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2014
12.19

最安値で生きる

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。   10℃~0℃  



【最安値で生きる】クリスマス・シーズンのせいなのだろう。この季節になると音もなく音源もなく耳元を過ぎ後頭部へジョン・レノンの「イマジン」がふいに流れて来る。憂いある世界への感傷に誘われ。
食べ物がなく貧しくさまようアフリカやストリート・チュルドレン、戦火の中で生きる人々、魂のありかを求めて漂流する先進国の虚ろな人々。そして、ほとんど何もできず手をこまねいている「」という人。ちっぽけな存在の「」という人。

シンプルなピアノの音に誘われ「想像してごらん」と歌い始められるジョン・レノンのIMAGINE。「天国はなく 地獄もなく 僕らの頭上にはただ空があるだけ 国境もなく だから戦争もなく 宗教の争いもない」仕切りのない世界が歌われている。それは「皆ひとりひとりが思いさえすれば願いは叶う」と、世界中の隅々にまで空気のように浸み入って行った音楽であり、今更殊更に僕が訳す必要もない有名な曲。

埃をかぶって曇りガラスになっている想像力という名の「心の窓」を拭いて磨いて、目に飛び込んで来る景色をありのままに受け入れ、他への〝いたわり〟に思いを馳せる・・・、キリスト生誕のクリスマスはそういう意味合いがあるシーズンなんですけどねー、本当は。
僕のクリスマスは簡単質素。半切りのプレーン・フランスパンとワインそれだけ。バターもなければ、砂糖もなければ、生クリームもなければ、何の飾りもないクリスマス。
本格的な地域猫活動に入る前はチョコレート・アイスクリームくらいまではあったかな? でも今はそれも止めにしている。クリスマス👉年末年始に限らず、暮らし全般の消費を質素にしている。それは毎月、10万20万・・・と活動にお金をねん出しなければいけないからです。活動をキープするために、いつからか最安値で生きる消費生活が身についていた。


プロパー(正札)での買い物はしない。キャットフードなどもネットやドンキや店頭をサーフィンし最安値を探している。服は過去の使い回し。鉄腕ウンガさんなどは港区白金辺りの秋のバザーで「10円でセーターをゲット。これでウィンター・クリエーション」と喜んでいる。1万円の買い物が8千円のセールで済ませられるなら、それに越したことはないし、スーパー・マーケットの買い物は半額値崩れ時刻を待ってした方が「賢い消費者」と身に備えた。わざわざ怠惰や虚栄で高値を競り合う買い物をする必要はない。
猫の保護活動は兎に角お金がかかるし、猫の急病やアクシデントは突然炎の如くの稲妻のように待ってくれない。お金がなければ何もできない。

そして、同業のボランティア・グループの物資支援や寄付の要請にも機を見てできるだけ応えるようにしている。「自分たちだけ充実し良ければそれでいい」とは思えないし、できない。
実は、それに対して変なことを言って来る人がいるんですよね。
・・・人を支援する余裕あるんですか? ・・・困ってないんですか?」と。
絶句してしまいましたね。それを聞き及んで。「それ」をするためには更なる最安値、つまり切り詰めをしてのことです。だって、たとえばブログで「犬猫救済の輪」への支援を呼びかけながら自分たちが言葉だけで何もしないわけにはいかないし、フクシマ危険地帯で未だ生きる猫たちが年末年始に3週間の兵糧攻めに遭うと知りながら手をこまねいて見ているのはそれはできないじゃないですか。そうですよね。

想えばできる。「イマジン」の魂で。想像してごらん、「助けを求めているフクシマの独りぽっちの猫たち」のことを。「食べ物がなく野に息絶えるとはどういうことか」と。
かつて東芝ビル&シーバンズ・ビルの大量の野ざらしの猫たちの現場に分け入って地域猫活動にのめり込んで行かざるを得なくなったのも、「想像してごらん」の「イマジン」の魂からです。
もしも、あの時見て見ぬふりしたなら、そこはきっと「イマジン」とは真逆の世界になっていたでしょう。
想えばできる。想いに沿わせ自分の価値感や欲求や生活態度を作り変えて来た7年半の道のりでした。
最安値で生きる。まんざらでもない。物の価値や経済の流れや仕組みや人の心の学びになり、飾りや無駄なものをそぎ落とした効果もあった、世間の常識の裏道を歩いた年月でした。


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