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2016
06.28

お金と命が自分のものじゃなくなる時

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  23℃~17℃  


長野県信濃町称名寺
長野県信濃町の称名寺の時を貫く「沈黙の鐘楼」


【お金と命が自分のものじゃなくなる時】「サンチャゴに雨が降る」という古い映画がある。議会制民主主義の市民社会が軍事クーデターの〝血と鉄の雨〟に敗れたチリの10日間を描写した映画だ。
その暗いゝイメージが後を引きずって、長雨が続くと外にファシズムの雨が降っているのを連想するようになった。
ファシズムの雨にさす傘はない。そして「壁に耳あり」恐くて外に出られなくなる。
窓の外の雨音、ドア越しの気配、うす壁で守る沈黙、秘めた叫びとささやき、目配せだけのトーク。政治の雨がいったん降り出したら雨に濡れないように憂うつに身を潜めるしかない。

「東京に雨が降る」と世界中に配信されたら、令状なく山本太郎は逮捕されるのだろうか。

逮捕されて拷問か裁判なしの罪状で死んでしまうのだろうか。妄想に過ぎないと言われるかもしれないが、それはナチスドイツの授権法の下で起きている。多くの人が「夜と霧」の中に連れ去られ帰らなかった。
1970年代のサンチャゴでも同様に起きている。ある日忽然と人が行方不明になる。それが恐くて人の口は硬い貝の口、ジョージ・オーウェルの1984のように人は首(こうべ)をうなだれ生きるしかない。個である意味が一色にぬりつぶされ完全に失われるからだ。そんな恐怖感を現実にひしひしと感じ始めている。

政権が目指している「緊急事態宣言」の下で、人は自由奪われ黙り込むしかどんな方法もない。

そうなったらもう自分の命は自分のものではなく、自分のお金さえ自分のお金ではなくなる。お国の緊急事態に四方八方から「何を自分勝手なこと言ってるんだ!」と声がとどろき耳をつんざく。嘘だと思うなら冒頭写真を見るがいい。
長野県信濃町の称名寺の鐘楼は戦争から何十年経って今なお戻らない。いや戻さない。
抗議のメッセージとして吊られた石がそのまま残された。1942年に称名寺の鐘は徴用され戦争に行った。日本で茶飯事に平然と繰り広げられた日常光景だ。

公(おおやけ)が命じれば労役でも兵役でも苦役でも何でも差し出さなければならない時代だった。

民主政の下で当たり前な自分の命やお金が「緊急事態条項」を踏み越えれば、一夜にして自分のものが自分のものでなくなっている。命、いや何もかもが自分の手から離れる。「命は自分のもの」「生きること/生活する全部は自分で決められる」と思っていたことが、その一またぎで一変する世の中に変わる。
「個人の尊厳」は廃止され、十把一からげのヒト科生物の扱いしか受けなくなる。政治の雨がブルーな〝ウツ〟を運んで来るのが歩を着々と進めている。しかしそんなのは真っ平ごめんだ。だから選挙に行こう。



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東八幡キリスト教会/奥田知志牧師の言葉

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