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2014
04.30

ぶっちゃけトーク

Category: 地域猫原点
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                               原点になった猫ジュライ

ぶっちゃけトーク1】ポスター掲示が問題になった所は、当時50匹以上の猫たちがさ迷っていた。・・・・・・。
そして、そこを取り囲む同心円状にも、食べ物を求め“惑う猫”たちが未確認飛行物体のように点々と存在していた。
大都会特有の性(さが)、無関心がそこにあった。問題と真剣に取り組む姿は何処にも誰にも見受けられなかった。
こうして、さ迷う猫たちは通勤客たちの物見遊山のお情けにすがり、刹那をつなぎ、短い命をつなぎ、汚れきって生きていた。
しばらく散見し見えて来たのは、良く見ると猫たちはどの子も若く、草花に例えれば2年草か3年草の短い命の悲劇を更新し、「場」は循環しているように思えた。

散歩中にこの現場にかち合った時の「愕然」とした気持ちと言ったらありはしない。こんなに多くの人たちがいて、こんなに多くの目に囲まれて、こんなに立派な会社が並ぶ敷地で、十数年に渡り、いや何十年に渡り、誰も問題に真正面から取り組む人が現れなかった。「虚無の原風景」と言える一枚の絵がそこにはあった。無政府状態だった。
野良猫たちは腐ったエサでも何でも食んで、嘲笑され、弄ばれ、サーカスのピエロや猿回しのサルのようにオドオド小走りに逃げ惑っていた。

足を進める一角ごとに次から次へ、色・姿かたちが違う猫が現れ出て来た。

このまま何もしないでほったらかしにして置いたら、この猫たちはどうなるんだろう。

当時、突発的にイメージしたのは「保健所の恐怖」だった。その頃は一般市民の認識と同じように「保健所は野良猫狩りをし、死の収容所に連れてゆく所だ」という思いがあった。
やばい。何とかしなきゃー。自分のとこの犬猫が幸せならそれで良いわけじゃない。
光の粒子さながら目に広角から飛び込んで来る飢えた猫たちの数え切れない姿が、無性に哀れを誘っていた。

誰が窮状にあえぐ猫たちを見殺しにして来たのか? 計算も立たなかった。見通しもまるで立たなかった。「何とかしなきゃー、大きな悲劇が大きな口を開け待ち構えるだけ」という駆られる思いが先だった。
こうして、これが私の本格的な地域猫活動の始まりとなって行った。同時に泥沼ぬかるみの悪戦苦闘の日々が火ぶたを切った。開戦でした。

50匹を超える猫たちを食料も不安定に、TNRもなしに放置したら、どうなっていたのか。(ぶっちゃけトーキングはこれから。・・・つづく)


 写真の猫ジュライは活動開始から1年4カ月後の初夏に死んだ。姿が見えないから、どうしたのか心配していたのだが、ある人が通りすがり「死んだから都の清掃局にやっちゃったよ」と聞かされた。清掃局? ゴミ? 
ポスターを貼ってあり、連絡先が書いてあるのに「どうして連絡してくれないの?」と思えど、後の祭り。

見る人が見れば分かることだが、まだ若い猫さんなのに心身傷だらけだった。活動初めのある日、ジュライが暮らしていた一区画離れて所で活動していたら、振り向いたらジュライがいて「私にも頂戴」と背中に顔をこすりつけて来たのを思い出す。まだ右も左も分らなかった時代、保護収容する猫が多すぎてジュライまで手が回らなかった。ごめんね、ジュライ。写真には2007年12月24日撮影と記されていた。

99リス

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