FC2ブログ
2013
07.29

季節はずれの鯉のぼり

猫の郵便については はじめにを是非ご覧ください。アーカイブはこちらです。 27℃

pipi425.jpg

霞んで見える高層ビルと東京タワー。一目瞭然の不快指数。高温多々湿。どんよりと張りのない町の景色。
連日の夕闇時の夕立と雨降り。鬱陶しい日が続いている。
首回りにハンカチーフで包み巻き付け出かけたカチカチの保冷剤は、一時間後には氷解してだれている。

べたべたと肌にまとわりつく夏気候は、すっぱい酸のように心と体に深く浸透して来る。
疲れる。眠たい。夜更けの地域猫活動でたどり着いた最終地点では、川の水までもがその倦怠で黒く止まって見えた。

夏の停滞ついでに、倦んだかんばしくない社会気候に、まる3日の間、ブログ更新する手も止めてみた。
静かな空気、遠い声、静かな心持ち、猫の寝息にセミ鳴く声を重ね聴いて。
世の不条理の中に生きる人を、外暮らしの猫たちの佇まいを、胸の奥で思ってみた。

夏雨(なつさめ)のまだら上がりの湿った空気の中に、ブログを野ざらしにしておくのもいいだろう。
「千夜一夜のプラットホームで」と「山本太郎~細く曲がりくねった道」は“心含み”を入れ下手くそな文章ながら苦心して書いた。吹く風まかせに、季節はずれの“鯉のぼり”になって、鬱陶しい空気の中で泳ぎそそいでいてくれ、そう託した。
ふり向けば残骸となり破れ果てるが宿命の旗なのか、それとも行く手を仄めかすカウンターの旗になってくれるのか?
考えるのには“間”を置くのも時に大事。・・・Where am I・・・?
自分で自分が分からなくなることなんて良くあること。分かったふりをして肝心の目的と意味を見失うのも良くあること。ミイラ取りがミイラになる、それだけは避けたい。

と、ここまで書いて来て「一体、何が言いたいの?」という声が聞こえて来そうだが、分からなくていいのです。
世の中すべて分からないものだらけ。不条理だらけ。
たとえば、ほら。井上陽水の「長い坂の上のフレーム」。
「・・・時々はデパートで孤独な人のふりをして・・・満ち足りた人々の思い上がりを眺めてる・・・昼下がりは美術館で考えたり・・・」(長い坂の絵のフレーム by 井上陽水)・・・この曲を一発で分かりますか? 分かったと言えますか? 明らかに伝わって来るのは物憂い倦怠感だけ。
人は“分からないこと”を引き連れて生きてゆく。人は“分からないこと”をかみ砕き反芻しながら道を歩いて行く。
「分らないこと」を切り捨てないで、引き連れてゆくことに大きな価値がある。
井上陽水の「長い坂の絵のフレーム」が伝える世界は、安直に分かり合い繋がり合うことではなく、その空気感をシェアし合えるかどうかという問いかけや聞き分け・・・恐らく。

ブログで伝えられることなんて、結局は表面的/表層的なこと。
道端の猫が何を言わんとしているのか、ほとんど100%に近い人間がかえりみることなく通り過ぎてゆく・・・それと同じように・・・
安い幻想を夢見るよりは、自分たちの道を確実に着実に刻んでゆくしか方法はないようだ。

冒頭の写真の猫は東日本大震災直後に道端で殺された猫。この子の現場を通るたびに、胸の中で“この子のフラッグ”がはためき翻(ひるがえ)る。何処から来たのか、孤独にひっそりと生きていた、この子の気持ちが分かりますか?


88

おねがい】多くの人に知られ、多くの人に読まれ、広がるようにポチット・クリックお願いします。

にほんブログ村 猫ブログ 猫 ボランティア・保護活動へ
にほんブログ村

スポンサーサイト




back-to-top