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2014
11.08

生命の驚異 生命の神秘

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   15℃~13℃ 

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                                  地でいるのは寝ている時だけのダリン君

【生命の驚異 生命の神秘】感動とは心の羽ばたきのことである。目の前で予期せぬことが起きた時、心の中の科学が壊れハタハタと羽根が空間を求めさまよい出、浮力を得ようと羽ばたこうとする。
感動に包まれる時、人は気持ちが高揚し、興奮し、身振り手振り全身で表現し、時に涙を流す。
琴ピッちゃんのドラマチックな「生命の神秘と驚異」の話は、琴ピッちゃんから発せられた自発的なものでしたが、蘭の花とバラタマタンにも彼らの死後に「生命の驚異と神秘」と言える不思議なエピソードが起きていました。

冒頭ヴィジュアルの猫はダリン君と言います。推定14才です。これがもう一言では説明できない「とんでも猫」なのです。年を重ねるごとにピカッピカッに若返っているのです。その時々のフレッシュ&ホットトピックな猫の顔や目つきや行動や声を真似てトップの玉座に君臨しようとしているのです。「コピーキャット」という言葉がありますが、様になっているからダリン君は「恐ろしい子」なのです。
赤ちゃん猫の声をコピーし身につける。顔立ちが可愛い子の顔や目の形を真似し、それそのものになってしまう、そして堂に入る。
その時々のトレンドを確実にキャッチして、アップ・ツー・デイト(最新)な自分自身に日進月歩アップグレードし続けているのです。別な見方をすれば、マスターである私の心をすっかり読み切っていると言って良いでしょう。

今のダリン君の最新モデルはバラタマタンです。たぶんにダリン君は大事にされているバラタマタンのことがうらやましく、垂涎(すいぜん)の的だったのでしょうか。生前のバラタマタンと私の様子を微に入り観察と研究を重ねていたのでしょう。
我が家の猫になってからダリン君は勝手気まま独立独歩に生き、添い寝したり抱っこ寝したりしたことなど一度もありませんでした。それがバラタマタンが死んでしまうと、突如そばに来てゴロンと横になり腕枕にアゴをぴったりと乗せ「抱っこ猫」を始めたのです。
えっ」って驚いたの何のって。一体「ダリン君どうしたの」って、「いやはやもう」でした。

でも、私は知っているのです。それがダリン君の名演技だと言うことを。だって、普通の子はそれで寝込んでしまったら鼻が乾いてあったかくなるものを、ダリン君の鼻はずうーっと冷たいまま寝たふりをしているのです。
眠たくて抱っこ猫をするのでなく、バラタマタンの真似をしているのです。巨大な体で妖精バラタマタンの〝なり切り気分〟をやっているのです。本当にしたたかなウルトラ演技派ネコさんです。参ります。
バラタマタンがしていたように、私のアゴに鼻や頬をくっつけてスリスリまでします。これはもう「天才肌のスーパーコピーキャット」と言うしかありません。
生命の驚異、「まさか」をまざまざと見せつけてくれる、それがダリン君の神髄です。

しかも、バラタマタンが生きている時は、それをオクビにも出さなかったのだから「巧み」過ぎます。あっぱれで感動的ですらあります。


そして、話は遡りますが、蘭の花が死んだ時にも不思議なことが起きていました。蘭の花がかつて暮らしていた所に一年数か月前から蘭くんと同じような模様の猫が生息し始めていたのですが、その子はずうーっと遠巻きにしているだけで決してそばに近づこうとはしませんでした。
一定の距離を保ったままの一年と数か月、「あっ、あの子は人が苦手なんだ」と、一日2回猫弁当を置いては立ち去る関係でいました。その位置関係はその間何一つ変わることはありませんでした。

ところが、何の間違いが起きたのか今でもチンプンカンプンで説明に困るのだが、蘭の花が亡くなり意気消沈して出かけた次の日の夜明けの前、重いペダルを踏んで現場に着くと、何とその子がかぶりつきの最先端で待っているではありませんか。そして、「腹へった」と言わんばかりに、蘭くんがかつてしていたように、猫弁当におもむろに顔を突っ込んで物怖じせずパクパクと食べ始めたのです。「えっ、あっ、うっ、何が起こっているの?」とびっくり仰天。
食べる背中をさすってみても何の拒否反応も示しませんでした。ホントにキツネかタヌキにトリックをかけられているようでした。

今ではこの子は「待ってました」といつも身を乗り出し待ちかまえ、私の膝に手を乗せ足を乗せ、ごっつんごっつん頭を押し付けアピールするまでになっているのです。あれから懐き度フル回転の急成長を遂げています。
まさか蘭くんの霊が乗り移ったとも考えにくいし、たまたまの偶然が重なり合ったのだろうが、それにしてもどう考えても解()せない超常現象を見ているような気分にさせられます
だんだん手なずけた」などというプロセスやアクションは何一つなく、蘭くんが死んだあくる日にそれは唐突突然に起きたのです。何だかもう。

姿形と体格が蘭くんに似ているのがまた泣かせられるところです。

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名前は、そばに来たら頭があまりにも巨大だったので「ボーズ(坊主)」にしようと一度は思いましたが、それでは何だかからかっているようで可哀そうな気がしたので「坊主」を無理やり英語変換し「プリースト」、「プリーちゃん」とか「プリ坊」と呼ぶようになりました。神々しく突如大変身した「プリースト」、ばっちりです。
本当に蘭の花がいなくなる寸前まで、ずうーっと遠くの影のような存在でした。ところが「蘭の花の死の晩鐘」を聴きつけた如く、急転直下、プリーちゃんは外猫ライフのモデルチェンジを成し遂げたのです。プリーちゃんに何が起こったのか。蘭くんの死など知るべきもないのに。何がどうしてどうなってしまったのか。
ミステリアス感半端ない椿事に頬をつねってみても事実は変わりませんでした。

凶と吉が背中合わせに過ぎ去った一か月、寒い風が胸元をよぎるのと同時にあったかな気持ちにも包まれた光と陰の交錯に、「儚い命の色彩」と「生命の驚異と神秘」をない交ぜに味わう秋半ば「プラットホーム」からのビタースウィートな眺めなのです。


蘭の花の約10年バラタマタンの満7年琴ピッちゃんの8年余捨てられた運命に何一つ文句を言わずただ黙々と生きた姿これも生命の驚異と神秘に息づく感動的な一つの静かな形でした


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