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2016
01.17

変革の使D・ボウイの死の横目に流れた泥の河

Category: 社会+世界
猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    9℃~2℃ 


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ガンジーの言葉 計画のない目標はただの願望に過ぎない



中野区のYTさん


大変な中を 真心のご寄付 ありがとう




【変革の使D・ボウイの死の横目に流れた泥の河】この国は封建時代の100年前から変わっていないじゃないか。坂の上の雲は見なかったことして内向きにひそひそ利権の団子をこねくり回している。外に開く心はなく、内輪でせこくまとまり、手打ちとなる。ひきつった作り笑いだけが後味の悪さを強く残す。
地域猫活動で町歩きして、鼻高々の小役人と顔突き合わせて、弁が達者な人たちと話してみて、心の地下を流れる本音で「ずーっとそう」感じていた。人の関係では、水平感覚による双方向性は成り立たず、どっちが上か下かの探り合いをする。上の感情(利権)で下の感情(意思)を押さえつけるのだ。
高橋源一郎さんによれば、100年どころか千年一夜「この国は変わらない」そうだ。自由意志で一人一人が自分の考えを持ち意見を発するのは許されず、また慣れていず、周囲の空気に気づかい忖度しながら自分の〝行く方角〟が決められる。定められる。
これまで「話し合いなどしなければ良かった」と何度思ったことか。そこには〝共感の心〟が入るすき間がまるで一切ない。千年の流れには太刀打ちできない。

年始めから当ブログで言っていることがネットを開くと〝ありあり〟と見せつけられた。デーヴィッド・ボウイの遺作など発表される前に没にされるか、黒塗りされるか、日の目を見ずに発禁処分にされるかだろう。無論、そんな大それたアーティストは全くいない訳だが(笑)。
この一週間、ぼくは見上げられる猫たちを足元に〝坂の上の雲〟が流れ消えるのを孤独に見ていた。
しかし、この国の大多数が金切り声を上げ騒々しくしていたのは、世界の誰も耳を貸さないSMAP事件とベッキー事件の〝ひっちゃかめっちゃか〟だった。
テレビを見ない人間にとっては門外の視界、ベッキーもSMAPも薄ぼんやりしか、このぼくは知らない。だから騒ぎに何の思い入れ一つ寄せられない。そこで10分間、2つの事件の「あらまし」を駆け足でおさらいしてみた。直ちに分かったのは日本の芸能界は今も昔も変わらない封建的な「芸者置屋」の掟世界であること。
ベッキーは花魁(おいらん)が不義密通してはずかしめられるの図、SMAPは花魁があえなく足抜けに失敗して電波沿道にさらし者にされるの図。謀反と造反にはきついお仕置きが待っていた。
誰も背いては「自由にもの言えぬ国の空気」をひしひしと感じさせられた。

誰もものを言ってはならぬ。誰も背いてはならぬ。

千年流れる泥の河だ。奔流だ。逃げる花魁。追手の社会(置屋事務所)。無計画で頭が軽い花魁は仕掛けられた泥にはまって、まんまと泥縄で引きずり出され舌切りスズメ。経験を積んだ40過ぎの男が人生の選択の自由が許されない。
一人の内通者に筒抜けに密告され、「お世話になった人に迷惑をかけた」と、容易くさらし首を受け入れ鎮圧された。お世話になったのは同じく〝置屋〟側もそうな訳でシーソーの取引関係じゃないかな、本当のところは。
こうして反旗は未遂で平定され、またあてがいの服を着せられ、あてがいの曲を歌わされ、練習時間なしに口パクで拍手を受けるパペットのお人形を引き受ける。手足しばられ、もの言う自由を奪われ、ファンたちは「それでもなお自分たちの前でSMAPであり続けて欲しい」という三すくみ4すくみの残酷劇。
造反鎮圧に政財界が動き、御用マスコミが置屋事務所のシナリオ通りに動き追い込み記事を流したというから、変わらぬ泥の河は悠久自然に流れ続ける。

記事を読み下って行って感じたのは、どこにも「〝まとも〟がない」ということだった。やくざ稼業そのものの芸能事務所、それに揉み手しすり寄る芸能マスコミ、ファンが求めるのは音楽(表現)ではなく都合の良い偶像、そして何の抵抗もせず腰砕けて泥に倒れた花魁たち。ほころびから見えた一端は丸ごと千年変わらない日本社会まるごとを表わしていた。一人一人の意思を大事にしない〝泥の河〟を見た。
トランス脂肪酸(添加物)の問題もそう。ビールなどのバカ高い間接税問題もそう。核発電問題もそう。等々・・・。一人一人の人生や健康は悪代官や大商人や大やくざの足元に強引にねじ伏せられる。そうして誰も文句を言わない/言えない公空間ができ上がる。
誰も意見を言わない。誰も自由を求めない。誰も平等を求めない。咲き誇る花は極彩色の造花繚乱。それを下々が嬉々として喜んでいるからもうどうしようもない。とどまることを知らず泥の河はこうして流れ続ける。

犬や猫がお縄になって何万の数が煙と消えるのを何とも思わない人が大多数。嫌なことを嫌だと言わない限り、泥の河は果てしなく流れ続ける。
イギリス人は古い社会に一つ一つ「NO!」と発して、自分たちの公共空間を作り上げて来た。傷をいとわないで大きな声を上げる、そんな土壌に咲いた巨大な大輪が「大奇才デーヴィッド・ボウイ」だったりしている、そういうことです。
奢れる者ほど居丈高、ただ口を開けて待っていれば甘いキャンディを下々にくわえさせてくれ道理はない。ニュース報道すら台本で進行している事実に、テレビに映る幻影に下々はどんなわい雑で猥褻な夢を食んでいるのか。芸の尺足らずの・・・、表現者としてガッツもプライドもない花魁の・・・、AKBやジャニーズをスターにしている時点で、自分で自分の首をしめているようなもの。餌を放り込まれ踊り食い。汚れ澱んだどぶ川がどうしようもなく流れ続ける。



                                 







・・・怯まない。顔を上げよう。青空が広がっている。・・・
東八幡キリスト教会/奥田知志牧師の言葉

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