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2015
06.26

元少年Aの本出版で唯一まともな意見

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。  26℃~21℃ 




【元少年Aの本出版で唯一まともな意見】世間一般の関心事と猫ブログを巡る人との関心事は「大幅にちがう」「大幅にずれている」と再認識させられている。というよりも猫ブログをやる人も巡る人も社会や政治や世界の出来事に非常にうとく、ほとんど関心を払わない。今更ながらにがっかりしている。
たとえ事件が猫ブログ本丸の動物虐待事件であっても事件によって扱いに濃淡があり、長野県小谷村の「猫を川に沈め殺す実況中継」事件や川崎市の廣瀬勝海「里親詐欺子猫虐殺」事件にはキノコがにょきにょき生え出るような勢いで猫ブログに情報や意見が乱立していたけれど、東京都大田区の30匹に昇った「外猫毒殺事件」や茨城県稲敷市で「猫を車で引きずり回し殺した」事件や長崎県佐世保市同級生殺害事件の女子高生が事件前に猫を次々と殺害し〝解剖ごっこ〟をしていた件や酒鬼薔薇聖徒(猫の殺害を含む)事件などには地元ブログすら波しぶきさえ立てず静まり返っていた。
結局は、多勢に無勢、群衆心理、自立した意見などほとんどのブログが持っていない。これではオピニオンにはなりえない。
人気を博する事件を扱っても多くのブログはコピー&ペースト、才気ある分析や勇気ある見識は示されない。
こうしてこの国の動物を取り巻く環境は繰り越し繰り越し保留され何も変わらない。総和の力にならないからだ。
ひとつひとつ、ひとりひとりの自立した意見が総和され大きなうねりになって世の中や時代が突き動かされ変わって行くのだが、身の回り30センチ四方やせいぜい1メートル先にしか関心を払わないようでは先々〝高が知れている〟というもの。
一枚の同じプレートの上に乗り同じ空間を分け合いながら、自分だけ良ければいい精神が幅を利かす、そういう世相である。時代背景である。
自分の場合は「自分のとこの猫だけが幸せならそれでいいのか」という宮沢賢治的な考えで猫活動を始めている根源の動機があるから、至る所で捨て猫が引きも切らず絶え間ないことや・・・何処かで凄惨な動物虐待事件が起こると身に浸みて「強い痛み」が伝わって来る。しかし、気持ち通じ合う意見やブログはからっきし見当たらない。




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