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2016
01.01

あけましてペコリ! あけましてペロリ!

Category: メッセージ
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日の出ふ頭 2016年1月1日 6時27分


【あけましてペコリ あけましてペロリ】大晦日の夜の早番活動はゴーストタウンと化した摩天楼ビルから叩きつけられる冷たい風に煽られ、ケイトリン(一番下の小窓の猫)探しに苦労した。
辺りを一周しても二周しても人口過密な東京ですれ違ったのはたった一人きり。
木々を揺らしてはすり抜ける風だけが、この世を生き延びる唯一つの生き物のように思えた。物の怪の夜だった。
夜8時、世が宴の時に「世の谷底」へと逆行するのはいつも通り、川をさらう冷たい風と向かい合わせのベンチに腰を下ろし、白く吐く息に外暮らしの地域猫たちの悲哀をつくづく感じた。
口笛と呼鈴で三周目、ようやくタイミングが合った。遠くケイトリンが応える声を風の中に聞き分けた。鳴きながら駆けて来るケイトリン、さ迷い猫なら尚いっそう生きている姿を確認せずにはいられなかった。
対面給食でペロリと平らげてくれる時は「明日への架け橋」に気持ちが凪ぎ、胸をなで下ろす。2015最後の地域猫活動締めくくりになった。

年またぎの町なかの活動は、東京タワーのカウントダウン・イベントや増上寺などへの初詣の混雑を避け、お祭り嫌いな外猫たちに合わせて時間をずらして出かけた。尚居残る〝年越しイベント〟引き潮の通りを行き交う人影に「祭りの華やぎ」が感じられなかったのが、時代の底流に無意識に流れるある種の〝暗さ〟を思わせられた。
どんなにマスコミ演出をしようと、不景気風は隠しおおせず、繁華街や人の身なりに明るい華やぎとは遥か程遠い索漠とした〝漂い〟が流れていた。この国の中心部の、これが生の実際、リアルなこの現実。
さめざめとうらぶれたブルース・ハーモニカが聴こえるようだった。
愛なき政治の、愛なき街角の、愛なき人々の初詣シルエットを背景壁紙に、翳りの中に息づき惑う流れ星たちと〝影の世界〟でひっそり集う「底なしの孤独」を祭りの時こそ体感している。

気が遠くなる話だが、研究者が「日本人の意識は千年変わっていない」と発表しているのを知っているだろうか。百年ではなく千年、そして二千年。人の意識世界が岩盤のように地に生えて変わらない。
世襲のお殿様がお代官(官僚制度)の神輿に乗せられ、下々の者は「上のやることに口を出すな」と、服従するのみが生きる道の長いゝ歴史的背景。外圧でしか変わらなかった、綿々と続く人々の意識。
反旗をひるがえす意見を持たぬことが生きること、これで色んなことが納得できた。通じぬ会話、世相水泳の訳を体験している皮膚感覚で振り返った。

ならば「どうやって生きて行こう」とずーっと考えている。

それで去年の終わり頃に心のすき間にふと思い浮かんだのは、オフビートな生き方しようということだった。硬い岩盤に「ON」スイッチでぶち当たり砕け散るのではなく、波間をぬう「OFF」のビートの柔らかさで、心にユーモアの余地と余白を持って目の当たりの世間を見つめていこう、そういう思いでゆく年を見送った。
スローライフな生き方なら身に馴染んでいる。
へなちょこでもいい。情けなくてもいい。へたれでもいい。立派に見せなくてもいい。連戦連敗であっても思考することを継続すればいつか一つの形になる。
それを教えてくれたのは他ならぬ若い「シールズ」のヴィヴィッドな柔らかな感性だった。
オフビート感覚、オフビート思考、これが私の2016レゾルーション(決意)。「あけましてペコリ、あけましてペロリ」とハンドメイドの〝へなちょこボート〟で世相の波間を漕いで行こう。


内田樹氏ツィッターjpg
 

                                 







・・・怯まない。顔を上げよう。青空が広がっている。・・・
東八幡キリスト教会/奥田知志牧師の言葉

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