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2013
06.10

行政命令だからって殺せるかっちゅうの!

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。

353東京タワー電波塔最後の日

東京タワーが5月31日の午前9時に電波塔としての役割を終えた。その12時間前の“サヨナラ”東京タワーの艶姿(あですがた)、電波塔としてのラストスタンドを鉄腕ウンガさんが撮影していたので掲載します。

んー。・・・テレビ。時の移り変わり。東京タワーからスカイツリーへ。

今はテレビから随分と距離を置いた生活をしているけれど、かつてはテレビと仲が良かった頃があったし、信用もしていた。でも、今はNHKのニュースにすら、印象操作や作為を感じてしまって、あまりテレビに近づかないようになった。だから、新しいタワー・スカイツリーに親近感を持つことはこれからもないような気がする。
友達はこれからも変わらずに東京タワー。

デジタル・テレビに買い替えたことにすら、ちょっぴりの後悔がある。

メディアがまだメディアだった頃、テレビがまだ自堕落でなかった頃、テレビを安心して見ていられた頃、テレビが何となくでも部屋に点いていた頃。たぶん、TBSだったと思う。
今回の札幌の迷い猫誤殺事件をきっかけにして、思い出した番組がある。
それは戦争中に、犬や猫をお国のために差し出さなければならなかったニュース番組の中のドキュメンタリー。
心の中でずうーっと眠っていた。

しかし、どうしてかは分からないけれど、揺り動かされ、起こしてしまった。

当時。徴兵された兵隊さんたちは、軍服にタスキをかけて、映画やドラマでもおなじみのあの歌に送られ、出征していった。それと同じように“国に供出するように命じられていた犬や猫”もタスキ掛けで差し出されていったという。
「戦地で戦う兵隊さんたちの毛皮や食用肉になってお国のために役立つように」と番組のナレーションは「そういう時代だった」と、伝えていた。
「随分だな!」と当時思った、それと同時に悲しさと裏腹に「権力を持つ側の演出に、犬や猫に“行って来るぞと勇ましく・・・タスキがけ”だなんて、滑稽だな!」との印象も受けた。この二つの感覚は錆びた彼方にでもはっきりと覚えていた。

このフラッシュバックは、外猫の対面給食の食べ終わりを待つ間の・・・活動現場の水のある風景での出来事。
札幌市の施設内で殺された猫のあれこれを考えていたら、そのセピア色の記憶は、夜の暗い水底から浮かび上がるような切ない悲しいイメージとなって水面に揺れ、無力な胸の中に交錯し合った。権力の壁の向こうに露と消えた犬たちや猫たちの沈黙・・・
夜おそく家にたどり着き、オンラインで調べてみると、今も昔も変わらない非力な個人とぬけぬけと居丈高な公(おおやけ)の姿。
それは戦時中、「犬猫の献納運動」とも「犬猫の供出命令」とも呼ばれ、「軍需省と厚生省の連名で地方に通達が出され、行政の主導で行われた」と記されていた。
時がすぎ過去は迷宮の中に入り込み、犬猫の献納運動そのものに疑いをはさむ人もいるけれど、当時の八王子市「犬の献納運動」隣組回覧板の中身が掲載されているブログを見つけたので、確認してみて下さい。犬猫も“活用”されていたのです。

戦前も戦後も大して変わりない行政の原風景。

戦前に行政が主導して行った罪深き“動物行政”に少しくらい反省があるのならば、もっと違った戦後の“動物行政”のあり方もあったと思う。だけど、人を代替わりさせて過去を消去してしまうのが行政手法。反省の足場に立てば、今すぐにでも動物を苦しめ続ける一切合財の制度と殺処分を止めるべきだという思いに至るが・・・
暗い過去を清算するには、それしか方法がないはず。

※犬猫の献納運動のもう一つのリンキング「犬猫の供出の悪夢」、載せて置きますので、サブストーリーとして関心があったら、読んでみて下さい。


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