元でいつもあいさつのスリスリをしてくれるのだが、この日の朝はシーンと静まり返ったままだった。「猫ちゃん」などと言って、これ見よがしに猫たちに好意的な素振りを見せてはいたが、猫たちが近づかない様子から察すれば、普段この中年女が猫たちにどんな仕打ちをしているのか、気配からおおよその想像はつけられた。
しかし、思い(正論)をぶちまけて焼け野原にしないのが、地域猫活動で身に付けた流儀と経験知。口げんかで勝って相手を「ぐうの音も出ない」ほど打ちのめして戦果を上げたところで、感情のもつれを高じさせて、もっとひどい状況を引きずり出すのは避けたかったので、「はい はい 気をつけます」と、その場をまるく収めた。

負けたふりをして果実を取る。いつしか身についた戦法であり、水先案内である。そこで感情をおもむくままに任せ、ケンカに勝って、後の活動が困難になり、地域猫たちが足場を失うのでは、元も子もなくなる。
自分はケンカっ早く短気で、負けん気が強い性格なのだが、こんな分からず屋の世の中を相手にしてたどり着いた猫守りとしての一つの境地、処世術なのである。はい。貼り紙は満足の行くまで、いつまでも貼っていて下さい。
最後の一匹を見送るまでやり続けなければいけないミッションなのだから。
文句一発で蹴りをつけられるほど、地域猫活動はそんなに単純簡単なものではないのだから。

耐えに耐え。自分をだましだましして。

でも、本当に人間は勝手だよな。不妊手術はしろ。掃除もしろ。猫を連れて行け。ガイドラインを守れ。そして「エサやりはするな 水も置くな」では、論理も道理も倫理もヘチマもあったもんじゃないじゃーないか。
手を上げて、足上げて、くるっと回って「ニャンと言え」ってなもの。
どうやら、地域猫について、動物の命について、学ばなければいけないのは、在野の一般だったり、役所に勤める人間だったりするのかもしれない。あまりにも無知冷血である。
たった一人のキ○ガ○のために右往左往する。右往左往させられるのは、事の本質を体得してないため、結局は保身に走るしか道がない。
ただ文句を言いつのり何もしていない人間が暇に任せて、何かしている人間のちょっとした失敗やほころびを咎め立てして〝悪しざま〟にする。何とギスギスする世の中。もうまっとうに言葉をとり交わせるスクエアなど、どこにも求められなくなったのかもしれない。
地域猫ボラを9年間やり続けているこの友人は、別の場所で「猫を見ると吐き気がして、サムイボをできるから止めてくんない 迷惑なのよ」と厚化粧の女に言われたそうだ。ここまで来れば本当に性悪の病気である。なんでこんな性悪を法理・倫理・論理・道理で諭(さと)せないで、まじめに猫たちの命を守っている友人が〝網の目〟にかけられなければならないのか 
理不尽な世の中である そう思わせられる夏の入り口、ヒートアップしないように注意しよう。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.08

外猫に並々ならぬ敵がい心を燃やす人たち

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  25℃~17℃  

DSCN7738.jpg
捨て猫犯 虐待犯 不良エサやりは 闇に逃され 地域猫ボラだけがやり玉に上げられ 裁かれる 


敵がい心燃やすなら もっと勉強して 問題核心にふれてみろ


捨て猫に甘い法律捨て猫する人間に文句を言え


【外猫に並々ならぬ敵がい心を燃やす人たち】猫の存在にクレームを言う人には、目に入った猫が迷い猫であろうが、適正管理されている地域猫であろうが、これからTNR予定の外猫であろうが、捨て猫であろうが、興味の対象外で全々関係ない。要は、猫は彼らの目には石くれ、虫ころ程度の害虫にしか映っていないからだ。
猫など、生きようが死のうが、どうなろうと知ったこっちゃーない、血を通わせられない対象、存在なのだ。
同じものを見てもこれだけ感じ方や価値観がへだたる。もはや、この価値観の乖離は「種の起源と進化」が違うと言い切ってしまうほかない。
しかし、悩めるのは彼らが自説を披露する時、決まって旧来従来の〝市民の縁取り〟から攻撃の矢を放つことにある。善良な一市民の肩書を背にして、被害を大げさに言いつのり、権利を叫び、自称〝善玉砲火〟の言葉の暴力を雨アラレと浴びせる、そして市民社会に害毒をもたらす者は「排除されてしかるべきだ」との論を結ぶ。
まち猫問題のクレーマーたちは「この論法」で終始一貫している。彼らは目の前の猫を自分と同じ生命とはみなさず、慈悲の心が舞い降りることはついぞなかった。あくまでも自分が玉座にすわる王であり、自分が一番正しいのである。

この一か月間、外暮らしの猫たちの写真につけた題字の言葉など、彼らには何の意味もないだろう。路上で風に吹かれ踏みにじられる哀れなチラシの破れ紙みたいなものである。👉 👉 👉 ☟ 
外猫たちは・・・ 好き好んで外で暮らしているわけじゃない。好き好んで捨て猫になったわけじゃない。無視できない現実があり、助けを必要としている猫たち(存在)がいる。地域猫ボラは市民社会の敵なのか。地域猫のID住所を持たなかったら今頃は・・・ ☟ ☟ ☟ 
まさに踏みにじられる紙屑である。猫一匹に敵がい心を燃やす酸素不足社会、因習をすり込まれた世代が何回りすれば新しい空気に一掃されるのか。永遠の平行線にほとほとくたびれ果てている。

大衆市民社会を背にした砲台から敵を撃つ。無辜の民の義勇軍。無辜の民とは「罪のない人々 罪なき民衆」とある。されど、ここまで善悪の見境なく金まみれ欲まみれに入り乱れ汚れ切った時代に、胸を張り「無辜の民」と自称できる人間など本当に果たしているのだろうか。
誰もが多少の後ろめたさに手を染め、誰もが大小の罪を手垢にして生きている。無辜の民≓善良な一般市民のアイデンティティーを盾にして〝千のナイフ〟で攻め込まれたとて、大前提となる「無辜の民」が初っ端から身分詐称の虚偽なのだから相手するのも空しくなるのだ。
えっ、誰が汚れなき無辜の民なの ってね・・・
言ってしまえば、ただやっつけたいだけ。問題の原因である「捨て猫」する行為に事の良し悪しのモラルの欠片すら宿さない見識に、猫が「どこで野垂れ死にしようが知ったこっちゃない」とうそぶける見識に、同意できるはずはなく、共感の足場を共有し得ない天と地の関係に似た遠い隔たりを見るのです。

善良なる一般市民の〝善良〟と〝一般〟とは、その下心が「排除と冷血のことですか」と薄々見えて来た今日この頃、市民とか一般とか善良とか無辜の民とか、そうした曖昧模糊とした〝ふりかざし〟で甲高く物言いする人たちにある種の危なっかしさをひしひしと感じている。人間性って何なんだろうね。「港区貼り紙事変」を促したおばさんへの接近取材報告は次回です。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.07

また貼り紙をされる

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   26℃~16℃ 

DSCN0798g_20150609190410507.jpg
善良な一般市民の〝善良〟と〝一般〟とは 冷血と排除のことか


猫一匹に 敵がい心を燃やす 酸素不足社会


【また貼り紙をされる】何らかの理由で人間社会や市民社会の外側へはじき出され、路上や野で暮らす哀れな猫たち。それを人は「野良猫」と言って目に五感に慣習化して来た。対して、野良状態にTNR(不妊手術)を施し、適正管理することを〝地域猫活動という。新しい取り組みなのだが、市民社会に「地域猫の考え方」はまだ周知徹底され浸透してはいず、大多数の人たちは今なお外で猫を見れば、すり込まれた習わしの神経回路が働き、視覚に「ノラ猫」として像が結ばれる。
猫の耳先にV字カットがあっても、多くの人はその意味を知らない。だから、街で地域猫活動をしている人を見ても、良くて「猫好きの奇特な人」くらいのとらえられ方、最悪になると「ノラ猫にエサやりをして、猫を増やしている不届き者」と非難や罵声の集中砲火を浴びることとなる。
無知、無知がためにこうして地域猫活動と猫たちは、道狭く対処に苦慮する棘だらけの〝茨の道〟を歩くはめを強いられている現実です。

地域猫活動に有形無形にプレッシャーをかける人たち。時にそれを嬉々として喜び勇んでする人たち。市民を名乗る苦情人たち。物影に隠れ、猫守りをする者が七転八倒する姿を、ほくそ笑み眺めるのは、さぞかし笑いが止まらなく面白おかしいことなのだろうか。
地域猫現場へのあれやこれやのちょっかい似非あやせはるか虚偽メール事件猫の郵便4号の手のひら返しの裏切り事件エサも水もやるな貼り紙事件フジテレビ突撃取材事件そしてまた新たな貼り紙事変が起こった。
事件ではなく、事変とした理由は、今回の件は〝〟を使って仕掛けているからです。

今度の「貼り紙」は、同じ港区の町なかで活動している友だちの現場がターゲットにされた。やり口がとても巧妙だった。善良な一市民を名乗り、港区役所に〝被害〟を訴え、港区役所からアクションを引き出し、大がかりなステッカー看板を出させる戦果を上げた。
友だちに呼ばれ、貼り紙の一字一句に注意を払い、目を皿のようにして見てみると、要は「エサを置くな 水を置くな 地域住民が甚大な迷惑を受けている」との内容。
そして、さすがお役所仕事と苦笑いしたのは役所防衛の〝お言葉〟を同時並行に書き添えてあったからでした。
八方美人の物腰、玉虫色の対処法、自分守りに長けたスキルはヘソで茶を沸かす伝統芸です。「港区はノラ猫被害をなくすため、地域猫活動を進めています」と・・・

港区はノラ猫被害をなくすため、地域猫活動を進めています」と、自ら手も汚さず中途半端な認識しか持っていない〝甘い施策〟を積極アピールするイケ図々しさ。まざまざと〝役人標本〟のあざとさをそこに見せられるのでした。
湾岸の不法釣り人たちに「違法な釣りは止めるように忠告ポスターを出してくれ」と要請してもなかなか叶わなかったのに、猫問題についてはこんなに速攻軽業で多色刷りの〝〟が入った警告ポスターを簡単に出す。
その不公平さに、キツネとタヌキのだまし打ちに遭ったような脱力を覚えるのでした。

港区はそこが全頭TNR済みの地域猫エリアであることを知っているくせに被害届を出した市民にそれを何故か伝えない。〝善良な一市民〟の要請には軽業で最大限の便宜を図り、地域猫活動をする友だちには理不尽なプレッシャーを最大限にかける。地域猫活動には〝にべ〟もない態度しか取らないのに、町全体の代表でもないたった一人の狂気のために奔走した小役人。「ノラ猫被害」って何ですかね。
そこで友だちは水をかけられたり、在らぬ言いがかりで足止めされたり、卑猥なことを言われたり、悪戦苦闘して猫たちを守っているのに、〝善良な一市民〟の大声妄言に負け「地域猫への取り組み」がないがしろに扱われ、唾された感ヒシヒシです。

何もしていない一般市民の苦情が優遇され、実際に〝何か〟をしている人に煮え湯を飲ませる。世の中でよく目にする光景だが、そんでもって「私たちは地域猫活動を進めている」とダブルトーク(二枚舌)を軽口でやってのけられる厚顔神経にはただただのけぞるしかありませんね。
誰がやったのか想像がついたので、〝飛んで火に入る梅雨の虫〟が現場にしゃしゃり出て来たところをそれとはなしに話しかけてみたら・・・つづく



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.06

過去にシッポを切断された猫はもうこの世に居ないかもしれない

Category: 地域猫原点
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   25℃~13℃ 

20年9月21日 043
猫の郵便 地域猫活動の発祥地のひとつ


【過去にシッポを切断された猫はもうこの世の中に居ないのかもしれない】地域猫活動を本格的に始めるいっとう最初のとっかかりになった湾岸に建つシーバンズ・ビルの水辺。写真が写す猫が、静香ちゃんなのか、後にシッポを切断されることになるイーディーなのか、姿が小さすぎて判然としないが、TNR(不妊手術)なしで放置されていた〝エリアの実態〟は2007年春の段階で15頭を超える大所帯にまでふくれ上がっていた。
15頭を超える猫たちはそれぞれに血のつながりがあり、静香ちゃんとイーディーは同じ茶白模様の姉妹で実によく似ていて、今となってはどっちなのかは、「んー」分からない。
後で鉄腕ウンガさんにディスクを借りて、ストック写真の中からイーディーの姿を探してみるけど、猫たちはこんなに危ない所に身を寄せ生息していたのです。

護岸工事された運河の陸と水面の関係は直角の絶壁、幹線道路から侵入する車と出てゆく車の雑然とした慌しさ、犬の散歩コースでもあり犬を猫たちにけしかけ遊ぶ人etc、けれど猫に「あっちに行っちゃダメだよ」というコントロールは利かず、思い起こせば数々の虐待事件も多発していましたっけね。
赤丸の危険地帯で本当に目が離せず、気に病む場所でした。
黒猫レイチェルが連れ去られたのもここ。赤ちゃんマチュピチュが捨てられたのもここ。ジプティ(後に毒殺事件で死亡)が捨てられたのもここ。健康そのものだったJ太郎やワサビや三毛猫リトや白黒タキシードやトラ白ノイマンがある日忽然と姿をかき消したのもここ。その他にも色んな事件が起こりました。
ですが、時は地域猫活動を始めてから8年の歳月。猫の数が減って目立たなくなり、残す猫が4匹となって、当初に比べれば近頃は「どこに猫がいるの」と深々と静けさ漂う佇まいです。

前段が長くなってしまいましたが、その生き残り組の中の一匹がここ一か月の間、全々姿を確認できていないのです。最後に見たのは5月初め、背中をさわり健康確認は毎日していたのだが、最後のタッチの記憶ではずんぐりむっくり立派な体つきでとても緊急を要する持病持ちとは思えなかったし、2012年冬にひいた風邪で顔が歪んでいて「猫の可愛さ」の枠からはてんで外れてしまっていたから奇特な人が保護したとも考えにくく、「交通事故 水の事故 体格立派な猫にありがちな心臓発作による急死」などと思いめぐらしてみるものの、地形複雑にして亡羊とした広がりに成すすべなく、あてどなく目を泳がせるばかりです。

シッポが切断される前はすぐに抱っこできる人懐こい猫だったっけ。TNR作業の時は捕獲機ではなく素手で捕まえてキャリーに入れ病院へ。けれど、2008年にシッポ切断事件が起きてからは、いつの間にか明るい性格に影が射し出し、挙動不審が目立つ猫になって行った。
それでも現場に到着すると、察して周りをウロチョロしてくれていたのだが、冬を抜け「いい季節になったなー」と思うやいなや、それを境にパッタリと姿が見えなくなった。永遠の命は望むべくもないけれど・・・
年は9才か、10才。運動神経抜群の女の子だった。しかし、人懐っこい性格が災いしてシッポを切られるはめになっちゃって。この事件は、大火傷の小猫の治療を引き受けてくれている品川の犬猫病院の先生も知っている。

地域猫活動は、管理する猫たちを自在に全部〝我が意の中〟にコントロールするのは最高級難度の至難の技中の技くらいにむずかしく、苦労したイーディーの生涯の最期を看取り「見送ってやりたかった」悔いが残るけれど、これも地域猫ボラが懐深く引き受けなければならない苦さ噛みしめる「蹉跌」なのだろう。

もしイーディーが天に召されているのなら、10年に及ぶ外暮らしの歩みに「本当にお疲れさまでした」とねぎらいの言葉をかけてあげたい。そして、心底から最大級に「安らかな眠り」を祈ってやまない。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


candle20a.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.05

無知が勇んだ通報👉 たれこまれたフジテレビが気の毒

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  23℃~16℃ 

DSCN0836.jpg
地域猫10年の貫禄 地域猫のID住所を持たなかったら今頃は・・・


無知こそ 地域猫の敵 市民の敵


【無知が勇んだ通報👉 たれこまれたフジテレビが気の毒】誰がタレコミをしたのか知らないが、ガセネタをつかまされたフジテレビが気の毒になる。環境省が「まち猫問題」の解決法として奨める正当な〝地域猫活動〟を待ち伏せ取材したところで、一般市民社会が猫被害で大迷惑を被っている決定的画像や言質など生け捕りゲットなど出来ようはずがない。
なぜなら突撃取材を受けた現場は、夜間はゴーストタウンと化す摩天楼・東芝ビルの真下、まず人間の居住がなく市民に迷惑のかかる要素はこれっぽっちもなく、東芝ビル管理会社も捨て猫問題を「地域猫の考え方」で解決に向かわせる我々の方法や存在を容認し受け入れている。
活動当初60頭近くに昇っていた猫たちのTNR不妊・去勢手術)も港区と協働して行って来た。
私たちの活動の歩みは、巨大会社東芝や港区役所や放浪する飢餓状態の猫たちを心配する心ある一部の市民に歓迎されこそすれ、市民生活に実害を及ぼしている謂れはからっきしありませんからね。
フジテレビに情報を提供した人は、全く責任を取らない〝不良エサやり行為〟と地道な〝地域猫活動〟の区別判読もできないままに、きっと勇んで情報開陳をしてしまったのでしょう。無知が招いた勇み足でした。

全頭TNRの責務を負い、看取り(病気の猫の保護)の責任を果たし、食べ物を求め放浪しないよう一日2回の給食を必ず行い、捨て猫防止の広報を行う、この何が市民生活に抜き差しならない多大な迷惑をかけることになるのでしょうか。「猫の迷惑」の自説を声高に世間に主張するのならば、地域猫活動の流儀と不良エサやり行為の悪態の間の天地の差くらいは比較検討してみるべきでしたね。
おまえたちがそんなことをやっているからどんどん猫が増えるんだ」と何も知らない新米ガードマンや通行人に鬼の首でも取ったように一方的に罵られたことが散々あったけれど、無知とは本当に悲しいものです。
地域猫活動が堅実に行われている所では確実に猫たちの数が減っている実績データがあるのにも関わらず、何も知らずに無知と偏見で言葉を吐き捨てる。
無知が偏見の卵を空中産卵し、軽風に乗ってインフルエンザのように世間に広げる。
そうして、無知と偏見のインフルにかかった人たちに、まっとうな猫守りの活動をしている全国の人たちがどんなに圧迫を受け痛めつけられて来たことか。
ガセネタをつかまされたフジテレビの取材班の皆さん、夜遅くまで本当にお疲れさまでした。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.04

貼り紙 突撃取材👉 外猫支援ボラは市民社会の敵なのか

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   29℃~19℃ 

DSCN9406.jpg
外猫と地域猫ボラは市民の迷惑 市民の敵なのか?


【貼り紙 突撃取材👉 外猫支援ボラは市民の敵なのか】エサと水をやるな」の手書き貼り紙事件とフジテレビの突撃取材は現場が離れているので直接の関連は全くありません。貼り紙の主がテレビ局に通報し、それで取材対象にされた訳ではありません。
これは「捨て猫問題」に取り組む時間軸や時系列の中で、潜伏しては浮かび上がりしてずーっと存在し続けている活動をめぐる〝諍い〟の連綿たるチェーンです。
フジテレビの取材者いわく「・・・でもですね。市民の方々の中には野良猫へのエサやりで迷惑を受けている人もいるかもと・・・」と、会話の切り口はこれに始まり、これに終わりました。

だったら、猫ボラの私たちにどうしろと・・・

だったら、善良な市民の要求通りに「エサやり全面禁止令」を出し、外猫たちが善良な市民の目に入らない所で、一網打尽に餓死するか衰弱死するか殺処分に処され、見晴るかす外猫ゼロのクリーンな街になれば「めでたし めでたし」の万々歳、それで満足するのだろうか。
私は善良を名乗る市民たちが「猫の迷惑」を口にする際に、命へのまなざしが完璧に欠落しているのではないかと、フジテレビの取材者に伝えました。雨風に打たれ野ざらしに生きる猫たちが何故引きも切らず発生するのか、このむごい前提が善良な市民の眼差しの中から完全に脱落し見逃され見捨てられていることを指摘しました。

まち猫問題をどう思いますか」と取材を受ける一般人は、東京キー局のテレビ人になら良面の顔を示し、ダークサイドの顔は決して見せやしない。それは自販機にコインを入れ目的の現物が出て来る予定調和のようなものです。
一般人対テレビ局の関係、そこのところの主従心理をとことん分かっていないと、大衆社会に生きる人間の裏の裏を見通すのはむずかしい。
メディアは得てして「正義と悪の対立ストーリー」を演出し煽りたがるけどね。

・・・ですが」です。「猫の迷惑」を叫ぶ人たちは私たちとの対面やメールでは〝悪魔の素顔〟を隠そうとはしませんでした。8年間の活動で嫌というほど経験させられた人の心のダークサイドです。粗暴そのものでしたね。
警察を呼ぶぞ」や「保健所に通報して猫を殺すぞ」の類いは序の口。「死ね」とか「殺すぞ」とか「馬鹿」とか「畜生並みのマヌケ」とか、人格をひねりつぶされるような罵声を浴びせられるのは年中行事であり、たとえば自転車にかけていた傘の持ち逃げ&自転車前カゴにゴミを放り込まれるなどは日常茶飯事の軽い方の出来事、暴力による猫虐待事件も数々経験させられて来ました。
猫弁当や猫の水に立小便をする、猫弁当を持ち去りまき散らす、ひとつ実際にあった例を出すなら👉 普段会うたびに「がんばってね」と励ましてくれていたおばさんが或る暗闇の夜に猫弁当にブロックの重石を被せふさぎ、ドライフードに小石を混ぜ込んでいる姿を目撃した時は人間の裏表に心底絶望しました。
エピソードを語り出すと切りがないけれど、これら活動現場で直に体験したクレーマーの驚くばかりの〝冷血〟や〝口汚さ〟が、路頭に迷う外猫たちの命に一顧だにしない冷たさで「野良猫被害」を声高に叫び猫ボラと猫たちを追いつめようとする心理と重なり合うのです。

出会い頭に「猫にエサをやるな」とクレームをつける人たちに何度も「猫の命をどうお考えですか」と問うて来たけれど、いつも同じコピー機の中から出て来るかの如く「関係ねぇー」と野卑な開き直りが鼓膜を揺らすことになるのでした。旗色が悪くなると「関係ねぇー」、論理破綻すると「関係ねぇー うるせぇー とっとと死ね」、どの人も同じでした。

そりが合わない関係、永遠の乖離、それらを同じプレート(共同体)の上で成り立たせるためには、法理・論理・倫理・道理の「理(ことわり」で互いをすり合わせ妥協点を探すのが最もなのだが、これは感情を主な動力源にして成り立つ日本社会が一番苦手にしている所作です。
猫問題をめぐる答えが出ない根深い対立には、実はこうした日本人の行動特性に深いルーツがあると感じていることをフジテレビ取材者に話しました。
ほどけない感情対立、ほどけない結び目、一度固まった感情は二度と氷解はしない気質、さぁーどうしましょうか、このプレートの上で次にステージに持ってゆくためには・・・。
善良な市民が深い眠りの中にいる草木も眠る丑三つ時、暗い夜風に吹かれ、地域猫ボラとフジテレビと、そして都会のすり鉢の底でひっそり息を潜め生きる猫たちの小さな息づかい・・・    ・・・つづく



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.03

深夜の出来事👉 フジテレビ・クルーに突撃取材される

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  23℃~21℃ 

DSCN6269.jpg
それは地域猫歴8年を越えるこの二匹の猫たちに別れを告げてから起きた


【深夜の出来事👉 フジテレビ・クルーに突撃取材を受ける】トンネルを抜けるとそこには江戸時代の時間盤が静々と動いていた」と言いたくなるほどの「何処からともなく物の怪がヒューっと飛び出して来そうな」夜気に浮かぶ薄気味悪い湾岸の街並み、空気感。生活臭がないビジネス街のひんやりした夜の面差し。草木も眠る丑三つ時(うしみつどき)という言い方がぴったり似合う。
その夜は用事が立て込み、完全遅刻の地域猫活動のスタートになっていた。
待たせた猫たちに申し訳ない気持ちでA地点の現場作業を終え、B地点の雑木林の中で地域猫歴8年を迎えた二匹の猫たちを呼び寄せ食事をさせ、急いでC地点になだれ込み自転車を止めた、その時だった。
おもむろに男が近づき、こう切り出された。
さっき、あそこで何をされていたんですか」と、初対面のエクスキューズも自己紹介もなく唐突に言葉が飛んで来たので、何だか悪いことをして尋問を受ける立場に立たされているような気分でしたね。
その人は暗がりの中、また間髪入れずに同じ質問を繰り返しました。「あそこで何をされていたんですか」と。すかさず「見知らぬ人に話しかけて、会話を成り立たせるためには、まず自己紹介から始めるのが礼儀と常識ではないですか」と返答。すると「フジテレビですが、猫のエサやりの問題を取材していまして・・・」という身分照会。
んー」と、勘所を頼りにザッと人品を眺め、顔つきや背筋がまっとうそうな人間に見えたので拒否せず受け応えることにした。
無言に近づいて来る音声&カメラ・クルーに良い気持ちはしなかったが、この際「自分たちの活動内容と目的」を逃げ隠れせずはっきり明言した方が良いと思えたからです。

東芝~シーバンズに限定して言えば、「この場所の活動歴は8年を越え、ビル管理会社や区役所や警察も私たちの存在を認知していること。外野から野次馬的に眺めれば、単なるエサやりにしか見えないかもしれないけれど、地域猫活動にはセオリーがあり、全頭の不妊手術を行い猫が増えないようにしていること。新しく捨て猫があった場合は速攻で対応していること。その甲斐あって、無政府状態の喧騒の中にあった猫たちの数は、8年後の今は当時50頭~60頭に達していたのが10数頭にまで漕ぎつけたこと。行政処分(殺し)やネグレクトによる衰弱死に期待する猫問題の解決ではなく、野良状態を地域猫のくくりの中に入れコントロール可能にし不幸の数を減らしていること。そして、これは私たち全国の地域猫活動が成している確実地道な成果であり、社会は不見識で敵がい心を露わにするばかりではなく、ちゃんとレールに則ってしている『不幸な猫を救う福祉活動』には正当な評価と市民権を与えても良い時期が来ているのではないか」と自分たちの活動の自己紹介になる〝ラフカット切り出し〟の意見を先陣としました。

フジテレビが私たちの活動をどこでどう知ったのかは分からないけれど、市民生活に迷惑をかけている「不良エサやりの生現場を押さえたり」とバッチリ絵柄を生撮りしたかったのだろうが、深夜の待ち伏せの目当てが外れ〝極悪人〟でなくて本当に申し訳ない。「活動について」聞きたいことがあれば、不意打ちの立ち話ではなく、逃げも隠れもしないから落ち着いて話ができる環境設定をして欲しかったですね。
責任なしの気まぐれな不良エサやりを繰り返す人たちと地域猫ボランティアが十把一からげにされ、「市民の敵」とばかりに批判の石つぶて投げられるようになるのではたまったものではありません。
いつでもどこでも応えるので、最低限のこと「たとえば、外猫問題に対する環境省の方針。年間に殺処分される犬猫の数。地域猫の大筋の概念。捨て猫が後を絶たない市民の民度とマインド。動物行政の現状はどうなっているのか。不良エサやりと正当な地域猫活動の見分け方」などなどを「もっと良く勉強して取材をお願いします」と伝えました。

でも、市民の方々の中には野良猫へのエサやりで迷惑している人たちもいるかと・・・」とフジテレビ。それは「刹那の一点凝視の物の見方、点で面や立体の現象を説明証明することはできません。そして、外で暮らしている猫たちは皆、好き好んで捨て猫されたり、外で暮らしているわけではありません。まち猫問題は人が作り出している不幸なのです。人間が作り出した問題は人間が協力し合ってで解決しなければならない」と素早く返した猫の郵便・・・つづく



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.02

老年性痴ほう症になった15才のダリンくん

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   29℃~20℃ 

DSCN0277dw.jpg
清純な瞳で 真剣な声で 訴えられると こっちが悪いことをしている そんな気にさせられる


【老年性痴ほう症になった15才のダリンくん?】ポポフとマチュピチュの看病や見送りのトンネルを抜け「はたっ」と気がついたら、最高齢のダリン(写真の猫)くんが加齢による痴ほう症のような状態になっていた。
ごっつく太く逞しい背骨の流れ、張りがある立派な毛並み、キラキラと健康そうな大きな瞳、元気そのものの大きな地声、五体満足十二分、当面の健康上の問題はさしあたり何処と言って見当たらないのだが、ここのところ勢いを増している〝〟を超した食事催促に「あれ」と小首を傾げるあり様である。

しっかり皆と円陣を組んで先頭を切って食べたはずの夕食後、5分の間も経っていないのに〝御大ダリン〟はキッチンに押しかけ、「何ももらわなかったの」という顔をする。無視して夕食後の洗い物をしていると、背後で声をよじりによじって段々と声を荒げてゆく。
仕方がないから、好みのドライフードを皿にやると、パクパクと完食。そして、その5分10分後にまた澄み切った純粋な目をして、キッチンテーブルに陣取り「もっと下さい お腹が空きました」と情熱的に要求する。またパクパクと完食。
マチュピチュが去ってから、いつしか一日中この繰り返しです。人間にある老人性痴ほう症の症状が、果たして猫にもあるのかな。
それともダリンくんは、頻繁な栄養補給が必要だったマチュピチュとポポフのコピーキャットをしているだけなのか。悩むところです。

ダリン15才。結構な年です。猫の年を人間の年齢に当てはめた早見表をネットで見てみたら、猫の15才は人間では80歳近くに当たるそう。見た目の健康上は何ら問題なく見えても、見えない脳の中身が加齢により異変を来たす〝老人性痴ほう症 同じ生き物だもん’猫がそうなっても全く何も不思議はない。
ダリンくんの一日の暮し、ダラーっと寝ているか、食事要求の雨アラレか、そして野生児のようにダッダッダッダと何を思ったのか突如そこら中を疾風怒涛のように駆けめぐる。まー、人間の老人性痴ほう症と違って、悪態をついたり恨みつらみをまき散らしたりしない分は「Good」と考え、上手に食事コントロールをしてそれで良しとしよう。

いつも猫家族の真ん中にいなければ気が済まなかったダリンくん。自由奔放、豪放らい楽に生きて来たダリンくん。およそ12年くらい前に、麻布十番の路地裏で足を怪我して動けなくなっていたところを保護したのだが、ストレスを溜めない性格が功を奏し保護して家猫になってからは、御大ダリンは十二分過ぎるほど幸せな暮らしを送った。このままで行こう。まんまに受け止めよう。
これから暑くなって行く季節を迎える中で、でっかい体で腕枕してそばにピッタリ張り付き添い寝されるのは暑苦しいのだが、ゴロゴロ喉を鳴らす寝姿はやっぱり可愛く憎めなくなる。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg


おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

2015
06.01

エサも水もやるな👉 まともに受け合っていたら泣きをみる

Category: 地域猫活動
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   28℃~21℃ 

DSCN4155.jpg
好き好んで捨て猫になったわけじゃない


【エサも水もやるな👉 まともに受け合っていたら泣きをみる】野良猫にエサをやるな、ある者は貼り紙で、ある者は口頭で、毎年あるクレームです。でも、これらのクレーマーのほとんどは〝不良餌やり〟と〝正当な地域猫活動〟の見境がついておらず、外で生きる猫たちを端から「害虫扱い」して迷惑をふりかざすのが常でした。「お前たちのせいで野良猫が増える」「糞だ 尿だ 鳴き声だ」と鬼の首を取った勢いでまくし立てられたものです。
相手クレーマーの感情をいったん吐き出させてから、「捨て猫問題や地域猫」について説明をしているけれど、聞き分けてくれる知力を備えた冷静沈着な人は経験的にあまりいませんでしたね。
自分は間違っていない」という一点張りで、口論に勝とうとするケンカ腰の感情の方がまさるばかりで、「警察を呼ぶぞ」「保健所に通報するぞ」と脅し文句をかけられるのはほぼお定まりのコースでした。
けれど、「区役所を間に入れて話し合いますか」と水を向けると、何故かそれまでの勢いが引いて行くんですね。捨てゼリフを残しはするが・・・

クレームの100%は地域猫活動を理解していません。駆けつける警官も100%の確率で地域猫の概念や動物愛護法の中身を理解していません。それを格好の基点に、やり込められるに任せず猫たちと自分たちの身を守る反転攻勢に出るのですが、相手をとことん最後まで追いつめることは決してしないように気をつけている。
何故ならば、こっちの目が届かない所で、猫たちに怒りの矛先が転換され向けられることを危ぶむからです。
地域猫活動は「地域住民の理解を得て」と一般的に言われてはいるが、それは絵に描いた理想の餅、現実は理想通りには行ってくれない。現実実際の町内会はもはや「形はあっても実体なし」に形骸化したもので、町内会全員参加の採決などあり得ず、ほぼ有力者の胸突き三寸で運営されているシステム。
有力者が理(ことわり)を理解する人ならラッキー、猫アンチならそこでデッドエンド、猫たちの生死を「丁か半か」のそんな博打にゆだねることはできないから、クレーム問題を大きくしないようにするのが私たちが選択している方法です。

いなす、かわす、避ける、すり抜ける、ぶつかり合わない。クレーマーの多くがまともな人間であったためしがないのがその理由です。後から分かったことでも、近隣の人から教えてもらって「あの人、名物クレーマーで近所から疎まれているのよ」とか「あの人、老人性痴ほう症なの、うまくかわして相手にしない方がいいわよ」とか「あの人、ギャンブルばっかりやっていて人生うまく回ってないから誰にでも当たり散らすのよ」と・・・、本当の所は猫問題がメインテーマではなく「人生のままならなさ」の射的の的にされるケースがほとんどでした。

そこで取った方法が一つ二つ。クレーマーそれぞれのキャラクターに左右されるけれど、最低限の話し合いが可能な相手には、褒め殺し作戦とシーズンごとの簡単な贈り物作戦。人はコンプレックスの生き物、愛されることと食欲には弱いもの、バレンタインデーや何かの行事にかこつけての抱き込み作戦で懐柔する一手。
どうにも話しの目途がつかない相手には、活動時間を大幅に変え、とにかく接触しないようにしました。
深夜に活動し、朝が来る前に跡形を残さず片づける。活動を深夜の時間帯に移動するのには何かと犠牲を払わなければいけませんでしたが、話し合いの先が見えない相手には方法はこれしかありませんでした。接触機会が薄らぐほどに興味の対象から外れてくれることを願ってのことです。
批判はあるかもしれないけれど、優先するのは分からず屋の地域住民ではなく、色んな運命の末に外で生きることを余儀なくされた外猫たちの命、今日のメシの方が大事でした。

それでも目ざとく見つけ、咎め立てをしてくる人間とは、裁判に訴えて頂いて是非とも法廷でとことん「命とは何か」について、論で対決してみたいものです。地域猫活動を咎めるなら、その前提になっている「捨て猫問題」にどうして町ぐるみで取り組まないのか。 
要は魔女狩りしたいだけの連中。そんな者とまともにつきあっていたら身も時間もすりへらしてしまう。
いなす、かわす、避ける、すり抜ける、ぶつかり合わない。しかし、このゲリラ方式で正当に胸を張れるのは、私たちがまじめな責任ある活動をしているからです。
感情任せで「」が正当に通用しない環境では、いなしのゲリラ方式しかありませんでした。



活動向上のため 新規サポーターを 募っています


DSCN8189xb_20150530222222ad9.jpg

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

back-to-top