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2013
06.07

生死を分けた「首輪物語」

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。

昨夜のジャーナルのテーマ・タイトルは、内容を書く前から「誤認殺処分+悪魔の獣医師=犯罪」と決めていました。タイトル付けは毎日、ちょっとした悩みの種。だが、すっきり即決したのが6/6の記事タイトル。
文脈の流れ的に「殺処分制度に加担している」医師ということで、強いメッセージの力を込めて「悪魔の・・・」と、この獣医師を修飾形容しました。しかし、実際には、その仕事の中身は単なるアホ、アンポンタン。
アンポンタン獣医師。
アンポンタン獣医師が「悪魔の殺メカニズム」に加担していると言った方が、ズバリ正確なのかもしれません。

悪魔のアンポンタン獣医師・イン・サッポロ。

毎日新聞オンラインの3日付記事には『札幌中央署の依頼書には「首輪付き」と記されていた』と書かれているので、間違いで殺された猫の“存在証明の首輪”は、受け渡されたセンター職員3人の怠慢な目にスルーされ、担当獣医師の目と脳とハートもX線のようにすり抜け透過して行ったようです。

向井猛センター所長は「慣れがあったかもしれない」とコメントしたが、これは完璧な身内かばいの醜態発言。公務員たちの常態、いつものこと。
猫について素人である警察官が“首輪付き”と確認して依頼書に記載しているものを、慣れているはずの計4名のプロの係官が雁首そろえて見逃しミスを犯した。
そしてその果てに、一匹の猫が短い生涯を強制的に閉じさせられた。一巻の終わり。ジ・エンド。
プロはプロでも「怠慢慣れ」のプロ。早く仕事を終わりたかっただけなのか?

首輪が鍵だった。

獣医師Aが、『猫が威嚇したため、「攻撃性があり、保護は困難」と判断』したのは、きっと首輪を見逃した“後出しじゃんけん”の言い逃れ。初歩的ミスの苦し恥ずかし照れ隠し。
首輪のあるなしが“生き死に”の分かれ目になった。
首輪は見過ごされた。
首輪をしていれば「飼い猫」、首輪がなければ「野良猫」。
首輪をしていればINで、首輪がなければキックアウト。・・・「飼い猫の証拠」がある猫以外は、この時点で全て殺すという方針が明瞭に浮かび上がっている。
「首輪なし」と認定されたその子は、哀れ「死のガス室送り」へと選別されてしまった。
んー。だけど、飼い猫でも首輪をしてない猫の方が断然パーセンテージが多いはず。と言うことは、今まで相当数の飼い猫が殺処分で殺されていったと十分考えられますね。

どうして、何で、首輪なの?

東京の場合。都福祉保健局のHPによると、飼い猫の約半数(45万頭)が屋外で自由に飼育され、首輪などを付けている猫はその内の約半数で、そこに連絡先が記入されている猫は10%にも満たないとのこと。
この数字は、猫を放し飼いにしている人の何と95%の人が、猫の命を守ることを安易に捉えているという有無を言わせぬ恐るべき実態表示の “データ”ですよね。そう読めます。
公共機関による「犬猫の殺処分」制度が“絶対の悪”であることは言うまでもなく、だが相手を責めてばかりではなく、猫に直に接している我々自身の側にも研ぎ澄まされたマナーやモラルが求められる現実が隣接してあるのだと、つくづく感じた「札幌の事件」なのでありました。

動物の命がこの国では未だに「器物」扱いの前近代であっても、動物に接する私たちの心はそうであってはいけない、言葉を持たない者の声に打ちのめされた1週間なのでした。


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