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2015
01.08

TNR👉 地域猫活動で受けた心の傷は消えない

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。    11℃~2℃ 

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【TNR👉 地域猫活動で受けた心の傷は消えない】数年前、麻布十番でヨーロッパ出身の人と協力し「野良猫たちの不妊去勢手術をして地域猫にしましょう」と周囲にTNRの必要性を呼びかけました。何故なら自分が世話している場所だけTNRをして問題が一見解決したかに見えても、その周りがTNR手つかずに放置されたら元の木阿弥になるからです。TNRは町全体で取り組まなければさしたる効果は上がりません。
要請に応じてくれた人もいれば、かたくなに拒否反応を示した人もいました。拒否反応を示した人たちの言い分はお金がないを先頭に「可哀そうだ」「手術をしたら弱って死んでしまう」「オスはしなくて良いでしょ」「放し飼いの猫と野良猫を見分けられるの?」「私は時々しかやってないから関係ないでしょ」など協力逃れの抵抗は色々でした。


駄目な人は本当に駄目。港区にTNRの助成金制度があるのを説明しても感情論を先走らせ「用事がある」だの「忙しい」だのドアをピシャリと閉められ、一旦閉まった心の扉はもう開かないのが日本の常識でした。
中には「少しずつやって行くからそんなに急がなくても・・・」と、猫たちに必ず訪れる生命現象を無視して「病気とか事故とか、自然に居なくなっちゃたりもして、結局はそんなには増えてないわよ 私は20年やってるから分かるのよ」と非科学的経験を振りかざし逆切れて開き直りの顛末。
20年の時間があれば、とっくの昔に解決していたものを。冷静に真剣に科学の眼を持って「まち猫問題」に取り組む姿勢が少しでもあったのならば。

例えばです。ここに未手術の猫たちが10匹いるとします。そのうち女の子が5匹。5匹のメス猫が子供を産んだのなら、一匹が4~5匹産むとして、5掛ける4~5は20~25匹の計算になります。そして、その子猫たちが成長し適齢期になると、親猫+成長した子猫の半分がメス猫と仮定して全部で約17匹の猫たちが出産可能な状態で徘徊し始めるわけです。17匹×産まれる子猫が・・・。80匹以上。それを年に2回()繰り返して行くことを想像してみませんか? そう問いかけても言い逃れの私事や急場の弁は次から次へ泉のように湧き出るもので、人の心に絶望したのを思い出します。

オス猫は手術をあえて手術をしなくてもいい」とその道の専門家から聞いているという方便を突き崩すのも鬼門難関でした。そんなことを吹聴されてしまっては・・・。現場活動に手を汚さない者のなせる技、そして軽さですね。
いざ、そこにメス猫が捨て猫されたらどうなりますか? あるいは流れて行くか、流れて来るかで、自分の現場が他に迷惑をかけるか、その逆になるのか? 
結論は結局オス猫も手術をするのが「まち猫問題解決の最短コース」だということです。
やらなかった無策の100の言い訳より、万全を尽くし次のステージに向かう。このことを体感体得できる人が物凄く少ない。それが猫たちの不幸に加速をかけているのを彼らは見ようとしない。犯人は「何事も避けて通る〝あなたの心の安易さ〟の真ん中に居るんだよ」と。


そうしてTNRを一通り終えたあっちこっち。ホッと安心の現場作業。しかし、TNRに協力すらせず妨害までした人たちが、その後も不良エサやり行為で今なお徘徊しているのです。
手術は終わったんでしょ。じゃー、いいじゃない」と言わんばかりに猫たちに慰安を求め闊歩するその足取りはいけ図々しさを遥かに通り越しています。
どうですか。こういう人たち。また捨て猫されたら、今度は何か協力してくれるとでも言うのですか。
いいえ、そんな期待はもう何もしていません。人の性分は容易く変わるものではないことを生業を通じてこっぴどく知り過ぎています。
無責任に猫と関わる彼らにとって〝それ〟は「好き」という楽しみ。一方こっちにとっては道すじをつけて行く作業。外暮らしの猫に対する考え方に天と地の開きがあり、水と油です。私たちの活動は断じて彼らに楽しみを供与するためにしているのではありません。
だから、甘い顔ばかりしていられないのには、こんな理由があるからです。
不良エサやりの存在がマスキングの役割を果たし、新たな捨て猫の発見を遅らせればどうなるのか。8年の努力が水泡と帰してしまうのです。

普段は散々猫かまいをして、いざ猫たちが病気や虐待事件による怪我を負えば、蜘蛛の子を散らすように遠巻きに消えて行った人たち。蘭の花が首を掻き切られる虐待に遭っても誰ひとり手を差し伸べるでもなく、蘭の花の捕獲の時は間に割り込んで邪魔までされたあの一件。
その後「会わせろ 会わせろ」と数件の乱暴なメールが届きましたっけね。
弱って行くギンガーと名付けた猫を保護した時は「死の知らせ」をブログで報じた直後にギンガーくんとてんで関係ないところで「残念会」と称し飲み会を開いたんですってね。
・・・10年以上の長い間、チャンスはいくらでもあったのに、猫たちの不幸を尻目に、福祉活動としては何もスタンバイする力を持たなかったあの人たち。
それでも割り込み給餌を続けるあの人たち。
東芝ビル~シーバンズ・ビルで猫が車にひかれ横たわっているのをまたいで通って行った警備員と誰かさん。
猫が階段下の手が届かないところで死んでいるから鍵を開けてくれませんか」と打診したら「自分たちのエリアではない。担当がいないから月曜日まで駄目だ」とシラを切り続けた警備会社(その後、上体を無理やり空間にこじ入れ遺体を確保)。
エピソードを上げたら切りがないけど、人としての無思慮や無分別にそこで暮らした猫たちや私たちの活動がどんなにいたぶられ苦しめられたか。それを知るのは・・・。
吹き抜けた空気の精霊だけ。猫も樹も風も言葉を持たず何も語らず。
活動を通じて無意識の底に降り積もった消えない心の傷だけが行く道を照らし出してくれるのだろう。


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